串田和美、トランク一つでどこへでも!? 加藤直作・演出『或いは、テネシーワルツ』でトランクシアター始動
ここ数年は松本の街中、例えば松本城大手門桝形跡広場や信濃毎日新聞松本本社建設地で仮設劇場を建てて野外で芝居を行ってきた。まつもと市民芸術館がオープンしたころは、幼稚園・保育園やら松本市美術館の中庭などにグリム童話を題材に出前公演もやっていた。そもそもステージ上で公演を行ったり搬入口を出入り口にしたりと、劇場の使い方も自由だ。それが松本における、串田和美のやり方。東京のBunkamuraシアターコクーンでの公演しか見たことがない人からすれば、ちょっと印象が違うだろう。
そしてもう一つ、トランクシアターというシリーズをスタートさせる。第一弾は、若いころからの盟友・加藤直の作・演出による『或いは、テネシーワルツ』だ。まつもと市民芸術館で活動するTCアルプの二人(佐藤卓・下地尚子)も出演するが、ほぼほぼ一人芝居。会場は廃園となった保育園だそう。
加藤 直
長年の盟友ながら、役者と演出家という関係は初めて
ーーまたユニークなことを始められるんですね?
串田 前から加藤さんといろいろ提案しあっていたんですよ。『リア王』を一人芝居でやろうとか、カフカの話もあったね。それは面白い、どこかでやりたいなあ、できれば大仕掛けの作品が多かったからフットワーク軽くどこにでも行けるものができないかと。それと同時に、僕は演出をしたり美術を考えたりするんだけど、それは俳優として演じることの延長にあるものなんだよね。けれどこのところ自分の演技のことを強く考える時間を持ちたいという気持ちが高まってきたのが大きいかもしれない。
加藤 僕は、串田さんが演劇人として長いこと劇場と、演劇と格闘しながらやってきたことを考えると、単純にシンパシーだけではなく日常と演劇の関係、この時代「劇場って何だろう?」、さらに、僕自身の演劇との距離が見えてくるんですよ。あるいは今の日本に生きるということはなどなど…いろんなものを見せてくれる、感じさせてくれる大事な存在なわけです。また友人でもある。そして2016年には『メトロポリス』を一緒にやった。そういう中でなかなか単なる役者としては見られないわけです。そこをあえて直裁に、“役者・串田和美”と関係を持ちながら芝居をつくってみようと。実は彼を役者として演出するのは初めてなんだけどね。
ーー演出家・役者という関係が初めてというのも驚きです。串田さんは一人芝居は初めてですか?
串田 ない、ない。……ん? そうそう中学生だったかな、親父(哲学者の串田孫一氏)の仲間、詩人や文学者の集まりがあって。僕もそこに混じりたいとチェーホフの『煙草の害について』をやったことがあったなぁ、恐妻家の話なんかわからないのに(笑)。
俺たちは「演劇をやっているんだ」という本質
ーー今はどんなふうに作品は立ち上がろうとしているんですか?
串田 僕は『メトロポリス』で台本を担当してくれた加藤さんとの関係が、演劇はこういうふうに始まるものだという理想に近いものだったんです。まず、投げかけてくれた本があって、でもそれは台本だからそれをきっかけにどういうものにしていくか、みんなで考えるわけ。最初から完成図を考えてしまうのは面白くない。「こういうこと? こういうこと?」って加藤さんに投げ返して、「違う」と言われたり面白がってくれるのをまた受け取って、という作業が重要なんだよね。
加藤 出発点のテキストをと。日々稽古場に行けば要求されていることがわかりますから新たに書くこともある。串田さんはその時々のメンバーと、「演劇ってなんだろう、劇場ってなんだろう」ということを常に大前提にしながら演劇をつくっている。だからシェイクスピアでもチェーホフでも、串田さんという目を通して、そのチームのたった今だからこそのものになりますよね。『メトロポリス』のときも原作はあるし、名作と言われる映画もあるけど、今この時代の「俺たちの『メトロポリス』をつくるには?」ということを常に問いかけられている気がしていた。脚本家というのはどこかの段階で「あとはどうぞ」と手放すものなんだけど、その瞬間がなかなかこないんだよね。でもそれは一緒に芝居をつくるということですから。お前は演劇をやっているんだろ、台本を書いて終わるなんてありえないだろうっていつも突きつけてくるんですよ。
串田 よく言うことだけどね、僕らは若いころに「演劇は文学に従属するものではない」ということをずいぶん話し合ったわけですよ。僕はずっとそこにこだわってきただけなんです。
会場となる旧幸町保育園にて
クラシックの演奏家ではなくジャズの演奏家のように演じたい
ーーどんな物語になりそうですか?
串田 大雑把に言えばバスを待っている男が、時間を潰すために待っている理由を話してみたり、浮かんだことを話してみたりしているんだけど、そのうちに「こいつ何者だ?」「言っていること矛盾してないか?」、他人の話をしているのか自分の話しているのか、ここがどこなのか、今がいつなのかわからなくなっていくという話ですね。
加藤 串田さんが「トランクシアター!」と言ったときに、トランクひとつでふらっとやってきて、ちょっとおいでよと人を集めて芝居を始めてしまう、どこでも劇場というのかな、そのくらいの感覚で今回やろうと思ったの。仮設劇場や美術館の中庭などで展開する空中劇場とか松本で実験的にやってきたものについて、僕は、「君と僕が出会えばそこが劇場だよ」ということだと勝手に解釈しているわけ。僕は僕でここ何年も昔の芸能について考えているんだけど、芸能は旅をしながら町の角々でお客に出会って、ひょいと語り始めてパッといなくなってしまう。それが演劇の原風景だとすれば、私はあなたに語りたい、その関係から芝居が立ち上がっていくわけで、今回はそれを少しシンプルかつハードにやろうとしているんです。
串田 僕はクラシックの演奏家ではなくジャズの演奏家のようにやろうと思う。例えば、マイルス・デイビス、ソニー・ロリンズなんかは、童謡の「ちょうちょう」のソミミ、ファレレという譜面を見たときに、たぶんそのようには演奏しないんじゃないかな。その場の雰囲気とか、集まっている仲間とか、あらゆるいろんなものを感じて、譜面に書けないような軽いフェイク(即興演奏)だったり、もっと重い感じにしようとかするわけだよね。そういう中からものが生まれてくるとしたら、それはすごくいいなあと思う。
加藤 役者・串田和美が我が意を得たりと思うのは、発声が良ければいい、体が動けば、らしく演じれば「いい役者」だというわけじゃなく、人を欲している、人が必要なんだという原点で何かを表現する、演技したり語ったりすることがとっても豊かに思えるんですよ。その力みたいなものに対して、「オレちゃんと聞き手になれる」と思う。串田さんからは観客が必要だという欲求のリアリティをとても感じるし、同時に彼が語る自在さに演劇の原点を感じるわけですよ。だから相手役は大変だけどね。うんうんって単に聞いちゃうと芝居が止まっちゃうから。そして観客も。
串田和美
ーー旧保育園の空間はどうですか?
串田 あれ壊しちゃうのはもったいないね。こりゃ困ったなんとかしてやろうという厄介さが魅力的かな。
加藤 つまり廃墟みたいになっている。普通だと物をどかして、壁に布を張って光が入らないようにと設えるじゃない。それはやめようと思ったのね。そこに捨てられた、置き忘れられた保育園の遊具みたいなものがなかなか良いんですよ。
串田 これさ、本当にトランクで、狭いところで人をかき分けてやったらすごいだろうね。
加藤 十分そういうふうにもつくれるよね。面と向かったお客の中ですぐ隣の観客を相手にとかさ、さまざまな距離感を感じながらやらざるを得ないとき、語り口が変わるのか、変わらずにやるか、どうなるかも面白いね。
取材・文:いまいこういち
《串田和美》 俳優、演出家、舞台美術家。まつもと市民芸術館芸術監督。芸術館を拠点に活動するTCアルプ座長。1966年、吉田日出子らとともに劇団自由劇場を結成(後のオンシアター自由劇場)。『上海バンスキング』など数々の作品で人気を集める。1985年~96年まで東京渋谷のBunkamuraシアターコクーン初代芸術監督を務める。2003年4月、まつもと市民芸術館館長兼芸術監督に就任(08年から芸術監督)。まつもと市民芸術館での近年の主な作品に、「信州・まつもと大歌舞伎」『空中キャバレー』『K.テンペスト』などがあり、劇場をあらゆる方法で使用した演出や地域を巻き込んだ企画など多岐にわたる活動を行う。15年には代表作のひとつである『スカパン』がルーマニアのシビウ国際演劇祭に正式招聘され、同年にシビウ・ウォーク・オブ・フェイム賞を受賞。07年に第14回読売演劇大賞最優秀演出賞受賞。08年に紫綬褒章、13年に旭日小綬章を受章。
《加藤直》 横浜出身。1970年「黒テント68/71」(現「黒テント」)の創立に参加。1995年退団。劇団での作・演出活動のほかに1980年代中ごろからはオペラ、演劇、ミュージカル、コンサート、合唱、人形劇と幅広く活動を展開。言葉と音楽と声・身体の関係をモチーフにオペラシアターこんにゃく座、栗友会などの集団と日本語による新しいオペラ、合唱オペラづくりを続けている。近年は、沖縄芝居・音楽の異彩なアーティストたちとの交流も深く、さまざまな実験的試みをライフワークの一環としている。近年の主な活動として、オペラ『アルレッキーノ』(こんにゃく座)、新作オペラ『ヒト・マル』(島根県芸術文化センター)、琉球音楽劇『莉亜王』(りっかりっか*フェスタ国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ)ほか。
■公式サイト:まつもと市民芸術館サイト http://www.mpac.jp/event/drama/20058.html