齋藤久師が送る愛と狂気の大人気コラム・第九十六沼 『水辺の歯抜けじいさん沼!』
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底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。
これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。
毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。
齋藤久師が送る愛と狂気の大人気コラム・第九十六沼 『水辺の歯抜けじいさん沼!』
水辺にはいろいろなものが集まる。そして流れつき、また流されていく。
たとえそれが広大な海へ注ぐ川だけで無く、流れの無い湖沼であっても、
水はさまざまな物や事柄を吸い取ってくれ、幸せを与え人々を惹き付けて止まない。
私も釣り人なので、ほぼ毎晩のように川や池、
ときには幅2m、水深20cmも無いありふれた水路に呼び寄せられ続けている。
先日、車のメンテナンスのため、私が住むところから1時間ほどの所にあるガレージに行く事になった。
しかしエンジニアと待ち合わせた時間がなんと早朝の6時!
通常、私が寝入る時間だ。
私は最低10時間は寝ないと死んでしまうので、前日は夜の7時に床に入った。
しかし、眠れない。当たり前だ。
そうこうしているウチに、時計はてっぺんを超えていた。
私は布団の中で何気なくスマホを開き、
車を持って行く予定のガレージ付近をグーグルアースとマップで画像チェックする事にした。
すると、ガレージから5分もかからない場所に立派な江戸川の本流、そしてそこに流れ込むいくつもの水路を発見!
もちろん即決で寝る事を諦め、車に釣り道具を放り込み、夜中の1時に出発した。
現地に着いてエンジニアとの約束の時間まで4〜5時間は釣りが出来る。
夜の道は空いている。
予定よりも30分も早く現場に着いたが、あたりはグーグル写真で見た昼の情景とは程遠い漆黒の闇だ。
しかし、そんなことには慣れている。
もちろん、安全のため誇張式のライフセーバーをつけて、私は早速江戸川に続く小水路を歩きながら竿を振り始めた。
誰も居ない。
しかし魚影はかなり濃い。
何度もなにかの魚(たぶんナマズ)にアタックされながら、ついに江戸川に繋がる大きな水門にたどり着いた。
広大な田んぼや市街地から流れ込んだ水路が一つにまとまり、その水門から一気に江戸川へと排出される。
その出口には流れ着いた虫や小魚、あらゆる栄養素、そして安定した水温と濃い酸素を求めて江戸川に住む大きな魚達が待ち伏せしているのだ。
それを私たち釣り人が狙う。
漆黒も時間がたてば目が慣れてゆき、瞳孔が開き、月明かりで照らされた水の表層はくっきりと見えてくる。
思った通り、水門の出口には無数の魚の背鰭(セビレ)が蠢いている。
貸切状態の入れ食いポイントを発見してしまった私は、アドレナリンが爆発しそうになるのをぐっと堪え、
水門の傾斜のキツい草木に身を隠してしばらく川の様子を見ていた。
自然と溶け込む忍法だ。
どのくらい息を殺して川を眺めていただろうか。
10分、いや20分ほどか。
突然
「よお!おはよう」
と至近距離から年老いてしゃがれたお爺さんの爆声が聞こえ、
私は急勾配の土手から激流の江戸川に落水しそうになるほど驚いた。
そのお爺さんは、私が来るずっと前から、私の左隣1メートルのところに座っていたのだ。
私は思わず
「お〜い!ビックリしたじゃん!やめてよ〜w」
というと、
そのお爺さんは
「わりわり〜、驚かしちまったなw」
と爆笑している。
2人でタバコに火をつけながら話がはじまった。
おそらく70〜80歳くらいと思われるそのお爺さんのことを
私は「お父さん」と呼び、
彼は私を「お兄ちゃん」と呼び、
ここの水門についての魅力を存分に語ってくれた。
その間、2人とも全く竿を振ること無く。
お父さん:「オレもおにいちゃんと同じでよお、ルアー専門なんだよ。
生き餌は高えから100均で買ってきたこのルアーで釣ってるのさ」
私:「へ〜、珍しいね。お父さんくらいの年齢になるとさ、ルアーとか嫌いな人おおいけど、何の魚狙ってんの?」
お父さん:「そりゃもちろんシーバスとブラックバスをねらってんだ。
年甲斐もなくよお!ガハハハ!
いやね、シーバス(別名スズキ)を狙ってる理由はさ、友達の鈴木ってやつが入院しちゃってよお、
そいつにスズキ釣って持ってったら喜んでもらえるかとおもってよお!ガハハハハ!」
私:「マジで言ってるの?w んで、釣れてるの?」
お父さん:「いや、去年1匹釣っただけで、全くだ、、、、、。でも毎日ここにきてるんだ」
私:「入院してる鈴木さんのためにスズキ釣りに?釣れないのに?」
お父さん:「おお、そうだよ!ガハハハハハハ!だって、オレ、シーバス釣ったこと2回しかないんだぜ!ガハハハハ!」
私:「.................お父さん、ボク、その気持ちわかるよ。ボクも同じだよ」
お父さん:「だと思ったよ。そんなデカいルアーぶん投げてる奴、見たことねえよ。釣れねえだろ?」
私:「いや、それが釣れるんだよ。爆釣だよw」
と言って、私はデカバスを釣った写真をスマホでいくつも見せた。
そしてスマホの光ごしにお父さんの顔がうっすら見えた。
やっぱり70歳はとおに超えたジイさんだ。
前歯が完全に無く、ボッサボサの無精髭を生やしているけれど、少年のように瞳を輝かせて私の見せた写真を食い入るようにのぞいてる。
私:「すげえだろ?お父さんのルアーもみせてくれよ」
お父さん:「おお!いいぜ!オレのはコレだよ。」
といって、50個以上入った100均のルアーを自慢げに見せてくれた。
驚いた事に、それらは全部同じルアーで、ルアーの先っぽが赤く塗られている。
しかも全てマジックで塗ったというw
お父さん:「このレッドヘッドが効くんだよバス達によお〜!ガハハハ!」
私:「なにがレッドヘッドだよwwww 釣れてないんだろ?w マジックでこんな雑に塗っちゃってさあwwwww」
お父さん:「ほんとだな!ガハハハハ!釣れるわけねえよな!ガハハハハ!」
そしてお父さんは続けた
お父さん:「なんでかわかんねえんだけどよ、毎日来ちまうんだよココに。釣れねえのわかっててもよ」
私:「わかるぜ。ボクもそうだもんな。釣果じゃないんだよな。」
お父さん:「お兄ちゃん、若けえのに分かってるな。そう、そうなんだよ。何かを捨てに、そんで吸収しにきてるってわけだな。なんちゃってな!ガハハハハハ!」
私は釣りどころでは無く、このお父さんの人となりに異常な興味が湧き、大先輩に失礼と思いながらもいろいろと彼の事を聞いてみた。
私:「ところで、お父さんは普段なにやってんだい?」
お父さん:「俺か?俺今無職。プータロー。で、親の面倒みてるんだよ。介護ってやつだな。」
ん?親の介護?。。。。。。70歳過ぎたお爺さんが親の介護だって?
私:「へええ〜、えらいね!その歳で介護なんて大変だろ?それよりご両親がご健在ってすごい長生き家系だね。」
お父さん:「いや、まあね、オレももう53歳になるから、さすがにキツいんだけどもよ..........。」
ええ!?
おい!ちょっとまって!
53歳って?この歯っかけじいさん(もちろん頭はハゲちらかってる)が私と同じ歳!?!?!?!?
私はあまりのショックと爆笑で心の中はパニック状態に陥った。
気がつけば、朝マズメ時。
空がうっすら明るくなり、今が釣りのチャンスだって時に2人の53歳の釣り人は話に夢中だ。
時計を見ると、エンジニアと待ち合わせの時間が近づいていたので
私:「お父さん(一度言ったから変えられない名称)、また会おうぜ!」
お父さん:「おお!今日は楽しかったぜ!また必ず会おうな若者よ!」
と言い交わし私はその場を後にした。
ガレージで車の整備が終わり、すっかり昼になったので寝ていない事もあり帰宅しようとした。
しかし.............
なんとなく、あの水門が気になって、気がつけば朝あの同じ歳のお父さんと居た水門に向かっていた。
そして車を駐車し、水路に向かい歩いていると、小汚い軽自動車が近寄ってきて、ドアからさっきのお父さんが顔を出した。
お父さん:「おお〜〜〜い!お兄ちゃんよお!やっぱしオレの言った通りだ!また会ったな!ガハハハハ!」
と歯が抜けた満面の笑みを浮かべながら手を振って私の横に着けた。
私:「ほんとだな!お父さんの言った通りまた会ったなw あの後釣れたかい?」
お父さん:「それは聞くだけヤボだぜw あのあとよお、少し川眺めてから帰って親にメシ作って、洗濯してからまた戻ってきたってワケだよ!ガハハハハハ!
オレもアホだよな?お兄ちゃんもよお!ガハハハハ!」
と言って、彼はなけなしのお小遣いで買ったであろう缶コーヒー(私の嫌いな砂糖入り)を無言で私に手渡し、
スーっと車を先の土手に進め消えて行った。
人ってなんだろう。
いろんな人生がある。
幸せってなんだろう。
優しさってなんだろう。
水辺は人々を引き寄せ、知らない者達を繋ぐ。
砂糖入りの缶コーヒーを一気に流し込んだ私は、感動からか、あるいは気持ち悪さからか、
少しウルっとなりながら再びあの水門に向かった。
おしまい。