大衆演劇の入り口から[其之二十八] レポ・カンゲキツアーにようこそ!大衆演劇初心者と劇団飛翔が“一体になった”日
開演直前の客席。カンゲキツアー参加者が半数近くを占める。
舞台と客席が一体になって盛り上がるのが大衆演劇の魅力。舞台中央が劇団飛翔(ひしょう)・恋瀬川翔炎(こいせがわ・しょうえん)座長。
「大衆演劇、初めてなんです。劇場の前を通ったことはあるけど、入るのはなかなか敷居が高いじゃない。だからツアーの案内を見て、行ってみたいと思って」
参加者の一人はそう語った。12/2(土)、大衆演劇の代表的な小屋の一つ・浪速クラブ(大阪市浪速区)で行われたカンゲキツアー。参加者総勢89名の規模になった。多くを占めたのは「この日が初めての大衆演劇」という参加者。大勢の人が大衆演劇というエンタメ世界と出会った日――その高揚の瞬間をレポートする。
AM 10:30 「おはようございます~」地下鉄の恵美須町駅南改札に、12名+スタッフ3人(筆者含む)が集合した。
旗を持ったスタッフが『まいまい京都』事務局の阿比留さん、その左がガイドの加藤さん。
浪速クラブに向かう『まいまい京都』の参加者たちだ。ここで説明しておこう。12/2のカンゲキツアーは、複数の団体が協力し、旅芝居専門誌『カンゲキ』が総合プロデュースしたものだった。団体の内訳は下画像の通り。
12/2カンゲキツアー参加団体
このうち、筆者は京都のまち歩きツアー『まいまい京都』に同行させてもらうことになった。担当ガイドの加藤さん(熱い大衆演劇ファン)による企画タイトルは、『大衆演劇に泣き笑い!浪花のエンタメシティ・新世界ディープ案内』。同企画は大衆演劇初心者を主な対象に、年2回のペースで開催され、4回目を迎えた。毎回、インターネット上で募集を開始して数分以内で定員になってしまうほどの大人気となっている。
AM10:40 恵美須町駅を出ると目の前が通天閣。絶景の中、我々がまず何をするかというと…。
加藤さん「浪速クラブ観劇をより楽しむため、これからハンチョウ講座を始めます!」
ハンチョウとは、客席から役者に対して掛ける声のことだ。芝居や舞踊の見せどころで、客のハンチョウがビシッと決まると空間全体が引き締まる。
加藤さん「ハンチョウの内容は、舞台の上の役者さんの人数によって変えていきます。たとえば役者さんが一人で踊っているときはその人の名前、座長なら“座長”。二人が踊っているときは“ご両人”。では、三人のときは何でしょう?」
参加者「トリオ!」
加藤さん「それもいいかもしれませんね(笑) 通常は“お三方”とハンチョウを掛けます。四人なら“四人衆”、五人なら“五人衆”です」
参加者「六人以上は?」
加藤さん「六人以上だったら劇団名ですね、“○○劇団”と掛けます」
輪になってふむふむと説明に聞き入る様子は、皆さん真剣だ。
加藤さん「ではやってみましょう。“座長”!」
(全員で復唱)「“座長”!」
加藤さん「“ご両人”!」
(復唱)「“ご両人”!」
加藤さん「これから観劇する劇団飛翔は、恋瀬川翔炎という座長が率いています。“翔炎”!」
(復唱)「“翔炎”!」
通天閣が見守る中、元気な声が朝の新世界に響いた。
ハンチョウ講座の最後に「役者さんが歌うときに振ってくださいね」と、全員にクマのペンライトが配られた。準備は万端だ。
AM 11:00 新世界周辺を案内してもらいながら歩く。道中、大衆演劇初体験という参加者数人に話を聞くことができた。
「あの、初めてとおっしゃいましたよね。大衆演劇についてどんなイメージをお持ちですか?」
大きなカメラを下げた男性が答えてくれた。
「元々は40、50年前の暗いイメージがあったんだけど、ほら、情報番組のちょっとしたコーナーで、大衆演劇が紹介されたりしてるじゃない。最近は若い曲やダンスを取り入れたりして、ずいぶん変化してるみたいだね。今日はそれを生で観てみたいと思って、楽しみに来ました」
またニット帽の女性は、新世界の風景を眺めながらこう話してくれた。
「大衆演劇っていうものがあるって知ってはいたけど、自分一人で行くのはちょっと。梅沢富美男さんとか早乙女太一さんとか、テレビに出る人以外は、役者さんも知らないしね。だからツアーがきっかけになりました」
浪速クラブ(左上)・鈴成り座(右上)・梅南座(左下)の各ポスター。うち、浪速クラブのポスターは演目の部分が毎日貼り替えられている。
あちこちの飲食店の壁に大衆演劇場のポスターが貼られている。ではいよいよ、劇場へ!
AM 11:45 浪速クラブ、到着。
浪速クラブ外観
ツアー参加者に渡されたお土産
劇場前で『カンゲキ』スタッフが、ツアー参加者一人一人にお土産セットを渡した。『カンゲキ』最新号、劇団飛翔のメンバー紹介パンフレット、そして恋瀬川翔炎座長からのキャンディのプレゼント。翔炎座長は、大衆演劇界では観客を巻き込む力を持つエンターテイナーとして知られるが、初心者にどう受け止められるだろうか?
PM 12:00 開幕。第一部は〈ミニショー〉。役者さんが音楽に合わせて踊る短いショーだ。劇団メンバーが順番に舞台に現れる。
劇団飛翔・恋瀬川翔炎座長
ミニショーの最後に翔炎座長が登場し、一曲踊り終えた…と思ったら。
翔炎座長は、カンゲキツアー89名が座っている真ん中へまっすぐに降りて来た。流れている曲【命の華】に合わせ、「しょーえん!」という合いの手と、“華”を表す両手を上げたポーズをうながす。前方席の常連ファンがすぐに座長に乗った。最初はやや恥ずかしがっていたツアー参加者たちも、続々とつられて手を上げていく。
「しょーえん!」「しょーえん!」
あっという間に一番後方の席まで、大合唱と“華”ポーズに埋め尽くされた。す、すごい…と筆者も驚嘆した。初心者も常連も関係なく、舞台と客席が一つになった瞬間だった。
PM 12:40 第二部〈お芝居 いろはのほう太郎〉。コミカルな筋立てに何度も笑いが起きた。主演の翔炎座長は、体は男で心は女というヤクザ一家の二代目親分を演じた。お芝居の中でも、女性言葉のアドリブでカンゲキツアーに言及するのを忘れない。
「今日はお客さんがいっぱい入ってるわ~約90名の団体さんが来てくれてるんだもの、魔の2日目に!(※) すごく助かります~。第三部の舞踊ショーではみんなで盛り上げてね、頼むわよっ!」
「今日初めて大衆演劇を観る人もいるから、ちゃんと説明しなきゃね! 舞踊ショーで2人が組むときはこうするの」
初めて観る人を置いていかない心遣いに、場内は温かな空気に包まれた。
※魔の2日目…大衆演劇の興行は月ごとに劇場が変わる。毎月1日、つまり各劇場の初日はお客さんがたくさん入るが、2日になると一気に落ちる傾向がある。
PM 13:40 第二部の後は10分程度の休憩がある。筆者の前列では、ツアー参加者の女性3人がメンバー紹介のパンフレットを見ながら、お喋りに花を咲かせていた。
「ミニショーの2番目で踊っていた役者さんは、この翔馬さんっていう人?」
「キャビアさんって若いと思ったらまだ19歳なの!」
皆さん、じょじょに大衆演劇沼にハマりつつあるかもしれない…。
PM 13:50 第三部〈舞踊ショー〉。大衆演劇のショーは役者さんの顔と名前が一致してくると楽しい。にじみ出る個性がショーの肝だからだ。
長谷川翔馬さん(左)・恋瀬川キャビアさん(右)
歌のコーナーでは、朝配られたクマのペンライトが大活躍!
ツアー参加者の質問に答えてくれる翔炎座長
休憩中に、ツアー参加者は翔炎座長への質問を提出していた。座長は質問の紙を見ながら真摯に答えてくれた。その中でも印象深かった答え。
「『旅役者の仕事で辛いことは何ですか?』 これはもうね、その土地のお客さんとの別れです。一か月公演して、仲良くなった頃にはもうお別れで次の公演先へ。だからこの大阪公演も、毎回終わっちゃう頃になるとすごい寂しいんですよ…皆さん、また来てくださいね!」
PM 15:15 少々延長して終演。ツアー参加者だけが劇場に残り、劇団メンバーと一緒に舞台上で集合写真を撮った。写真撮影を待つ間、参加者に今日の感想を聞いてみた。
「舞踊・芝居・また舞踊と、ボリュームたっぷりで良かったです。舞踊ショーでの早着替えがすごかったですね。こんなに次々衣装を替える芸能は他にないと思います」
「プリミティブな生命力を感じました!」
「舞台と客席が本当に一緒になって盛り上がるんですね。ハマりそうです(笑)」
もし、この記事を目にしてツアーに興味を持って下さった方がいれば、記事末尾で紹介している主催側のWEBサイトをぜひ参照してほしい。次はあなたと大衆演劇が出会う番だ。
“人生って不思議なものですね…♪”
舞踊ショーのBGMに流れていた【愛燦燦】の歌詞を思い出す。浪速クラブで見たのは、昨日までこの世界をまったく知らなかった人々が、舞台の上の旅役者たちと一体になって手を叩く光景だった。
恋瀬川翔炎座長。代名詞とも言われる【炎】を元気いっぱいに歌い上げる。
一人一人にとって、どうか大衆演劇との深い縁の始まりでありますように。帰り際、満面の笑顔でこう話す女性参加者がいた。
「こんな世界があったんですね。なんだか、新しい宝物を見つけた気分です」
本当に人生って、不思議なものですね。
参考:『まいまい京都』Facebook ツアー当日の写真が多数アップされているので、もっと写真を見たい方はこちらへ。
次回開催:2/10(土) 梅田呉服座・劇団美山に決定。申し込みページは後日、『カンゲキ』WEBサイト(http://e-kangeki.net/)にてオープン。
開催頻度:1~2か月に1回
開催場所:大阪府内のいずれかの劇場
『カンゲキ』編集スタッフブログ(http://e-kangeki.net/kangeki_news/)ではこれまでのツアーの様子も見られる。Twitter(@info_kangeki)では全国の大衆演劇の公演情報を発信中。
●まいまい京都 大衆演劇ツアー
開催頻度:春、冬の年2回 ※次回は4月頃を予定
開催場所:浪速クラブ(大阪市浪速区)
各月のコースの開催は、前月上旬にまいまい京都公式WEBサイト(http://www.maimai-kyoto.jp/)に掲載される。受付開始は公式Twitter(@maimai_kyoto)で予告される。
※通常は『カンゲキツアー』と『まいまい京都 大衆演劇ツアー』は別企画だが、今回のみ合同開催だった。
まち歩き・ハンチョウ講座・クマペンライト…まいまい京都企画
メンバー紹介パンフレット等お土産・座長への質問・舞台上での集合写真…カンゲキツアー企画
舞台の楽しさ…どちらも共通!