特別展『地獄絵ワンダーランド』をレポート 恐ろしくも華やかな、冥界の世界に浸る
-
ポスト -
シェア - 送る
六道絵(文政本) 江戸時代・文政六年(1823)滋賀・聖衆来迎寺
三井記念美術館にて特別展『地獄絵ワンダーランド』(会期2017年7月15日〜9月3日)が開幕した。本展覧会は、日本人の「あの世」に対して抱くイメージを、地獄や極楽浄土の様子を詳細に描写した絵画や彫刻作品を通して紹介したもの。水木しげるの描いた地獄絵からはじまり、地獄の位置や六道の様子を知る第1章「ようこそ地獄の世界へ」を経て、第2章「地獄の構成メンバー」では、閻魔大王を含む、冥界で死者を裁く10人の裁判官たち(十王)や地蔵菩薩など個性あふれる面々が登場。近世の庶民文化の発展と共に表現が多様化した第3章「ひろがる地獄のイメージ」、第4章「地獄絵ワンダーランド」では、一見恐ろしさとは真逆の素朴さや愛らしさを感じるような地獄絵を紹介する。地獄だけでなく、浄土の世界を描く第5章「あこがれの極楽」を最後に、賑やかで人間味のある冥界の世界を堪能できるような構成になっている。一般公開に先立ち開催された内覧会より、本展の見どころを紹介しよう。
会場エントランス
会場風景
水木しげるが描く現代の地獄絵図
冒頭では、2013年に発行された絵本『水木少年とのんのんばあの地獄めぐり』の原画13点が展示されている。「のんのんばあ」とは、漫画家水木しげるが少年時代を過ごした島根県境港市で、当時子守りに来ていた近所の老婆である。水木少年は、のんのんばあの口から語られる地獄や妖怪の話や、彼女に連れられて近所のお寺に行き、そこで見た地獄絵に影響を受けたという。灼熱の炎によって苦しめられる8種類の地獄(八大地獄)を描いた絵画は、鮮やかな炎の色使いが印象的だ。
第4の地獄「叫喚地獄」は、殺生・盗み・邪婬に加えて飲酒した人間が落ちる地獄のこと。飲酒だけでなく、人にお酒をすすめて悪事をはたらくことも厳禁であり、現代にも通じる戒めになりそうだ。
叫喚地獄 水木しげる 水木プロダクション
「あの世」描写のバイブル、『往生要集』
平安時代、比叡山で修行していた源信という僧が編集した書物『往生要集』には、地獄や六道の様子が事細かに記されていた。極楽浄土へ往生するための方法が書かれた『往生要集』は、瞬く間にベストセラーとなり、後の文学や美術作品にも大きな影響を及ぼした。
往生要集 源信著 鎌倉時代・延暦五年(1253)龍谷大学図書館
近世になると、ひらがな混じりや絵入りの『往生要集』が版本として出版され、絵入りの部分が絵画として独立し掛け軸となり、往生要集絵として完成した例もある。ひと目で地獄から六道、極楽の様子がわかるという画期的な作品は、地獄の位置を示した『世界大相図』のパネル展示と合わせてチェックしてほしい。
世界大相図(須弥山図)存統筆 バナー 原本:江戸時代 龍谷大学図書館
リアリティ溢れる地獄風景
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六道世界を描いた作品のうち、『六道絵(文政本)』の中の閻魔王庁と4つの地獄には、地獄の様子が緻密に描かれている。筋骨隆々の鬼に比べ、各地獄で拷問される亡者たちの小さく、弱々しい姿にも注目したい。画面のどこに目を配っても、苦痛に喘ぐ人々の悲鳴が聞こえてくるようだ。
六道絵(文政本)より「閻魔王庁」 江戸時代・文政六年(1823) 滋賀・聖衆来迎寺
また、「阿鼻地獄」の画面上部で真っ逆さまに地獄へ落ちて来た亡者の姿は、直前の業火を前に、静けさや無力さも感じられる。
六道絵(文政本)より「阿鼻地獄」 江戸時代・文政六年(1823)滋賀・聖衆来迎寺
『地蔵十王図』では、冥界の裁判官たちが真剣な面持ちで、死者の裁きを行なっている。写実的な表情や人間のような身振りにはリアリティがあり、地獄の様子というより、会議の一場面のようだ。
地蔵十王図 室町時代 龍谷大学・龍谷ミュージアム
女性専用の地獄や、地獄免除のスタンプまで
熊野比丘尼(くまのびくに)という尼僧が持ち歩いたとされる『熊野観心十界曼荼羅』は、「人は地獄に落ちるも、極楽に往生するも心がけ次第」という意味を込めた「心」の文字を中心に、あの世の世界をわかりやすく図解化したもの。上部に人間の生老病死をあらわす坂を、下部に地獄と極楽の様子を描き、熊野信仰を広めるための絵解きに使われたという。
熊野歓心十界曼荼羅 江戸時代 個人蔵
特徴的なのは、『往生要集』には記されていない女性の地獄が描かれていることである。画面右下の中央では、蛇の体をした女性二人が、男性をとぐろ巻きにしている。これは「両婦(ふため)地獄」と称される地獄であり、夫の愛人に嫉妬を抱いた妻が落ちる地獄とのこと。
江戸時代になり世の中が安泰になると、地獄のイメージも緩和され、庶民の娯楽文化と結びついていくようになる。『長寶寺縁起』は、ある尼僧が閻魔大王に呼ばれてあの世へ行き、地獄を見学して現世に戻るといった体験記を綴った絵巻であり、閻魔王から額に押されたという実印まで現存している。
長寶寺縁起 詞:勘解由隆典筆 絵:倉橋泰貞筆 江戸時代・天明二年(1737)大阪・長寶寺
閻魔大王実判 江戸時代 大阪・長寶寺
また、江戸時代の人気歌舞伎役者・8代目市川團十郎が謎の割腹自殺を遂げた際は、死絵(しにえ)とよばれる追善や訃報のために作られた浮世絵が300枚あまり制作され、あの世へ行ってもなお活躍する團十郎の姿が描かれている。
死絵「八代目市川團十郎(六道の辻、賽の河原)」 江戸時代 国立劇場
善悪双六 極楽道中図絵 黒川玉水筆 江戸時代・安政五年(1858)龍谷大学図書館
コワイからカワイイへ、愛嬌ある素朴な地獄絵
近世の地獄絵について、清水実氏(三井記念美術館 学芸部長)は「強烈な造形と色を使った、現代の“ヘタウマ”漫画のようなもの」と述べ、中世の硬派な地獄絵と異なる趣は現在「素朴絵」として注目されているという。大きな目や朱色の頬をした鬼や十王は可愛らしさがあり、絵本の挿絵のような親しみがある。
地蔵・十王図 江戸時代 東京・東覚寺
十王図 江戸時代 日本民藝館
幕末の画家・河鍋暁斎が描いた奪衣婆や閻魔大王は、美男美女に翻弄される様子がユーモアたっぷりに描かれている。
閻魔・奪衣婆図 河鍋暁斎筆 明治時代 林原美術館
恐ろしくも楽しげな地獄の世界を満喫した後は、極楽浄土を描いた来迎図や山越阿弥陀図で心を静めることも忘れずに。
阿弥陀二十五菩薩来迎図 南北朝〜室町時代 京都・知恩院
会場風景
『特別展 地獄絵ワンダーランド』は2017年9月3日まで開催。8月7日には展示替えがあり、前期後期で作品も大幅に変更されるとのこと。さらに、イラストを多数用いた展覧会図録は、一冊の本としても楽しめる内容になっている。この機会に、美術館で地獄めぐりを味わう夏を過ごしてみてはいかがだろうか。
会期:2017年7月15日(土)〜9月3日(日) 前期:7月15日(土)〜8月6日(日) 後期:8月8日(火)〜9月3日(日)
会場:三井記念美術館
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)※会期中毎週金曜は19:00まで開館(入館は18:30まで)
休館日:月曜日、7月18日(火)。ただし7月17日(月・祝)と8月14日(月)は開館
入館料:一般1300円 大学・高校生800円 中学生以下無料 ※ナイトミュージアム(毎週金曜)は一般1000円、大高生500円
主催:三井記念美術館、NHK、NHKプロモーション
http://www.mitsui-museum.jp