新国立劇場バレエ団『ジゼル』 ~アルベルトってどんなキャラ? バレエマスター・菅野英男が語る『ジゼル』
アルベルトを演じる菅野英男(2013年公演) 撮影:瀬戸秀美
2017年6月24日(土)から開幕する新国立劇場バレエ団公演『ジゼル』。村娘ジゼルと貴族の青年アルベルト(アルブレヒト)、さらにジゼルに思いを寄せる森番ハンスが絡む、いわば三角関係の恋物語だ。純朴なジゼルに対し、貴族で、かつ婚約者もいながら身分を偽ってジゼルに近づくアルベルト。その偽りによりジゼルを死なせてしまうアルベルトの恋は遊びだったのか、最初から本気だったのか――。
踊り手の役作りや解釈によって物語の味わいが変わるアルベルトは、男性ダンサーにとっても踊り甲斐があると同時に、難しい役どころでもある。
また『ジゼル』自体、物語のわかりやすさや、1幕のジゼルの「狂乱」、2幕のグラン・パ・ド・ドゥなどの見どころもあり、バレエを初めて見る人にもぜひおすすめしたい作品の一つだ。
今回は新国立劇場バレエ団プリンシパル兼バレエマスターにして、アルベルトを踊った経験もある菅野英男に、キャラクターの解釈やマスターとしての仕事、『ジゼル』鑑賞のポイントなどを聞いた。
■アルベルトはひどい奴?『ジゼル』の男性登場人物はこんなキャラ
菅野英男
――今回の公演『ジゼル』のアルベルト、男性ダンサーにとって一度は踊ってみたいという役なのでしょうか。
人によってそれぞれだと思いますが、僕は踊ってみたい役でした。この役は心理描写の部分が大きく、表現力がとても要求される。初めて『ジゼル』を見るお客様にも気持ちや物語が伝わらなければなりませんし、非常に難しい、やりがいのある役ですね。
――アルベルトというキャラは時には「ひどい人」と言われることもありますが、男性としてはアルベルトをどう思いますか。
一見ひどいと思うところもあるのですが、時代背景を考えると彼も属する社会からは逃れられず、婚約も彼の意志かどうかはわからない。そんななかでジゼルは初めて自分で見つけた女性で、いけないとわかっていても偲んで会いに行かざるを得なかったのでは。彼にとっては初めて自分の意志で行動したのかなと、僕は思うんです。もちろん「戯れで近づいたけど、まさか死ぬとは思っていなかった」という人もいるので、解釈は様々だとは思います。
ただ、いろいろ解釈を考えはしますが本番では「その時の自分ならどうするか」というものが反射的に出てしまうのですね。だからリハーサルではやったこともないような反応になったり、思いもよらないものが舞台で生まれたりするんです。
――それが舞台の臨場感や細かい心理描写、濃い表現につながるわけですね。
踊りの型やテクニックを見せるだけなら、全幕を上演する意味はないですから。バレエはもちろん基本の型や決まりはありますが、突拍子もなく外れていなければ型と型の間に気持ちを置く自由さはあるし、そこに人によって違いが出てくるのだと思います。
踊りと表現(演技)は切っても切れないものですから、舞台に上がった以上、踊っても、歩いても、何をしても気持ちが伝わらなければならないと思います。そのためにはリハーサルを繰り返すしかないのですが。
――舞台に上がった瞬間、すべてが表現であり物語となるわけですね。今回の公演では菅野さんはハンス役で出演します。アルベルトの恋敵であり、ジゼルに思いを寄せるハンスというキャラクターについて、どのように考えていますか。
ハンスは僕の中ではすごく純粋に、すべてを捨ててもいいくらいジゼルを愛している。幼馴染みとしてずっと彼女のそばにいて、常にジゼルを第一に考えているけれど気持ちが伝わらない。もどかしい。「狂乱」のシーンはただただ悲しいんです。アルベルトの正体を明かせばジゼルは自分を見てくれるのではと思ったが、結局自分に微塵も気持ちが向いていなかったことを突き付けられたうえ、ジゼルは死んでしまう。ハンスのジゼルに対する愛情がお客様に見えるといいですね。
■マスターとして、一人ひとりのいいところを引き出したい
――今度はバレエマスターとしてのお話をお伺いします。今シーズンからプリンシパル兼バレエマスターとして指導にも当たっています。リハーサルやゲネプロなど、常に大原監督の傍らでダンサー達を見ていらっしゃいますね。
リハーサルの菅野英男(右)。アルベルト役は渡邊峻郁 撮影:鹿摩隆司
僕は細かい性格で、大原先生は「私は大雑把なところがあるから、2人で見るとちょうどいい」と仰っていただいています。指導の部分では主に主演ダンサーのリハーサルを中心に見ています。時々クラスレッスンも見ますが、先輩の先生方は細かいところに目が届き、すごいなと思います。
また人の踊りを指導者として見ることで自分の踊り・表現の面でも気付いていなかった部分を見つけることにもつながっているので、どんどん吸収していこうと思っています。
――リハーサルを見ているときにアドバイスなどで気を付けることなどは。
自分の考えを押し付けたくない、というのがあります。自分がそうされるのが嫌だから、というのもありますが(笑) 特に表現の部分は人によっていろいろな考え方があるので、リハーサルを見ていて疑問に思った時は「なぜ今そうしたのか」を聞くようにしています。そのうえで「それじゃあ伝わらないよ」というように、個々の考えを尊重していきたい。
踊りについても同様で、ロシアや英国、日本など皆いろいろなところで勉強してきており土台はそれぞれ違いますが、基本中の基本はあるわけです。それぞれが学んできたものをベースに各ダンサーの性格や身体能力などを含めた「個性」や、いいところを引き出してあげたいし、それが僕の仕事だと思っています。せっかくそういうポジションにいるのだから、一人ひとりを見てあげたいなと。
■舞台はお客様一人ひとりが感じたものこそが「正解」
――バレエマスターとして主演とペザントのリハーサルを中心に見ていらっしゃるということですが、3人のアルベルトはどのように感じられますか。
三者三様ですね。福岡君は経験を積んで慣れているだけあって自分で「こう表現したい」というものが明確です。井澤君と渡邊君は、いままさに作っているところです。
――『ジゼル』の見どころなど、お客様に向けてのメッセージをお願いします。
特に1幕は主役以外にもジゼルのお母さんやハンスなど、舞台にいる人の人間関係や心情などを見てほしいです。ダンサーが踊っていないシーンにも注目してください。
バレエには「正解」はありませんし、お客様が見て、ご自身でそれぞれ感じていただいたものが「正解」だと思います。ぜひ全幕バレエの醍醐味を楽しんでください。
ダンサー一人ひとりが演技し、それがより深い世界を醸すのが新国立劇場バレエ団の舞台の面白さだ。ぜひ舞台の隅々までご覧いただき、三者三様のアルベルト、そしてぜひ、ハンスの心情にも注目してほしい。舞台から感じる「正解」は世界にひとつの、自分だけのものだ。
新国立劇場バレエ団『ジゼル』
■会場:新国立劇場オペラパレス
■日程・出演:
6月24日(土)13:00
ジゼル:米沢唯、アルベルト:井澤駿、ミルタ:本島美和、ハンス:中家正博
6月24日(土)18:00
ジゼル:小野絢子、アルベルト:福岡雄大、ミルタ:細田千晶→寺田亜沙子(変更)、ハンス:菅野英男
6月25日(日)14:00
ジゼル:木村優里、アルベルト:渡邊峻郁、ミルタ:細田千晶、ハンス:中家正博
6月26日(月)14:00
ジゼル:木村優里、アルベルト:渡邊峻郁、ミルタ:細田千晶→寺田亜沙子(変更)、ハンス:中家正博
6月30日(金)19:00
ジゼル : 小野絢子、アルベルト:福岡雄大、ミルタ:細田千晶、ハンス:菅野英男
7月1日(土)14:00
ジゼル:米沢唯、アルベルト:井澤駿、ミルタ:本島美和、ハンス:中家正博