藤原功次郎(トロンボーン)&原田恭子(ピアノ) 芸術の秋に「一人オーケストラ×2」の多彩な音色を堪能

2017.9.25
レポート
クラシック

藤原功次郎(トロンボーン)

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 “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.9.10. ライブレポート

「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されている『サンデー・ブランチ・クラシック』。9月10日は大河ドラマ『軍師官兵衛』のテーマ曲演奏でもおなじみのトロンボーン奏者・藤原功次郎が登場した。日本フィルハーモニー交響楽団で首席奏者を務めると同時に、国際管楽器コンクール(2012年)で優勝するなど内外のコンクールでも栄冠を勝ち得てきた若手実力派。サンデー・ブランチ・クラシックは2016年3月12日、同年11月27日に続く3度目の出演。前2回でもタッグを組んだピアノの原田恭子とともに、緩急自在で、エネルギッシュな演奏を繰り広げてくれた。

午後1時ジャスト。豹柄の真紅のインナーに黒のジャケットで身を包んだ藤原が姿を現した。満面の笑みを会場に向けながら、早速一曲目を披露する。グロンダールのコンチェルトだ。

のびやかで穏やかな音が、eplus LIVING ROOM CAFE & DININGの空間を満たしていく。閉じた空間では、金管楽器は耳への刺激がかなり強いのでは、という心配は杞憂に過ぎなかった。息遣いまで伝わる空間だから、語りかけるような微妙なニュアンスまで伝わるのは当然だが、ドラマチックに盛り上がっていく部分も耳に心地よいのだ。起伏に富んだ音楽を堪能しているうちに、あっという間に第1楽章が終了。藤原が「みなさん、こんにちは~。トロンボーンの藤原功次郎です!」と客席に向かって元気よく語りかけた。

まずは曲目の説明。デンマーク出身の作曲家グロンダールのこの曲はトロンボーンのソロでは指折りの人気曲だが、今回取り上げることにしたきっかけというのが興味深い。「8月に済州(チェジュ)島で国際コンクールがあり、僕もいい年(33歳)になったので、審査する方に回ったんです。その本選で、若い音楽家の子が演奏するのをみて自分もやりたいなと思いまして……」。内外のコンクールを制してきた猛者が、若手に刺激を受けて「やりたくなった」というのが面白い。

藤原功次郎(トロンボーン)

続いて2曲目。クラシックとの出会いは「ピアノと作曲」だという藤原にとって、ピアノの詩人ショパンの代表曲のひとつ「別れの曲」(エチュード作品10-3)は以前からのお気に入りだという。最初に「別れの曲」という名称が、ショパンの一生を描いたドイツ映画の日本語タイトルに由来することや、現地では「親密(ランティミテ)」という意味の愛の曲になっていることなどを説明してから、譜面台を外し、おもむろに演奏へ。

ゆったりとしたテンポに引き込まれ、美しいメロディーが心に沁みていく。ピアノと伴走していたトロンボーンが途中からクレッシェンドして情熱的に歌い始めた。気づくとピアノが旋律部分を一部外して低音部を響かせ、主旋律をさり気なく、そして力強く支えている。そして最後の一音。たっぷりした余韻が胸を揺さぶった。コンビでこの曲に挑むのは初めてということだが、息の合った演奏はさすがだ。ここで「今日のピアニスト、原田恭子さんです」と紹介。「別れの曲をやろうって言いだしたのは恭子さんなんです」と付け加えた。

そして3番目、今回のプログラムの核・シューベルトの「魔王」。「秋になると、必ず演奏する曲」なのだという。演奏前の解説は非常に丁寧で、4人の登場人物のうち、「語り手」は不安をあおるような短調、高熱にうなされる「幼い息子」は高音、そんな息子に「大丈夫だよ」と語りかけながら、医者のもとに急ぐ「父親」は低音、タイトルになっている「魔王」は脅すというより誘惑するイメージでピアニシモを多用する……といった感じ。演奏でその説明が生きた。

再び譜面台を出した藤原は、吹き出す汗を拭き、水をごくり。すぐにピアノによる序奏が始まった。嵐の中を疾走する馬の蹄の音、しのびよる不安が奏でられる中、トロンボーンの澄んだ音が耳に飛びこんでくる。ピアノの短いつなぎを挟んで、「父親」のバリトンを思わせる低めの声、不安を訴える「息子」の息絶え絶えの高音、「魔王」のささやきが続く……音だけなのに映像が見えてくるような展開だ。それを支えていたのが多彩な音色。人間とほぼ同じ音域のせいか、トロンボーンの音が次第に人の声のように聞こえ始め、その昔、教会音楽で多用されたという、その由来に思いを馳せたくなってしまった。譜めくりが追いつかないほどの盛り上がりを見せる中、ドラマは「息子」の死という悲しい結末を迎える。大拍手で迎えられる中、藤原が「これ、ピアノがめちゃくちゃ難しいんです」と原田をたたえ、原田がにこやかに再度の拍手に応えた。

二人の出会いは約11年前。大学(東京芸大)の先輩で、主に弦楽器の伴奏を担当していた原田の演奏に藤原が魅せられ、共演するようになったのが始まりという。「最初の頃はめっちゃ怖かったですけど(笑)、単純に僕、恭子さんのピアノが好きなんです」と藤原。原田のほうも「専属でやっているつもりはないんですけど(笑)、いつの間にか一緒にやる機会が増えてきましたね。とてもエネルギッシュでよく動く。いろんな魅力を持っているから、私がぼーっとしているうちに、どんどんスケジュールが埋まっていくんです」と朗らかに語る、ともに関西出身でノリがいい、というのも名コンビの秘密かもしれない。

続いて藤原が作曲した「約束」。笑みを浮かべながら、前日(9月9日)の出来事をまず語り始めた。「昨日、韓国の国際音楽祭で、グスタフ・マーラー・シンフォニーとアジアン・フィルハーモニック・オーケストラによって「約束」のオーケストラバージョンが初演されたんです。出世したんですね。曲って演奏してもらったりして、広がっていくと思うので、うれしいです。この曲はウィーンの国際管楽器コンクール(2012年)で優勝した後、翌々年にIAEAでリサイタルをさせていただいたときにつくったんですよ、またウィーンにいけますように、という願いをこめて――」

藤原功次郎(トロンボーン)

静かに語りかけるような旋律が美しい。ピアノが寄り添ったり、支えたり、追いかけっこしたりしながらトロンボーンと伴走していく。転調の後、一層、きらきらきらめくようにしてピアノが旋律を彩り始める。とてもトロンボーン一台、ピアノ一台だけで奏でられているとは思えない厚みに、フィナーレと同時に「ブラボー」の声が。それに応えるようにして「今日はウィーンで知り合った方も来ていただいています。いいお客様がいてくださったらいい演奏ができると思っています。皆様のおかげです」と藤原が頬を紅潮させながら語った。

いよいよ最後のプログラム「チャルダッシュ」だ。5月に米カーネギーホールでも演奏した十八番である。演奏の前に「来年(2018年)もカーネギーホールでさせていただけることになったんです」と客席に報告。結成8年を迎えた『Brass Ensemble ZERO』公演(2017年9月21日)の告知や、オリジナルTシャツなどグッズについてのトークに続いて、思いっきり楽しいチャルダッシュを奏でた。

藤原功次郎(トロンボーン)

そして意表をついたのがアンコール。「アンケートしま~す。「『軍師官兵衛』のテーマ」か「愛の賛歌」、どっちがいいですか」と客席に尋ね、実際に拍手の大きさで比較した。その後が関西人・藤原ならではのノリで「「愛の讃歌」が多いみたいだけど、いいや、両方やっちゃえ!」。もちろん、そのサービス精神に客席は大喜びである。

『軍師官兵衛』の壮大なテーマ曲に続いて、もの思う秋にふさわしい「愛の讃歌」をしっとり、ジャジーに。正統派クラシックからシャンソン、ピアノ曲、オリジナル曲まで、贅沢なプログラム。様々な味を詰めこんだ盛りだくさんなブランチに、客席も大いに満足した様子だった。

藤原功次郎(トロンボーン)


アンコールの後、藤原と原田に3回目の『サンデー・ブランチ・クラシック』を終えた感想を聞いた。

――盛り上がっていましたね。改めて、今回のコンサートのコンセプトを教えていただけませんか。

藤原:“芸術の秋”でしょうか。大学を卒業した後、教員をしていた中高一貫のノートルダム女学院中学高等学校で、9月の恒例行事としてこの曲の鑑賞会を行っていたんです。それで、秋が来ると「魔王」の季節やな、という気がして。

原田:「魔王」ってピアノにとってはきついんですよ。手がつってくるような曲なんで、最初、えって思ったんですけれど。

――それで藤原さんが「ピアノ、めちゃくちゃ難しいんです」っておっしゃったんですね。

原田:演奏前には言わないでって言ってたんです。先に「難しいですよ」って言うと、イメージは湧きやすいかもしれないけど、でもなんかね。

藤原:それは自分でも決めていることなんです。技巧を聴くんじゃなくて、音楽を聴いてほしいから。

原田:でも私に気を遣って、終わった後に言ってくれて。

――素敵なやりとりでした。プログラムの中の核になっていました。

藤原:一番最初にやったグロンダールのコンチェルトとめっちゃ似てるところがあって。リンクするような曲を並べた部分もあります。せっかく『サンデー・ブランチ・クラシック』ですから、トラディッショナルなクラシック、というのを大切にしたいなと。ショパンの「別れの曲」もピアノの曲ですけど、オーケストラのような広がりとか、ぐっと心にくるなという曲。これは恭子さんがやりたいということで。プログラムでも何でも恭子さんに相談するんですよ。

――別れの曲のピアノはショパンの原曲そのままの部分と、ちょっと旋律を抜いたところがありましたよね。

原田:そうです、ありましたね。途中からちょっと抜いてみようかなと思って勝手に抜いたりとか、この人がどうくるかとか、ちょっと探りながら……。

――毎回アレンジが違うんですか?

藤原:「愛の讃歌」とかも基本は決まっているんですけど……。

原田:その場その場でっていう部分があります。

――11年一緒になさっているだけに息がぴったりですね。

藤原:純粋に、恭子さんのピアノが好きだっていうのがすごく大きいと思うんですね。僕が関西で習っていたピアノの先生のルーツをたどると、実は恭子さんの先生の方と一緒だったっていうのもあるかもしれません。先生の先生の先生の先生ぐらいですが。

原田:自分が思っているように、やってくれるのが私っていうことかもしれません。

藤原:恭子さんのピアノっていうのは「一人オーケストラ」というか、いろんな音が聞こえてくるんです。僕もソロでやる時、トロンボーンは単音なんですけど、ピアノと同じようにバスや倍音を意識しながら表現するようにしている。「一人オーケストラ」を目指しているので……。

――「一人オーケストラ」×「一人オーケストラ」なんですね。

藤原:そうですね。

――こういう空間で金管楽器を聴くのは初めてだったので、ガンガン来るんじゃないかと、正直、少し不安もあったんです。そうしたら、かすかなニュアンスまで伝わってきてびっくりしました。

藤原:ノリで「ワー!」って盛り上がる時もあるんですが、今日はお客さんがメロディーに聴き入ってくれてたような気がします。それで「音を愉しむ空間」が共有できていたのではないかな。お客さんの気持ちと自分の気持ちがリンクできてたような気がするんですね。僕は「金管ぽくない金管」をめざしているのですが、一方ではやっぱり、息を使う楽器だから、金管にはパワーがあるんです。

――オーケストラで演奏される時とは違う時間を過ごされていると感じられる部分もあるのでしょうか。

藤原:オーケストラでトロンボーンというのは、主旋律を奏でることが多いホルンやトランペットを支える側なんですね。一方、首席としては15回に1回ぐらいメロディーを引き受けることもある。両方の役割を持ったトロンボーンの魅力を発信していくことが自分の役割かなと思っているんです。

――原田さんは、この空間についてどんな風に感じられますか。

原田:きょうは入ってきた第一声が「ちょっとした私の別荘」でした(笑)。最初はあれ?って思っていたのが、だんだん慣れてきて、自分自身が素になれる空間になってきました。おうちに皆が来てくれたような気持ちで、楽しんでますね。

――それこそ、このお店、eplus LIVING ROOM CAFE & DININGのコンセプトですよね。

藤原:コンセプトになじんできた。ばっちりやん、ええやん(笑)。

藤原功次郎(トロンボーン)

――「約束」のオーケストラ版が韓国で上演されたということですが、一つのことが次につながっていく感じですね。

藤原:そうですね。人と人をつなぐのが自分の目標のひとつ。コンサートもお客さんとの関係の中で出来るものだと思っています。

――作曲も目標のひとつなのでしょうか。

藤原:自分のライフワークはあくまでも日本フィルの首席奏者。オケって総合的な芸術。そこで輝きたいと思って勉強していますが、作曲することによって、それが演奏された時、今まで聞こえていなかったパートが聞こえてきたりします。その瞬間が好きですね。

原田:オケマンがソリストをやるって、体力的には大変だし、多分誰にでもできることではないと思います。でも、この人はばてないんです。

藤原:ゾンビですから(笑)、ばてないですね。

――人と人がつながる中で、活躍の場も広がってきました。

藤原:そういえば、カーネギーホールで演奏したいっていうのも中学の時から言ってましたね。去年はカーネギーの前に、全米ツアーもやらせてもらいました。シチリア島の音楽コンクール(イブラ大賞国際音楽コンクール、2016年)で優勝した記念公演でした。11月11日には大好きなJR山手線でコンサートをやらせてもらえますし。僕、やりたいことをリストアップしているんですが、その一つが東京スカイツリーで演奏することなんです。

原田:この人の場合、何か言うと現実になるんですよ、怖いぐらい(笑)。

毎週日曜日、渋谷・道玄坂のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGで行われる『サンデー・ブランチ・クラシック』。是非一度、訪れてみてほしい。

取材・文=刑部 撮影=荒川潤

サンデー・ブランチ・クラシック情報
10月1日
千葉清加/ヴァイオリン&須藤千晴/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

10月8日
福原彰美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

10月15日
鈴木舞/ヴァイオリン&實川風/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

10月22日
水谷桃子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

 
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html​
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