〈てんぷくプロ〉の大好評シリーズ“超立体朗読劇”が再び! 昭和初期のミステリー小説、海野十三 作『深夜の市長』を名古屋のアトリエで上演

インタビュー
舞台
2021.12.23
 超立体朗読劇『深夜の市長』出演者と演出家。前列左から・斉藤やよい、入馬券、ジル豆田、宮下玲子 後列左から・ハヤシケンジ、榊原耕平、うえだしおみ、喜蓮川不良、演出を担当する小熊ヒデジ

超立体朗読劇『深夜の市長』出演者と演出家。前列左から・斉藤やよい、入馬券、ジル豆田、宮下玲子 後列左から・ハヤシケンジ、榊原耕平、うえだしおみ、喜蓮川不良、演出を担当する小熊ヒデジ

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名古屋で36年に渡って活動を続ける役者集団〈てんぷくプロ〉が、アトリエの建物を存分に使って上演する大好評シリーズ“超立体朗読劇”を、4年ぶりに行う。今回上演されるのは、日本SFの黎明期に活躍した小説家・海野十三『深夜の市長』。戦前の東京の風俗や当時の空想科学をふんだんに盛り込んだ海野初の長編科学探偵小説として昭和11年に雑誌「新青年」で発表され、盟友・江戸川乱歩から名作と言われたという作品だ。

超立体朗読劇『深夜の市長』チラシ表

超立体朗読劇『深夜の市長』チラシ表


 
【「深夜の市長」あらすじ】
昼間とは全く別の貌をもつ大都会「T市」。深夜の散歩を日課とする浅間新十郎はある日、奇妙な殺人事件に巻き込まれたことから、都市の夜の世界に生きる人々から尊敬を集める「深夜の市長」に出会う。ミステリアスな深夜の市長や銀座裏の十銭スタンド・ブレーキに入り浸っている年増女、丸の内13号館の中庭にそびえ立つ高塔を住居とする街の科学者・速水麟太郎ら“夜の人々”に振り回されながらも持ち前の探偵趣味から謎解きに乗り出す浅間新十郎だったが、その先にあったのは市政を揺るがす一大疑獄事件であった。「昼間の市長」と彼を糾弾する黒幕市会議員との対立が激しさを増すなか、無事謎を解明し真犯人を突き止めることができるのか? そして、果たして「深夜の市長」の正体とは?


【海野十三(うんのじゅうざ)プロフィール】
1897(明治30)年、徳島県生まれ。早稲田大学理工科卒。逓信省電務局電気試験所で技師として働くかたわら、執筆活動を開始。1928年『新青年』に「電気風呂の怪死事件」を発表し、探偵小説家としてデビューを飾る。以降、科学トリックを用いた作品を発表。SF作家、推理作家、漫画家、科学解説家として活躍し、日本SFの先駆者と呼ばれる。代表作は「蠅男」「火星兵団」「地球盗難」「十八時の音楽浴」など多数。1949(昭和24)年没。

 

てんぷくプロ〉による“超立体朗読劇”が登場したのは2007年のこと。新たな拠点となった「アトリエ昭和薬局前」のお披露目を兼ね、“超立体朗読劇”第1弾となる、江戸川乱歩 作『少年探偵シリーズ1 怪人二十面相』を上演した。

元はうどん屋だったという古い建物を改装したアトリエは、上演場所となる2階の2間続きの和室の外窓の向こうにもう1軒、別棟のトタン張りの家があり、本来は外であるその隣家との隙間部分に屋根を設けて2軒を繋げた不思議な造りになっている。そのため、窓が開いた状態で客席から奥を望むと、ずっと先まで部屋が繋がっているように見えるのだ。

『怪人二十面相』では、菊永洋一郎(てんぷくプロが共同演出する際の名義。この作品では矢野健太郎、小熊ヒデジが中心となってまとめた)の構成・演出によって、この特異な建物の構造を活用。窓の向こうの奥の間はもちろん、襖を外して廊下や階段も客席から見せたり、押入れの引き戸を外して中に美術を仕込むなど随所に工夫を施して“超立体”の名にふさわしい空間を立ち上げ、物語に没入できる世界観を作り込んで大好評を博した。さらに、第1弾から10年後の2017年には、第2弾として津原泰水の短編小説『五色の舟』を上演。この時はいちじくじゅんが演出を務め、同様にこの空間をフル活用してダンスも盛り込んだ大胆な演出を行い、こちらも大好評を博している。

そして第3弾となる『深夜の市長』は当初、2021年に6月に上演予定だったが、新型コロナウイルスの感染状況を鑑みてやむなく延期に。今回ようやく上演の運びとなり、2022年の幕開けを飾ることとなった。また今作では、劇団公演としては久々に小熊ヒデジが演出に復帰。これまで、代表・プロデューサー兼演者として出演もする〈KUDAN Project〉の公演や、2021年春に惜しくも閉館した小劇場「ナビロフト」の運営、主宰する「名古屋演劇教室」の活動、外部作品への客演などで多忙を極めていた小熊が劇団公演に参加するのは、2016年の『トランジット・ルーム ii』以来、演出を担当するのは2004年の『サンダルビーチ2』以来、実に17年ぶりになるという。外部での多彩な活動を経て、再び演出に取り組む今回の“超立体朗読劇”は一体どのような作品になるのか、小熊ヒデジに話を聞いた。
 

── 劇団公演では久しぶりに演出を手掛けられていますが、どんな感じですか?

演出自体は他所でも続けていて、「名古屋演劇教室」では初心者の人とかシニアの人とかと毎年公演をやってるから、そういう人達に対していろいろ説明したり、オーダーしたりしながら作品を創っていくやり方が身についている感覚があって。

── 稽古を拝見して、以前よりもすごく丁寧に演出されているなと思いました。方法を指示するだけではなく、なぜそうなのか、ということをきちんと説明されていたり。

演劇初心者の人に対してちゃんと説明しないと、やっぱり当然理解できないわけだから、そういった癖がついたんでしょうね。

── それもあって、全体の演出としても細やかにされているのかな、と。

この“超立体朗読劇”は細かいところを創っていく芝居で、ずーっと場当たりをやってるようなもんですからね。きっかけ合わせとか。それが大きいんじゃないかな。これが普通の芝居だったら、ここまで細かいことはたぶん俺は言わないと思う。『怪人二十面相』をやった時に、やっぱり面白かったのね。俺は2作目は関わってないから1作目の印象が強くて。それをもうちょっと足を進めたいというか、そういう想いもあるのかな。

稽古風景より

稽古風景より

── 今作も探偵小説ということで、話の構造が似ていますしね。

みんなでどれにする?って話をして、いろんな小説を読んだ結果、これに決まったんですけどね。上演にあたってカットしたりするから、やっぱり著作権フリーになってる古い作品の方がいいかなぁっていうことで。他にも宮沢賢治とか幾つか候補が上がって、3作品ぐらいに絞られたのかな。それで最終的に、じゃあこの中からどれ選ぶ?ってなった時に、多くのメンバーが「『深夜の市長』がいい」って言ったのでこれになりました。

── 私も原作を読んで冒頭から引き込まれ、拡がりがあってすごく面白くて、立体にしやすいだろうな、と思いました

そうね。ただ、原作が長い。カットするのにすごく苦労しました(笑)。

── 今日の稽古でも、文末の言い回しを変更されたりしていましたね。

さっき変えたのは、たまたま繋がりとしてうまくいかなかったからちょっと語尾を変えたんですけど、なるべく変えないようにはしてるんですよ。カットはしたけど文体を変えていくとなんか切れなくなちゃうかな、と思って。当時の、海野十三なりの言い回しっていうのがあると思うから、まどろっこしかったりとかしても、それはそのままやった方がいいかな、と思っています。

みんなで読み合わせをしたんだけど、最初は4時間近くかかったんですよ。それをまず1時間半にして。自分でもよくやったなと思ったけど、一応辻褄が合う形で1時間半にはなったけど、ちょっと淡白になったんですよね。だから元々この作品が持っている闇の部分とか、その味わいがちょっと薄くなっちゃったんです。

稽古風景より

稽古風景より

── わりと勿体ぶったような文体ですものね。それによって読者は想像力がかきたてられるわけですけど、主人公の名前が明かされるまでも結構長い(笑)。

短くはしたけど、どうしても物語の筋は通さないといけないので、この小説の持っている味わい…要は深夜っていう「闇」、昭和初期はまだ「闇」があった時代だと思うし。あと、人間模様と言えばいいのか、そういったものを掬い上げていきたいな、とは思っていますね。探偵小説の黎明期の作品なわけだけど、当時、論争があったらしくて、本格的な探偵小説…つまり仕掛けやトリックがしっかりした「謎解き」を主題にしたものか、それ以外の変格小説(怪奇、幻想、猟奇、SF、冒険、シュルレアリスムなどの要素を含んだもの)か、っていうので。たぶんこの小説は本格ものではないと思うんですよ。本格ではないから、トリックではない部分をうまく掬い上げていく。短くはしたけど、そこを掬い上げていくっていうことをしないといけないだろうなぁと。その辺は気をつけていますね。

── 見せ方として今回、演出的に一番工夫されているのはどんな点ですか?

やっぱり、この建物の構造を使い尽くす、っていうことかな。階段もあるし、廊下もあるし、(窓の向こうの)奥の部屋も、さらに奥の部屋もあるし。あと、押入れもある。そういった構造を使い尽くして、それと、わりとこまめにシーンが変わっていく構成にしているんですけど、シーンごとに“画の力”と言えばいいのか、それを飽きさせないように見せていく。もちろんリーディングはリーディングでちゃんとやるんですけど、そういった美術とか照明とかの工夫っていうのは、とてもたくさんしてるかな。とにかく作り物が多いですよ。

── あと、役者の立ち位置だったり?

そうですね。リーディングって基本的に動かないから、どこに立つか、とかそういうことで本当に印象が変わるので。

稽古風景より

稽古風景より

── 客席から見える廊下や階段の効果もすごく大きいと思います。下から人が上ってくるとか。

その辺の、画を創っていくっていう作業。なんかそれをずーっとやってるような(笑)。

── 映画を撮るみたいに、本当に1カット1カット。

そう。あとはやっぱり、リーディングへのこだわりかな。リーディングというものの可能性を大事にしたい、とは思いますね。このシリーズは特殊なリーディングだけど、『怪人二十面相』をやった後、他の劇団に呼んでもらってリーディング公演を2回ばかりやったんですよ。ちゃんとしたリーディングをやるのはその時が初めてだったんだけど、ものすごいキツかった。リーディングってこんなに疲れるのか、と思って。それは体力的にも精神的にも、集中力の面でも。

── 通常の芝居とは使うポイントが違うんですかね。

普通の芝居はアクションとか表情とかそういったものがあって、それプラス台詞だから、何かを表現する時に手段がいっぱいあるわけですよね。でもリーディングは言葉しかない。言葉で、例えばその人が今、相手に掴み掛かろうとしているとか、相手のことを警戒して距離を取った、とか言葉で全部やらなきゃいけない。だから本当に微妙なニュアンスを、全部言葉に乗っけないといけない、という大変さだと思う。それを最初にやった時は本当に苦労して、俳優の負担がすごいなと思った。1回やって、2回目にはちょっと何かわかったんだろうね。2回目の時は、もう少し伸びやかに出来たような気がする。

リーディングっていうのは本当に可能性があるな、と思ったし、見たことのないリーディングみたいなこともやれるのかもしれない、と思った。落語なんかは言葉だけだったりしますよね。あの世界の拡がり方っていうのはものすごいものがあると思うんだけど、それと通ずるものがあるのかなっていう気がします。だから、いろんな仕掛けとかもあるんだけど、やっぱり言葉、リーディングというスタンスはしっかり守って創っていきたいと思っています。

稽古風景より

稽古風景より

── その辺りのことは、出演者の皆さんとも話し合ったりされたんですか?

このことだけまとまった話をするっていうことはないけど、やっぱりそこで俺が感じたこと…「身体を持っていかれないで」っていう言い方をしたりするんだけど、「ちゃんと言葉に体重を乗せてください」って。やっぱりね、身体を持っていかれるというのか、動いちゃうんですよ。リーディングでそれをやると、逆に想像力を邪魔するケースもあるんですよね。だからそれは説明をして、「身体が言葉に負けないようにしてほしい」ということは言ったりしますね。

── 今回、初めて参加される役者さんもいらっしゃいますけど、劇団員以外のメンバーはどのように決められたんでしょう。

うちのメンバーだけだと少ない。で、何人か声掛けようって言って。前のリーディングで一緒にやった人や、今まで客演してくれた人に声を掛けたりしたみたい。それで、斉藤やよいさん、榊原耕平君、藤島えり子さんが参加することになりました。でも、スケジュールの都合なんかでダメだった人もいて、これだと人数足りないなっていうんで、それじゃあ募集してみようかって、それは俺が言ったのかな。それでツィッターとかで募集して、応募してくれたハヤシケンジ君と宮下玲子さんは「名古屋演劇教室」にもいた2人で、2人とも面白いですよ。

── 音楽や照明などは、どのような工夫を?

音楽は、時代背景みたいなことを大事にしたいと思っています。音楽って世界を作るから、当時の雰囲気のメロディーが聴こえてくると、やっぱりいいなぁと。照明も、こういう場所なんで細かく工夫ができます。アトリエだからずっと作業が出来て、美術の方も順番に出来上がってくるんですよ。それに対して普通だったら、灯体を吊って、地明かり作って、ここはサス(スポットライト)で…とかやると思うんだけど、例えば、小ちゃなクリップライトみたいなものを1ヶ所だけ使うとか。そういう細かくて繊細な明かりづくり、みたいなことをしたいなぁと思っていますね

── 奥の空間に、遠く見える街灯なども良い雰囲気ですし、どこまであるのかわからない、先が見え切らない闇の存在が感じられるのも良いですね。

ここの空間の奥行きっていうのは、本当に面白くて良いなぁと思います。このアトリエはもっともっと活用するといいな、って思う。「金融品販売秘宝館」でいろんなことをやったけど(注1)、ここもいろんなことが出来るかな、という気がしています。


尚、今回の公演は各回15席限定と通常よりも席数を減らしているため現時点では全日程予約は終了しているが、キャンセル等による予約再開や増席が可能な場合は、劇団HP、Twitter、Facebookなどで告知予定のため、観劇希望の方はこまめに情報チェックを。

※注1:「金融品販売秘宝館」は、〈てんぷくプロ〉の旧アトリエ。道路拡幅工事のため立ち退きを迫られ、1998年に最終公演を行うがその後、立ち退き話が一旦立ち消えに。結局それからも「金融品販売秘宝館跡地」と称して都合6作品、2002年まで公演を行い、上演の度に壁を取り払うなど、作品に合わせて自由な空間づくりを行なった。
 

取材・文=望月勝美

公演情報

てんぷくプロ 第42弾 超立体朗読劇『深夜の市長』

■作:海野十三
■構成・演出:小熊ヒデジ
■出演:うえだしおみ、喜蓮川不良、ジル豆田、入馬券(以上、てんぷくプロ)、斉藤やよい、榊原耕平、藤島えり子(room16)、ハヤシケンジ、宮下玲子

■日時:2022年1月8日(土)19:30、9日(日)19:30、10日(月)19:30、11日(火)19:30、12日(水)19:30、13日(木)19:30、14日(金)19:30
■会場:アトリエ昭和薬局前(愛知県名古屋市昭和区滝子町22-10)
■料金:一般2,500円 学生1,500円(当日学生証提示) ※各回15席限定
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「荒畑」駅で下車、③番出口から徒歩12分。または名古屋駅から地下鉄桜通線で「桜山」駅下車、⑦番出口から徒歩14分
■問い合わせ:てんぷくプロ 080-3618-5632 tenpukupro26@gmail.com
■公式サイト:https://tenpukupro.jimdofree.com
 
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