ベルギーの国際的コンテンポラリー・ダンス・カンパニー「ローザス」2年ぶりの来日で新旧の2作品上演

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2017.4.26
「ファーズ―Fase」 (c)Herman Sorgeloos

「ファーズ―Fase」 (c)Herman Sorgeloos


アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが主宰するベルギーのダンス・カンパニー「ローザス」が、2年ぶりに来日する。「ローザス」は、1983年の結成以降、国際的なコンテンポラリー・ダンス・シーンを牽引して来た。現在は男性ダンサーも混じるが、結成当時は、振付・演出を担うケースマイケルのみならず、メンバーは全員が女性だった。

若い女性たちが、解体的な身体性で、ミニマルな動きながら、激しいダンスを踊る。その後も長く、ケースマイケルのメイン・テーマとなる「音楽と動きの緊密な関係」は、すでに始まっていた。また髪を撫で上げる、スカートやシャツの裾をたくし上げては下ろすなど、女性を感じさせる身ぶりもダンスに取り入れた。時には、スーツやハイヒールで踊る作品もあった。それらは、1960年代からアメリカで一世を風靡した「ポスト・モダン・ダンス」(モダン・ダンスより後の時代のダンス)のヨーロッパ版とも言われた。

実際の「ローザス」のダンスは、「ポスト・モダン・ダンス」よりも、さらに身体が解体された新しいものだった。だが、アメリカの「ポスト・モダン・ダンス」と、ヨーロッパの文化の厚みが絶妙に合体したダンス、と言うのは本当だったと思う。ケースマイケルは、ベルギーの王立舞踊学校「ムードラ」(モダン・バレエの巨匠だったモーリス・ベジャールが開校した)を卒業後、ニューヨークに渡り、その地の風を受けながら「ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アート」に学んだのだった。

アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル (c)Hugo Glendinning

アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル (c)Hugo Glendinning

「ローザス」の作品では、先にも書いたが「音楽と動きの緊密な関係」がメイン・テーマだ。今回の来日では、1982年に初演した『ファーズ-Fase』と、2013年初演の『時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)』の新旧2作品が上演される。ローザス」と同じくブリュッセルを本拠地とする現代音楽の「アンサンブル・イクトゥス」との共演となる新作の内容は、後に回し、まず『ファーズ-Fase』から解説したい。

「音楽と動きの緊密な関係」の原点

ニューヨークからブリュッセルに戻ったケースマイケルが、1982年に発表したのが『ファーズ-Fase』。それは、ミニマル・ミュージックを代表するアメリカ人の作曲家スティーヴ・ライヒが、1966年から1972年までに作曲した「ピアノ・フェイズ」「カム・アウト」「ヴァイオリン・フェイズ」「クラッピング・ミュージック」の4曲に振付けた4作品で、構成された。だが、これがまさにケースマイケルの「音楽と動きの緊密な関係」の原点とも言える作品となった。

では、この作品における「音楽と動きの緊密な関係」とは、どのようなものであったのか。冒頭の「ピアノ・フェイズ」を例にとると、まずピアノ曲なのだが、〈フェイズ〉とは〈擦(ず)れる〉と言う時の〈ズレ〉のことである。これが、楽曲とダンスに、どのように関係するのか。

楽曲では、2台のピアノが規律的な短いフレーズを繰り返す。ただし、速度に16分音符の〈ズレ〉があるため、始めは揃って聞こえる2台のピアノが演奏する2つのフレーズが、やがて大きく〈ズレ〉て来る。だが、しばらくすると、もう一度、2つのフレーズがピタリと揃って聞こえる瞬間がやって来る。とにかく数学的な神秘さえ漂う、名曲なのだ。

ケースマイケルは、これを2人の女性ダンサーの作品として振付けた。今回は、初演と同じく、その一人をケースマイケル本人が踊るというのも、大変な見所の一つである。楽曲のミニマリズムに合わせ、ケースマイケルが考えたのは、シンプルな回転だった。舞台上に並んだ2人のダンサーが、各々のピアノの旋律に合わせて回転する。

その時のダンス身体の動きは、物体と化したかのように物理的にナチュラルで、回転する身体の惰性に合わせ、腕が振子のように振り上がり、振り下がる。この斬新な身体性が、従来のモダン・ダンスとは全く異なる「ポスト・モダン・ダンス」だったわけである。そして、2人の回転は楽曲の進展と共に、大きな〈ズレ〉を見せた後、再びピタリと合致する。これは音楽的な普遍性を伴う、スタイリッシュなダンスの振付けとも、言えようか。

ただし、これは『ファーズ-Fase』の冒頭の、「ピアノ・フェイズ」だけのこと。また実際のダンス身体の美しさと、それが演じられる静謐な空間は、見た者でないと分からない。他の3曲に振付けた3作品と共に、そのシンプルで深遠な美しさを堪能するため、是非とも劇場に足を運んでほしい。前世紀後半から目覚ましく活躍したダンスの女性振付家には、アメリカのモダン・ダンスのマーサ・グレアム、ドイツからタンツ・テアターを世界に広げたピナ・バウシュがいるが、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルは、確実に、その後に続く時代を築き上げつつ歩んで来た、歴史に残る振付家である。

「今、ここで」の感覚

では、別日に上演される新作の『時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)』はどうか。これはベルギーが誇る現代音楽の「アンサンブル・イクトゥス」による生演奏との共演で、楽曲はフランスの現代作曲家ジェラール・グリゼーによる『時の渦-Vortex Temporum』。3楽章からなる作品で、ピアノ、フルート、クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロにより演奏される。1996年に作曲されたが、作曲家はこの2年後に52才の若さで急逝した。グリゼーは、音楽を音波として捉えるという独自の作曲スタイルを持ち、スペクトル学派などとも呼ばれたと言う。

ケースマイケルは、この楽曲を「非常に特殊な音楽、生であると共に精錬され、厳格であると同時に野性的、有機的、原始的でさえある」と絶賛する。振付家の心を捉えたグリゼーの楽曲は、舞台上では「アンサンブル・イクトゥス」の指揮者を含む7人と、「ローザス」の7人の精鋭ダンサー達により、演じられる。

「時の渦―Vortex Temporum」 (c)Herman Sorgeloos

「時の渦―Vortex Temporum」 (c)Herman Sorgeloos

しかも『時の渦』という楽曲名を考えると、ケースマイケルが若き日に、ニューヨークで吸収した「ポスト・モダン・ダンス」の根本精神の一つ、「今、ここで」の感覚を大いに起想せざるを得ない。生演奏との共演は、いかなるものになるのか。さらにケースマイケルは、次のように語る。「私は、グリゼーがやったように、一つのフレーズに一連の変化を与えることにより、発展させようと試みました。ですから、そのような正確な振付けのロジックには従いましたが、音楽的に起きている事象との密なコンタクトを決して失うことはありませんでした」。

さて、一体どのようにスリリングなダンス舞台に仕上がったのか。期待は大きく膨らむばかりだが、その楽しみは、舞台当日まで待たなければならない。あなたも一緒に、その目撃者になりませんか。

公演情報
ローザス「ファーズ-Fase」「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」
 
「ファーズ-Fase」
■出演:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル  ターレ・ドルヴェン
■音楽:スティーヴ・ライヒ(録音)

 
「時の渦-Vortex Temporum(ヴォルテックス・テンポラム)」
■音楽:ジェラール・グリゼー『時の渦(ヴォルテックス・テンポラム)』
■出演:ローザス・ダンサーズ
■演奏:アンサンブル・イクトゥス(生演奏)

 
<東京公演>
■会場:東京芸術劇場 プレイハウス
■日程:2017年5月2日(火)~2017/5月3日(水・祝)
■プログラム:
「ファーズ-Fase」=5月2日(火)19:30、3日(水・祝)15:00
「時の渦-Vortex Temporum」=5月5日(金・祝)17:00、6日(土)/7日(日)15:00
■公式サイト:http://www.geigeki.jp/performance/theater141/

 
<愛知公演>
■会場:名古屋市芸術創造センター(5/10)、愛知県芸術劇場大ホール(5/13)
■日程:2017年5月10日(水)・5月13日(土)
■プログラム:
「ファーズ-Fase」=5月10日(水)19:00
「時の渦-Vortex Temporum」=5月13日(土)15:00
■公式サイト:http://www.aac.pref.aichi.jp/

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