『柳家喬太郎と道玄坂の夜』をレポート 古典に笑い、新作に圧倒された、喬太郎のリビング落語
撮影=岡崎雄昌
4月24日(月)から26日(水)の3日間、 第2回リビング落語『柳家喬太郎と道玄坂の夜』が開催された。柳家喬太郎は、古典でも新作でも手腕を発揮する人気落語家でありながら、ベテラン扱いされることからはするりと逃げ出してしまう佇まいが魅力だ。主演映画『スプリング、ハズ、カム』や、春風亭昇太と共演したの手帳のCMでも注目を集めた。そんな喬太郎による落語会は、3夜とも大盛況のうちに閉会した。
渋谷・道玄坂、リビング落語とは
撮影=岡崎雄昌
リビング落語は、2017年4月3日より始まった新しい落語会だ。 会場のeplusリビングルーム カフェ&ダイニングは、渋谷ハチ公前交差点を背に道玄坂を上がってすぐ、ユニクロが入っているプライムビルの5階にある。店内には現代アートとジャズがかかり、「ここはニューヨークのトライベッカか、ブルックリンか?」という雰囲気で、食事もお酒も楽しめる。そんな会場でリビング落語、その最大の魅力は、独演会で大きなホールを埋める人気真打の落語を贅沢な距離感で聴けることにある。
撮影=塚田史香
ここで、落語が好きな方にお伝えしたいことがある。もし女性から「落語に興味があります。今度ご一緒させてください」と言われた時は、リビング落語を思い出してほしい。落語に長く親しまれている方ほど多くの選択肢をお持ちだから、「誰にしよう。どこにしよう。そもそも『興味があります』の方向性は? 本気度は?」と悩まれるのではないだろうか。リビング落語であれば、間違いのない実力派の噺家が登場し、前後の食事場所を探す手間もない(終演後の会場はそのままバー営業)。雰囲気も良く、ターミナル駅も近い(渋谷駅至近)。
そんなリビング落語シリーズの第二回目、『柳家喬太郎と道玄坂の夜』より、4月25日(火)の模様をレポートする。柳家喬太郎が、古典落語の魅力と、新作落語の可能性を教えてくれた一夜だった。
・落語『夢の酒』柳家喬太郎
・講談『安兵衛駆け付け』一龍斎貞橘
(休憩)
・落語『ぺたりこん』柳家喬太郎
オープニングトーク
大きな拍手で迎えられた喬太郎は、登場するなり会場の立地と雰囲気について「こういう場所には結界が張られていて、ふだんは足を踏み入れられない」「落語人生で5本の指に入るやりにくさ!」と言い放った。観客は爆笑。会場に姿をみせていた「リビング落語」プロデューサーの寺岡呼人も手を叩いて笑っていた。日替わりゲストの講談師・一龍斎貞橘も登壇すると、二人は緋毛氈(ひもうせん)のかかる高座に並んで腰をかける。貞橘が「釈台(机)がないと、ゾクゾクします」と着物の裾を気にする隣で、喬太郎は 「(こんな座り方をするのは)お初だよ」と足をぶらぶらさせトークがはじまった。
撮影=岡崎雄昌
撮影=岡崎雄昌
人間国宝の六代目一龍斎貞水門下・貞橘は、日大芸術学部の出身。学生時代は落研ではなく、ミュージカル研究会に所属していたという。喬太郎に「歌って、歌って!」と無邪気にせがまれると、貞橘は少し照れながらも『オペラ座の怪人』のタイトルナンバーをさらりと披露した。さらに喬太郎に「講談にも、艶話はあるんですか? 聞きたいなあ!」とねだられると、貞橘は放送コードにギリギリアウトな登場人物の名前を品よく紹介。また、かつてキャバレーで怪談話の需要があった理由なども明かされた。
撮影=岡崎雄昌
「魔がさしたんでしょうね」
一席目のマクラでは「魔がさしたんでしょうね」と断りを入れ、歌舞伎町を舞台にした喬太郎自身の“夢の酒”エピソードを披露。さらに喬太郎の師匠であり、このたび紫綬褒章受章が発表された柳家さん喬は「アグネス・チャンと手を繋いで、お花畑をスキップした夢」が忘れられないらしいことも明かした。その流れで、笑いが途切れる間もなく『夢の酒』へ。
撮影=岡崎雄昌
撮影=岡崎雄昌
大黒屋の若旦那がご新造に言い寄られる夢をみた。夢の内容をきいた若女将・おはなは、夢の中の新造に本気でヤキモチを焼き、大旦那まで巻き込んで……という、微笑ましい噺である。ここで演じられる御新造は、いい具合に色っぽい。声つきやあごの角度のやりすぎ感は、笑いどころであると同時に、“モテ”を特集した女性誌より何倍も学ぶところがありそうだ。
撮影=岡崎雄昌
撮影=岡崎雄昌
道玄坂から高田馬場へ
撮影=岡崎雄昌
一龍斎貞橘の講談は『安兵衛駆け付け』。落語に比べて説明的な語りが多い中、まくし立てるでもなく、聴く者のテンションをじわじわと上げていく。貞橘が張り扇で講釈台を叩く「バシッ」という音が心地よい。ふと普段の貞橘の口調に戻って「けんか仲裁の舞台が両国橋の鰻屋なのは、講談協会の忘年会でお世話になっている場所だから」「講談協会の忘年会が毎年11月なのは、12月がになると忙しいから(赤穂浪士の講談が盛んに行われるシーズンのため)」などの内輪話もはさみつつ、あっという間に高田馬場の決闘シーンへ。講談を初めて聞いたという来場者は、「張りつめたシーンから、ふわっとトーンを緩めたあと、またキュッと引締めて物語に引き戻された。すごいエンタテイメントだった!」と感想を聞かせてくれた。
撮影=岡崎雄昌
撮影=岡崎雄昌
喬太郎の不条理な世界
喬太郎の2席目は『ぺたりこん』。40年前に創られた三遊亭円丈の新作落語なのだそう。使えない会社員・タカハシの手のひらが、会社の机から離れなくなる物語だ。このタカハシのダメっぷりは尋常ではない。左右の足を同時にくじき、犬に噛みつかれて離れず、情けなく会社に助けを呼ぶのだ。ここまでならば滑稽噺だが、このあと会場からは笑い声が消えた。喬太郎の気迫に満ちた不条理な世界に、会場が飲み込まれていくのを感じた。
撮影=岡崎雄昌
撮影=岡崎雄昌
(※以下、ネタばれを含みます)
タカハシの手は、どうしても机から離れない。シュールな状況にタカハシも「不条理だろ?」と自嘲し、カフカの『変身』に例えたりする。課長のワタナベは同情するどころか、タカハシに退職するか、机の一部=備品として会社に残るか選択を迫る。家族を養うためタカハシは「備品」となるが、まもなく衰弱し死んでしまう。
カフカ作品の日本語訳者として知られる池内紀氏によれば、カフカは友人を前に、笑いをこらえながら『変身』を朗読したという。『ぺたりこん』も、不条理をブラックジョークとして笑い飛ばし、ドタバタコメディーに仕上げることはできたはずだ。まして喬太郎なら、大爆笑の演出にもできただろう。しかし、そうはしなかった。
撮影=岡崎雄昌
撮影=岡崎雄昌
異様なのは、課長だけではない。1杯の水を求めるタカハシに花瓶の水を差し出す同僚もおかしければ、唇を噛みながらも頑なに無抵抗なタカハシだっておかしい。潔く救いのないラストで良かった。高座の上の喬太郎の手で『ぺたりこん』を完結させてくれたから、その後、我々観客はその不条理の世界に引きずられずに済んでいる。終演後、カウンターテーブルにのせた自分の手が、なにごともなく離れてほっとした。
第3回リビング落語は、柳家三三による『Salon De 三三』。5月8日(月)~11日(木)にかけて行われる。
※終了
日程:4月24日(月)~4月26日(水)
共演:一龍斎貞寿、一龍斎貞橘、神田茜
「リビング落語」 第三回 柳家三三 「Salon De 三三」
日程:5月8日(月)~5月11日(木)
公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/theliving/rakugo/index.ht