一発勝負のステージ、泣きの名曲でチャンスを掴み取った3人組・Saucy Dogとは何者なのか
Saucy Dog 撮影=風間大洋
MASH A&Rの育成アーティストを決めるオーディション『MASH FIGHT!』にて、昨年度(Vol.5)YAJICO GIRLとともにグランプリを獲得したSaucy Dog。良い歌・良い歌詞・良いメロディという3拍子を徹底的に追求している彼らは王道の歌モノバンドだが、自分で立ち上げたバンドではないにも関わらず、前メンバー脱退後もたった一人でバンドを守り続けた石原 慎也(Vo/Gt)の骨っぽい性格といい、再始動後1年足らずでグランプリを獲得してしまったスピード感といい、自身のエゴイズムよりも曲や演奏のクオリティを優先していくような作家性の強いメンバーのキャラクターといい、とにかく気になる要素が多い。そんな3人が5月24日に初の全国流通盤である『カントリーロード』をリリースしたタイミングで、SPICEでは初となるインタビュー取材を敢行。バンドの正体を探ることを試みた。
——元々、最初の頃はどういうバンドだったんですか?
石原:元々は今よりもダークな感じで。今は明るい感じの曲が多いんですけど、以前はもうちょっと静かな曲が多かったですね。前のSaucy Dogだった時は、歌とメロは僕が作ってたんですけど、コードとかはほとんどベースの人がつけてたんですよ。この体制になってからは編曲は2人にも頼ってるんですけど、僕が(曲の)全体を作るようになって、それから曲が明るくなっていった感じですね。
——そういう変化をご自身ではどのように受け止めてましたか?
石原:リセットじゃないですけど、(バンドを)一から始めようっていう状況だったので、僕自身の心境にも変化があって。元々のメンバー2人が抜けた時にちょっと落ち込んでたんですけど、そのあとに今の2人が入ってくれて“今から頑張ろう”っていう気持ちになれたので、その意気込みもあって明るい曲が増えたんじゃないかなと思ってます。
——この3人でやっていくってなった時に“こういう方向性でやっていきましょう”みたいな話はしました?
石原:方向性は特に気にしたことなかったね。
秋澤 和貴(Ba):その時の自分らが良いと思ったものがそのまま出てる感じです。
せと ゆいか(Dr/Cho):歌詞とメロは彼(石原)に任せて、そこに自分がドラムで好きなこと、ベースでやりたいことをギュッてしただけ、みたいな感じで。
Saucy Dog・石原 慎也 撮影=風間大洋
——そうなんですね。何というか、“巧いバンドだなあ”って思ってたんですよ、みなさんのこと。例えば『MASH FIGHT! vol.5』の決勝審査で、エントリー曲ではなかった「いつか」を最後に演奏して会場の空気を一気に持っていったことに関しても、これまでのMASHの先輩バンドにはいない正統派の歌モノっていうジャンルで勝負に出たことに関しても。
石原:はい。
——全てを狙ってやってる策士タイプなのか、“好きなことをやってたら上手いこといったんです”みたいなテンションなのか、今日お会いするまで疑問に思ってたんですけど。
秋澤:それで言うと完全に後者ですね。
石原:狙ってやりたかったよね……(笑)。
秋澤:でも狙ってやったら自分達らしくないよね。
せと:うん。オーディションの時は、今の先輩とジャンルが近いバンドも何組か出てたので「そっちが優勝するんちゃう?」みたいなことも言ってたんですけど。
石原:うん。運が良かった。
秋澤:縁があったって話ですよね。
——とはいえ、ラストに「いつか」を演奏することでああなることは、ある程度予測してたんじゃないですか?
石原:いや、全然予測してなかったですね。そもそも「いつか」はすぐに出来た曲で。基本的に曲作りは俺が歌とギターで持っていって、その骨に肉付けしていくみたいな感じなんですけど。俺が「こういうの作りたいねん」って言いながらワーッて唄ってて、そしたらベースが良い感じにフレーズをピピピッて入れて、ドラムも「あ、それでいいんじゃない? それで作っていこうよ」みたいな感じで入ってきて、それがAメロになって。だからパッと出来る時は早いんですけど、本当に起伏が激しいっていうか、出来ない時がすっごくて……「歌詞とメロ早くつけてきて」とか言われたり……(せとを見ながら)。
せと:だって進まへんから(笑)。
石原:(笑)。でも「いつか」は奇跡的に歌詞がバーッて書けて。ギターでコードを弾きながらそれに合うように歌詞を読んでいっただけ、みたいな。
——そうやってフラットな感じで作っていった曲が、MV再生数64万回(2017年6月時点)にまで到達したと。
石原:まさかこんなに話題になるとは思ってなかったですね。
秋澤:でも(オーディションでは)「絶対この曲はやろう」って言ってたよね。
せと:うん。去年はずっとツアーをまわってて、あんまり持ち曲が多くなかったんですけど、その中で「この持ち時間で3曲選ぶんだったら何する?」ってなった時に3人とも同じ曲を選んでて。その中に「いつか」も入ってたんです。元々(エントリー曲の)「Wake」は前のメンバーの時の曲だったので、じゃあもう(当日に)演らなくても別にいいよね、って。
——なるほど。正直、グランプリを獲る自信ってありました?
石原:……優勝できるっていう自信は(オーディションに)出る段階ではなかったんですけど、ライブ終わった時は負ける気がしなかったというか。
秋澤:「Wake」を演らずに落ちたとしてもそれはそれでいっか、みたいなところもあって。でも正直(自分たちの名前が)呼ばれる気はしてましたね。だから「Saucy Dog!」って呼ばれて、「ああ、やっぱり呼ばれた!」と思ったんですけど、そしたらもう一組いて、「あ、そういうパターンもあるんだ……?」って(一同笑)。
——勝因は何だったと思います?
秋澤:一番の勝因は「いつか」なんかなって思ってしまうけど——
せと:でも、その頃ずっとツアーばっかりしてたからからじゃない? 最初の方のライブとかグチャグチャだったんですよ。
石原:歌詞が飛んじゃって、「あ、歌詞出てこない! 待って待って〜!」って演奏止めてもう1回やり始める、みたいな。
せと:そう。結構ひどいライブから始まって。
Saucy Dog・秋澤 和貴 撮影=風間大洋
——それっていつ頃ですか?
せと:(この3人での)初ライブの時ですね。去年の4月2日だったんですけど、そのひどいスタートからずっとツアーをまわってて。結構がむしゃらにまわってまわって、とにかくライブをめっちゃいっぱいして。何となく形になってきたというか、自分たちにちょっと自信を持てるようになったぐらいにタイミングでちょうど『MASH FIGHT!』があったんです。
石原:ちょうど、ライブハウスで撮った動画を観ながら「俺たちそんな下手じゃなくなったよね」みたいな話をした時ぐらいやったね。
秋澤:うんうん。
せと:演奏面よりライブの見せ方というか、お客さんとのライブ中の距離感みたいなのが変わったような気がします。前までは自分たちの中だけで「あ〜、良いライブ〜」とか「頑張らな」「ミスしたらアカン」みたいなことを考えてたのが、どんどんこう——お客さんがいて、ライブがあって、お客さんに対してライブをするんだ、みたいな意識が出てきて。「お客さんにどう見られたいか、何を伝えたいのかを考えよっか」みたいな話もするようになりました。
石原:僕自身が前を向いて唄えなくなってた時期があって。ギターも下手だったし、自分に自信が持てなかったっていうか……おいお前ら、“今もだろ”って思っただろ、今!
秋澤:違う違う。違う違う違う!
せと:こういう時に限って目が合っちゃう。すみません(笑)。
石原:……まあギターが下手なので(笑)、自分に自信が持てない時期もあったんですけど。でも、もちろんギターも上手くならなきゃいけないけど、俺はギターより歌で絶対伝えるべきやし、俺の歌は通用するって思ったから、自分の歌を信じてもっと前を見て唄おうと思いました。今はもうお客さん一人ひとりの目を見るぐらいのつもりで唄ってます。
秋澤:(石原は)日々結構変わっていってる感じはあったんですよ。元々いたメンバーがいなくなったりしたから“自分一人で引っ張らないといけない”っていう気持ちが彼には強くあって、実際最初は周りからも「石原慎也のバンドやね」「バックバンドみたいやね」って言われてて。そういうのもあって、本人も“引っ張らなアカン”っていう気持ちが結構空回ってたんですけど。でも、僕らも頑張ってやっていくうちにメンバーのことを信頼してくれるようになってきて、そこから歌も結構変わったなって思います。
——お互いを信頼できるようになったのはわりと最近ですか?
石原:うーん…………俺は今年に入ってからかなって思います。MASHのオーディションがあって、「これから3人でやっていくぞ」っていうのを3人で再確認して……ちゃんとお互いを信頼できたのはそれからやんな?
せと:何かずっと迷いつつやってたのが、グランプリをもらったことによって、ちょっと自分たちに自信を持てたというか。周りからちゃんとした評価をもらえたことで自信に繋がって、そしたら気持ち的にも、もっと上を見られるようになった気がします。
石原:もっともっとライブしたいし、もっと伝えたいって思ったし、伝えなきゃダメだなって思いました。
Saucy Dog・せと ゆいか 撮影=風間大洋
——今回のミニアルバムにはコンセプトやテーマみたいなものはあったんですか?
石原:いや、なかったです。
せと:元々ミニアルバムを作るために曲を作ったのではなくて、今ある曲を今応援してくれてる人にとにかく届けたかったので、「ミニアルバム作りたいね」っていう話になったんです。
石原:僕たちの今できる音楽を全部入れたような形の、名刺代わりの一枚っていう感じですね。
——この7曲を聴かせていただいてまず気になったのが、先ほど仰っていたように曲調は明るいにもかかわらず、実は幸せな曲がないんじゃないかなっていうことで。
石原:そうですね。
——別れとか後悔とか失恋とか、そういうものが中心にありますよね。
石原:はい、それこそ「いつか」はもう二度と会えない人に向けて書いた曲なんですけど。僕は別れとか後悔を歌にする方が良い歌詞が書けるというか、もちろんそれ以外にも挑戦していきたいんですけど、今のところそういう歌詞の方が得意ですね。……でも、確かに別れの歌詞は書きがちやなぁ(笑)。
せと:ふふふ。自然にそうなるんかな?
石原:うん。自然にそうなっちゃいます。そういう時に“歌詞を書こう”“今の悲しい気持ちを歌詞にしたい”ってなります。
——自分自身が悲しい思いをした時に歌詞が書ける、と。
石原:はい。
——楽しい時にはそうはならないんですか?
石原:そうですね、忘れちゃいます!(笑)
——(笑)。曲を自分で書き始めた頃からずっとそうなんですか?
せと:でも前のメンバーの時は“世界情勢が〜”みたいな感じだったよね。
石原:社会のこととか自分自身のこととかばっかり書いてたんですけど——何がきっかけだったは分からないんですけど、自分の価値観とか考え方が変わったんですかね。この3人になってからそういう曲が増えだしましたね。
秋澤:それに今の方が生々しいよね。
Saucy Dog 撮影=風間大洋
——確かに感情一つひとつの描写がリアルだし、だからこそ刺さってくる部分もあります。でも、俯瞰的な視点も少し混ざってますよね。
石原:そうですか? 例えば?
——私が気になったのは、例えば「いつか」の<押しボタン式の信号機を/いつも君が走って押すくだり>というところで。ここだけ目線が一歩引いてるなって思って。何か他人事じゃないですか。“そういうことをする君がかわいい”とか、自分の気持ちを述べるわけでもなく。
石原:ああ〜、それは当時“くだり”っていう言葉が自分の中でブレイクしてて(笑)。オードリーの若林(正恭)さんが何かのテレビ番組で「そのくだりもういいよ」ってツッコんでたんですよ。そこで“くだりっていう単語面白いな”“よし使おう”みたいな。そういうふうに、自分の中でブレイクした言葉とか面白いなって思った言葉を書いちゃうみたいなことは結構多いんですよ。
せと:え、勝手に思ってたんだけど、ここの“くだり”って信号機までの道が“下り”坂だったことと、掛けてたんかなって勝手に思ってた。
石原:ああ〜! …………そうだよ?
せと:違うみたいですね(笑)。でもここの歌詞を聴く時に個人的に浮かぶ風景はいっつも下り坂だった。
秋澤:俺は普通に話の“くだり”としか思ってなかったなあ。
——普段「ここの歌詞ってこういう意味なの?」ってお互いに答え合わせしあうことってあんまりないですか?
石原:あんまり無いよなあ?
せと:たまには訊くけどね。
——それは意外でした。Saucy Dogの曲はどれも、歌メロに沿って楽器も一緒に唄ってるような感じがあったので、事前に景色を共有し合ったりしてるのかなと。
石原:でも俺が勝手に言っちゃったりすることもあるよね。「これとこれは掛けてるんだよ、面白くね? ははは〜」みたいな感じで。例えば「ジオラマ」やったら、<揺れるつり革 触れる見知らぬ肩>とかを「ここ語呂良くね?」って。
秋澤:まあそういう時に限ってこっちは大して話を聞いてないんですけどね(笑)。「ああうん、そっか〜」みたいな。
Saucy Dog 撮影=風間大洋
——逆に秋澤さんやせとさんは、石原さんの歌詞のこういうところが好きみたいなポイントってあります?
秋澤:好きというか印象深いのは、「マザーロード」っていう曲の<街頭照らす助手席で 君は前を向いたままで>とかですね。この曲のこのフレーズってすごく映画っぽいというか。
——石原さんの歌詞は情景を説明するような言葉が多いんですよね。だから映画っぽいのかもしれないですね。
秋澤:ああ、そうかもしれないです。いろいろな捉え方ができるようなフレーズがいっぱいあるなって思ってて。その時々で好きなものは変わるので、どれか一つを選ぶとなると難しいですけど。
せと:私はさっき挙がった「マザーロード」だったら、<窓をなぞった先には何かみえたのかい>かな? これは確か「どういう意味?」って(石原に)訊いたんですよ。そうしたら、曇った窓ガラスに絵を描いたりするのを表してるみたいで。
石原:うんうん。
せと:あとは「wake」の<ついでに見せないようにポイしちゃえば/良いんじゃない?>っていうところ。貰ったものと自分の気持ちを一緒に捨てちゃえみたいな、物と物じゃないものを“ポイ”でまとめて表してるのが面白いなって。比喩とかも結構使ってるんですけど、そういうところが面白いなって思ってます。
——では最後に今後の展望を伺いたいんですけど、今作でSaucy Dogはついに全国デビューしました。バンドの将来についてはどのように考えてますか?
石原:僕個人の“こういう曲を書きたい”っていう話で言ったら——例えば「ありがとう」っていうタイトルで曲を書くとするじゃないですか。で、普通やったら「ありがとう」っていうタイトルならこういう歌詞を書くっていうところを、俺やったら同じタイトルでも全く別の歌詞を書いていきたいって思ってます。これからもずっと。
——普遍的なテーマを扱いつつ、それを捉える時の角度や見方に自分らしさを滲ませたい、みたいな感じですか?
石原:はい。俺はこういう捉え方をするからこういう歌詞を書く、それがみんなにも共感できるみたいな、そういう絶妙なところを狙っていきたいなって
秋澤:僕はとにかく音楽が大好きなので、自分が納得いく、プラス面白い曲とかアルバムとかを作っていきたいです。このバンドで、ジャンルを超えて本当にいろいろな音楽をしたいなって思ってます。
せと:私はザックリいうと、今テレビで見てる大先輩に並ぶような、みんなが愛してくれるようなバンドになりたいです。有名なバンドになれたらいいなって思います。
秋澤:そうですね。オアシスぐらい売れたいです!
石原:それはヤバいなあ(笑)。
取材・文:蜂須賀ちなみ 撮影=風間大洋
Saucy Dog 撮影=風間大洋
発売中
『カントリーロード』
2. ナイトクロージング
3. いつか
4. ジオラマ
5. マザーロード
6. Wake
7. グッバイ
「ずっと ~東名阪対バンツアー~」
開場 18:00 開演 18:30
出演:Saucy Dog / SIX LOUNGE and more…
《問》江 坂 MUSE 06-6387-0203 http://muse-live.com/esaka/
開場 17:00 開演 17:30
出演:Saucy Dog / SIX LOUNGE and more…
《問》池下 CLUB UPSET 052-763-5439 http://www.club-upset.com/
開場 17:30 開演 18:00
出演:Saucy Dog / ハルカミライ and more…
《問》渋 谷 TSUTAYA O-Crest 03-3770-1095 http://shibuya-o.com/crest/