絶賛された14年ぶりの来日公演でジャネット・ジャクソンが示したものは
ジャネット・ジャクソン
なぜ、ジャネットが”愛”を掲げると胡散臭くないのか?
約14年ぶりの来日、ヒットチューン満載のセットリスト、そして衰え知らずのダンス……待ちわびたファンを熱狂させた今回の『Unbreakable Tour』日本公演の大成功はすでにアナウンスされている通りだ。ただ、これは単に世界的ビッグネームの完璧なショーに対する賛美にすぎないのか?というと、ちょっと趣きが違っていたように思う。久々にジャム&ルイスとガッチリ、タッグを組んだニューアルバム『Unbreakable』で、懐かしさと新しさを感じさせる、言わばキャリアの集大成的作品を完成させたことへの自信、それを世界のファンが自分のことのように歓迎したことへの感謝、加えて、愛する兄、マイケル・ジャクソンの死を経験し、来年、彼が逝去した年齢を迎えるという、ある種の感慨を糧に前を向き歩みを進める意思。そんな今のジャネットだからこそ、ただ豪華でエキサイティングなだけで終始しない大きな"愛"に満ちた空間が醸成されたのではないか、と思うのだ。
それにしてもファン層の厚さには驚いた。80年代から青春時代をともにしてきたであろう妙齢のファンから、彼女たちの娘や息子たち世代。そして悲鳴にも似た歓声を上げていた30代の女性たち。そう、あらゆる女性にとって、ジャネットのヒットチューンとともに恋愛の楽しさも残酷さも共有してきたのだろうし、時に社会的な問題や人としての寛容さを彼女の楽曲やリリックから学んできたといっても過言じゃないのだ。自身の恋愛と「When I Think of You」や「All 4 You」が重なる人も多いだろうし、マイケルにも負けず劣らずのシャープなダンスを見せ、本編を締めくくった「Rhythm Nation」からマイノリティに関する新たな知見が広がった人もいるだろう。しかも女戦士のような猛々しさやセレブ文化人的なスタンスじゃないのが、ジャネット・ジャクソンの「女の子(元・女の子含む)永遠の憧れ」としてのポジションを逆に担保している。
今回のショーで印象的だったのが7人のマスキュリンな女性ダンサーとの群舞。一言で「今、トレンドの女の子像はこう」と決めつけがちな世間に、言葉ではない「NO」をさりげなく表現する大きなポイントになっていた印象がある。そう。人はそれぞれ個性的であり、人種やルックスや嗜好に対して寛容であるべきなのだ、と。また、一転して恋に悩むセンシュアルなバラードでは一人で切々と歌う姿があからさまなエロスではなく、けなげにすら見えるのも、彼女ならではの品の良さに繋がっていた。過去のスキャンダルやセンセーションすら伏線回収してしまったように見えるのは、単に年齢による安定感だけじゃない。「人生で起こったことは次の作品を生むのよ」ということだろう。
また、迫力のある声量で押すのではなく、澄んだトーンでポップかつ上質なメロディを歌うジャネットにとって、ナマのダイナミズムを求められるショーでは楽曲の世界観を表すコレオグラフは欠かせないものであり、ほぼノンストップで展開される歌とダンスのコンビネーションは、自国USのアーティスト以上に日本のポップアーティスト、それこそ直系である安室奈美恵をはじめ、さまざまなガールズグループへ計り知れない影響を与えたことを確信。日本のリスナーとこれほど親和性の高いステージングはないんじゃないだろうか?
新作について多くを語らないジャネットに代わり、インタビューでジャム&ルイスが語っていること アンブレイカブルというのは、己が壊れない、強靭であるというより、自身とそれ以外の人々との絆が強靭であることを指している、と。「TOGETHER AGAIN」などで度々フロアにマイクを向けていたり、ファンのシンガロングに”ビューティフル!”と感嘆したり、手でハートの形を作り頭上に掲げたり、何より”深く潔い愛”を花言葉に持つカーネーションをプレゼントしたり…完璧なショーの中にも穏やかで温かな愛が自ずと溢れるという意味で、ジャネット・ジャクソンというアーティストはショーの場を”巨大なホーム”にすることができる稀有な存在になったと言えそうだ。それは先人である兄マイケルとも、似た声質やエレガンスを持つダイアナ・ロスにもできなかった、また、常にトップであり先鋭性を求めるマドンナやビヨンセとも違う、ジャネットならではの地平に違いない。
Phto by Yoshika Horita Text by Yuka Ishizumi