『ルグリ・ガラ』出演のバレエピアニスト滝澤志野に聞く~バレエ界の至宝マニュエル・ルグリとの奇跡の出会い

インタビュー
2017.8.15
滝澤志野 Shino Takizawa

滝澤志野 Shino Takizawa


パリ・オペラ座バレエ団を代表するエトワール(最高位のダンサー)の座に長年君臨し、オペラ座定年後もバレエ界の第一線で活躍するマニュエル・ルグリが2017年8月、東京・大阪・名古屋でバレエ人生の集大成と位置づける『ルグリ・ガラ 〜運命のバレエダンサー〜』に挑む。英国ロイヤルバレエ団、ボリショイバレエ団のスターやルグリが2010年より芸術監督を務めるウィーン国立バレエ団の精鋭と共に贈る夢の饗宴に、ひとりの日本人が出演する。ウィーン国立バレエ団(ウィーン国立歌劇場)専属ピアニストの滝澤志野だ。ルグリの信任が厚く、彼が踊る世界初演のソロ作品で演奏を担う滝澤に『ルグリ・ガラ』への意気ごみやウィーンでの活動、ルグリとのエピソードを存分に語ってもらった。

憧れのウィーンでの充実した日々

マニュエル・ルグリ版『海賊』の舞台稽古、オーケストラピットにて

マニュエル・ルグリ版『海賊』の舞台稽古、オーケストラピットにて

——ウィーン国立バレエ団(ウィーン国立歌劇場)専属ピアニストになるまでの経緯を教えてください。

3歳からピアノを習っていましたが、宝塚歌劇、バレエ、歌舞伎など舞台芸術が好きで、その世界に憧れていました。高校生の頃には、テレビのドキュメンタリー番組の影響もあって裏方の仕事に興味を持ちました。音大在学中からバレエピアニストの仕事を始め、新国立劇場でも弾くようになると海外から指導者やダンサーが来るので、バレエの本場ヨーロッパの現場を見たくなりました。「行くのなら絶対にウィーン!」と決めていました。ヨーロッパを旅して周ったときにウィーンの街と劇場に惚れていたんですね。一日だけバレエ団を見学させてもらえることになりルグリに挨拶しました。結局4日間の滞在中ずっと見学を許していただき、運良く空席があったのでオーディションを受けて採用されました。

——バレエ団の日常のスケジュールや雰囲気はいかがですか?

普段は朝の10時から1時間15分のクラスレッスンがあります。2クラスあって4人で分担するので週の半分ほど弾いています。リハーサルでは主にソリストを担当しています。舞台のときはその前のクラスを弾き、本番でオーケストラに入ることもあります。ダンサーたちは多国籍ですが雰囲気は良いですね。ルグリは太陽のような存在で宝塚のトップスターみたいです。気持ちだけは娘役(笑)なので「付いていきます!」という感じです。

——仕事の上で大変なことは何ですか?

(ルドルフ・)ヌレエフ版の古典全幕を上演していることです。もの凄く踊れたヌレエフが自分の踊りを120%魅せるために作られています。踊る側も大変ですが、ダンサーの求めるテンポに合わせなければいけないのが難しく、ウィーンに来た当初は修業の日々でした。

——逆に喜びは何ですか?

ダンサーたちの舞台での成果が自分の喜びでもあります。バレエ団の公演をほぼ全部観ているんです。ルグリが踊るもの、彼がリハーサルしダンサーたちが踊るもの全部が私にとって尊く、彼のバレエの側にいたい。それくらい彼の芸術性に心酔しています。

マニュエル・ルグリ(上) 滝澤志野(下)(C)Ashley Taylor

マニュエル・ルグリ(上) 滝澤志野(下)(C)Ashley Taylor

——ルグリに日々接していて、どこが凄いと感じますか?

教えの天才です。人を導く力、人を見抜く力が天才的だと感じます。彼は人のエネルギーに呼応する鏡のような存在で、誰かがポジティブなエネルギーで向かってくると、それに対して絶対に応えてくれる。彼は人に対して100%自分をあたえきる人です。ダンサーとしてパートナーシップに優れているのも、その個性があるからだと思います。

——ルグリによって導かれた個人的な思い出を教えていただけますか?

私は自信を無くすことが多く、しかも一カ月くらい引きずってしまうんですね。そういうときに知ってか知らずか声をかけてくれます。私の誕生日にはご自身の写真集をプレゼントしてくださり「アーティスティックで、大きな大きなハートを持っている君のことを大好きだよ」といった風にメッセージが添えられていました。それだけで「私はこのまま生きていていいんだな」と思える。私にとって奇跡的に良い上司で、私と彼の間には、いつもバレエがあって、バレエを通して通じ合っています。

ルグリと共演する新作世界初演に向けて

左から滝澤志野、マニュエル・ルグリ、ナタリア・ホレツナ (C)Ashley Taylor

左から滝澤志野、マニュエル・ルグリ、ナタリア・ホレツナ (C)Ashley Taylor

——『ルグリ・ガラ』では、ルグリが踊る世界初演のソロ作品『Moment』(振付:ナタリア・ホレツナ)のピアノ演奏として出演されますね。

振付のホレツナがルグリと私のために作品を創りたいと言ってくれ、選曲も託されました。ルグリが出したのがバッハ(ブゾーニ編曲)の「トッカータ、アダージョ、フーガBWV564」、私が出したのがバッハの「プレリュード ハ短調 BWV999」で、ぴったり合致しました。驚いたのは彼が新進振付家であるホレツナの指示をすべて受け入れ身を預けたことです。あたえられたものを自分の中で消化して表現する立場に徹しているのが素晴らしく「やはりダンサーなんだな、この人は」と思いました。

——リハーサルの印象はいかがでしたか?

ストーリーを演じるのではなくルグリ自身を踊りで体現したいとホレツナは説明し「あなたのMoment(瞬間)を表現したい」と語りました。そこから題名が決まりました。ルグリは『Moment』を踊っているとき舞台上で自由に生きています。彼は純粋だったり、子供みたいなところがあったりするユニークな人ですが、それらが全部表れている気がします。オペラ座のスターだったイメージや芸術監督としての役割から自由になった彼自身の姿が表れていると思います。私には彼のダンサーとしての最終章ではなく第2章が始まる予感がしています。自分の中に光を取り戻した印象を受けます。

——その特別な作品の初演に向けての意気ごみをお話しください。

ルグリ自身を表しているような作品において、私は彼の芸術、彼の想いを分かち合う存在であり、彼にとっての音楽の象徴ではないかと分析しています。一緒にステージにのって絡んだり動いたりする振付もあるんですよ。振付家からは踊っているのを見ないで弾いてほしい、心で感じてほしいと言われています。この6年間毎日のように接して分かり合えている部分は大きいので、彼が音楽と自由にたわむれることができるようにしたいです。

ウィーンの若き精鋭たちと世界のトップスターを語る

左よりワディム・ムンタギロフ、マニュエル・ルグリ、マリアネラ・ヌニェス、滝澤志野 (C)Ashley Taylor

左よりワディム・ムンタギロフ、マニュエル・ルグリ、マリアネラ・ヌニェス、滝澤志野 (C)Ashley Taylor

——『ルグリ・ガラ』に出演するウィーン国立バレエ団のメンバーをご紹介ください。

ニーナ・ポラコワ(プリンシパル)は主要な役を踊り経験値が高く、コンテンポラリーも得意。ルグリがウィーンでやってきたことを体現するダンサーです。デニス・チェリェヴィチコ(プリンシパル)は凄い技術を持っているし、スター性があって観客を巻き込む力があります。ナターシャ・マイヤー(ソリスト)は可愛くてキラキラしていて眩しいくらい。甲が柔らかくて身体能力も高いです。ヤコブ・フェイフェルリック(ソリスト)は見た目が甘く王子さまですがドラマティックな演技も得意です。まだ20歳なのに相手役を大切にして愛にあふれている。ナターシャとヤコブは地元生まれでウィーン国立歌劇場バレエ学校出身ということもあって入団前からスターとして認識されていました。

ニーナ・トノリ(ソリスト)はロイヤル・バレエ・スクール仕込みのナチュラルなダンスと演技が売りです。ニキーシャ・フォゴ(ソリスト)は個性的で凄いテクニックと音楽性を持っていて踊りのセンスもいい。ジェームズ・ステファン(デミ・ソリスト)もロイヤル・バレエ・スクール出身のインド人とイギリス人のハーフで、浅黒い肌で手足が長くインドの王子さまという感じです。ジェロー・ウィリック(デミ・ソリスト)もセンスを持っていて、この1年で伸びていて舞台を観ていると自然と目に入ってきます。

もしかしたら若い彼らはルグリも接したことのない人種というか新しいジェネレーション、パリ・オペラ座時代にもいなかったような個性を持ったダンサーたちかもしれません。彼らに出会ったからこそ、ルグリの未来というか生きる考え方が変わったのだと思います。

——マリアネラ・ヌニェス&ワディム・ムンタギロフの英国ロイヤルバレエ団組、オルガ・スミルノワ&セミョーン・チュージンのボリショイバレエ団組もウィーン国立バレエ団の『白鳥の湖』に客演しており、その際にリハーサルに立ち会われたそうですね。

バレエ界を引っ張っていく人たちです。ルグリはヌレエフの一番弟子という感じで彼らに伝統を伝える。ヌレエフ版を指導することを通してバックアップするというか、ダンサーとして一段でも二段でもあがってくれたらという意思を感じました。セミョーンは意外にも緊張するタイプで、リハーサルでも葛藤を抱えちゃうような人間味にあふれている人。マリアネラも全てを持っているようなダンサーなのに、公演の前に緊張していて意外でした。その繊細な心も魅力のうちだと思います。ワディムとオルガはルグリもそうですが超人という感じ。タイプが違う同士が組むからいいバランスなのでしょうね。

ルグリのチャレンジと自身の夢

左からイザベル・ゲラン、滝澤志野、マニュエル・ルグリ

左からイザベル・ゲラン、滝澤志野、マニュエル・ルグリ

——あらためて『ルグリ・ガラ』への想いと注目ポイントをお話しください。

まさにドリーム・プロジェクトなので、私がこれで引退してもいいくらい(笑)。客席の皆さんと一体化して1つの何かをシェアしたいですね。ルグリの想い、彼の未来とか出演するダンサーのこととかも含めて皆が同じ想いをシェアできたらいいなと。ルグリがプロデュースするガラ公演は出演者全員がスターというのではなくて目利きの彼が発掘した人が紹介されます。日本のお客さんはそれを分かっていらっしゃる。演目も魅力的です。

——今後の展望についてお聞かせください。

素晴らしいバレエ音楽を集めてリサイタルをしたい、録音をしたいという展望もありますが、何よりもルグリがやりたいことを実現するのが一ピアニストとしての喜びであり夢でもあります。去年の「ヌレエフ・ガラ」で彼と今回も出演するイザベル・ゲランさん(元パリ・オペラ座バレエ団エトワール)が『ル・パルク』の解放のパ・ド・ドゥ(振付:アンジュラン・プレルジョカージュ)を踊った際に私を指名してくれて初めて彼の踊る本番で伴奏しました。そのときに「またやろうね」とおっしゃられ今回のお話をいただきましたが、まさか彼の新作ソロを弾けるとは。彼の実現してくれることは、私の夢の斜め上をいってくれる。彼はどんどん凄いことにチャレンジしてくれると思います。

インタビュー・文=高橋森彦

<滝澤志野 Shino Takizawa プロフィール
大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。第1回堺ピアノコンクール金賞、第1回21世紀ピアノコンクール金賞、2001年ピティナ・ピアノコンペティション全国大会入賞。在学時よりオペラ及びバレエ伴奏に携わり、舞台芸術のレピペティトールを志す。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニストに。2011年よりウィーン国立バレエ団専属ピアニストに就任。即興演奏を得意とし、バレエピアニストとして専門性を深めながら、同歌劇場バレエ公演およびガラ公演において、J.S.バッハ「ピアノ協奏曲第1番」、チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第3番」、モーツァルト「ピアノ協奏曲23番」をウィーン国立歌劇場管弦楽団(ウィーンフィル)と共演する等、ソリストとしても活躍。バレエレッスンCD「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエクラス 1」を2016年に新書館よりリリース。来春、2巻発売予定。
 
公演情報
『ルグリ・ガラ ~運命のバレエダンサー~』
 
<東京公演>
【会期】
8月22日(火)18:30  Aプログラム
8月23日(水)18:30  Bプログラム
8月24日(木)18:30  Bプログラム
8月25日(金)18:30  Aプログラム
【会場】東京文化会館 大ホール

 
<大阪公演>
【会期】 8月19日(土) 14:00 Aプログラム
【会場】フェスティバルホール

 
<名古屋公演>
【会期】 8月20日(日) 17:00 Aプログラム
【会場】愛知県芸術劇場  大ホール

 
 
■出演:マニュエル・ルグリ、イザベル・ゲラン(元パリ・オペラ座バレエ団エトワール)
マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)オルガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン(ボリショイ・バレエプリンシパル)
エレナ・マルティン、パトリック・ド・バナ、
ニーナ・ポラコワ、デニス・チュリェヴィチコ(ウィーン国立バレエ団プリンシパル)
ナターシャ・マイヤー、ニーナ・トノリ、ニキーシャ・フォゴ、ヤコブ・フェイフェルリック、ジェームズ・ステファン、ジェロー・ウィリック、芝本梨花子(ウィーン国立バレエ団)
滝澤志野(ウィーン国立バレエ団専属ピアニスト)
 
■演目:
<Aプログラム>『アルルの女』より、『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』、ルグリ版『海賊』第2幕よりアダージョ、『フェアウェル・ワルツ』、『グラン・パ・クラシック』ほか
<Bプログラム>マニュエル・ルグリ ソロ(世界初演)、『ジゼル』、『ドン・キホーテ』、『ランデヴー』、『ジュエルズ』より“ダイヤモンド”ほか
※全演目詳細は公式サイトよりご確認ください

■公式サイト:http://www.legris-gala.jp/


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