戦後演劇史の金字塔『子午線の祀り』が、野村萬斎の新演出で力強く再生
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
野村萬斎 成河 河原崎國太郎 今井朋彦 村田雄浩 若村麻由美ら実力派豪華キャストが結集
『平家物語』を題材にした木下順二(1914-2006)の傑作戯曲『子午線の祀り』が7月1日、東京・世田谷パブリックシアターで新たな歴史の幕を開けた。運命に立ち向かう登場人物たちは時空を超え、今を生きる我々とつながっている……20世紀の名作が、シェークスピア劇を思わせるダイナミックな現代劇となって舞い降りた。演劇界が固唾をのんで見守った初日(プレビュー公演)の興奮をお届けする。
午後2時前。劇場を埋めた観客たちは静かに「その時」を待っていた。ステージ中央には濡れたように黒く光る同心円が描かれ、後ろには階段のシルエットが浮かぶ。古代ギリシャの円形劇場か、廃墟を思わせるシンプルな空間だ。
ふと気づくと波音が高まり、中央に黒い衣装の人物が立っていた。後ろ姿のその人こそ、ヒロイン「影身の内侍」を演じる若村麻由美。彼女が上手(かみて)に動くとステージは闇に包まれ、やがて同心円の中心に天上から光が差し始める。そして満天の星。神秘的な空間を武満徹の音楽が満たし、読み手A(萬斎)の、よく響くゆったりとした声が時空の彼方に観客をいざなっていく。「晴れた夜空を見上げると、無数の星々をちりばめた真暗な天球が、あなたを中心に広々とドームのようにひろがっている……」と。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
『子午線の祀り』は、源平合戦にかかわった人々の葛藤を「天」の視点から描いた壮大な叙事詩劇。1978年に発表され、同年度の読売文学賞(戯曲賞)を受賞。1979年に「山本安英の会」によって初演された。同会主宰者・山本は「築地小劇場」にも立った伝説の新劇女優。総合演出者に宇野重吉を迎え、演出には作者・木下順二のほか、能の観世榮夫、前進座の高瀬精一郎、群読の側面から酒井誠が名を連ねた。出演者も多彩で、影身役の山本のほか、主役・新中納言知盛(平知盛)に前進座の嵐圭史、九郎判官義経(源義経)には萬斎の父で狂言師の野村万作、知盛をそそのかす地方豪族・阿波民部重能に滝沢修……。一時代を画した名優がそれぞれの出自を生かしながら、一筋縄ではいかない詩劇と格闘し、火花を散らした。
1979年の初演に続き、1981年、1985年とほぼ同じメンバーで上演を重ねた。ここまでは原作を少し縮めた「宇野台本」が使われていたが、1990年には作者の意向で「原作全曲上演」が試みられ、1992年に同じ形で上演。さらに初演以来の演出スタッフの下、1999年に新国立劇場、2004年に世田谷パブリックシアターのレパートリーとして取り上げられた。つまり、今回は初演から数えて8演目ということになる。現代演劇では稀有の道程を辿ってきたといえよう。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
『子午線の祀り』は、演出・主演を兼ねる萬斎にとっても、特別な作品である。父・万作の縁で初演を観劇した萬斎は、当時13歳。プレスリリースには「私の演劇の原体験」と記している。縁はそれだけでは終わらず、1999年版、2004年版では主役・知盛に挑んだ。そんな彼が自らの演出によって、芸術監督を務める劇場の20周年記念公演にぶつける……気合いが並々でないことは、本公演に先立ち、2016年秋にリーディング公演を行ったことにも表れていた。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
では、実際の本公演はどうだったか。
最初に記したように「新たな歴史の幕を開けた」というのが実感だ。1992年以降の公演を目にしてきたが、初演メンバーを軸にした1992年版は「各ジャンルで培ってきたものを生かす」という側面が強かったように思う。出自の違いが生む手法の違い、それが混然一体となったオーケストレーションの妙。そして『平家物語』からの引用文を声を合わせて読む「群読」の力強さ。初めて触れる者にとっては驚きだった。能、歌舞伎、新劇の壁やタブーの多かった初演時にあっては、この舞台はさらに奇跡的だったに違いないと思ったものだ。
萬斎ら新キャストを迎えた1999年版、2004年版もまだ、その色合いが濃かった。「次世代に作品を引き継いだ意義」を感じ、「役者の個性の違いが、戯曲の底力を改めて実感させた」憶えがある。今にして思うと、1992年までの上演を「第一期」とするならば、この2公演は「第二期」だったと思う。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
そして今回、ついに「第三期」の扉が開かれた。出自の違いはいい意味で背景に退き、「運命と対峙する人間群像」や「劇場という宇宙の中で彼岸と此岸、過去と現在がつながっている感覚」……つまり、生々しい現代劇として息づいている感覚を手にしたのだ。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
萬斎の力が大きいことはいうまでもない。知盛の懊悩、慟哭からはマクベスやハムレットに通じる普遍性が浮かび上がったし、舞台全体から、様式を超えドラマに迫ろうとする強い意志、新たなものを創ろうとする志が滲み出た。
さらに劇場のタッパ(高さ)を生かした美術(松井るみ)や、宇宙的な神秘性を現出させつつ、場面を切り替えていく照明(服部基)、さらに配役の面白さなど、演出家・芸術監督としての目配りも十分。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
高い身体能力と強い声を持つ成河、登場のせりふ「民部でございます」に独特のおかしみさえ感じさせた演技派・村田雄浩、大臣殿宗盛(平宗盛)の憎めぬ凡人ぶりを的確に造形した河原崎國太郎、梶原平三景時をいかにもという鋭さで演じる今井朋彦、神々しささえ湛えた若村……確かな実力を備えた役者が集ったからこその成果といえよう。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
原曲上演から再び離れ、これまで「群読」で表現した部分を源氏方・平家方で対立させたり、セリフを一部別の人物に言わせたりという試みも効果的。これによってドラマに緩急やスピード感が生まれた。木下戯曲に手を入れるのは勇気が要ったと思うが、ドラマとしての伝わりやすさを優先させたのだろうか。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
作品を現代の視点で読み直しただけでなく、未来に向けて発信した意義も大きい。今回の公演には、河原崎國太郎の子息・嵐市太郎が参加しているが、「第三期」公演の成功によって、「次」に繋がる予感が強まった。本当の意味の「古典」を創造へ……大きな歴史的一歩である。
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
世田谷パブリックシアター『子午線の祀り』(2017) 撮影:細野晋司
取材・文=刑部圭
■作:木下順二
■演出:野村萬斎
■音楽:武満徹
■出演:
野村萬斎(新中納言知盛)
成河(九郎判官義経)
河原崎國太郎(大臣殿宗盛)
今井朋彦(梶原平三景時)
村田雄浩(阿波民部重能)
若村麻由美(影身の内侍)
月崎晴夫 金子あい 円地晶子 篠本賢一
内田潤一郎 時田光洋 松浦海之介 嵐市太郎
武田桂 遠山悠介 三原玄也 森永友基
宇田川はるか 香織 田村彩絵 吉川依吹
■会場:世田谷パブリックシアター
■公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/201707shigosen.html