波乃久里子が父・17世勘三郎の当たり役に挑む!市村萬次郎と七月名作喜劇公演『お江戸みやげ』の成功祈願
7月3日より、新橋演舞場にて「七月名作喜劇公演」と銘打ち『お江戸みやげ』と『紺屋と高尾』が2本立てで上演される。『お江戸みやげ』に出演する波乃久里子と市村萬次郎は、6月12日、東京・湯島天満宮で舞台の成功祈願を行った。
心温まる、涙と笑いの人情物語
『お江戸みやげ』は、1961年に東京・明治座で初演され好評を博した人情喜劇だ。主人公・お辻を演じたのは、17世(17代目)中村勘三郎。その後、7代目中村芝翫や10代目坂東三津五郎によっても演じられてきた。
お辻は、田舎から出てきた呉服の行商人。言葉には訛りがあり(いわゆるズーズー弁)、性格はちょっとケチ。今回、このお辻役を務めるのが、17世勘三郎の長女・波乃久里子だ。父の当たり役であり、弟の18世勘三郎も存命時に「やりてえな」と言っていたという中村屋に深い縁のある大役を務めるとあり期待が寄せられる。
お辻と同郷の行商人であるおゆう役には、歌舞伎界より市村萬次郎。お辻が恋に落ちる劇中の役者・阪東栄紫を演じるのは、昨年、歌舞伎界より劇団新派に移籍した喜多村緑郎(2代目。2016年まで二代目 市川月乃助)。さらに小林綾子、仁支川峰子が脇を固める。
物語の舞台、湯島天神で成功祈願
『お江戸みやげ』の物語の舞台でもある湯島天満宮で、波乃と萬次郎は成功祈願をおこなった。直前までにこやかに言葉を交わしていた二人も、本殿に入ると真摯な面持ちに変わった。爽やかで静謐な空気の中、波乃、萬次郎、演出の大場正昭、松竹株式会社取締役の西村幸記、新橋演舞場支配人の千田学が祈祷を受け、玉串を奉納する。成功祈願が大きな太鼓の音で締めくくられると、二人の顔にまた笑みが戻った。
お辻は、これまで女形により演じられてきた。それを初めて女優が演じるという試みで、当初は、藤山直美がキャスティングされていた。しかし藤山の乳がん発覚により治療専念のためやむなく降板し、その代役をひきうけたのが波乃久里子だ。波乃は、取材中も折に触れ「女形の役に挑戦しようとした直美ちゃんをえらいと思っていた」「直美ちゃんのためにも、この舞台を成功させないと」と語った。
この日は日和にも恵まれ、波乃は「こんなにいい陽気で、お巫女さんの(神楽)鈴も涼やかで、もう大入り間違いないとふみました!」と冗談めかしつつも晴れやかな表情をみせると、萬次郎も「お参りさせていただき、清々しい気分になりました。気を新たに舞台のお稽古にはいらせていただきます」と意気込みをみせた。その後、波乃久里子、市村萬次郎、劇団新派の文芸部に籍を置き、本作の演出をてがける大場正昭が取材会で見どころや役作りについて語ってくれた。
イチに脚本、二に脚本。川口松太郎の人情馬鹿物語
波乃は、本公演の魅力に、まず川口松太郎による脚本の素晴らしさを挙げた。15歳の時から川口を父親のように慕っていたことを明かした上で「やはり、本(脚本)は大事ですね」という。
「イチに本、二に本、サン・シがなくて、というくらい大切。今の時代、いい本に巡り合うのは難しくなったとも感じますが、私は川口先生の本が大好きなんです。『お江戸みやげ』も見どころは、川口松太郎先生特有の情。人情馬鹿物語が多くって、そこには悪人が全然出てきません。情のある部分で泣かせるお芝居になると思います。私は16の時に、初演を明治座でみましたが、子ども心に泣いて笑ったのを覚えています」
形は古典的に、役者の個性を出しながら
市村萬次郎は、過去に市川紋吉役でこの舞台に出演したことがあったが、おゆうは初役。
「人が人を好きになるということは素敵なことです。年を重ねても同じことで、人の中にある自然な気持ちです。お芝居を観てくださる方にも、初恋ですとか、そんな気持ちを重ねて思い出していただきつつ、何かの拍子に人に惚れてしまうお辻をご覧いただき、楽しんでいただけるのではないでしょうか」
おゆうを演じるにあたっては「基本的には古典的な形で行こうと思います。その中でも、久里子さんと息があう部分を見つけ、役者の持つ個性がお互いに引き出せれば一番良いのではないか」と語る。
萬次郎は、二本立てで上演される『紺屋と高尾』にも出演する。そちらでは関西弁、『お江戸みやげ』では東北弁の台詞となるため、イントネーションの使い分けには「頭がぐるぐるしそうです。語尾が分からないから、捨て台詞(歌舞伎の脚本にはないちょっとしたセリフ)が言えないんですよね。今回は脚本がしっかり書かれているので困ることはないのですが」と笑った。
女形の役を女優が演じる難しさ
波乃によれば、「女形と女優は全く違い、エネルギーも違う。そこに、女形のために書かれたお辻という役を演じる難しさがある」という。
「たとえば女形は、オーバーな演技、余程あざといことをしても成立するんです。けれど、女優だとわざとらしくなります。(ビデオが残っていた先代の)芝翫のお兄さまのお辻をみて、どう演じてらしたのか奥様に伺ったところ、『楽しんでやっていましたよ』と教えてくださいました。たしかに芝翫のお兄さまは二枚目の方なのに、喜劇性の高いこの役をものすごく楽しんで、チャーミングに、ズーズー弁で演じておられました。そして、男とか女ではなく、人間で、お辻を演じていらっしゃいました。父(勘三郎)もまた、演じてはおらずお辻がそこにいたんです。この真髄をありがたくお手本にさせていただき、女優としてのお辻を演じさせていただきます」
真摯な眼差しで語るも、「父が乗り移ってくれたらいいんですけれどね」と笑顔で言い足し、一同を和ませた。
現代に通じるおもしろさ
演出の大場によれば、川口松太郎は「残してもしょうがない」という江戸っ子気質の持ち主で、自身に関しても作品に関しても、あまり多くの記録や記述を残さない人だったという。時には台本の中にも「以下、役者に任せる」と書かれていることがあるといい、波乃は役者の立場から「演じるのは難しい。難しくて洒落ている」と語った。
それを受け大場は「川口先生の脚本は、見事なんです」と切り出した。「演出の立場でいうと、あとはもう、俳優の(お腹に手をあて)ここだけの勝負。最後は人間の中にあるものでの勝負なんです。ないものは出てきません。でも、今、それを演じられる役者がいるんです。齢を重ねて、川口先生の描く人情噺の深みが解る世代の方も増えてきている。ぜひ劇場に足を運んで、役者たちの舞台を観てほしい」と締めくくった。
物語の舞台は江戸時代。初演は昭和36年。しかし現代の感覚でも自分を重ね、笑い、泣ける、傑作人情喜劇。ベテラン俳優により受け継がれる人情喜劇の傑作『お江戸みやげ』は、新橋演舞場にて7月3日より25日まで。
取材・文・撮影=塚田史香
七月名作喜劇公演
■会場:新橋演舞場 (東京都)
■日程:2017年7月3日(月)~25日(火)
昼の部:11:00~ 夜の部:16:00~
■演目:
一、お江戸みやげ
作 川口松太郎
演出 大場正昭
二、紺屋と高尾
作 一竜斎貞丈
脚本 平戸敬二
演出 浅香哲哉
■出演:浅野ゆう子/喜多村緑郎/小林綾子/仁支川峰子/市村萬次郎/大津嶺子/曽我廼家文童/波乃久里子
■公式サイト:http://www.shochiku.co.jp/play/enbujyo/schedule/2017/7/post_325.php