モナ=飛鳥・オットにインタビュー『ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団』の公演に向けて
古楽から現代音楽に至って莫大なレパートリーを有し、ストラヴィンスキー、バルトーク、メシアン、ショスタコーヴィッチの作品を初演して楽壇史に名を残す名門オーケストラ「ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団」がベルギーの古都ブリュッセルより来日する。
近年のツアーでは、ウィーン・ムジークフェライン、ベルリン・フィルハーモニー、ロンドンやパリの檜舞台で爆発的成功を収めて再演の依頼が引きも切らず、ヨーロッパで評価が急上昇。創立80周年となる今年、音楽監督に気鋭の指揮者ステファヌ・ドゥネーヴを迎えての2シーズン目が始まり期待が高まっている。
そのドゥネーヴは、自身初の共演となった2015年5月のNHK交響楽団定期公演でラヴェルのボレロのリハーサルに1時間以上をかけて団員を驚かせたが、一切妥協のない徹底した練習により、N響から極めて多様な色彩を引き出して大成功を収めた。満を持して臨む初の日本ツアーでは、オーケストラも自己のファンドから数千万円の国際航空運賃の負担を自ら申し出て臨むなど気合十分。
本公演には、ドイツをはじめ、ヨーロッパで評価を高めるピアニスト、モナ=飛鳥・オットが「皇帝」に加わる。来日に意気込むモナ=飛鳥・オットがインタビューに応じた。
――日本には何度か来たことがあるのですか?
はい、2007年から、年に2回ぐらい来ています。
――これまでにいろいろな場所に行ったと思いますが、思い出に残る場所は?
すごく思い出に残っているのは、東日本大震災の1か月後に名古屋の公演が入っていて、その時海外のアーティストが怖がってキャンセルしたけど、日本人にサポートしていただいているので、何か返すことができたらと思って来ました。4月10日に名古屋フィルと共演して、その次の日にチャリティコンサートをすることになりました。
ちょうどコンサートが始まる10分前になって地震が起こって、コンサートを行うかどうかという話になったが、やはりやりましょうということになりました。何人くるのかな、あまりこないのでは、と思ったけれど満員になって、皆さんが感謝してくれている気持ちが伝わってきて、私もうれしくて印象に残りました。
――被災地でもコンサートを行ったそうですね。
みんな大変な思いをしているけど、一日一日頑張っていこうという気持ちがすごく強くて、感動しました。あんなに苦労している中で、毎日頑張ろうというのは違う国ではなかなかできないことなので、感動しました。
――これからもそうした活動を行っていきたいですか?
ぜひ続けていきたいです。
――日本人とドイツ人のハーフということで、あらためて、日本でしていきたいことはありますか。
私はドイツ在住ですが、ドイツと日本が同じくらい大事です。いつもサポートしてもらっていますし、コンサートでもいつも応援してくれていて、日本はすごく大切な国なので、日本でこれからもコンサートを続けていけたらうれしいです。
――ドイツと日本の会場の雰囲気など、違いがありますか?
ドイツでは、ブラボーや足踏みでわーっと盛り上がります。それに比べて、日本はシャイなほうだと思います。でも日本ではずっと長く拍手が続くし、サイン会でも長い列を作って待ってくれる。ヨーロッパは待つのが嫌なので10分ぐらいしたら帰ってしまう。だけど、ブラボーはすごい。日本人はシャイなんだけど、長く喜んでくれる。どちらもすごくいい。
――モナさんはどちらが好きですか?
どちらも好きですよ。お客様が喜んでくれたというのがわかれば幸せなので、自分にとって大切なのは、お客様に感情を伝えられること、感情を分かち合えることです。それができたと分かれば幸せです。国によって表し方は違うけれど、自分にできたと思えば、幸せになります。
――思い出に残った国の観客は?
2年前にベトナムのハノイで演奏した時のことです。事前にどんなコンサートかわからず、空港に到着した時には何百人にも迎えられて、写真や花束をいただいて驚きました。何でこんなに歓迎してくれるのか不思議に思って主催者に聞いたら、年に1度しかないコンサートなので、みんな楽しみでずっと待っていたといわれたのです。
ハノイのオペラハウスで600~700人くらいの客席が、すべて満席でした。それでも入りきれないため、外に大きな、本当にすごい大きな画面を置いて、バイクを脇に止めて観ていてくれたのです。町全体がサポートしてくれました。
たいていの国では会場の中でコンサートが行われても、外の人は何をやっているかわからないし、それが普通です。あの国ではあまりコンサートがないので、自然体で盛り上がってくれて、すごくうれしかったです。
――その時のプログラムは?
ベートーヴェン、ショパン、リストでしたね。とても楽しかったです。
――今回の日本ツアーについて質問します。ブリュッセルフィルとの共演は?
初めてです。オーケストラも日本が初めてなので、記念のツアーに参加できて光栄です。
――オケへの期待や楽しみにしていることは?
いろいろな人から、素晴らしいオーケストラで、素晴らしい指揮者と聞いているのでとても楽しみです。
――ベートーヴェンへの思いは。
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」は変ホ長調で作られています。交響曲第3番「英雄」なども同じ変ホ長調なのですね。それらが作られた時代は、世の中が戦争で混乱していて、そんな中で作曲した曲で、ベートーヴェンにとって変ホ長調は平和をイメージする調だと思うんですね。
今も、戦争やテロがヨーロッパや世界中で起こっていて、私の住むドイツでもこの1年でずいぶんテロが起きました。世界中に住んでいる人が、平和で幸せに暮らしていければという明日への願いを込めて、力強く演奏していきたいです。
――演奏の聴き所や、ドイツ人がベートーヴェンを弾くということで、特別意識しているところがあれば教えてください。
私はドイツに生まれてドイツに住んでいるが、ベートーヴェンの音楽で自然に育ってきました。どのコンサートに行ってもベートーヴェンが演奏されているんですね。だからベートーヴェンを聴くことというのは普通のことなのですが、若いアーティストとしてヨーロッパでベートーヴェンを演奏すると、評論家から「若いから無理じゃないの」という厳しい見方をされます。
でも、今の年で勉強しておかないと、30,40年後では無理ではないかと思う。今の感情を入れて、今の年齢で演奏して、そうですね、若いうちに勉強して若いうちに弾く、音楽は練習だけではなく世界のあちこちに行って弾いて、人間として成長しながら音楽も成長していく。あと10年したら、20年したらまた変わっていくんですね。そうやって、毎回毎回変わっていく中で、「今パーフェクトだからもう終わり」というのは絶対にないのです。
ドイツ人としてベートーヴェンとして血の中にあるから、「私はこういうベートーヴェンを今弾いているというのを皆様に見せたいので、楽しみにしていただきたいです。音楽を通じて様々なベートーヴェンの中にある感情を伝えることができればうれしいです。
――ベートーヴェンはどういう作曲家ですか?
亡くなった私の師匠、カール・ハインツ・ケマリング先生は、ヴィルヘルム・ケンプの弟子でした。非常に細かくて、先生のクラスに入ったときにベートーヴェンをかなり勉強しました。
ベートーヴェンはロマン派ではなく、きっちりしていて、ロマンチックな弾き方ではなく、ストレートに弾くことを教わりました。
――5曲の協奏曲の中で一番やってみたいのは?
まだ練習していないのですが、2番がいいですね。昔から大好きだったんです。先生に習いたいといったら、まだ難しいといわれました。でも、今こそやってみたいですね。
――ステファン・ドゥネーヴとの共演は?
私が聞いたのは、リハーサルを長くしっかりやる指揮者と聞いています。私はそういうのが好きです。やはりステージに立つ前にしっかりリハーサルをやるほうが気持ちよく弾けます。出るときに「こことこことはあわなかったな」と思うのは、100%楽しめないので、リハーサルをしっかりやって楽しく弾きたいです。
――新しい曲に取り組むときには、どれくらい前から練習をしますか?
曲にもよりますね。演奏する前に、録音をじっくり聞いて、曲の背景を調べてから始めますが、仕上がってからは多くのピアニストの前で弾いて、インスピレーションをもらうと、こうやって弾きたいというイメージが出てきます。ピアニストからは、「こうやれば」とアドバイスをもらいますが、すべて100パーセントその通りにするのではなく、いろんな方からいろんなインスピレーションをいただいて、自分の曲にしていくのです。
――尊敬する演奏家はいますか。
グリゴリー・ソコロフです。ミュンヘンには毎年1度演奏しに来るのですが、毎回リサイタルに行きます。一番印象に残ったのは彼のシューベルトでした。ソコロフはけっこう大きい方で、舞台に出てくるときにドスンドスンと出てきてどっしり座ります。余計な動きがなく、手を置いて始めるですね。石みたいに座っているのに、なんてすばらしい音なんだろうと感動します。プログラムはその年を通して1つのものに決まっていて、どの都市に行っても120%の演奏をします。2度とそういう演奏家は出ないでしょうね。
――シューベルトは好きですか?
はい、大好きです。来年CDデビューする予定ですが、そこにもシューベルトが多く入っています。好きな曲をまとめたらシューベルトが多く入りました。
――シューベルトはどんな作曲家だと思いますか?
私にとってシューベルトは、その音楽を通じて自分の感情が大きく出せる作曲家で、すごくきれいなメロディーや泣ける旋律があるのですが、自分が音楽家として表現できやすい作曲家だと思います。
――ご自身の思うようなところも表現しながら弾くということですね。
音楽というのは楽譜に書いてあって、ルールもありますが、その中でもフリーな部分もあるので、そこで自分を出していきたいと思います。
――今までで思い出に残っている共演者やコンサートはありますか?
どのコンサートもいろいろな思い出があります。ステージに立つときにそれぞれ色々なエモーションがあって、どのコンサートも印象に残っていて、一つのコンサートというのは絞れないですね。今後共演したい人もたくさんいて、この人とは言えない。いろいろな人と会っていろいろな音楽を演奏したいし、いろいろなパーソナリティに触れて音楽がのびると思うので、それが楽しみです。
――日本の作曲家の作品で、取り組みたいものはありますか?
今までに武満徹さんや清水研作さんの作品を弾いていますが、まだ日本人の作曲家はあまり詳しくなく、レパートリーを広げていろいろな作曲家の音楽を勉強して、新しく発見していきたいです。
――日本の文化、伝統芸術では何か興味のあったものは?
歌舞伎に行きました。すばらしいと思いました。ドイツのオペラと歌舞伎は全然違って、休憩時間にお弁当を食べて歌舞伎を楽しむというようなものはドイツにないので、素晴らしいと思います。
――今後の活動について、力を入れていきたいものは? リサイタルを中心にとか、協奏曲を中心に、など目標があれば。
リサイタルは一人で演奏するし、協奏曲はオーケストラの大きな室内楽なのでどちらも大好きです。いろいろなものをやっていきたいです。オーケストラとの共演でいえば、ブラームスのピアノ協奏曲やバッハのピアノ協奏曲全曲を弾きたいですね。ブラームスは素晴らしい曲で、長い曲でもあり、人間的に深くないと演奏できないといつも思っていました。5~6年前に弾きたいと思って、その時は人間として成長してから勉強する曲と思っていましたが、そうなると、いつ始められるかわからないので、早めに勉強して、若いうちにやらなければならないと思っています。
――最後に、日本のお客様にメッセージをお願いします。
素晴らしいブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団と指揮者のステファヌ・ドゥネーヴさんと共演できるのをとても楽しみにしています。
すごく変化にとんだ面白いプログラムなので、皆様と一緒にコンサートツアーを楽しみたいと思います。ぜひ皆さま、聴きにいらしてください。
インタビュー・文=宮嶋大貴