ベルギーから2年ぶりの来日で「ローザス」が新旧の2作品『ファーズ』『時の渦』を上演【鑑賞レポート】
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ローザス&イクトゥス「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」 東京芸術劇場プレイハウス (撮影:アーノルド・グロッシェル)
アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが主宰するベルギ-のダンス・カンパニー「ローザス」が、2年ぶりに来日し、「東京芸術劇場プレイハウス」で2作品を上演した。ひとつは、ミニマル・ミュ-ジックの巨匠スティーヴ・ライヒの初期4作品に振付けた『ファーズ-Fase』(5月2・3日)。もうひとつは、現代音楽の「アンサンブル・イクトゥス」の7人とダンサ-7人が共演し「今ここで」の感覚を堪能させる『時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)』(5月5~7日/2013年初演)である。なお両公演は愛知でも上演される(『ファーズ-Fase』=5月10日(水)名古屋市芸術創造センタ-、『時の渦-Vortex Temporum』=5月13日(土)愛知県芸術劇場大ホ-ル)。
今回の公演については、4月26日に解説を書いたが、そのとき言い残したことも含めて、改めてビビッドな感想を伝えようと思う(ただし愛知公演を観る人のためにネタバレになりすぎないよう考慮する)。
「アンサンブル・イクトゥス」との共演で「今ここ」の感覚を堪能させた『時の渦』
はじめに、日本初演の『時の渦-Vortex Temporum』から。
まず驚いたのは、床面に白いラインで描かれた、いくつかのサイズの違う円を組み合わせた幾何学的なデザインである。何か、ナスカの地上絵などを思い出してしまう。つまり抽象度が高く、宇宙人の感覚のようでもあり、人間ばなれしている。
そしてジェラール・グリゼーによる楽曲『時の渦』は、まったくの“現代音楽”。つまり、ピアノ、フルート、クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで演奏されるが、不協和音によるフレ-ズの繰り返しで充たされるような70分の演奏である。舞台の下手に、グランド・ピアノ。残りの部分に、冒頭では6脚の椅子。始まりは、奏者6人とダンサ-6人だった。音楽の演奏が先行し、やがてダンサ-達が登場する。
ローザス&イクトゥス「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」 東京芸術劇場プレイハウス (撮影:アーノルド・グロッシェル)
ケースマイケルが、ベルギ-の王立舞踊学校ムードラを卒業後、1970年代終わり頃のニューヨークに学び、ポスト・モダン・ダンス(モダン・ダンスより後の時代のダンス)の風を受け、ヨ-ロピアン・ポスト・モダン・ダンスに結実させたものが、「ロ-ザス」の作風となった。だが下段に書いて行くが、身体性では、当時のニュ-ヨ-クのポスト・モダン・ダンスよりも、進化が見られる。
たとえばスティーヴ・パクストンが合気道に想を得て、コンタクト・インプロヴィゼ-ション(触れ合いの即興)を始めたのは、ポスト・モダン・ダンスの後期とも言える1972年だった。それは要するに「体のこなれ方(コントロ-ルやキ-プに対し、体の軸を斜めにすれば、関節を解放した腕や脚は垂れ下がるとか、身体を回転させれば、腕は振り上がり、降り落ちる等という、身体を物質的に捉えた時の慣性による動き)」や、「脱」の感覚そのものが、ダンス身体の要所要所に取り入れられつつあった時代である。
1960年代に、いわゆるニューヨークのジャドソン教会に発した、「エネルギー一定の中立(禅の精神性からの影響もある)」で、「ミニマル(アジア・アフリカ音楽等から影響を得た、装飾を廃した最小単位)な動き」を重視したポスト・モダン・ダンスの隆盛期より、さらに後の、上段のような身体解放が進んだ時代の空気をも吸収したのがケ-スマイケルだった。
ローザス&イクトゥス「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」 東京芸術劇場プレイハウス (撮影:アーノルド・グロッシェル)
ケ-スマイケルの振付けでは、時々に、身体の要所要所に「脱」が見られ、それが身体の動きの速度を瞬間的に高める要因にもなった。身体の余分な力が抜けると、次への動きや、静止さえも、素早く行うことが可能になるのだ(ただし彼女の場合、コンタクト・インプロヴィゼ-ションのように身体が触れ合うことは稀であるが)。
『時の渦』の話に戻ると、ダッと、体の軸を斜めにした6人や7人が、全員で渦巻くように駆け抜けたり、ミニマルながらも、各々が各々の楽器演奏に呼応した鋭い、時に少し込み入った動きを見せつつ、舞台は進行する。だが、各々の楽器は皆で一つの楽曲を演奏しているのだから、舞台上のダンサ-達も、各々に切り離れるようには見えず、あたかも一つのクラウドが移動し、時に霧散し、渦巻くように見えた。これが、今回の音楽の視覚化でもあろうと思われる。
それにしても、単に「人が動く/走る」のではなく、身体的な存在感にも「強度」があるのは、どうしてなのか。ここで考えて置きたいのは、一つには「身体感覚(あるいは五感)の解放」。もう一つは、ポスト・モダン・ダンスに影響を与えた、これまでに紹介した各々の要素に加え、戦前のドイツの前衛芸術学校「バウハウス」から渡米した、「スコア」からの影響である。
ちなみに「スコア」は、本来は音楽の総譜のこと。ポスト・モダン・ダンスの時代には、前衛芸術運動「フルクサス」のパフォ-マンスを含め、直接的な振付けや演出よりも、「スコア(指示)」による「コンポジション(構成)」が重視された。そもそも、これは「バウハウス」が、「ロシア・アヴァンギャルド」から得た影響だった。そして、その「ロシア・アヴァンギャルド」とは、前世紀初頭のロシア革命の頃に起きた前衛的な構成主義で、伝統的な芸術表現を断ち切ろうとした運動だった。
ローザス&イクトゥス「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」 東京芸術劇場プレイハウス (撮影:アーノルド・グロッシェル)
ケ-スマイケルは、振付けの詳細を明かすことはないが、たとえば「無駄のない動きで、一度床に手を付き立ち上がる」「全員で渦を巻くように走る」等という、各々のダンサ-についての連綿とした「スコア」(指示)があり、ダンサ-達は、ミニマルな動き自体を振り移されたのではなく、「スコア」を実行しつつ、その時々に起きて来る「今ここで」の局面を、解放された身体感覚で捉え、体験しているかのように見える。そして、その解放された身体感覚が、客席にも届いて来るかのようなのだ。
また、そもそも「ミニマルな動き」と言うのは、バレエやモダンのテクニックを用いた「ダンシ-な動き(いかにもダンスらしい伝統的な舞踊表現)」に、対抗するものだった。だが、同じ「ミニマルな動き」がベ-スでありながら、概(おおむ)ねニュ-ヨ-ク発のポスト・モダン・ダンスよりも、「ロ-ザス」の場合の方が、舞踊の本質の一つであろう「浮遊感」や「忘我の喜び」が感じられる。それもまた、身体の「脱」の感覚(関節の解放)に、負う所なのだろうと思われる。
ローザス&イクトゥス「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」 東京芸術劇場プレイハウス (撮影:アーノルド・グロッシェル)
ライヒのミニマルな音楽と、ダンスの「強度」が弾ける『ファ-ズ』
さて、ここからは、その後も「ロ-ザス」のメイン・テ-マとなった「音楽と動きの緊密な関係」の源である、1982年初演の『ファ-ズ-Fase』の話に入ろう。これは、4月26日の解説にも書いたが、ミニマル・ミュ-ジックの巨匠スティ-ヴ・ライヒが、1966年から1972年までに作曲した「ピアノ・フェイズ」「カム・アウト」「ヴァイオリン・フェイズ」「クラッピング・ミュ-ジック」の4曲に振付けた4作品である。
私は、今回改めて、ライヒのミニマルな音の「強度」が、ダンスの「強度」を生み出したことを確認した思いだった。音楽とダンスの「強度」の相乗効果で、爆弾に当たったような衝撃を覚えた。「ピアノ・フェイズ」では、まず高音の2台のピアノが奏でる短いフレ-ズの繰り返しが聞こえて来る。その2つのフレ-ズが奏でられる速度に、16分音符の〈ズレ〉があるため、始めは揃って聞こえるものの、やがて大きく〈ズレ〉て来る。
だが、しばらくすると、もう一度、2つのフレ-ズがピタリと揃う瞬間が巡って来る。ケ-スマイケルは、これを2人の女性ダンサ-が並んで踊る作品として振付け、初演と同じく、その1人を自分で踊った。2人各々が、各々のピアノ音を追うように回転を繰り返すため、その回転が、大きくズレ、やがて再びピタリと合う。ヨ-ロピアン・ポスト・モダン・ダンスは自在で、まさに音楽を視覚化したこの光景は、作品の中に「入れ子」(作品の一部分)として現れる。
そしてスニ-カ-での、気の利いた左右へのステップ、スカ-トが翻(ひるがえ)る、ブレ-キをかけたような、急速な動きの休止。舞台奥や前方でも踊る等の移動もあり、変化にも富む。ケ-スマイケル自身が踊ったこともあり、大変な気品と貫禄が伝わって来た。また途中、ケ-スマイケルの髪留(かみどめ)が落ち、それを拾って直し、さりげなく続きを踊る姿も微笑ましかった。そしてライトの効果で、2人の女性ダンサ-達の影が、背後の壁に4つ映り、そのうち2つは、中央で重なり、色が濃くなる。2人が5人に見え、「慣性」により腕が振子のように動くのも、美しい。
ローザス「ファーズ―Fase」Fase,Four Movements to the Music of Steve Reich (c)Herman Sorgeloos
続く「カム・アウト」では、2人がオレンジ色の小さな傘が2つ吊(つ)り下がる日常的な照明器具の下で、カウンタ-・バ-にあるような脚の高い椅子に座り、しかも高くて太いヒ-ルのあるブ-ツで踊る。ヨ-ロピアン・ポスト・モダン・ダンスは、自在だなと、重ねて思う。「ヴァイオリン・フェイズ」は、大きな円の軌跡を描きながら、ケ-スマイケルが一人で、回転を繰り返すような振付け。後ろ姿で、スカ-トを大きく翻し、白い下着をバッチリと見せる場面も、3回あった。
「クラッピング・ミュ-ジック」では、再び2人はスニ-カ-とシンプルなワンピ-ス姿に戻り、激しい手拍手音の中、時に掌(てのひら)を東洋的な仕草にも見えるように合わせて腕を頭上に上げ、身体を上下にもくねらせつつ、身体物質的なダンスに励む。とにもかくにもケ-スマイケルの振付けは、感情や情緒から離れ、伝統的な舞踊身体からも離れた、抽象度の高いものである。
歴史を見れば、自我(セルフ)を極めようとしたアメリカン・モダン・ダンスのマ-サ・グレアム、自我を掘り込み、喜怒哀楽や愛・憧れ・怖れ・暴力等、人間の生理の領域までをタンツ・テアタ-で表現したピナ・バウシュ等に続く、多くの仕事を成し遂げて来た女性振付家の一人が、ケ-スマイケルだ。ケ-スマイケルの仕事の一端について、2007年の「インプルス・タンツ」(国際コンテンポラリ-・ダンス・フェスティバル)の会期中の夏のウィ-ンで、「ロ-ザス」結成メンバ-の池田扶美代がインタビュ-の中で語ってくれたことがある。
それは、黄金比(1:1618、約5:8)のことだった。この比率を長方形の縦横にし、1の割合の辺の方で正方形を作り、その部分の面積を削除する。すると、また同じ比率になり、1の割合の辺で正方形を作り、その面積を削る。黄金比とは、これを永遠に繰り返すことが可能な、不思議な比率なのである。あるいは頭上からヘソ、ヘソから足先まで、この比率が最も美しい、とも言う。
ケ-スマイケルは、この黄金比を時間に応用し、振付けに生かすことも考えていたそうだ。今回の上演では、「ピアノ・フェイズ」「ヴァイオリン・フェイズ」に最もそれを感じたが、ケ-スマイケルが振付けに求めるのは、このような「普遍性」ではないだろうか。
ローザス「ファーズ―Fase」Fase,Four Movements to the Music of Steve Reich (c)Herman Sorgeloos
■出演:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル ターレ・ドルヴェン
■音楽:スティーヴ・ライヒ(録音)
■音楽:ジェラール・グリゼー『時の渦(ヴォルテックス・テンポラム)』
■出演:ローザス・ダンサーズ
■演奏:アンサンブル・イクトゥス(生演奏)
■会場:東京芸術劇場 プレイハウス
■日程:2017年5月2日(火)~2017/5月3日(水・祝)
■プログラム:
「ファーズ-Fase」=5月2日(火)19:30、3日(水・祝)15:00
「時の渦-Vortex Temporum」=5月5日(金・祝)17:00、6日(土)/7日(日)15:00
■公式サイト:http://www.geigeki.jp/performance/theater141/
■会場:名古屋市芸術創造センター(5/10)、愛知県芸術劇場大ホール(5/13)
■日程:2017年5月10日(水)・5月13日(土)
■プログラム:
「ファーズ-Fase」=5月10日(水)19:00
「時の渦-Vortex Temporum」=5月13日(土)15:00
■公式サイト:http://www.aac.pref.aichi.jp/