Game Designer Dreams VOL.2 『パラッパラッパー』松浦雅也が語る「音楽はもっと自由でいい」

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松浦雅也 撮影:荒川 潤

松浦雅也 撮影:荒川 潤

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ゲームという娯楽が一般的なものになってどれくらいたったのだろう。ゲームセンターにスペースインベーダーが登場し、家にファミコンがやってきて、今はスマホで沢山の優良なゲームを楽しむことが出来る。この企画はゲームに関わる人、ゲームデザイナーの方に話を伺い、ゲームに対する初期衝動、夢、制作に対する思いを伺っていく。第二回の今回は『パラッパラッパー』シリーズの生みの親である松浦雅也氏が登場。元祖リズムアクションゲームと言われるパラッパの松浦氏が語った「音楽はもっと自由でいい」という言葉の真意とはー

――先ずは、『パラッパラッパー』がPS4で発売ということで、当時のことをお伺いできればと思うんですが、最初の発売が96年で、昨年で20周年ですが、僕は音ゲーというか、リズム再現ゲームの元祖が、『パラッパラッパー』だと思っているんです、パラッパの開発にいたるまでの流れをお聞かせ頂ければ。

僕はその前に、音楽ユニット「PSY・S(サイズ)」として10年ぐらい活動していたんですけど、その中で、ちょうど90年ごろのPSY・S時代にコンテンツ・ソフトを供給したプラットフォーム(コンピュータにおいて、主にオペレーティングシステム (OS) やハードウェアといった基礎部分)の数を勘定して見たら、30ぐらいあったんです。特にその中で、印象に深いのは、CD大のビデオフォーマット。CDビデオとかですね。当時から音楽の中に、音楽だけじゃなくて、もうちょっと付帯的な、エンターテインメントをCD化しようとした機運が80年代後半にあったんです。で、いろんな試行錯誤があって、僕ら的に一つのブレイクスルーになった最初のきっかけは、mac用のCD-ROMだったんですね。

――アップル社ですね。

アップルが初めて、CD-ROMドライブをマッキントッシュ上に入れて、そこでCD-ROM上のコンテンツを楽しめるようにしたその開発の環境を、一般に公開していたんですね。だから僕らは勝手にCDのデータを作って、CDライターを買って、CD-ROMを焼いて、それを工場に持って行って製品化するとか、そんなことが徐々に可能になっていったんです。その流れのなかから、“プレイステーション”が出てきた。でも僕らはゲームに精通していたわけではなかったので、ちょっと遠巻きに見ていたんですよ。所属していたレコード会社が、たまたまCBSソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)だったという経緯もあって、プレイステーションの中に音楽系のコンテンツがあったほうがいいんじゃないかっていうことで、そういうお話があって。

――なるほど。

それで、面白そうな奴がいるのかって探していたんだと思うんですけど。僕らは僕らで、CD-ROMを作る会社を立ち上げたりとかしてて。でもなかなかうまく噛み合ってなくて、結構大変だったんです。そんな時に、たまたまお互い一致して、それでパラッパの企画がスタートしたという感じですかね。

――プラットフォームがプレイステーションになって、CD音源をゲームで再生できる過程で生まれたのかと僕は思っていたんですが。

そうではないです。一般向けな話ではないですけど、当時、CD(Compact Disc)には、レッドブック、イエローブック、グリーンブックだったかな……? いくつかの仕様書っていうのがあって、その仕様書の中に最初に音楽を記録するためのフォーマット、その次に、よりデータみたいなものを格納するためのもの、最後に、プログラムとかで起動できるものという感じで、当初から、いくつかのフォーマットが決められてたんですね。そのフォーマットの中で、インタラクティブの領域っていうのが、ずっと空白だったんですよ。そこでプレイステーションがそのフォーマットを使えるような形で出てきたっていう。形は確かにCDだしCDの音も再生できたんですけど、プレイステーションってメモリが多くないから、しょっちゅうディスクからデータを読んでないとゲームが進まないんですよね。

――確かに、ローディングは結構長かった印象ありますね。

CDのオーディオってCDのデータを全部オーディオに使っちゃうから、CDの音を再生してしまうと、もう何もプログラムが読めなくなっちゃう。だから、プレイステーションのゲームはどちらかというと、CDの形をしているけれど、音楽CDからは遠かったんです。

撮影:荒川 潤

撮影:荒川 潤

――先日別の取材で、『ファイナルファンタジー』の音楽を作られてる植松伸夫さんに話を聞いた時に、「パラッパラッパーが出てきた時が、ゲームに触れてきた中で一番の衝撃だった」とおっしゃっていて。

ありがとうございます。

――ゲーム業界で音を作ってきて、全く他業種の人間が、ゲームというプラットフォームでものすごく面白いことをやろうとしていて、ものすごい衝撃を受けたと。未だにあれを超えられるものが出てきてないっておっしゃっていて。

自分でも超えられないんですけどね(笑)。

――あのゲームシステム、ラップをテーマにしてるじゃないですか、主メロをタマネギ先生とかが歌って、ボタンを押すんだよってサジェスチョンがあって、ボタンを押していく。いわゆるリズムを再現するゲームだと思うんですけど、あの形にしたのは理由があったんでしょうか。

もともと80年代の音楽のなかで、重要な技術的な後ろ盾になっていたのはサンプリングっていう技術でした。僕らは主にその技術を使って音楽表現をしていたんです。サンプリングの手法の中で一番面白いのは、PSY・S時代にはやっていないことなんですけど、人間の声をサンプリングして遊ぶことだったんですよ。以前学習雑誌がキャラクターのサンプリングキーボードをおまけにつけてましたけど、今でも子供のおもちゃとしてでてくるわけですから、定番力があると思います。そのサンプリング遊びを活かしたゲームにしようということだけは最初に決まっていたんですよね。サンプリングの曲の一つに、ポール・ハードキャッスルの「19」って曲があるんですけど、これは人の声を遊んで作られた代表曲のひとつだと思うんです。そういう風な遊びをゲームのインタラクションに転用できないのかなっていうのが最初のスタートですね。

――お手本通りに押すと、一番上のランクまでいかないんですよね。サンプリングっぽくやらないと上がっていかないと気づいたときに、僕は面白くて。これかっこいいじゃん! みたいなフレーズがでてきて、すごく楽しかった記憶があるんですね。特にパラッパの場合はセリフになっているので。

そうですね。

――流暢にいかに喋らせるとか。

いろんな遊び方ができる。

――それが「このルールでやらないといけない」っていうのを逸脱して遊べるっていうのが当時印象に深かったですね。

それは植松さんがおっしゃられるようなことと関係がある気がするんですけど、やっぱり、ゲームと言われるものを結果的に作ったけれども、音楽の表現っていうのは、もともと自由なものでなければならないという意識が強いので、何か正解を求めるような、100点満点を目指してやるようなゲームに対して抵抗感があるんですね。それは音楽じゃないだろう!っていう感じ。音楽はもっと自由なものだし、自分の表現が自由にできてカッコよく嬉しかった、でも、点数がイマイチだったっていうのがいいじゃん、みたいなものが基本的な理念ですね。

――当時、パラッパくんたちもビジュアルがすごくポップで、今までゲームのビジュアルを作る、コンセプトを作っていく中で、あんまり出てこなかったラインだと思うんですよ。で、ポップカルチャー的なものを凄い感じて。コンセプトデザインも含め、音楽の作り方とか、ポップなものに作っていこうとか、こういう風にやろうというガイドラインはあったんですか。

それはないですね。

――できたもので作っていく。

ロドニーさん(ロドニー・グリーンブラット氏。有名なイラストレーター)と一緒にやるっていうことが決まって、自然とそういう方向に行ったんだと思います。

――楽曲を作っていく中で、レゲエっぽいものがあったり、ロックっぽいものがあったりする中でラップが展開されていきます。曲を作る中で意識したものってあるんですか。

特にないですね。PSY・S時代って音楽にだけ集中する、そういう作り方だったと思うんですけど、ゲームを作る仕事はいい意味でも悪い意味でも違っていて、正直、そこにかまっている時間がなかった。音楽のことを考えたのは最後の最後でしたね。それは音楽を作るというのが、自分が手慣れた方法で、一番最後に回してもなんとかなると思っていたからなんですけど。

――制作の中で大変なことは具体的にありますか。

それは書けないものも多いですよ。以上(笑)。

――パラッパのあと、『ウンジャマ・ラミー』や『ビブリボン』などの音楽に付随したゲームを作っていかれましたが、松浦さんがゲームを好きになったきっかけとか、思い出に残っているゲームってあるんですか。

難しい質問ですね。僕は、いわゆる普通のゲーマーではないので、普段からゲームをプレイするかっていうとそうでもないんですよ。なので、例えば、自分の記憶の中で、一番ハマった記憶って、『スペースインベーダー』とか、自分が高校生ぐらいのジェネレーションまでさかのぼっちゃう感じですね、『PON』とかね、本当に初期の作品ですね。

――僕はインベーダー世代ではないんですけど。『ゼビウス』とかですかね。

『ゼビウス』とか、そうですね。

――それでも、面白いことをやっていこうとゲームを制作していく中で、気づいたことがあったりとかしますか。

最初にパラッパが完成した時に、どういう風にこのゲームをプロモーションしていくのか、という会議に参加させていただいていたんですけど、はっきり覚えているのは、当時のソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)のおおよその方々は、これはゲームだって言ってなかったんですよ。インタラクティブな何かだという感じだったんです。で、僕も言われてそうかなって思っていたので、そんなに強く“ゲーム”だという意識がなかったんですね。

――そうだったんですね。インタラクティブな何かと言われれば、確かに、そうかもしれません。「インタラクティブ」って言葉、一時期めちゃくちゃ流行ってましたね。

それがCD-ROMの頃ですね。

――当時、猫も杓子もインタラクティブなんとかって言っていたような気がします。

そんな感じに思われていたんですね。ロドニーさんもそんなCD-ROMを作っていましたから。非ゲーム系とかそんな感じでしたね。

――世間的に、発売して、ゲームとして捉えられてきたと。

そうですね。やっぱりお客さんが決めたことなんです。

――音楽ゲームを作ろうと言ったことでもないと。

全然ないですね、そういう言葉もまだありませんでした。ただ開発の途中で、いろんな未熟な状態をなんとかするっていう局面がたくさんあったんです。中でもはっきり覚えているのは、ユーザーの入力をどう採点するかという仕組みを決めなきゃねという話になった時で、実はすごい単純な計算方式なんだけど、これだったらすべてのゲームコースに適応できる、という採点方式を思いついたことがあって。プログラマーに伝えたら「これでゲームになりますよ!」って言ってくれたんです。これがゲームになっていくってことなのかな、という雰囲気はありましたよ。

――作っていくなかで、完成していくんだなっていう。

それがありました。現在、ゲームの制作者が普通にやってるような、企画書や仕様書にこうやって採点するぞ、みたいなことは何も書いてなかったですね。

撮影:荒川 潤

撮影:荒川 潤

――僕の中ではパラッパは、リズム再現型のゲームだと思っているんですけど、パラッパとかコナミアミューズメントさんの『BEMANIシリーズ』とか、音ゲーが一つのジャンルとして確立していますが、今のゲーム業界、音ゲーを含めてどう思われていますか。

広がって定番化したのはすごく嬉しいことで、そのきっかけにパラッパがあると認識してくれたらこんなに嬉しいことはないですね。だけど、その反面、最初にお話したように、音楽の表現は自由なものなんだっていう、もうちょっと深いというか、強いモノ。音楽のモチベーションに繋がる後味を音楽ゲームがお客さんに与えてくれたらいいのにな、っていうのは思いますね。さっきから何度かリズム再現型っておっしゃっていますけど、僕は再現しようとしている訳ではないんですよ。再現しなくていいよっていう。

――音を出して遊ぶっていう。

『beatmania』以降、再現型が主流であることは間違いなくて、再現したくなるモチベーションがお客さんやプレイヤーにあることも間違いないので、否定できないんですけどね。プレイヤーにとって、次の行動の何かに影響を与える後味を残したいですね。そういうゲームでありたいっていうのはあります。

――この連載では、人とゲームの関わり方をお伺いしています。今はソーシャルゲームが隆盛していると思うんですが、人とゲームの関わり方ってどうなっていくと思いますか。

もっと緊密になっていくと思いますよ。実際に生活する上で、ゲームの機能が役に立つ、ゲームをプレイしていることが生活にプラスになるって、もっともっとなっていくと思います。

――“ゲーム”とは何なのでしょうね。

ちょっと前だったら、表現文化の坩堝だと思っていましたけど。今は、そうでもないかなっていう気もしている。

――松浦さんの中で、そういう部分での気持ちの変化ってあるんですか。

規模のビジネスっていうのがどうしてもあるので、我々のような考え方でどう立ち向かっているのかっていうのが、次のテーマとして重要なものだと思っているんですね。

――先進的だった「パラッパ」が20周年を迎え、最新ハードで改めて発売というのも時代の流れを感じますね。

感慨深いですね。自分でもどうなってるのかわからない。

――二十歳になったってことですものね。

そうですね。意外と育ってないですけどね(笑)。

――今、中高生の子って、『パラッパラッパー』の名前は知っているけれど、ゲームには触れていない子が多いんじゃないかと。若い人と話をすると、最初にふれたゲームハードがニンテンドー3DSとかプレイステーション 2とかになるんですよ。初代プレイステーションの名前は知ってても、やったことがない子が多くて、すごく新鮮に受け取られるんじゃないかなって思うんです。

そうだといいですね。最初にどんなことを思い出すのかっていうことの続きになっちゃうんだけど、当時の雰囲気、いろんな人たちがパラッパを作るプロジェクトに参加していたけれど、共通していたのは、みんなに越境感があったということなんですよ。みんながそれぞれいる領域のボーダーからはみ出て動いているそういう感じがあって、例えば、ラップの歌詞を考える部分だったら、パラッパのラップってヒップホップのコアな感じからは遠いじゃないですか。

――そうですね。

僕もPSY・Sでやってきたバックグラウンドで考えたらかなり越境していたと思うんですよ。みんなそれぞれのプロフェッショナルの得意分野っていうか、そういうところではない、みんなが出っ張って、バランスの悪いラーメン構造みたいなモノをパーツとなって支え合った、みんなが少しずつ歪んた煉瓦になったから出来た、みたいな感じですね。それが今の若い人たちに伝わったら嬉しいですね。

撮影:荒川 潤

撮影:荒川 潤

インタビュー・文:加東岳史 撮影:荒川 潤

製品情報
PS4®『パラッパラッパー』​

好評発売中

http://www.jp.playstation.com/software/title/parappa-the-rapper-ps4.html​

©2006, 2017 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A.Greenblat/Interlink 

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