東京アンティーク散歩vol.6 馬喰横山町にある"ボタンの天使が住むところ" アンティークボタン専門店『CO-(コー)』
馬喰横山町CO-
東京近郊にある、上質なアンティークショップを巡っていく連載『東京アンティーク散歩』。今回は、馬喰横山町にあるアンティークボタン専門店『CO-(コー)』をご紹介する。
『青い釦』という物語がある。
作家・小川未明の作品で、青色の釦をめぐる味わいのある物語だ。
主人公の少年は、彼に好意を寄せる少女から青い釦を3つもらう。彼女の父親の形見の品だ。ところが少女は彼に何もいわず遠い国へ引っ越してしまう。
少年は青い釦をいつも持ち歩く。たいへん美しい釦で誰もが目を奪われるほどだ。彼は少女の消息を得るために3つの釦のうち2つをそれぞれ旅をする仕事の大人たちに託す。そして残ったひとつの釦を決して手放すまいと思うのだ。
筆者も主人公のように思い出深いボタンを数個もっている。母や叔母が着ていた古い洋服のボタンだ。親しんだ人々が使った美しいボタンは捨ててしまうにしのびなかった。小さな物だが、よく見れば心の襞に触れる存在感を持っている。そんなボタンの奥深さと魅力を感じさせる店、アンティークボタン専門店『CO-(コー)』をご紹介する。
ボタン以外にもアクセサリーやパーツなども扱っている。
馬喰横山町の親しみやすいギャラリースペース
馬喰横山問屋街の賑わいから少し外れ、カフェや雑貨店がぽつぽつと並ぶ静かなエリアにCO-はある。取材に訪れた時期はCO-が併設しているギャラリースペースで展覧会が開催されており、平日だが人でにぎわっていた。店舗はモダンなガラス張りでアンティークボタンやアクセサリーの並ぶ販売スペースとギャラリースペースで構成されており、企画展を開催しているときは両方を楽しめる。
高級ボタンの収められた引き出し状のディスプレイ。
芸術的なアンティークボタンをじっくりと見ることができる。
店主の小坂氏は朗らかで親しみやすい女性だ。店には子連れの女性客やカップルが訪れ、話に花が咲き和気藹々とした雰囲気だった。
CO-が扱うアンティークボタンはさまざまで、手軽なものから高級アンティーク品まできちんと整理され展示販売されている。どれも美しく見ていて飽きない。正面のショウケースには貴重なボタンが収められており、引き出し状になった専用ケースを取り出してもらえば、そのまま商品に触れずに見ることができる。まるで老舗の高級品店のようだ。店舗そのものは明るい雑貨店の雰囲気だが、こうした細かい部分に行き届いたこだわりがある。
ボタンの神様が降りてきた
アンティークボタンを専門的に扱う小坂氏だが、はじめからボタンに興味があったわけではなく、元々はヨーロッパでさまざまなアンティーク品を仕入れていた。
ある時、小坂氏はイギリスのアンティーク街で可憐な缶を購入した。その2~3日後、別のアンティーク街”エンジェル”を訪れ、ショップが並んでいる通路を歩いていると一人の女性ディーラーが歩み寄り、突然手を差し出してボタンをくれた。断る理由もないので受け取って帰り、何気なく数日前に購入した例のアンティーク缶を開けてみた。すると驚いたことに缶の中には女性からもらった物と同じボタンが入っていたのだ。ボタンの神様が降りてきた!と小坂氏は思った。
「この出来事がきっかけでボタンに夢中になりました。それまではそんなに興味はなかったんです。ボタンってよくみると小さな中にアールヌーボー様式などの時代感が凝縮してる。奥の深い世界に魅かれました」と小坂氏は言う。
その後、ボタンをくれた女性ディーラーを訪れたが「私が人に物をあげるなんて思えない」と答えまったく覚えていなかった。
仲良くなったボタン専門ディーラーが「その種類のボタンは昔、こんな箱に入っていたんだよ。」と靴ボタン専用の小さな箱をプレゼントしてくれ、「ボタンの天使たち」はその中におさまった。
手軽で可愛いボタンも各種とりそろえている。
ボタンへの深い愛
ガラスショーケースの中に飾られている美術作品のような見事なボタンを見ていると「こういう高級ボタンはただ止める道具ではなく、アクセサリー的なものとして作られていたんです」と小坂氏が説明してくれた。
小坂氏がボタンディーラーとなるきっかけとなったシューボタン
「主に19世紀末、高級ファッションの一部としてドレスに飾るボタンをジュエラーが制作して販売していたんです。銀や七宝などで作られていてボタンというよりブローチに似た感覚です。アンティークの高級ボタンは今でも手軽に買える価格ではないけど、ボタンというより19世紀のアクセサリーと思っていただければ。こういうボタンを現代のアクセサリーとして使ってほしいんです」そう言って小坂氏が見せてくれたのは、ボタンをそのまま指輪やブローチにアレンジできるCO-のオリジナルパーツだ。
通常はボタンをアクセサリーに仕立てるには接着したり、カットしなければ使えないのだがオリジナルパーツを使えばボタンの形を保存しながらアクセサリーとして楽しむことができる。その上、ボタンの付け替えも可能だ。
「アンティークボタンは、昔の人が手作業で作った貴重なもの。それをアクセサリーにするために安い接着剤で接着したり切ってしまうのは残念でならなかった。そこでボタン専用のCO-オリジナルパーツをオーダーで作家さんに作ってもらっているんです」
アンティークボタンの行く末を心に留め、実際にオリジナルパーツまで考案するとは……。小坂氏のボタンへの深い愛を感じた。
冒頭に紹介した童話「青い釦」。物語の続きがあるとしたら、舞台はCO-に違いない。
初夏の昼下り、一人の女性がガラスケースの前で小坂氏に話しかけている。祖父の形見の青い釦をアクセサリーにするためだ。祖父とは主人公の少年なのか、それとも釦を託された大人たちの一人なのか分からない。彼女もなぜこの釦を祖父が持っていたのかもわからない。
ただ彼女が知らず知らずボタンの天使に導かれ、CO-を訪れたのだけは確かである。
ギャラリースペース。アートやファッション中心の企画展を定期的に開催。
〒101-0031 東京都千代田区東神田1-8-11 森波ビル1F
Tel & FAX : 03-5821-0170
営業時間:12:00-19:00 休業日:日・祝
JR総武線快速 馬喰町駅 西口(出口2) 徒歩3分
都営新宿線 馬喰横山駅(出口2) 徒歩3分
都営浅草線 東日本橋駅(出口A1) 徒歩5分
地下鉄日比谷線小伝馬町駅(出口2) 徒歩6分
公式サイト:https://co-ws.com/