METライブビューイング『ナブッコ』/ドミンゴ&レヴァインの共演を目に焼き付ける

レポート
クラシック
舞台
2017.2.8
『ナブッコ』プラシド・ドミンゴ ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

『ナブッコ』プラシド・ドミンゴ ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera


METライブビューイング第4弾はヴェルディのオペラ『ナブッコ』。1842年にミラノ・スカラ座で初演された、ヴェルディの3作目の作品であり、イタリアオペラを代表する名作のひとつだ。タイトルロールを演じるのはもはや語る必要もない、世界の名テノール、プラシド・ドミンゴ。指揮は2016年シーズン限りで引退を表明しているジェイムズ・レヴァイン。このライヴビューイングは日本のファンにとってはドミンゴ&レヴァインの共演を目にする、実に貴重な機会ともいえる。

『ナブッコ』プラシド・ドミンゴ、リュドミラ・モナスティルスカ ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

『ナブッコ』プラシド・ドミンゴ、リュドミラ・モナスティルスカ ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

■ヴェルディの出世作と普遍の名曲

『ナブッコ』は先に発表したオペラの不評、さらに妻と2人の子供を立て続けに亡くし、絶望のどん底にあったヴェルディが作曲家として再起を果たし、大好評を得た出世作だ。

聖書の「バビロン捕囚」に題材を取り、ナブッコ(ネブカドネザル)王の弾圧、(おそらく奴隷女との間にできた)娘アビガイッレの裏切り、実の娘フェネーナへの父親としての愛、そして王の改心を描いたドラマで、タイトルロールのドミンゴはもとより、アビガイッレ役のモナスティルスカ、ヘブライ人の司祭ザッカーリアを演じるベロセルスキーなど、それぞれが人間味あふれる存在感を放ち、聴かせ、物語に深みを与える。

『ナブッコ』リュドミラ・モナスティルスカ ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

『ナブッコ』リュドミラ・モナスティルスカ ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

METを見る度につくづく感じ入るが、この舞台セットで実際に松明が燃やせるほどの巨大な歌劇場空間で個として存在感を放ち、重厚なドラマを繰り広げるアーティストたちの力量にはただただ感嘆する。

また大スクリーンを通して主演はもとより、合唱団の表情さえしっかりと見えるのがライブビューイングの楽しみの一つだが、舞台上にいる出演者の多国籍ぶりもまたアメリカらしく、そして第3幕・第2場で歌われるこのオペラの目玉「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」は、その多彩な合唱団が歌うと一層迫るものが、今回は強く感じられた。

連行されたヘブライの民が故郷を偲ぶこの歌は、イタリアでは「第二の国家」と言われるほどに広く浸透し、また世界でも愛されている名曲で、この舞台のアーティストたちは静かに前を見据え、粛々と歌う。

『ナブッコ』 ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

『ナブッコ』 ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

観ていて失意のどん底にあったヴェルディは持ち込まれた台本の、この「黄金の翼」の詩を見て、再び作曲に取り組んだという、有名な話を思い出す。またこの曲は当時ハプスブルク家の支配から独立し、統一運動が起こっていたイタリアの人々にも勇気を与えたという話も頭をよぎる。舞台の上の、様々なルーツを持つであろう人々の顔を眺めながらこの曲を聴いていると、讃美歌にも似たこの曲とともに、自由を求め歌い続けた黒人霊歌も頭をかすめ、ああ、アメリカの伝統がある、アメリカのオペラだ、METなんだ、としみじみ思うのである。

そしてなんと、レヴァインはこの曲をもう一度、リピートして演奏してくれるのだ。この大らかさもまたアメリカらしいなぁと思い、ふっと頬が緩むのである。

名曲はどのような時代であれ、人であれなんであれ、いつの世でも時でもそこにいる人達の心のどこかに訴えるからこそ、歌われ続ける。「普遍」とはこういうことか、と改めて思うワンシーンだ。

■映画館で「世界最高峰」にふれる、そのありがたさ

今更的な話ではあるが、しかしやはり舞台好きにとってこのライブビューイングは実にありがたい。もちろん舞台は生で鑑賞するのが一番なのは言うまでもないが、それでもそう簡単に行けないニューヨークのMETの舞台を、大スクリーンで見られる機会というのはやはり貴重な機会だと、今回のドミンゴの名演熱演を(スクリーンを通してとはいえ)体感ししみじみと思う。

何よりライブビューイングならではの特典は幕間の特別インタビュー。今回はドミンゴと、今シーズンを最後に引退を表明しているMETの名指揮者レヴァインの音楽、芸術に対する思いなどが語られる。

「未だ思った通りにできたことはない」「芸にパーフェクトはない」と語るドミンゴの言葉は衝撃的だが、だからこそ一流アーティストは常に一流の上を目指し、舞台の可能性は果てしなく広がる。これは観客にとっても実に幸せなことだし、だからこそ敬意を忘れずに鑑賞に挑みたいと襟を正すのである。

ドミンゴ&レヴァイン率いるMETの名演。やはりしっかりと目に焼き付けておきたい。

『ナブッコ』 ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

『ナブッコ』 ⒸMarty Sohl/Metropolitan Opera

上映情報
METライブビューイング『ナブッコ』

日時:2月4日(土)~10日(金)
会場:
北海道 札幌シネマフロンティア
宮城 MOVIX仙台
千葉 MOVIX柏の葉
埼玉 MOVIXさいたま
東京 東劇/新宿ピカデリー/TOHOシネマズ六本木ヒルズ/MOVIX昭島/109シネマズ二子玉川
神奈川 109シネマズ川崎/横浜ブルク13
静岡 TOHOシネマズ浜松
愛知 ミッドランドスクエアシネマ
京都 MOVIX京都
大阪 大阪ステーションシティシネマ/なんばパークスシネマ
兵庫 神戸国際松竹
広島 109シネマズ広島
福岡 福岡中洲大洋
出演:プラシド・ドミンゴ、リュドミラ・モナスティルスカ、ジェイミー・バートン、ラッセル・トーマス、ディミトリ・ベロセルスキー ほか
公式サイト:
http://www.shochiku.co.jp/met/​

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