今の時代に潜む阿修羅を掘り起こしたい 『阿修羅のごとく』演出・木野花インタビュー
説明しすぎず、いかにお客さんに想像させるか
――ドラマでは人物の顔や小道具のアップが象徴的に使われているのが印象的でした。細かいことは稽古を始めてからとのことでしたが、演出の構想はありますか?
視線を集めるという点では、照明などの演出もありますけれど、役者が自分でアップにさせるという技もありますよね。主役がメインでセリフを言ってても、他の役者がアップに見えることもあります。お客さんが気になる役者をアップで見てしまう(笑)。だから舞台は油断できないというか、脇役も主役も関係ない。誰を見るかはお客さんの自由だから、見て欲しいところがアップになるように、こっちも対策を練らないと。小道具とかも、ドラマでは非常に効果的に使っていましたよね。お母さんが倒れる時に買い物カゴから野菜がこぼれ落ちるところ。憎いなぁ、こんなのどうやって表現すればいいんだと思いつつ、これから考えていこうと思っています。
――口ではこう言っているけど実際は違うというシーンも多いです。センターステージ形式で、席によっては表情が見えなかったりもしますよね。そのバランスの取り方はどう考えていますか。
映像も演劇もそうだけど、いかにお客さんに想像させるかだと思ってます。全部言葉で説明できるものじゃなく、説明しすぎてもつまらない。話しているキャストの背中を見ているお客さんが、対峙する相手の表情を見て何かを想像する。何を見るかはそこに座ったお客さんの運命であり、選択の自由だと思う。全てのお客さんが見えたり見えなかったりを体験しながら、それを楽しめる。それで舞台にしていきたいです。
女性の生き方をしっかり見せていきたい
――改めて読み、セリフの力を感じたというお話がありました。また、盛り込みたいシーンを倉持さんに伝えたとのことですが、特に好きなセリフやシーンはどこでしょうか。
私が見て一番驚いたのは、お母さんがお父さんのコートから出てきた浮気相手の子供のミニカーを、ふすまが破れる強さで投げつけるシーン。こんな表現の仕方があったのかとゾクッとしました。優しくて穏やかに日常を過ごしているお母さんが一瞬女になった、阿修羅が顔を出した瞬間でした。
あとは浮気相手のアパートを、お母さんが買い物カゴを下げて見に行くシーン。買い物の途中で、ふと見てみたいと魔がさしてしまった。そしてそこで娘に会ってしまう。「言ったら負けよ」と言っていたお母さんが、一番見られたくない子供に見られてしまう。娘と目があった瞬間どれだけ驚いたか。倒れてそのまま息を引き取ったというのがすごい衝撃で。言葉にならないシーンを表現する向田さんの迫力に圧倒されました。
――個性的なキャラクターが揃う中でお母さんについての言及が多いですが、お気に入りの登場人物はお母さんでしょうか。
いえ、全然(笑)。ただ、お母さんの描き方がすごくて。四姉妹は、よくここまでダブることなく描き分けたと思います。全員魅力があって嫌な女ですよ。長所と短所をちゃんと入れ込んでいて、こうはなりたくない部分を抱えながら、こうせざるを得ないのが分かる。四人ともそういう矛盾や割り切れなさを持っていますよね。私はどうだろう。長女の部分と三女的なところがあるかな。次女のような、世間の常識を弁えた優等生な部分はないですね(笑)。
――昭和と現在では、女性を取り巻く状況は良くも悪くも変わっています。現在の女優が演じる上での差はどんな部分に出ると思いますか。
改めて読んで一番気になったのはハラスメント的な内容です。たとえば、不倫する男と女が描かれるけど、昭和っぽいんです。夫の浮気の仕方とか父親の佇まいとか。お母さんが昭和の女の最たるものですが、浮気した夫を責めるようなことを「言ったら負けよ」って娘にさとすんです。その言葉が象徴的だと思いました。今はハラスメントとしてどんどん表に出せるようになった。向田さんがあえて“阿修羅のごとく”と言葉にしたのが、昭和における最先端だったと思うんです。飲み込んで阿修羅を押し殺しても、決して大人しく引き下がってはいない。「阿修羅のごとく」という言葉はある意味、昭和における新たな女性像・家族のあり方だったんじゃないかと思いました。
――すごく注目度が高い作品です。木野さんとしては、皆さんの期待はどこに向いていると思いますか?
やっぱり向田邦子さんの作品をこの6人でやるという意外性じゃないですか。ドラマで最初に見たキャスティングがベストだと話をしましたが、ドラマの女優達は昭和の大人の女たち。惜しげもなく女を出して不倫する加藤治子さん、浮気された奥さんを演じる八千草薫さん。いしだあゆみさんという色っぽい女優がモテない女を演じたのも挑戦だったし、風吹ジュンさんもそうだけど、皆さん女として成熟した女優さんでした。今回ももちろん大人の女性だけど、女らしさというより、もっと自分らしく生きている女優さんたちだと思う。しなやかでマイペースに我が道を歩いている。そういう四人の女性が舞台にのった時、今現在の「阿修羅のごとく」が自然と舞台に出現するんじゃないかと期待しているんです。
――最後に、楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
話題になっているというのはすごく嬉しいですし、こちらとしても「そうでしょう」と胸を張れるくらい、満を持してのキャスティングが叶いました。あとは皆さんの期待を力に変えて、全力で阿修羅と向き合う覚悟です。ご期待ください。
取材・文=吉田沙奈 撮影=荒川潤
公演情報
【作】向田邦子 【脚色】倉持裕 【演出】木野花
【出演】
小泉今日子 小林聡美 安藤玉恵 夏帆 ・ 岩井秀人 山崎一
<東京公演>
日程:2022年9月9日(金)~10月2日(日)
会場:シアタートラム
前売り開始:2022年7月23日(土)AM10:00~
料金(税込):指定席 8,000円 ヤング券 3,800円(観劇当日22歳以下・ぴあのみ取扱)
◎託児サービスのご案内 (定員有・要予約) 料金:2,200円
対象:生後6ヶ月以上9歳未満(障害のあるお子様についてはご相談ください)
申込:ご希望日の3日前正午までに世田谷パブリックシアター03-5432-1526へ
【お問合せ】大人計画 03-3327-4312(平日 11:00~19:00)
<兵庫公演>
日程:2022年10月8日(土)~10月10日(月)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
前売り開始:2022年8月21日(日)AM10:00~
【主催】兵庫県、兵庫県立芸術文化センター、サンライズプロモーション大阪
【お問合せ】キョードーインフォメーション 0570-200-888(11:00~16:00※日祝休)
【制作協力】大人計画
【企画・製作】(有)モチロン