アノの脚の間から覗く『角川映画の40年』展レポート 犬神家から"角川三人娘"、失楽園などを総覧

レポート
アート
2016.9.15
『角川映画の40年 Forty Years of Kadokawa Pictures』 @girls Artalk

『角川映画の40年 Forty Years of Kadokawa Pictures』 @girls Artalk

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10月30日(日)まで、京橋の東京国立美術館フィルムセンターの展示室では、『角川映画の40年 Forty Years of Kadokawa Pictures』が開催されている。これは、角川映画のこれまでの歩みを様々な資料や脚本、撮影に使われた品など約180点もの展示物と共に振り返るユニークな展覧会だ。

『犬神家の一族』(1976年、市川崑監督)ポスターⓒKADOKAWA

『犬神家の一族』(1976年、市川崑監督)ポスターⓒKADOKAWA

『金田一耕助の冒険』(1979年、大林宣彦監督)ポスター ⓒKADOKAWA

『金田一耕助の冒険』(1979年、大林宣彦監督)ポスター ⓒKADOKAWA

 「角川映画」と聞くと、どんな映画作品が思い浮かぶだろうか。『セーラー服と機関銃』(1981年)や『時をかける少女』(1983年)に代表されるアイドル映画や、『リング』(1998年)のようなサスペンス映画など、世代によってそれぞれ異なる印象やお気に入りの作品が思い浮かぶだろう。

展覧会でこれらの作品の足跡を一挙に振り返ってみると、話題性が高く後にそれぞれの時代を象徴するような映画が数多く生み出されていたことがわかる。若い世代にとっては、アニメなどでおなじみの作品の原作が元々は実写の角川映画だったという発見もあるかもしれない。

筆者自身も、この展覧会を通じて改めて角川春樹社長の映画に対するチャレンジ精神を強く感じた。映画は映画会社が作るものという常識に捉われず、元々出版社である角川書店が映画の原作を提供し、映画会社角川映画を設立して制作も手掛けたことは大変な決断と実行力である。そして、書籍と主題歌、映画のメディアミックスの手法を取り入れたプロモーション施策を行い、センセーショナルな評判を呼び成功を収めたのだ。

この展覧会からは、映画自体の質もさることながら、広報や宣伝戦略のための十分な予算を費やしていたことが角川映画の商業的・社会的な成功の重要な要因であったということが推察できる。また、当時の豪華な宣伝資料などから学べる内容になっており、広報の視点からも興味深い展示構成であった。

 

第1章 大旋風 ―角川映画の誕生

展覧会は、時代別に大きく4つの章に分かれている。まず、『第1章大旋風 ―角川映画の誕生』では、全ての角川映画の原点となった横溝正史原作、市川昆監督による『犬神家の一族』(1976年)の衝撃的なシーンをモチーフにしたオブジェから展示が始まる。

©girls Artalk

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本展覧会の企画、展示を担当した主任研究員の岡田秀則氏によると、この湖底に突き刺さって飛び出している脚は、いまや角川映画を象徴するものであり、あえて脚がリアルになり過ぎないように白い色で作ったとのこと。少しキッチュなこのオブジェは、展覧会中唯一の撮影可能なスポットでもあるので記念撮影にお勧めだ。

また、すぐ隣には、金田一耕介探偵が映画で実際にかぶっていた帽子や愛用のトランクなども特別に展示されており、その質の良さと保存状態の良さには驚かされる。この品々は実はもともと金田一探偵を演じていた俳優・石坂浩二の私物なのだそうだ。

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この冒頭のセクションでは、森村誠一や小松左京ら作家を前面に売り出すことに重点を置いていた角川映画創成期の映画の様子が見られる。

 

第2章“角川三人娘”登場 ―アイドル映画の時代

『野性の証明』(1978)でデビューし、一躍人気者となった女優の薬師丸ひろ子。彼女が主演した相米慎二監督『セーラー服と機関銃』(1981)もまた記録的なヒットを収めた。第2章では薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子といったアイドル女優を看板女優として全面に打ち出し、当時まだ若手だった雀洋一監督、井筒和幸監督、森田芳光監督らを起用して映画を制作していた時代に注目していく。

渡辺典子『晴れ、ときどき殺人』1984年ⓒKADOKAWA

渡辺典子『晴れ、ときどき殺人』1984年ⓒKADOKAWA

原田知世『天国にいちばん近い島』1984年ⓒKADOKAWA

原田知世『天国にいちばん近い島』1984年ⓒKADOKAWA

薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃 完璧版』1982年ⓒKADOKAWA

薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃 完璧版』1982年ⓒKADOKAWA

現在のように手軽にネットや雑誌でアイドルらの画像や動画を楽しめるような環境がなかった80年において、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子のいわゆる"角川三人娘"がファンに巻き起こした羨望や憧憬の念は想像を絶するものであったはずだ。

また、既に完成された著名女優ではなく、手が届きそうな雰囲気の10代の女の子がデビューし、映画と共に成長していく様子を観客として見守る、という行為は青春における共感と同時代性を色濃く意識させる体験だっただろう。実際、テレビにあまり出演せず、映画でその魅力と人気を高めた彼女らの存在は、当時の若者たちを映画館に引き戻したとまで言われているのだ。

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数々の映画のポスターや撮影時に使用された書き込みがびっしり見える脚本、角川書店から出版していた『バラエティ』のインタビュー記事、新聞の中吊りなど関連グッズが所狭しと展示されている。その数と質の高い印刷物などからは当時の熱気と人気の高さが感じられよう。

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このセクションで特に注目したいのが、"角川三人娘"のポスターをそれぞれ2枚ずつ貼った小部屋のような空間だ。3面の壁に向かって座高が低めのイスが一脚置いてあり、そこに座ってゆっくりとポスターの向こう側から意味深なまなざしをむける三人娘を見上げて鑑賞することができる。

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岡田氏によると、ここで使用しているポスターは映画のポスターであるはずなのに、映画タイトルなどの印字は極めて小さく、宣伝ポスターというよりはファン向けのノベルティとしてつくられたとのこと。当時人気の高かった彼女らをモチーフにした電車の中刷りやパンフレットなど様々な宣伝グッズが制作されていたことがわかる。

また、展示内には数々の映画から印象的なセリフを切り取ったカラフルなバナーが天井からつるされ、その印象的な言葉に思わず足を止めてしまう。まだ観たことのない映画のセリフであっても、一体どんな映画なんだろうかと想像を掻き立てる言葉が並ぶ。

 

第3章 アニメーションと超大作

第3章は、アニメーション映画の商機をいち早く感じ取った角川映画が、平井和正原作『幻魔大戦』(1983)を皮切りに、アニメーションという路線を確立していった側面が伺えるセクションとなっている。

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さらに、角川春樹社長が監督として指揮した『キャバレー』(1986)で角川映画は本格的な音楽映画に挑戦している。そして壮大な時代劇『天と地と』(1990)では大規模なカナダでの撮影を行うなど、失敗を恐れずに新しいことに挑戦し進化を続ける角川の姿勢が感じられた。個人的には、女優の安達由美が子役として愛くるしいい笑顔で出演している映画『REX 恐竜物語』(1993)の展示が印象的であった。

岡田秀則氏(写真左)

岡田秀則氏(写真左)

 

第4章 再生、そして現代へ

90年代に入ると、角川映画は、角川歴彦新社長の指揮のもと『リング』(1998)や『失楽園』(1997)などに代表される話題作を次々と生み出す存在になっていった。そして2000年代に入り、大映の事業譲渡を受けた後は、旧大映東京撮影所を所有。複数の出資者による「製作委員会」方式をとる企業として、映画製作を行っている。

 『リング』(1998年、中田秀夫監督)ポスター  ⓒKADOKAWA

『リング』(1998年、中田秀夫監督)ポスター ⓒKADOKAWA

このセクションでは、まとめとしてこれまでの全ての角川映画の年表形式の一覧表が展示されている。その数の多さと、著名な監督・女優の名前を見るだけで圧倒されてしまう。また、主題歌を手掛けたアーティストも参照することができるのだが、こちらにも意外性があり細かく見ていると新たな発見があるかもしれない。

また、出口近くでは、角川映画の予告篇を上映するミニシアタースペースもあり、懐かしい作品や新たな発見のある作品を鑑賞することができる。来場者によっては丸ごと1本映画を見てしまう人もいるそう。

現代は、映画を楽しむのに、わざわざ映画館まで足を運ばなくてもオンラインや専門チャンネル、あるいはDVDレンタルショップに行けば気軽に楽しめる時代だ。しかし、1本の映画を制作し、それを宣伝し世に送り出す、ということに人生を賭けてきた先人達の足跡をこの展覧会で振り返り、新たなお気に入りの1本に出会ってみるのもよいのではないだろうか。映画も人も出会いが肝心。ぜひ本展で、70年代後半からの日本映画や音楽、若者文化などの直近のトレンドを楽しみながら知り、再考してみてほしい。

ちなみに、フィルムセンターの位置する京橋は、銀座からも東京駅からも近い大変便利な立地にある。銀ブラやランチのついでに立ち寄って映画を見たり、展覧会を覗いたりしてのんびり過ごすのにおすすめなスポットだ。秋には大規模商業ビルのオープンも控えており、これから注目したいエリアとなっている。

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文=ソウダ ミオ   写真=新 麻記子

イベント情報
角川映画の 40 年  Forty Years of Kadokawa Pictures

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター 展示室(7 階)
会期:2016 年 7 月 26 日(火)―10 月 30 日(日)
休館日:月曜日および 9 月 5 日(月)-9 日(金)
開室時間:午前 11 時-午後 6 時 30 分(入室は午後 6 時まで)
料金:一般 210 円(100 円)/大学生・シニア 70 円(40 円)/高校生以下及び 18 歳未満、障害者(付添者 は原則 1 名まで)、MOMAT パスポートをお持ちの方、キャンパスメンバーズは無料
*料金は常設の「NFC コレクションでみる 日本映画の歴史」の入場料を含みます。 *( )内は 20 名以上の団体料金です。 *学生、シニア(65 歳以上)、障害者、キャンパスメンバーズの方はそれぞれ入室の際、証明できるものをご提示ください。 *フィルムセンターの上映企画をご覧になった方は当日に限り、半券のご提示により団体料金が適用されます。
アクセス:
東京メトロ銀座線京橋駅下車、出口 1 から昭和通り方向へ徒歩 1 分
都営地下鉄浅草線宝町駅下車、出口 A4 から中央通り方向へ徒歩 1 分
東京メトロ有楽町線銀座一丁目下車、出口 7 より徒歩5分
JR 東京駅下車、八重洲南口より徒歩 10 分

お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

イベント情報
《角川映画》はミステリー映画をどう変えたか
日程:9月24日(土)14:00
講師:中川右介氏(評論家・編集者、「角川映画1976-1986」著者

上映&ト―クイベント 雀洋一監督
《角川映画》で4作品を監督した雀洋一監督を招いてのトーク。
日時:10月29日(土)
午後2時:「友よ、静かに瞑れ」(1985) 上映[103分]
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