大人がやる吹奏楽ならではの響きを目指す「ぱんだウインドオーケストラ」の新鋭たち
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こぱんだウインズ “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.2.19ライブレポート
「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されている『サンデー・ブランチ・クラシック』。
2月19日に登場したのは、東京藝術大学の同級生を中心にして2011年に結成された「ぱんだウインドオーケストラ」のメンバーによる、小編成の「こぱんだウインズ」だ。大編成では難しい小回りの効く柔軟さを売りにした“こぱんだ”は、過去に『題名のない音楽会』へ16名編成のこぱんだウインドアンサンブルが出演するなど活躍の場を広げている。今回はフルート三重奏として、大久保祐奈、高橋なつ美、林広真の3名がバラエティに富んだ曲目を聴かせてくれた。
※ぱんだウインドオーケストラは、50名編成が「ぱんだウインドオーケストラ」、16名編成が「こぱんだウインドアンサンブル」、4~6名程の編成が「こぱんだウインズ」と編成数によって名称が異なる
本日のステージはグランドピアノが置かれていないため、普段のカフェとは少し景色が違う。時間になると左から赤いドレスの高橋、紫のドレスの大久保、一番右側に林が黒いスーツ姿と三者三様の衣装で登場した。
まず1曲目には、フランソワ・ドヴィエンヌの残したフルート三重奏曲第5番ト短調より第1楽章が演奏された。ドヴィエンヌはモーツァルトと同時代に活躍し、当時は権威あるパリ音楽院のフルート科初代教授を務めた人物であるが、現在ではフルート奏者の貴重な古典派レパートリーとして演奏されるに過ぎない、限りなく忘れ去られつつある作曲家だ。
カフェでゆったりとした演奏を
しかしながら、彼らのしっかりとした実力で聴くとどうだろう。フルートの高音から低音まで多彩な音色の違いも堪能できる実によく出来た作品であることが伝わってくる。一般にはあまり有名ではないかもしれないが、200年以上にわたってフルート奏者のレパートリーとして演奏されてきたのは伊達ではないのだ(なお、追ってインタビューでうかがわせていただいたところ、ドヴィエンヌは大久保が思い入れをもって選んだ曲とのこと)。
当然のように客席から盛大な拍手が送られるなか、リーダーの大久保から客席に向けた挨拶がなされたのだが、トリオについては「若手吹奏楽団のぱんだウインドオーケストラに所属しているんですが、そのなかでも交わることの少ない異色の3人組が揃いました」と少し予想外の自己紹介。あとで理由を聞いてみると、いわゆるフルートらしい「綺麗な音とか華やかな音というよりも、密度の濃い音を理想とした3人」なのだからだという。確かに1曲目のドヴィエンヌからして、誰がどのパートを吹いているのか分からなくなるほど3人の音色がマッチしていたのだから、それも納得である。
(左から)高橋なつ美、大久保祐奈、林広真
そんな濃い目のトリオが次に取り上げたのは可愛すぎる曲名が印象に残る「トリプルあいす」――作曲者は吹奏楽業界では屈指の売れっ子作曲家・八木澤教司(やぎさわさとし)である。各楽章でも「第1楽章:すとろべりぃ」「第2楽章:バニラ(生チョコ付き)」「第3楽章:まっ茶!」と、キュートなタイトルが並んでいる。そんな曲に限って、あえて主旋律を担当するのは黒一点の林広真であるのだから、聴く方も思わずニヤッとしてしまう。どれも1分半程度のアイスが溶けないうちに聴き終わってしまうようなミニチュアサイズの小品で、こうしたカフェで聴くにはうってつけの雰囲気であった。
ジブリ楽曲の中でもマニアック(?)なものを
3曲目、今度はお客様にも馴染みのある音楽を……と、久石譲の手がけたジブリの音楽から3つ続けて演奏された。ところが蓋を開けてみると聴こえてきたのは、『魔女の宅急便』の冒頭でオカリナの音色が聴こえてくる「仕事はじめ」と、鳥かごを届けようとするシーンで流れる「晴れた日に」。そして『となりのトトロ』より「ねこバス」……と、いわゆる映画のメインテーマにあたる音楽がひとつもないというやや渋めのセレクトであった。凝った選曲の犯人はジブリマニアの高橋によるもの。彼女によるこだわりの選曲はどれもフルートの音色にぴったりであった。
2人が演奏、1人が語り手に
次に演奏されたのは、これまた吹奏楽界では知らぬものはいない大御所の作曲家・伊藤康英があの名作オペラをフルートデュオのために編み直した『二人でカルメンを』。二重奏ということは一人お休みかと思いきや、残りのひとりはオペラの筋書きを朗読する役回り。演奏中にいきなりマイクで語りをはじめた瞬間こそ、客席から驚きの声が漏れたが「前奏曲」「ハバネラ」「ジプシーの歌」「セギディーリャ」「アラゴネーズ」と10分にわたるハイライトを聴き終える頃には、すっかり客席も物語の世界に引き込まれてしまったのだが、朗読による物語も終盤に差し掛かると最後に衝撃的な展開が待っていた。
なんと「彼らの恋模様はどのような結末なのか……続きは皆さま、オペラを御覧ください」と語りが入ると音楽は急きょ、最初の「前奏曲」に戻ってしまうのだ。思わずオペラ本編を観たくなってしまう、ユーモア溢れる演出にまたもやニヤッとさせられてしまった。
プログラムのラストに演奏されたのは、冒頭のドヴィエンヌと同じくパリ音楽院の教授であった作曲家ジャン=ミシェル・ダマーズによる「田園組曲」。ダマーズは2013年に85歳で亡くなった現代の作曲家なのだが、生涯にわたって前衛的な音楽には一切関わることなく、ドビュッシーやラヴェルのような洒脱な雰囲気を追求した職人的作曲家である。第1曲「鐘」、第2曲「牧歌」、第3曲「ロンド」と、いずれの曲もヨーロッパの田園風景を思わせるのどかな音楽で、彼らの演奏もひときわ伸びやかになり、リラックスした雰囲気のまま本編は終了。
盛大な拍手に応えて、アンコールには林の大学の同級生だという若手作曲家・藤田哲志(ふじたさとし)による「海のパレット」より第1曲が演奏された。これまた1分半ほどの可愛らしい小品で、田園からうってかわり、今度は波打つような海の情景を描いてみせた。
アンコールには同級生の楽曲を
フルートらしい爽やかで、若さあふれるフレッシュな魅力を振りまいてくれたこのトリオに、今度は大編成のぱんだウインドオーケストラのことなども含めて、様々なお話をうかがった。
――素晴らしい演奏を有難うございました! さて、フルートというと世間からは「おっとりとしたお嬢様っぽい」とか、男性なら「貴公子っぽい」等といったイメージを抱かれがちかなと思うのですが、トークのなかで自分たちを「受身な姿勢じゃない、前向きな姿勢で音楽に臨む」メンバーと表現されていましたよね。ご自分たちとしてはフルート奏者は実際のところ、どのようなメンタリティをお持ちだと思われていますか?
高橋:私もフルートのイメージはやっぱり「お嬢さま」で、「清楚でゆったりしている」というイメージを持っていたんですけれども、大学に入ってみたら全然違うなって思いました。やっぱり一人ひとりに自分の意志がしっかりとあり、自分で積極的に発言できるという感じの方が多かったです。私はあまり積極的には言いだせないタイプだったので最初はちょっと苦戦しましたが、だんだん馴染んで発言できるようになりました。
林:僕も自分が吹く前は、お嬢さまのイメージだったんですけれども、大学入って先輩方と話すうちにイメージが変わりました。良い意味でしっかりと意見をもっていらっしゃる方が多いですね。
大久保:わがままってこと?(笑)
林:いや……。
一同:(笑)。
林:もともと男性は少ないので、ほとんどの男性は女性の……。
大久保:しもべ?
林:はい。
一同:(爆笑)。
――皆さまの仲の良さが、よく伝わってきました(笑)。さて今度は、ぱんだウインドオーケストラについてお話を聞かせてください。テレビ朝日『題名のない音楽会』やNHK-Eテレ『ららら♪クラシック』などにもご出演されるなど各所で話題となっておりますが、ぱんだウインドオーケストラならではの魅力はどこにあるのでしょう?
林:プロの吹奏楽団は他にもいくつもありますけれども、若い年齢でしかできないスピード感のある演奏とかフレッシュな演奏……。そういったところを楽しんでいただける吹奏楽団なんじゃないかと思っています。
大久保:私たちは仕事というよりも好きで集まったメンバーなんですけども、皆様に支えていただいたお陰でお仕事になっていきました。運営自体も自分たちの中でやっておりまして、いま何が求められているかということを常に探求しながら自分たちで工夫をしている吹奏楽団かなって思っています。
高橋:あと私たちは同級生で始めたっていうのが大きいですね。同級生だと何でも言い合えるじゃないですか、良い意味で。みんな言い合ってぶつかることもあるけれど、どんどん上に行けるっていう面では、すごく良い吹奏楽団だなといつも思っています。
――運営も奏者であるご自身たちでされているとのことですが、具体的にはどのような体制で運営されているのでしょうか?
大久保:楽団長、コンサートマスター、各楽器の首席、インスペクターなどから構成される楽団委員会というものがあり、月1回ミーティングをしています。次の曲を何にするのか、どんなテーマにするのかなど、意見を持ち寄り、話し合って決めていきます。
――では、その首席奏者はどのようにして決めるのでしょうか?
大久保:毎年選挙があるんです。1月に選挙を行っては首席を決め、その首席奏者たちががその他の奏者を決めて、4月にシーズンメンバーが固定されます。
――なんと!? 非常に民主的な運営をされているのですね。首席奏者もうかうかしていられませんね……。
大久保:厳しいですね。自分でもそう思います。
インタビューの様子
――話はかわるのですが、2月28日に新しいCDが発売したそうですね。これはどのような内容なのでしょうか?
高橋:昨年の12月に出演した『オーチャードブラス!第1回~カリスマと若き精鋭たちの競演~』(オーチャードホール主催)という企画で、吹奏楽界で非常に有名な指揮の藤重佳久先生(現在は活水女子大学音楽学部教授)とぱんだウインドオーケストラが共演した演奏会のライブ録音なんです。曲目はとにかく吹奏楽の王道という感じの曲で、かなり難しい曲……全部メインプログラムになるような作品を詰め込んだうえに、1日2回公演だったので凄く肺が痛くなったコンサートです(笑)。
――それはそれは……若くて体力があるからできることです。どの演奏もきっと熱演だと思うのですが、そのなかでも特に思い入れのある曲目はありますか?
林:1回目の昼公演も緊張感があって良いのですが、やっぱり2回目の夜公演では良い意味でノッて来て、皆のエンジンがかかってきてるときの雰囲気があります。その最後に演奏したフィリップ・スパークの「宇宙の音楽」なんかは、みんなの気持ちが高ぶっている感じがよく表れているんじゃないかなと思います。
――最後に、5月13日に東京文化会館で開催されるコンサートについて伺わせてください。今回、とりわけ目を引くのは、2015年に若干23歳でブザンソン指揮者コンクール(※日本人ではこれまでに小澤征爾や佐渡裕など、錚々たる顔ぶれが優勝してきた指揮者の登竜門)に優勝したジョナサン・ヘイワードさんとの共演です。
大久保:私たちぱんだウインドオーケストラの魅力を引き出して下さる指揮者に出会えるといいなと思って、いろんな方々とやらせていただいているんです。同世代というのも大きな要素で、いまノッている人と一緒に共演して相乗効果が生まれたらなと思っています。
――どんな化学反応が起こるのか非常に楽しみですね。では、この5月公演の聴きどころを教えていただければと思います。
高橋:私たちのホームである上野の東京文化会館……この素晴らしいホールで演奏させていただくっていうのもありますし、ぱんだウインドオーケストラの色がどのようにお客様に聴こえるのか、私たちとしても楽しみです。皆さんに楽しんでいただける演奏会になるんじゃないかなと思っています。
林:曲目も「ボレロ」をやったり「パリのアメリカ人」をやったりとかしますので、吹奏楽をお好きな方以外でも、例えばクラシック音楽がお好きな人とかにも楽しんでいただけるような、幅のある演奏会になればいいなと思っております。
大久保:日本での中高生の吹奏楽界に留まることなく、大人がやる吹奏楽ならではの響きを目指していきたいですね!
――本日はフレッシュな演奏を有難うございました!
(左から)高橋なつ美、林広真、大久保祐奈
単に音楽を気軽に楽しむだけでなく、いまどんな音楽家が話題になっているかという最新動向まで分かるサンデー・ブランチ・クラシックは、毎週日曜午後1時から。ミュージックチャージは500円と大変手頃なので、普段クラシック音楽を聴かない友人でも気軽に誘えるのでオススメだ。
取材・文=小室敬幸 撮影=岩間辰徳
日時:2017年5月13日(土)14:00開演(13:15開場)
会場:東京文化会館 大ホール
出演:ぱんだウインドオーケストラ/ジョナサンヘイワード(指揮)
<曲目>
A.リード:春の猟犬
J.マッキー:吹奏楽のための交響曲《ワイン・ダーク・シー》
G.ガーシュウィン/狭間美帆編:パリのアメリカ人(新編曲)
M.ラヴェル/坂東祐大編:ボレロ(新編曲)ほか
※曲目は変更になる場合がございます。あらかじめご了承ください。
主催:コンサートイマジン
鈴木舞/ヴァイオリン&實川風/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
4月9日
小野明子/ヴァイオリン&益田正洋/クラシックギター
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
尾崎未空/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
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