OMS戯曲賞大賞作品『悪い癖』を再演する、大阪の注目劇団「匿名劇壇」の福谷圭祐にインタビュー
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福谷圭祐(匿名劇壇) [撮影]吉永美和子
「劇団が変わる前に、みんなで振り返るような公演になると思います」
大阪の戯曲賞「OMS戯曲賞」で、2016年度の大賞に輝いたのは、大阪の劇団「匿名劇壇」の福谷圭祐『悪い癖』だった。「現実に絶望して引きこもる女性」「女性が妄想するある女子大生のリア充ライフ」「その女子大生の彼氏が所属する劇団が演じる群像劇」の3つの世界が代わる代わる出現し、やがて登場人物たちが各世界を越境し始めるという、複雑な構造を持つ物語だ。戯曲賞選考委員の鈴木裕美からは「現代日本の20代の人たちが、何を気にし、何に傷つき、何を大切にしているのかを正確に描写していると感じた」と評されている。この舞台が受賞記念で再演されるのを前に、福谷のインタビューが実現。『悪い癖』を作った動機や初演の苦労話、福谷作品の特徴であるメタフィクションな作風が生まれたきっかけ、そして本公演終了後に大きな変化が起こりそうな劇団の今後などについて語ってもらった。
■主人公のいろんな価値観が、妄想の世界の中で対話する話だったんだと。
──OMS戯曲賞といえば、受賞スピーチでの「この受賞が不幸にならないようにしたい」という言葉が、実にインパクトがありました。
実際今、恐れていた不幸が訪れているのではないかと思ってます(笑)。大賞じゃなかったらハングリー精神が呼び覚まされて、もっとエネルギッシュになれたかもしれないなあと。今ちょっと、ゆったりとした時間の中にいるので「油断してるなあ」と思います。
──その『悪い癖』を再演しようと思ったのは。
僕は大体マイナス思考なので、毎回「ああ、もうこんなんじゃダメだ。次はもっと面白いもんを作らんと」ってなるから、長編の再演を考えることがあまりなかったんです。でもこの作品に関しては、大賞という一定の評価を受けた以上、僕の「ダメ」という気持ちだけで封印するのは良くないかなあと。あとOMS戯曲賞は、受賞から1年以内に再演をすると50万円の助成金がおりるという制度があるんで、それを使わないのもアレだなあという事情もありました(笑)。
──そもそもこの作品を書いた動機は?
当時の僕は、基本的に「自分の手の届かない距離のモノは扱わない」って、強く思ってたんです。それは逆に言うと僕に手が届く、僕にしかわからない範囲の話を濃く書こうという。これを書いた当時は「このままだと、うだつの上がらない人生が待っている」という実感があって、それを表現しようと思って書いた作品でした。
──自分を重ねた作品というわけですが、主人公は女性ですよね。
あんまりガチの自伝を書いてもしょうがないのと、その思いを客観的に見ることができるんじゃないかと思ったんです。あと女性の方が、理想と現実のギャップみたいなのを抱えがちなんじゃないか? というのがあって。でも今振り返ってみると、結構恋愛の要素が大きくなったり、より青春のキラキラした感じが強くなったのは、主人公を女の子にしたからじゃないかと思います。
匿名劇壇『悪い癖』初演(2015年) [撮影]河西沙織(劇団壱劇屋)
──他にも改めて読んでみて、気づいた点はありましたか?
初演の時はあまり考えなかったけど、これは(主人公の)柳瀬の中のいろんな価値観が、妄想の世界の中で対話する話だったんだなあと。彼女は「私はこの(現実の)世界の主役じゃない」って思いを抱えていて、逃げ込んだ妄想の世界では「主役になりたい」という思いを抱かない女の子になるんですが、そこには「主役になりたい」という登場人物が何人か存在している。それって要は、柳瀬の中の消せない主役願望の現れなんですよ。主役に憧れないようにしようとしても、やっぱり憧れてしまう自分がいるということに、逆に妄想の世界を通して気づくという。一つの世界でも、枠組みを変えることで見え方が違ってくるという、そういう演劇なんだろうなあと思いました。
──初演の時に苦労した点は?
劇団員みんなが、演じる時に苦労していました。脚本だけ読むと「全員が柳瀬の作った架空の人格」とあっさり読めるんですけど、実際に演じるとなると、当然みんなそれぞれ役の解釈をして、彼らのパーソナリティをちゃんと考えるわけで。そうするうちに各々が、それこそ「自分がこの世界の主役」を地で行きはじめて、架空の人格という感じがなくなってきたんです。
──ああ。自分の役をちゃんと演じようとすればするほど、自分なりの性格付けとか癖が生じたりとか、どうしても「個」が出て来るでしょうね。それを封じられるのは、役者にはちょっとキツイんじゃないかと思います。
そうなんですよ。それで稽古の後半で「これだとできない」というのが多発して、脚本読解の時間を設けたりしました。ただ僕は、それを理路整然とやることが面白さにつながると思えなくなったので、途中で「もういい。ちょっと俺の言った通りやって」みたいな方向に行きましたね。今回改めて稽古するに当たっては、役者たちから「やっぱりこう思うけど……」っていうオーダーをまず聞いて「そうですよねえ。じゃあ、ちょっと頑張って理屈付けるね」っていう状態にはなってます。
──そう考えると「演劇」として役者が演じるには、いろいろ矛盾した本ですよね。
本当にややこしい、変な本やと思いますよ(笑)。決してシンプルではない、何かドシャーッ! っていう戯曲なんだなあと思います。
匿名劇壇『レモンキャンディ』(2017年) [撮影]堀川高志(kutowans studio)
■笑わせるにせよ泣かせるにせよ、良くも悪くも、誰かの印象に残ってほしい。
──福谷さんはもともと、お笑い芸人を目指していたそうですね。
ラーメンズとかバナナマンとかのコントが好きで、そういうことがやりたいと思ったんです。でもお笑い芸人が作品作りよりも、自分を露出してお茶の間をにぎやかす職業になってきたので、それは自分の本意じゃないなあと。まあ、プライドが高かったんでしょうね。「笑いものにはなりたくない」みたいな。でも今となっては「俺を笑いものにしていいよ」っていう価値観も芽生えてはいるんですけど(笑)。それで作品単体で笑わせて喜ばせるには、多分演劇の方が近いんだろうなあと思って、(演劇を学べる)近畿大学に入りました。
──実際に演劇を学んでみて、どんなことを感じたんでしょうか?
入学するまで演劇を観たことがなかったんですけど、2本目に観たのが紅テント(唐組)だったんです。当時唐十郎さんが、大学の特別客員教授だったんで。で、「何やこれは?!」ってなりましたね(笑)。話の筋は全然わからんかったけど、演劇の幅広さとか面白さみたいなものを認識できたし、やっぱ結局僕は何か心に残ることがしたいんだなあ……と気づかされました。笑わせるのも魅力的だけど、他の手段も多分あるんだろうなあと。
──そこから匿名劇壇を結成するのは。
意外と遅くて、大学3年生の時でした。単に仲の良かった同級生たちと「ちょっとこのメンバーでやろうか」ってことで集まって、その時から作・演出は自分でやってます。
──福谷さんの作劇の大きな特徴である、メタフィクションを取り入れ始めたのは?
最初からです。それって多分、正面から物語を作るのが恥ずかしかったんでしょうね。「今からやるのは演劇やねんけど、ごめんな」っていうイントロダクションを入れとかないと書けなかったんで。でもそれで初めて書いた本が、意外と自分の中で上手くいったので「あ、もしかしたらこれが向いてるのかもしれない」と思いました。
匿名劇壇『二時間に及ぶ交渉の末』(2014年) [撮影]河西沙織(劇団壱劇屋)
──私が『二時間に及ぶ交渉の末』で初めて匿名劇壇を観た時、登場人物が突然劇団の内部事情を暴露するなどのメタな部分と、フィクションの部分のバランスが良く、お互いを活かしあっていたのが印象に残りました。
だからやっぱり、共存してると思うんです。真正面からスパーッ! と、気持ちいい話も作りたい、でも恥ずかしいみたいな。そこのバランスを狙ってるんでしょうねえ、ずっと。ただ最近は、ちょっとそれも変えていかなあかんなあと思ってます。
──最近どんどん笑い以外の要素が増えてきたのも、その辺りが原因ですか?
というよりも『二時間……』の後は「感動させたい」欲が強くなったんです。お客さんを笑わせることは取りあえずできたけど、泣かせる本を書かれへんから、書きたい! と思って、そこからずっと失敗してる(笑)。泣かせるって、難しいもんだなあと思います。でも笑いにせよ泣かせるにせよ、何か印象に残って欲しいんですよ、良くも悪くも。それも「今世の中がこうだから、こんな物語はどうですか?」とかじゃなくて……『悪い癖』なんてまさにそうですけど、誰に向けて書いてるとか、多分ないです。強いて言えば、僕を軸に生まれた話が、僕と同じような人に届いたらいいなあ、みたいなことだと思います。
──そういえば一時期、YouTubeと連動した芝居を作っていたそうですが。
ありましたね。1分2分ぐらいのお芝居を作って、それをYouTubeに上げるという「フラッシュフィクション演劇」を。でもそれはYouTubeで何か表現したいというよりも、知名度を上げるのが主目的だったんです。さっき言ったように、不特定多数に向けて作品を書くんだったら、その範囲が広い方が「この芝居いいな」と思う人に当たる可能性が高くなるんじゃないかって。1万人や2万人が、僕の名前と顔を知ってる状態になってほしいと(笑)。もちろん演劇は最高の表現だと思ってやってますけど、インターネットをこの時代に活用できてないことに情けなさも感じるので、またちょっとやってみたいとは思っています。
匿名劇壇『プレゼントタイム・ハローグッバイ』(2015年) [撮影]堀川高志(kutowans studio)
■今偶然集まった劇団員だけで芝居を作るのが、匿名劇壇のブランド。
──今回もゲストを一切招きませんが、福谷さんは劇団員だけで芝居を作ることに、非常にこだわりを持っていますね。
劇団員だけを使う方が、観たことのない化学反応が生まれるんじゃないかという魂胆がありますし、単に劇団員みんなが好きというのもあります(笑)。でもそれよりも劇団員っていうのは、僕は「条件」だと思っているんです。この与えられた条件の中でやるのが「匿名劇壇」だという。今偶然集まったこのメンバーでやるのがミッションというか、それが匿名劇壇のブランドという気がします。
──手札を変えることができるポーカーではなくて、配られた札の中で勝負するしかない七並べの方がスリルがある、みたいな。
本当にそうです。それが自分の作劇の縛りというか、自分ルールですね。これはもう、劇団員が減ろうが増えようが同じ。もう減ってったら減ってったままで、ゼロになったら匿名劇壇を止めて、何か別の新たなチームを組めばいいやと思ってます。
──この再演を経たことで、次にどんなステップに行くという予感がしていますか?
でも匿名劇壇、この後しばらくやらないんですよ。ちょっと各々が考える時期なんだと思って、バタバタするのを止めたので、次はほぼ1年後になります。だからまさに「チェックするなら今のうち」です、絶対(笑)。
──そういう時間を設けようと思ったのは。
僕も含めて、劇団員が客演でいろんな舞台に出てるんですよ。そうすると何か、いろんな演劇の価値観を植え付けられて帰ってくるんです。やっぱり作品によって、役者のミッションは違うじゃないですか? 僕もある芝居に出た時に、やってて気持ちよくて「演技するってこういうことやったんや!」みたいになりましたから(笑)。でもそれに慣れすぎると、僕が匿名劇壇でやりたいことができなくなったりするんですよ。阻害される。
──なまじ皆さん若い分、良くも悪くも何でも吸収しちゃうから。
特に、自分の中の整合性を付けて台詞を出すっていうことを好きになり過ぎると、演じている上で突拍子もないことが言えなくなったりするんです。でも匿名劇壇では「整合性はさておき、この音階のこの声量でここでポンと(台詞が)飛んでくると、最高に気持ちいいねん」っていうことがやりたい時もある。だからお互いのやりたいことが、みんなも体系化できずにいる思うし、僕もまだあんまり上手く言葉にできないので、それを一度整理する時間を作りましょう、と。その結果「だったらやっぱ、俺のいる所はここじゃないわ」と考えるメンバーが出てくるんじゃないかなあと思います。
匿名劇壇『悪い癖』公演フライヤー
──ということは、これが劇団第一期の終わりみたいなことに……。
なると思いますよ。でも結構、上手いこと続きました(笑)。6年前の旗揚げから全然メンバー変わってなかったし、ここまでずっと誰も辞めずにおるというのは、なかなかすごいことだと思います。
──それでは今回の上演は、ある種の集大成となるんでしょうか?
集大成ではないかなあ? 集めるわけではないし、振り返る機会になるかと。うん、再演やし振り返りかな。見直し公演です(笑)。「今までこんな感じで来て、こんなんやったんやなあ」っていう風な。それで「俺らのやってることって、ホンマの所どうなん?」っていうのを、役者も見るし、僕も見るし、お客さんも見るという機会になったらいいなあと思います。
取材・文=吉永美和子
■会場:アイホール(伊丹市立演劇ホール)
■料金:一般=前売3,300円 当日3,500円、学生=前売2,500円 当日2,700円、高校生以下=1,000円(予約のみ受付)
※初日は「SNS割」で各料金より200円引
■出演:石畑達哉、佐々木誠、芝原里佳、杉原公輔、東千紗都、松原由希子、吉本藍子
■劇団公式サイト:https://tokumeigekidan.jimdo.com/