咲妃みゆインタビュー 宝塚退団後初のコンサート『Concierto del Tango ─タンゴのすべて─』に挑む
咲妃みゆ (撮影:岩間辰徳)
見る者すべてを幸福感で満たしてくれた、早霧せいなとの比類なきトップコンビぶりが「平成のゴールデンコンビ」と謳われた、元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の咲妃みゆ。
誰をも魅了せずにはいられない、その愛らしい存在ばかりではなく、天性の演技力を持った表現者でもあった彼女が、宝塚退団後初となる舞台、『Concierto del Tango ─タンゴのすべて─』に出演する。
日亜修好120周年記念特別公演CD『Todos del Tango』発売を記念したこのコンサートには、歌手として、また演劇界、ミュージカル界の大スターとして活躍する錚々たるメンバーが揃い、アルゼンチンタンゴの名曲の数々が堪能できる、スペシャルなイベントとなっている。
そんな舞台に挑む咲妃が、CD収録曲であるタンゴの名曲「灰色の午後 En esta tarde gris」のレコーディングの直前に、新たな挑戦となるコンサートへの意気込み、タンゴの魅力、また退団したばかりの宝塚と、相手役として多くの時間を共有した早霧せいなへの想いなどを語ってくれた。
■力強さの中にあるしなやかさや柔らかさを表現したい
──宝塚を退団されて、今回のコンサートに出演しようと決められた経緯から教えてください。
宝塚卒業後には色々な道を選択される方々がいらっしゃいますけれども、私の場合、卒業を間近にしてもなお舞台が好きだという気持ちと、もっとパフォーマンス、表現するお仕事に関わっていきたいという思いがあったんです。ちょうどそんな時に今回のお話をいただきました。タンゴであふれた作品ということを伺い、とても素敵だなと、まず思いました。初めて携わらせていただくので大きな挑戦でもあるのですが、様々な方からの後押しもいただき、出演を決意いたしました。
──タンゴに対して持っていらしたイメージはどんなものでしたか?
宝塚歌劇団在団中に何曲かタンゴのナンバーも歌わせていただいているのですが、その時に多く求められたのは情熱や強さでした。ですので私個人の中には、赤とか黒とか、濃く強いものというイメージがありました。自分としては色々なカラーが出せる役者になりたいという想いがありますので、まだまだ未熟な点が多々あって挑戦に次ぐ挑戦という気持ちですが、今はそんなタンゴのイメージを少しでも表わせるようにと、やる気でいっぱいです。たくさん勉強させていただきたいと思っています。
──このコンサートが、CD『Todos del Tango』の発売を記念したものということで、CDにも参加されていますが、歌われるのが「灰色の午後 En esta tarde gris」。こちらの選曲はどのような形で?
今回に関しては、プロデューサーの高橋まさひとさんから「この曲を」とご推薦いただいて歌わせていただくことになりました。
──「咲妃さんには是非この曲を!」という意向だったのですね。ご自身ではこの曲に対してどう感じられましたか?
曲のイメージや構成などを伺った時に、全体で言えば失恋した女性の悲しみを歌った曲なのですが、すごく情熱的で燃え上がるような恋を経験したであろう女性の雨の降る昼下がりという感じがとても印象的でした。力強さの中にも女性独特のしなやかさですとか、柔らかさが必要なナンバーだなと感じましたし、たくさんの方が歌っていらっしゃる名曲ですので、参考にさせていただきながらお稽古しております。
──深いお芝居をなさることに定評のあった咲妃さんですから、どこかお芝居にも通じるような1人の女性像として捉えられたりもなさっていますか?
いえいえ、本当にまだまだ至らないことばかりなのですが、やはり今回は高橋さんの思い描くイメージを大切にすることがまず一番大事だなと思って、色々と質問させていただき、その女性像としては「あまり年配の女性と捉えずに、同世代の女性と捉えて大丈夫ですよ」と言っていただきました。ですので、私なりに大人の女性の恋をきちんと表現できたらなということと、失恋をしたとは言え決して暗い曲ではなく、去って行った彼を待つという信念を歌い上げた曲ですから、その点はお聴きになる皆様の心に響くようにと思って歌っております。
──では、ある意味では、新しい役柄に巡り合ったような?
そうですね。お芝居の要素も必要とされるナンバーだなと私自身感じていて、そういった曲を歌わせていただけるのは光栄なことですし、タンゴの曲自体が感情を露わにするものが多いので、そういった意味では取り組み易いのではないかなと思っています。
■「タンゴのすべて」同様に刺激的な「レコーディングのすべて」
──コンサートでは、歌手の方々はもちろん、宝塚OGの方々、さらに演劇界、ミュージカル界でも大活躍をされている豪華絢爛な出演者の方たちと共演されますが、楽しみになさっていることは?
もう楽しみと言いますか、ただただ光栄ですし、緊張と不安と興奮が入り乱れています。本日も私が一方的に存じ上げている素晴らしいアーティストの方々が、次々とレコーディングをクリアされていくのを拝見していて、お1人お1人のお仕事への取り組み方、情熱の傾け方などを拝見して、この場にいさせていただくだけで、こんなに勉強になることはないなと思いました。レコーディングということ自体が、私にとっては初めてで「タンゴのすべて」というコンサートのタイトル同様に「レコーディングのすべて」が心を動かされることばかりで、私がこの作品に携わらせていただくということのありがたさを今、さらに感じています。とても刺激的な時間です。
──同じ雪組で、同時に退団なさった鳳翔大さんも参加されていらっしゃるのは心強いのでは?
本当にそうです! 大さんには在団中からとてもお世話になっていましたし、今回のお話をいただいたのも同じ時期で、大さんご自身も「心強いね」と言ってくださったのがとても嬉しくて。わからないことばかりですが、一から一緒に挑戦する方がいてくださるというのはなんと安心できることかと思っています。
──他にも宝塚OGの方たちとは、宝塚100周年のイベントなどでもご一緒だった方たちですね。
イベントの時もそうでしたし、公演を観に来てくださった時にお声かけてくださった上級生の方々もいらっしゃいます。もちろん初めてご挨拶させていただく方々もおられますが、偉大な先輩方とご一緒させていただける身としては、私自身宝塚の一ファンでもありますからときめく心もあるのですが、でも、だからこそきちんとその気持ちをエネルギーに変えて頑張りたいと思います。
──ダンサーの方たちも錚々たる顔ぶれですが、咲妃さんご自身が踊ることはあるのですか?
いえ、私は今回は歌わせていただく形での参加なのですが、素晴らしいダンサーの方たちばかりなので間近でダンスが拝見できることも楽しみにしています。
──では、様々に刺激も受け、良い流れで進んでいるのですね。
まだまだこれからなのですけれども、宝塚在団中にも感じていたことですが、ひとつの舞台を創りあげるということにどれだけたくさんの方々が携わっておられて、情熱を傾けておられるのかをまたひしひしと感じるので、私も全身全霊を賭けて挑もうと心を新たにしています。
■深い愛に包まれていた宝塚にいた誇りと感謝を胸に
──宝塚を退団されて約ひと月が過ぎたばかりのところで、まだ難しいかも知れませんが、今、宝塚を改めて振り返るとすると?
卒業して感じるのは、めまぐるしい日々ではありましたが、宝塚という世界で本当にやり甲斐のあるお仕事をさせていただいていたんだなということです。私は卒業して日を開けずに別の組の同期生の卒業のお手伝いをさせていただいたんですね。同期生の卒業の時というのは1日中つきっきりでお手伝いをするのですが、その時に改めて宝塚歌劇団がどれほど愛にあふれた温かい場所だったかということを感じたのと同時に、自分の卒業のことも考えさせられました。その想いが、宝塚を卒業して今後頑張っていかなければいけない私に大きな勇気をくれたと思います。
──卒業してすぐに、宝塚を客観的にご覧になる時間があったのですね。
そうですね。ただ、まだ客席から宝塚を観劇させていただいたことはないので、その経験をさせていただくとまた感じるものがあるのだろうなと思って、そちらもとても楽しみです。
──在団中とは時間の流れ方も変わられたのではないですか?
やることに追われるのではなくて、自分でやりたいこと、やろうと思うことを自分で探している今の時間がなんとも新鮮で楽しいです。
──在団中は過密スケジュールでおられたでしょうから、ご自分の時間が持てることも新鮮なのですね。
全く未知の世界に飛び込んだ身としては、様々な方々にアドヴァイスをいただきながら一歩一歩、歩んでいる最中ですので不安ももちろんありますが、支えてくださる方がたくさんいらしてくださるので、次に何をするのか自分の頭で考えながら進んでいきたいなと思っています。
──また、宝塚時代には相手役の早霧せいなさんと「平成のゴールデンコンビ」とも称えられて、早霧さんが退団会見でも咲妃さんがいたからこそ、ここまで歩んでこられたとおっしゃっていましたが、改めて早霧さんに対しては?
本当にもったいないです。早霧さんには感謝の気持ちと尊敬の気持ちが募る一方なのですが、やはり在団中トップ娘役としてお傍にいさせていただいた時間でたくさんのことを勉強させていただきました。ある意味、私の道しるべは早霧さんのお言葉やお姿なんです。ですから、今でもひとつひとつのことに対して「早霧さんだったらどう取り組まれるだろう」など面影を追いながら、お傍で学ばせていただいたことを頼りにおそるおそる歩いている最中です。早霧さんの今後のご活躍のお姿からもまた学ばせていただきたいと思っておりますが、今はとにかく一度お会いしたいです。お目にかかれたら、こんなに嬉しいことはありません。
──咲妃さんにとって、早霧さんが心の指針でおられるのですね。
それはずっと変わらないことだと思います。
──早霧さんの最初のお仕事も発表になりましたし、きっとまたご一緒にという機会もあると思いますから、私たちもそれを楽しみにしていますが、咲妃さんご自身の今後の夢や、やってみたいことなどは?
卒業させていただいてから、この世界にはありとあらゆるお仕事があふれていて、皆さんがその様々なお仕事に情熱を傾けておられるのを目の当たりにしています。私自身は舞台のお仕事しか知らない身ですが、その中でもとても深い愛に包まれた世界で過ごさせていただいたことの誇りと、たくさんの方に後押しをしていただいている感謝を胸に、枠を作らず色々なことに挑戦させていただきたいと思っています。何より応援してくださる方々が周りに多くいてくださったので、その方たちに喜んでいただけるようなお仕事をひとつでも多くさせていただけるように柔軟に頑張っていきたいです。
──では改めて、その記念すべき第一歩のお仕事である、『CONCIERTO DEL Tango ─タンゴのすべて─』への意気込みと、舞台を楽しみにされている皆さんにメッセージをお願いします。
本当にこのお仕事をいただいた時はただただ驚きと感謝の気持ちでいっぱいでした。この舞台に携わらせていただけること、『Todos del Tango』のCDに参加させていただけること、双方に意気込みとやる気に満ち溢れております。コンサートに足をお運びくださる、またCDをご購入いただいて聞いてくださるお客様に少しでも勇気、元気、笑顔をお届けできるように頑張りたいと思いますので、是非是非楽しみにしていてください。
インタビュー終了間際に、構成・演出・訳詞の高橋まさひと氏から、次のメッセージが届けられた。「〈灰色の午後 En esta tarde gris〉は深い悲しみの曲ではありますけれども、悲しみだけではなくしなやかなエレガントと情感というものが表現されているもので、その両方が咲妃さんには表現できると思いこの曲を選びました。是非皆様楽しみになさっていてください」
取材・文=橘涼香 撮影=岩間辰徳
『Concierto del Tango ─タンゴのすべて─』
■会場:めぐろパーシモンホール 大ホール めぐろ区民キャンパス内
■出演:彩乃かなみ、久野綾希子、クミコ、咲妃みゆ、姿月あさと、鳳翔大、星奈優里、真琴つばさ(25日昼のみ)、水夏希、渡辺えり、アルベルト城間、伊礼彼方、岡田浩暉、篠井英介
【ダンサー】GYU nagai/クリスティアン・ロペス/セサル・カニサレス/アクセル・アラカキ/ダニエル・ボウホン/牧勢海/月央和沙/美翔かずき
【演奏】三枝伸太郎(P)/鈴木崇朗・北村 聡・早川 純(Bn)/会田桃子・吉田篤貴・江藤有希(Vn)/吉岡里紗(Acco)/河村泉(Vla)/内田麒麟(Ce)/田辺和弘(Bs)
■構成・演出・訳詞:高橋まさひと
■音楽監督:三枝伸太郎
■訳詞:三木章雄・小林香