第十五沼(だいじゅうごしょう)『ユーロラック沼!』<前編>
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沼。
皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?
私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。
一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、
その世界にどっぷりと溺れることを
「沼」
という言葉で比喩される。
底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。
これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。
毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。
第十五沼(だいじゅうごしょう) 『ユーロラック沼!』
実は読んでいた・・・『挨拶しないオバサン』(編注:挨拶しないオバサンについてはバックナンバー参照)
完全に見ている!!!
完全にこのコラムを読んでいる!!!(汗
あの「挨拶しないオバサン」が突然挨拶してくるようになったのだ。
ある日、また運悪く子供達を園に迎えに行くと、園庭の向こうから「挨拶しないオバサン」がゆっくりと歩いてきた。これ以上、嫌な気分にはなりたくない私は、あえて仏頂面で無視してすれ違おうと思った瞬間・・・
「コンバンワー!お疲れ様です!」と元気よく声をかけてきた!!!!
あまりのショックに仏頂面を崩すタイミングを失い、あろうことか声が出ず、
己が
「挨拶しないオヂサン」
と化してしまった。
これは敵の作戦なのだろうか、それとも何か余程いい事があったのか?
キツネにつままれた思い、自分が「挨拶しないオヂサン」に成り下がった嫌悪感、思わず帰り道に泣きながら嘔吐した。
それを帰って妻に話すと、
「また〜、、、あの人が挨拶するわけないじゃん!」
と笑いながら軽く流された。
そして、次の日の父母会に妻が参加をする事になった。
妻は帰って来るなり息つくヒマも無く
「読んでる!あのオバサン完全に読んでる!『沼』を読んでるよ!!」
と興奮を隠しきれない様子だ。
妻の話によると、挨拶しないオバサンはいきなり妻に
「あれ〜?下のお子さんもいらっしゃるんですか〜?エ〜〜っ、知らなかった〜〜!」
と猫なで声で話しかけてきたという。これは絶対にこのコラムを読んだに違いないと直感的に思ったらしい。その後、父母会にFaceBookのグループがあるので参加するように言われたらしいが、
妻曰く「無理」。
それはそうだ、「挨拶しないオバサン」がこの「沼」コラムを読んでいようがいまいが、関係が悪化する事は目に見えている。
子供達よ!早く小学生になってくれ!そして、運が良い事に父母会長
「挨拶しないオバサンEX(身長180cm)」
は任期満了のため、他のお母さんに交代したそうだ。
めでたしめでたし。
ユーロラックという名の泥沼
さてこんにちは、齋藤久師です。
今号では記念すべき「第一沼」でも特集した「シンセサイザー沼」の続編、「ユーロラック泥沼」をお届けしよう!
ここ数年、ドイツのシンセサイザーメーカーの老舗である「DOEPFER社」でおなじみの製品規格ユーロラックに、ガレージメーカーから大手楽器メーカーまで、多くのシンセサイザーメーカーが全く新しい発想でユーロラックモジュラーを発表し続けている。
世界で一番有名な新作楽器ショーのNAMMでも大注目を浴び、電子音楽を製作しているなら知らない者はいないだろう。
ユーロラック規格のルールに準じて製作された各モジュールは、メーカー、国などを問わず様々な組み合わせが自由にできるのが特徴だ。
そして、自分の好きなモジュールを集め、大小様々なモジュラーシステムを構築できる電子楽器界においては久々の素晴らしいムーブメントなのだ。
この感覚は電子ブロックやNゲージなどに近いかもしれない。
同じ規格の中で好きなものを集め、自分でカスタマイズして、世界を作っていくのだ。
そこには往年の「一般的な減算式アナログシンセサイザー」を組み立てられるモジュールも多少なりとも存在するが、発想や精神は全く新しい次元にあり、その自由度は計り知れない。
デジタル/アナログの垣根も超越した世界だ。
歴史は繰り返す、進化しては原点回帰
このユーロラックのムーブメントを見ていると、鍵盤を搭載したMOOG博士の裏で、早すぎた発想で時代を超えすぎていたブックラ博士が鍵盤とは言い難いタッチセンサー付きのシンセサイザーを誕生させていたストーリーとオーバーラップする。
MOOGシンセサイザーの誕生以降、
- デジタルシンセサイザー
- FMシンセサイザー
- サンプリングマシーン
- PCM音源
そして現代ではそれら全てを統合したものがパーソナルコンピューターの中で『バーチャルソフトシンセサイザー』としてここ数十年の間に目にも留まらぬ早さで進化してきた。
ところがだ、やはりラップトップミュージックの手軽さから、みんな同じ音、平面的な音像、そして何よりフィジカルに操作する事が難しいため、能動的で躍動的(ある意味雑)、また立体的なサウンドを作り出すのが難しくなってきた。
録音環境もしかり、アナログ磁気テープで録音していた時代からデジタルハードディスク録音を家庭でも誰もが手軽にできるようになった。
そこで、また新たなハードウェアーシンセサイザーブームの到来となるのだが、その中身のほとんどがコンピューターなのだ。
つまり、フィジカルコントローラーをまとったソフトシンセサイザーと言っても過言ではない。
しかしながら技術の進歩とは凄いもので、アナログ回路を直接再現できる技術が登場したり、音の時間軸も自由自在に変えられる技術が当たり前になってしまった。
そこにはデジタル/アナログ云々という議論さえも無くなるほどの精度まで到達しているのだ。
MAXMSPやREAKTORなど、ハードウェアーでは不可能であった事が自由自在にプログラミングできる優秀なソフトウェアーも登場した。
そんな中、懐古主義では無く、本当にやりたい事が自由自在にハードウェアーで行う事が可能になったのだ。
それが一連のユーロラックシリーズに共通した理念である「新たな発想」なのだ。
今までの理念を覆すユーロラックの魅力
VCO/VCF/VCA/EGといった古い考え方を取っ払うほどの斬新さ、まさにMAX MSPやREAKTORをハードウェアー化したのがユーロラックモジュラーシーリーズといっても過言ではないだろう。
リチャード・ディヴァインも言っていた。
「ソフトウェアーも、再現性が高く便利でいい音もする。
でも、手で弄りたいんだよね、しかもそれが可能になった」
と。
「鉄人自ら盛りつけます・・・」ユーロラックの強み
過去にMOOGやARPなどの有名なメーカーが倒産した事実がある。つまり、会社が大きくなるにつれ従業員が増え、沢山の経費がかかるため、より合理的な生産性を求められるのだ。
例えば、大量のパーツを安く仕入れ、安全規格を通さなければいけない、などハードルは思った以上に高い。そのため、会社が大きければ大きくなる程、差し障りのないシンセサイザーが出来上がってくるのは目に見える。
しかし、ガレージメーカーともなると、生産台数にも限りがあり、少々お高くても良いパーツを使える。
Roman Filipov(スプートニク)
Joshua Holley (Malleko)
従業員も社長含め数人でやっているところが多い。話は通りやすいし、発想もより自由で新しい。ロッドによっては社長自らハンダを握ればいいし、量産しようと思えばアジアに外注すれば採算がとれるのだ。
何しろ、作っているメーカーの社長は当然シンセサイザー好きだ。
まずはいい音を出すために良いパーツを使い、ユーロラックの箱に収めるために小型化する努力を惜しまない。
それゆえ、ほとんど手作りと言ってもいいほどの愛情を投入したモジュールが出来上がる。
少数先鋭という言葉が最もハマるいい事ずくめだ。
また、ユーロラックモジュラーを作っている社長たちにたくさん会ってきたが、営利一本主義の人は一人もいなかった。ただシンセサイザーが好きで、このシーンを盛り上げたいと言う気持ちの方が大きいのだ。
サイズは大事、ツアーでは特に!!
私はヴィンテージ・アナログモジュラーシステムを所有してるが、TOURの度にあのデカい筐体をトランポする事に嫌気がさしていた。
特に問題は飛行機だ。
シールドだけで20kg超えの時は流石に出国できないと思った。
その頃、ちょうどユーロラックの波が日本にも上陸し始めていた。
今まで使っていたヴィンテージ・モジュラーシステムと同じ組み合わせをユーロラックシリーズで疑似的に組み合わせてみた。
すると、大の大人が2〜3人がかりで運んでいたセットが、女子でも片手で運べるサイズになったのだ!!!!!
一つの形が出来上がり、しばらくの間 このセットでライブを重ねた。
泥沼に引きずり込んだ「笑うセールスマン」
それから1年半後・・・・
私が外出先から自宅に戻ると、どこかで見た事のあるオヂサンが勝手に私のスタジオで見たこともないユーロラックモジュラーを広げてニヤニヤしていた。
そう、まさしくそのオヂサンは凶悪レーザーマン『ドラびでお』の一楽儀光氏だったのだ。
思えば一年ほど前、
「ねえ久師、シンセサイザー教えてよ」
と言ってウチに遊びにきた事があった。
しかし、教える事などほとんど無く、彼はシンセサイザーの構造を良く知っていたのだ。
もともとドラマーだったが、全てを捨て去り、世界で一つしかないオリジナルのレーザーギターを武器に世界中を駆け回る一楽さん。ダサイものが大嫌いで、過激な発言をするため、SNSのアカウントを頻繁に消されるあの一楽さんだ!
気がついたらどうしょもない共演者をボコボコにするあの一楽さん。ライブハウスを火事にしようとしたミュージシャンに飛び蹴りを食らわし、音響が悪すぎてモニタースピーカーをぶん投げたあの一楽さん。
私の盟友だ。
いや、盟友と言うか尊敬する大先輩だ。
私が帰るなり、
一楽さんは3ヶ月かけて集めた自慢のユーロラックモジュラーを開いたまま(後で聞いたら蓋が無いそうだ)ものすごいいい音を出しているではないか!
まず最初に反応したのが妻であるgalcidのlenaだ。スタジオから聞こえるグリッチ〜なサウンドにピンときたのか、いきなり入ってきて
「一楽さん、これどうなってんの!私もこの音出したい!」
そして、ここから凶悪レーザー魔神 一楽義光の洗脳が始まる・・・
どーーーーーん!!!!
ここがこうなって、そんでこれがどうのこうので、要するにユーロラックはすごいよと。ああ、ついにこの時が来てしまったのかと本能で悟った。一楽さんと会う時は、必ず何か新しい事が起こるのだ。
ハマってる、ハマってるぞ・・・もう止められない!!
たまたまその夜、モジュラー映画「I DREAM OF WIRES」の上映会の前に私とBEN ISEIさんがオープニングアクトをやる事になったので、一楽さん含め、家族全員で会場へ向かった。
私も一応ユーロラックは持っているが、その他のハードウェアーの数が半端なく多い。セッティングするのに30分近くかかるのだ。汗だくになってセッティングしていると、BENさんは到着するなりモジュラーケースをバコっと開け、ものの2〜3分でセッティング完了!
しかも涼しい顔で・・・。
ここで私は決意した。
「もうユーロラック行っちゃおう」と。
現場で見ていたlenaも同じ思いだったであろう。
その横で一楽さんは子供達と遊びならが無言で笑っている。
夜、食事に行っても一楽さんによるユーロラックの洗脳は果てしなく続く。
気がつけば家族連行でユーロラック総本山へ・・・
次の日、気がつけば日本でも少数のユーロラックを扱う楽器店「ウーリーズ」に一楽さん、lena、私、そして子供たちが揃っていた。
そして驚いたのは、私たち以外にもなんのご縁か、日本のモジュリストの代表選手達が偶然ウーリーズに集結して来たのだ。
まるで、私たちを洗脳するために一楽さんが招集したかのようだった。
唖然とする私とlenaにそこに居合わせた全員が代わる代わる説明してくる。
「これは罠だ!!絶対に罠に違いない!!!」
少々パニックになっていると、店員の若松氏が近寄って来て
「齋藤さん、まあ裏で一服して一旦落ち着きましょうよ」
と来た。
宝の山を目の当たりにして落ち着けるわけないだろう!
私はタバコに火をつけ決心した。
「よし、やっぱユーロラック行っちゃおっと」と。
、、、、、、次号に続く
あなたもまだまだ遅くは無い。
一緒に沼の住人になろう・・・。
日時:6/16(金)
会場:Time Out Cafe & Dinner (恵比寿リキッドルーム2F)
出演者:Hisashi Saito / CD HATA / Koyas / sakiko osawa and more
日時:6/17(土)
会場:秋葉原MOGRA
出演者:Hisashi Saito / Reqterdrumer a.k.a Tomoya ( Blue Arts Music ) and more