ピアニスト・青木智哉が招待するディズニー『美女と野獣』の世界

2017.9.1
レポート
クラシック

青木智哉(ピアノ)

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“サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.8.27. ライブレポート

毎週日曜日、渋谷のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGで開催される『サンデー・ブランチ・クラシック』。8月27日は、ピアニストの青木智哉が登場した。普段は文字通りクラシック音楽が主体のコンサートだが、今回はディズニーの『美女と野獣』をメインテーマにした意欲的なプログラムとなっていた。

定刻13:00になると、舞台に颯爽と登場した青木が早速最初の1曲を披露してくれた。始まりは、チャイコフスキー作曲/上原彩子編曲「花のワルツ」(バレエ音楽『くるみ割り人形』より)だ。

青木智哉(ピアノ)

流麗できらびやかな序奏から、音楽が始まる。おとぎ話をテーマにした演奏会の幕開けにふさわしい雰囲気が演出された。誰もが聞き覚えのある、愛らしいメロディーだが、今回の演奏は一般によく知られている「花のワルツ」とは一味違う。いつの間にか小気味よいジャズ調のリズムになり、粋で軽快な音楽に変化するのだ。技巧的な早回しのパッセージも登場するが、青木はそれを軽々と弾きこなす。

この演奏会の魅力は、なんといっても演奏者と聴衆の距離が近いこと。高音域から低音域まで、幅広い音域を自在に跳躍する手の動きが、客席からもはっきりとわかる。

途中、音楽は突如として重々しくなり、悲愴な空気を漂わせる。かと思うと、続いて高音域の愛らしい音楽に変わる。急な表情の変化にも、鮮やかに対応した演奏だ。やがて音楽は、優雅な中にも熱気を帯び始める。ジャズ風の変則的なリズムを聞かせながらも、原曲通りの華麗で荘重なクライマックスを築き、音楽は閉じられる。

青木智哉(ピアノ)

惜しみない拍手を受けて、青木が挨拶した。

「皆様、本日はようこそお越しくださいました。ピアノの青木智哉です。さて、今日は『美女と野獣』だというのに『どうして〈くるみ割り人形〉を弾くんだろう?』と思った方もいらっしゃると思います。僕もそれは同感なのですが、『サンデー・ブランチ・クラシック』のコンサートなので、クラシック音楽も1曲入れようと、ディズニー映画の『ファンタジア』でも使われている「くるみ割り人形」を選曲しました。上原彩子さんの編曲で、やたら大変な曲なのですが頑張って弾きました(笑)。では、ここから『美女と野獣』の世界に入っていこうと思います。」

軽妙なトークを交えつつ、いよいよ本題である『美女と野獣』の世界に入っていく。客席には、曲目の他に「むかしむかし……」で始まる物語のあらすじを紹介したプログラムも用意されていた。

「物語にはプロローグがつきものですよね! お手元のプログラムにある物語の導入を、「プロローグ」を聴きながらお読みください」

カフェが『美女と野獣』の世界に

ここからの曲目は、ディズニー映画の音楽を多数作曲しているアラン・メンケンの作品となる。まず演奏されるのは、『美女と野獣』より「プロローグ」だ。

重々しい低音が鳴らされたあと、きらめくような華麗なメロディーが始まる。悲壮感のあるテンポの急速なメロディーが駆け抜けると、一旦静かな雰囲気となる。ちょうど夢の中にいるような、ロマンティックな曲だ。曲目は切れ目なく、「朝の風景」へと移る。ヒロインのベルが登場するシーンの楽曲で、『美女と野獣』の中でも有名な曲である。軽快に走り回るような、喜ばしい楽想は、ベルのキャラクター像を感じさせるような、快活さと愛らしさにあふれた演奏になっていた。中間部では、やや趣を変えてセンチメンタルな表情を覗かせつつ、力強さも見せながら徐々に盛り上がっていき、生命力に満ちたコーダで締めくくった。

「僕が今演奏したのは、アニメ版ではなく今年公開の実写版の音楽です。今日は実写版『美女と野獣』の豆知識も紹介していきたいと考えています。先ほどの曲を作ったのは、皆さんご存知でしょうか、アラン・メンケンさんという方で、ディズニー映画の大半の曲を書いています。ハワード・アッシュマンさんという作詞家と二人三脚で音楽を作っていたのですが、『美女と野獣』の制作後、アッシュマンさんは亡くなってしまうんです。残された時間が少ない中で一緒に作った、思い出深い曲の数々。先ほど演奏した「朝の歌」は、メンケンさんが『美女と野獣』の音楽の中で、「ひとりぼっちの晩餐会」とともに、最初に作った曲だと言われています。」

MCではこの日が初お披露目だという『美女と野獣』風のガラスドームの話も

さらに、青木は『美女と野獣』の作品についても解説してくれた。

「実写版は、アニメ版とどう違うかと言いますと……実写版では、それぞれのキャラクターの生い立ちや心情にもフィーチャーしています。ちなみに、「朝の歌」の英語版のタイトルは、主役の名前と同じ”Belle”といいます。これは、フランス語で“美人”という意味なんです。しかし、アニメ版には野獣のための曲がなかったんです。そこで、実写版では野獣の曲も追加されました。

これから続けて演奏する3曲のうち1曲目の「日差しを浴びて」は、野獣の姿に変えられる前、幼少期の姿を現しています。2曲目の「時は永遠に」は、<どうやったら、この幸せな一瞬は永遠に続くのだろう?>と歌う、ベルのお父さんが歌う曲です。そして3曲目「ひそかな夢」が、野獣の曲です。ベルが野獣のもとを一旦離れ、村に帰らなければならなくなったときの音楽で、アニメ版にはなかった描写です。『もしベルが帰ってこなければ呪いは解けない。それでも自分はベルを待ち続けよう』という切ない歌です」

青木智哉(ピアノ)

音楽の背景を紹介したあと、実写版からの音楽が3曲続けて演奏された。

「日差しを浴びて」は、静かで安らぎにあふれた導入で始まる。ノスタルジックで、包み込むような暖かさを感じさせ、続く「時は永遠に」は、実写版のエンドロールでセリーヌ・ディオンが歌うことでも馴染み深い。絶妙なゆらぎをつくりながら、追憶するような切なさと愛の喜びを同時に思い起こさせる演奏だ。

野獣の歌だという「ひそかな夢」は、低音域の響きの多い重厚さのある音楽である。強い情熱をこめ、確固とした愛を歌い上げる。切ない曲調だが、力強さと温かみも感じさせつつ、堂々としたクライマックスを築き上げた。

弾き終わると同時に、会場全体から拍手が送られた。

「ありがとうございます。さて、『美女と野獣』についてお話しましょう。皆さん、『美女と野獣』の“野獣”とは何なのか疑問に思ったことはありませんか? 野獣は、たてがみがライオンで、頭とひげがバッファローで、眉毛がゴリラで、目が人間なんです。そして牙が猪で、足と尻尾は狼でできています」

これは知らない人も多かったようで、客席に驚きの声が漏れる。

「原作では猪だそうですが、1946年にはフランスで実写映画化もされているそうです。それをディズニーがリメイクして、よく知られた『美女と野獣』になったというわけです。さて、次の曲ですが、皆さんには是非手拍子をしながら参加して欲しいと思います。起伏の激しい曲で、僕はおそらく途中で、皆さんの手拍子を振り切ってしまうでしょう(笑)」

青木が作ったガラスドーム

次に演奏される曲は、「ひとりぼっちの晩餐会」。野獣の城の召使であり、呪いで燭台に変えられてしまったリュミエールが歌う曲だ。華麗で豪華な序奏の後、シャンソン風の粋なメロディーが始まる。客席も一緒に手拍子する……はずだったが、演奏は青木の宣言通りにテンポを速めていく。手拍子がついてこられないほど音楽が疾走した後に曲調は一転し、今度は哀愁漂う悲しい音楽となった。映画の演出と同じように、途中で泣く仕草をする青木には会場から笑いが漏れた。大げさな嘆きを見せたあと、元の快活なテンポが戻ってくる。技巧的なグリッサンドも見せつつ、最後はお祭り騒ぎのような楽しさの中で曲が終止した。

「手拍子に全くついてこさせないようにしているのが伝わる演奏だったと思いますが(笑)、これで構わないんです。ついてこられてしまうと、僕がもっと早く弾かないと行けなくなってしまいますから。さて、今まで『美女と野獣』のお話をしてまいりましたが、次で最後の曲になります。野獣が、恋敵のガストンに襲われて瀕死の重傷を負い、ベルが野獣のもとに飛んでくるシーンがあります。そのシーンの切ない音楽から、美女と野獣を描いた曲に移り、そのままフィナーレを弾いていきます。それでは、最後までありがとうございました」

青木智哉(ピアノ)

いよいよ、プログラムの最後となる「美女と野獣」と「フィナーレ」の演奏が始まった。曲の導入は、ごく幽かで繊細な音型だ。命が尽きようとしている心境を表すように、胸を締め付けるような切なさを感じさせる。

やがて曲想が代わり、甘美でロマンティックな旋律が走る。障害を乗り越えて実った愛情、同時に希望や救いも感じ取れる演奏だ。ここで、物語のハッピーエンドを示すような表情が現れる。「フィナーレ」は、愛の力を歌い上げるような力強い音楽だ。長い物語の終わりにふさわしく、希望に満ちた大団円を演出し、音楽は堂々と締めくくられた。

この日一番の盛大な拍手が、舞台上の青木に送られた。なり止むことのない拍手に応えて、青木はアンコールを披露してくれた。

「僕は4年くらい前、YouTubeに『東京ディズニーランドをピアノで一周する動画』というのを上げて、ありがたいことに反響をいただきました。それに味をしめて、今年も動画を作りました。それが、『ディズニースペシャルメドレー2017』というもので、僕の大好きなアラン・メンケンさんの曲を中心に15曲を選んで、メドレーにしてあります。

実は、東京ディズニーランドのプロジェクション『ワンス・アポン・ア・タイム』が今年11月でリニューアルするそうです。『そこの音楽がもう聴けないかも?』という噂もありますが、そのときは僕の動画を見ていただければ聴けます(笑)」

パネルで演出

このタイミングで、舞台にパネルが搬入される。演奏中にパネルをめくっていくと、今どの作品の曲を弾いているかすぐわかるという寸法だ。

アンコール曲の『ディズニースペシャルメドレー2017』の演奏が始まった。始まりは、誰もが耳にしたことのある名曲「星に願いを」。続けて、『シンデレラ』や『白雪姫』、『スティッチ』や『アナと雪の女王』など、新旧問わずディズニーの名作から楽曲が続いていく。時にはロマンティック、時には楽しげと、ディズニーの名場面が次々と浮かんでくる。ユーモラスな音楽、悪役の不気味さを描いた曲も現れる物悲しい雰囲気の曲や、ミステリアスな曲調など様々な雰囲気の曲が含まれ、聞き手を飽きさせない構成になっていた。

アンコールながら、15曲のメドレーは聴衆にとっても満足感のあるボリュームで、大人から子供までをディズニーの世界に招待したミニコンサートは、終演となった。

演奏後はお客様とのふれあいも


渋谷のカフェを『美女と野獣』の世界に変える魔法を見せてくれた青木に終演後、少しだけ時間を頂きお話をうかがった。

青木智哉(ピアノ)

――青木さんは、『サンデー・ブランチ・クラシック』への出演は2回目となります。前回は伊勢久大さん(ヴァイオリン)との共演でしたが、今回ソロで出演されてのご感想はいかがでしたか?

やはり、ソロにはソロの魅力がありますね。かなり緊張しましたが(笑)、お客さんも暖かい雰囲気で、楽しく演奏することができました。

――今回、『美女と野獣』を演奏会のテーマにした理由や背景をお伺いしたいです。

元々、幼少期からディズニーがすごく好きで、『美女と野獣』以外の曲も聴いていました。しかし、最近実写版が話題になっていて、時期的には一番『美女と野獣』がディズニー作品の中で旬になっていると思います。僕も実写版を見まして、僕自身の中でもヒットしているので、『美女と野獣』を取り上げました。

――演奏活動しかり、今後も様々な活動が続いていくと思います。今後、目標にしていきたいことは何でしょうか?

今日の演奏会も、ちびっ子が来てくれていましたね。老若男女が楽しめるような演奏をしたり、企画を考えたりしていきたいと思います!

青木智哉(ピアノ)

毎週日曜日、渋谷・道玄坂で行われる『サンデー・ブランチ・クラシック』。是非一度、訪れてみてほしい。


取材・文=三城俊一 撮影=岩間辰徳