能×3D映像演出のコラボレーション再び『3D能ADVANCED 「熊野」「船弁慶」より』特別インタビュー
(左から)福地健太郎(明治大学 准教授)、坂口貴信、奥秀太郎 『3D能ADVANCED 「熊野」「船弁慶」より』
2017年10月27日(金)に明治大学アカデミーホールにて『3D能ADVANCED 「熊野」「船弁慶」より』が上演される。本公演は、日本の伝統とも言える“能”と、“3D映像演出”がコラボレーションしたもので、観客が能面型の特殊眼鏡を着用し、舞台奥に設置された特殊スクリーンの映像とともに能を楽しめるという全く新しいエンターテインメントだ。公演に先駆けて、出演の坂口貴信(観世流)、演出の奥秀太郎、映像技術担当の明治大学 福地健太郎准教授の3名にお話を伺った。
『3D能ADVANCED 「熊野」「船弁慶」より』チラシ表
2回目のチャレンジ
――第2回目の「3D能」ということで、前回と異なる部分はありますか?
奥:前回は観世能楽堂という場所でやりましたが、今回は一般のホールでの公演です。なので、普通のホールの中に能楽堂そのものを出現させます。能楽堂そのものを映像で表現出来ないかというチャレンジが今回のバージョンですね。実験や試行錯誤はあるのですが、能楽堂と同じ環境で観ているような環境、能楽堂というものが築かれ、出来上がっていくようなイメージを映像で何か作れないかなと思います。(前回とは)見た目の印象はものすごく違うと思います。演目は同じですが、そこはかなり違うんじゃないかな。
―― 今回は第1回目の3D能から協力いただいている、明治大学の福地健太郎先生もインタビューに参加していただいています。能楽師の坂口さんと映像技術研究の福地先生、全く違うフィールドで活躍されているお二人が出逢うことはなかなか無いのではないでしょうか。
奥:しかも、こういう関わり方は非常に特殊ですよね。
福地:前回の仕掛けも、実は坂口さんにもまだきちんとお話してないんですけど……。
坂口:僕だけ舞台の上にいて、本番を観られないので、何が起きているのかちゃんと分かっていないんですよ(笑)。
福地:奥さんの企画には今まで演劇やミュージカル等で関わっていました。役者の動きをカメラで捉えて、その動きに反応する映像を技術協力という形で作っていました。それを能でやると聞いて、いつもと同じ調子で出来るかなって思っていたら、普段相手にしてきた現代劇と照明条件も全然違うし、能面をかぶっていて、装束も全然違うので、「これはやばい! いつもの手が通用しないぞ!」となって、普段とは違う仕掛けを構築していきました。立体映像を使うためのスクリーンとの相性もあり、最終的には遠赤外線カメラを使用しました。これは言ってみれば役者さんの体温に反応する、熱が見えるカメラです。人間の目で見える光を追うカメラと、遠赤外線を使ったときで見えるものが違います。すると能面や装束を通してですが、今までよりももっと、身体そのものが見えてくるんですね。
奥:より熱のある芝居に反応するということですか?
福地:いやあ、それも結構冗談ではなくて、やっぱりパッと出てきたときと後半とで体温が違いますし、体温が上がっていくところがなんとなく見えてきたりとか、身体の中で温まっているところと、そうでないところがあったりとか……。その温度差自体は映像演出に使っている訳ではないんですけれど、研究者としてみていると面白いなあと思いましたね。
奥:今回成功するかは分からないけれども、この温度差に反応する技術で言えば、例えば桜の花が人をかわして散って行ったりとか、可能になりますよね。
福地:繊細な動きが取れるかどうかが、技術的にチャレンジになりますね。能の場合は動きが本当に繊細なので、うっかりするとコンピュータのスピードで捉えられなかったりするんです。具体的に言うと、前回なら『船弁慶』はダイナミックなので撮りやすいけれども、『熊野』が大変で……(笑) カメラで見ると動いてないけれど、人間の目では動きが分かる領域がまだあります。これを相手にするのは大変ですよ。
「熊野」
「船弁慶」
――カメラで捉えるものと、人間の目で捉えているものの距離を縮めていく必要があるんですね。
福地:一つのアプローチはそうですね。ただ、やり始めたばっかりなので、何が有効なのかも分からないし、どこまでを映像でやるべきで、どこからが能の表現が前面に出るべきところなのかとか、まだまだ僕には分からないのですが、機会は頂けたので、やれることは色々やって遊んでみようかなと。
奥:本当の意味で、映像とかアートとかも超えて、3D能はフロントラインのプロジェクトにしたい気持ちがあります。インタラクティブという言葉の、さらに先を見たい気がして。
福地:何ができるのか、楽しみな部分は多いですね。
――坂口さんは、このようなことが行われていると、全然全く感じずに?
坂口:いやいや、全く(笑)。でも、やっぱり『船弁慶』の時に、薙刀の動きによって「薙刀ビーム」が出ていたじゃないですか。試してみたときに僕らとしてはキレのいい動きをやりたいけれど、これが早すぎると(カメラ側が)察知しないので、ビームが出ないんですよ。その辺りは、わざとゆっくりから入って静止を作って、振り下ろすと言ったような、日頃とは違う演技を、その効果を効かせるように演技をしましたね。こっちは(観客に見える)結果がわかれば、それに対応しています。新聞にもその「薙刀ビーム」を捉えてもらいました。
福地:この辺りは実際に試しながら出来る利点の一つですね。
奥:色々な最新の技術というより、その先の、可能性が無限大にある企画ですよ。
「船弁慶」
それぞれの可能性
坂口:最新の技術に挑戦するというのが奥さんや福地さんの可能性だと思いますが、能楽師の立場からの可能性は「能を現代の人に理解してもらうこと」だと思います。能楽堂を出てやることの意義が持てれば、一番やりがいのある仕事だなあと思うんです。例えば海外に能舞台を持っていくというのは非常に大変なことです。向こうでは能舞台自体を作ることが出来ないので、日本で作った舞台を2ヶ月くらいかけて船で運ぶ、はっきり言うとそこに一番の費用と労力が割かれます。海外の人に本物の能を見せる時に、僕ら生身の能楽師自身に加えて、専用のステージというものはかなり多くのウェイトを占める部分なんですね。専用のステージをどうリアルにするかというのが結構大事なことです。
だから、僕の最終的な理想のイメージは、能楽堂に来たことない人も能楽堂に来ているような体験をしたりとか、或いは能楽堂の中にいながら海の中・山の中に行くとかそういうことも出来つつ、でも最終的には現実に戻ってくる……。最初は空の舞台が舞台としてあるのだけれど、話に入ると現実ではない、空想の世界に行って、けれども家路につくときは現実に戻っていく……そういった夢の世界みたいなものに舞台ごと一緒に行ってしまうこと。そういうことが出来ると、私たちとしては受け継いできた伝承を崩すことなく、現代に再生させることが出来ると思うんです。
――前回もまだ能が野外劇だった頃に回帰するイメージを感じました。これからは、さらにその先を目指していくのでしょうか。
奥:本来の能のスタイルを大切に、能をたくさん見てきた人にとっても真髄の部分が変わらず伝わるように、そこを壊さずに分かりやすく伝えて行くのは非常に大きな課題ですが、面白く取り組んでいます。
坂口:能のスタイルに囚われず、僕らが映像だけの世界、普通のお芝居の世界に入ってくことはおそらく簡単なことだと思うんですよ。そこには能にないことだから許されることも、あるじゃないですか。ただ、やっぱり本質的なことっていうのは、敢えて本丸を狙わなければ時代は絶対変わらない、と思います。3D能を観世能楽堂でやるということは本丸を動かしてやっていることですから、大変なことではあるし、僕もたやすく迎合出来ない部分もあるけれど、そこをクリアしてこそ本質的に認められるエンターテインメントや技術じゃないかなあと思っているんですよね。
来場者は能面型の特殊眼鏡を着用
――前回の3D能の反応は如何でしたか?
奥:予想以上に良かったですね。もっと長く観たかったという声が多くて。
坂口:『船弁慶』は特にそういう声が多かったですね。後場の知盛の怨霊の部分だけだったので。『船弁慶』は、本来であれば静御前の別れの嘆きから始まり、後半知盛の激しいシーンとなって、フルでやると1時間40分くらい、能にはその前後の落差によって満足する部分があります。色々な理由があって、静と動を別々の『熊野』と『船弁慶』によって表現したんだけど、そういうメリハリもなかなか難しかったですね。
奥:まだまだ入口を齧ったレベルですが、能の演目には魅力的なものが多いです。今はシェイクスピアよりも能だろ!って感じです。
坂口:今回は『熊野』では桜や雨を見せたり、『船弁慶』では波を見せたりしていますが、ハッキリと共通認識のものを見せる、というのは能として初歩の段階、基本的なことなんですよ。映像に限らずね。能の難しいところは、そこを越えた宗教観や「侘び」「寂び」の世界へ最終的に至るところで、最終的には人の感性みたいなものを刺激する技術が必要です。取り組んでいくと日本人の感性はすごく繊細で奥が深いことを思い知らされますよ。
「熊野」
――第2回目となった「3D能」の、さらに魅力的なところを教えてください。
奥:今回はやはり能楽堂そのものをどう表現するかが大きなポイントで、より自由度の高い空間で、3Dの効果もより強力に出来ると思います。
福地:チャレンジしないといけないことが増えました。よりコントロールの効かない世界でやることになります。能楽堂の空間というのはコントロールされた空間なので、ある意味やりやすい部分もあったんですよ。ただ、今回は我々のキャンパス(明治大学)のホールだけども、今後ますます違う条件のところで、例えば海外でやるとか、展開していけばしてくほど難しくなっていくと思うんですよ。今後の展開へのステップの一つとしてやってみたいと思います。能楽堂を飛び出して、何もないところへ行くためのステップです。
坂口:能をホールでやる場合は、舞台のサイズ感も広くなるし、お客様もより多くなり、3Dの動きというのも変わって来ると思います。それぞれの劇場での演技を変わらないところをやりつつも、変わるところは変えなければならないと思いますね。
奥:進化の過程を見ていただきたいです。
坂口:今後もお互いの歩み寄りも必要な、発展していく途上のもので、完成形にはまだ至っていません。今始まったばかりです。少し、長い目で応援していただきたいですね。
――今後、観客も進化の過程を目撃していくことになるのが「3D能」なんですね。