大衆演劇の入り口から[其之四十四] 「自分に正直に生きていきたい」女優・藤乃かな 最新インタビューから見えてきたこと
藤乃かな。5月4日、客席を見回しながらの舞踊。
フリーで活動する女優・藤乃(ふじの)かなに、筆者はどうしても聞いてみたいことがあった。1年前、彼女が演じたある役に、びっくりさせられたからだ。
立ち役には爽やかな色気がある。
熊本生まれで、四兄弟の末っ子。役者の親を持ち、兄弟も全員役者である。都京弥と一緒に「劇団都」座長を務めたのち、2017年に劇団を卒業し、フリーに。各地の劇団に数日ずつゲスト出演する、多忙な生活を送っている。
4月後半は、姉の愛京花が総座長を務める「長谷川劇団」に半月間、出演していた。2023年4月20日、東京・篠原演芸場でインタビューをお願いした。
■聞きたかった1年前の芝居のこと
――このたびインタビューしたいと思ったのは、この1、2年のかなさんの芝居を観ていると、定番の芝居の役でも、全然違う側面が見えてくるからです。
藤乃 ありがとうございます(満面の笑顔)。
――衝撃を受けた役の一つが、昨年5月の『沓掛時次郎』のおきぬ役でした。阪急庄内天満座(大阪府)の、新生真芸座ゲストで演じていました。おきぬは、志半ばに病で死んでしまうので、哀れなヒロインのように思っていましたが、かなさんの芝居を観て「おきぬは、ちゃんと自分の人生を生きていたんだ」と思えました。
藤乃 嬉しい! でも、おきぬさんって本当に難しい役で、正直いまだにつかめてないんですよ。だから私が大事にさせてもらってるのは、そのときの男役さんが、どういう時次郎さんなのか。頂く台本も、男役さんの考えで、やりたい場面を抜粋されています。
――相手のやり方次第だと。
藤乃 そうです、もちろん。おきぬさんを演じさせてもらう機会は、これまでに4回ありました。劇団都時代に京弥座長の誕生日で演じたり、橘大五郎会長(橘劇団)とやらせていただいたこともあります。(新生真芸座の)哀川昇座長の場合は、やっぱり男っぽい魅力がすごく出る方じゃないですか。昇座長の台本を読んで、そして演じている場面を見て、昇座長の時次郎さんはこんな感じなのだと、私なりに解釈しました。あとは、もう昇座長に引っ張っていただいた感じです。
――おきぬさんが亡くなる直前、「自力で立ち上がる」という芝居が強烈なインパクトで、忘れられません。かなさんが考えたのですか?
藤乃 あのとき、太郎吉役が坊ちゃん(哀川旺芸)だったじゃないですか。
――はい、当時15歳の旺芸さんが、実年齢より下の太郎吉を演じていました。
藤乃 だから、子役が演じている太郎吉と同じようにしてしまったら、申し訳ないと思ったんです。お芝居ができる人なのに、太郎吉に振らないで、私が一人で演技してたらいけないなって。お客さんは、やっぱりわかりますから。おきぬさんは太郎吉に思いを残しながら、ごめん、でもおっかちゃん、やっぱり最期に時さんの姿が見たい、帰って来るわけないんだけど、もしかしたら見えるかもしれない、そういう思いで立ち上がる、っていうお芝居を、太郎吉に振ったら、ちゃんとそれを受けてくれたんです。
――その日の共演者との化学反応から、生まれた場面だったのですね。
共演者の芝居を尊重することで、名場面が生まれる。4月の東京公演では、女優3人による『三人祭り』が話題を集めた。左から長谷川桜、愛京花、藤乃かな。
■女を演じる、男を演じる
――いっぽう、かなさん自身の役作りとして、その人物が普段どういう食事をしているかまで考えていると、過去のインタビューで語っています。いまも同様の作り込みをしているのですか?
藤乃 しています。やっぱり大衆演劇の良さって、相手役が変わると、こっちも変わることです。でも、筋はずらしちゃいけない。私の場合、自分の中で役をしっかり持っておけば、お芝居がブレないと思っています。その人物がどこで生まれて、どんな親に育てられて、芝居には出てこない空白の時間はどうやって過ごしていたのか、みたいな想像を膨らませて。直接、舞台で表されることはない部分ですけど、自分の中ではちゃんと出来ています。
――そういった役の細部は、どのタイミングで考えるのでしょう。
藤乃 お化粧する時だったり、頂いた台本を読んでいる時かもしれません。今日のお芝居(4/20初演『サンタクロースの贈り物』)も新作でしたけど、稽古時間が取れなくて、正直、ぶっつけ本番だったんですよ。だけど、ちゃんとみんなが、自分の役についてキャラ立てをしていたんです。それぞれが人生観を持ってお芝居してくれたから、誰も間違えることはなかったですね。
頬をぷっくり。豊かな表情も、キャラクターを伝える。
――昔から『喧嘩屋五郎兵衛』の朝比奈役を女に変えて演じていたり、もともと男の人物を女に変えることが、かなさんの構成ではしばしばあります。
藤乃 無理して男で演じる必要がないものは女に変えたいな、と思っています。『瞼の母』とかは、格好良く男でやりますけど(笑)。
――女性だから、女性を演じたほうが自然に見えるということでしょうか。
藤乃 自分が違和感のあるお芝居はしたくないですし、お客さんが見たときに、先に役者の姿が目に入っちゃって、心に「クッ」と刺さってこないんじゃないかなと思うんです。
――結果的に女性が主人公の芝居が増えて、大衆演劇では女性の主人公は少ないので、芝居のラインナップが豊かになっていると感じます。ただ、かなさんの中では、女性が主人公の芝居を増やそうと意図しているわけではないのですね。
藤乃 そういう感覚は全然ないですね。これは男でやりたいんだという芝居もあります。私は熊本の八千代座で、自分の公演をやっていて、今年で3回目になります。1回目のときの芝居は、女形でした。2回目は三枚目でした。3回目の今年は、股旅物で立ち役をやります。
鋭い線がしなるような股旅姿。
三度笠に笑顔がまぶしい。右の娘役は姪・京詩音。
――立ち、三枚目、女形、何でも演じていますが、いまのかなさんにとって、特にしっくりくる役というと?
藤乃 全部です!全部しっくりきます(笑)。面白かったのが、4月の大阪のゲストで、16歳ぐらいの役をやりました。40歳になったのに(笑)。早乙女紫虎座長の妹の役でした。桃割れの鬘を被ったんですが、つと(鬘の襟足から首にかけての部分)が上がっていて。つとが上がっているのって16歳までなんですって。これもすごく楽しかったです(笑)。
――楽しい!という感情が客席にも伝わります。
藤乃 舞台って、本当に素敵だなとつくづく思います。座長を辞めて、第一線を離れたから感じることもありますし。
――どんなことですか?
藤乃 座長をやっていた頃、座員みんなに「もし今日の舞台が跳ねた後、たとえば不慮の事故に遭ったりして、舞台に出られなくなっても悔いが残らないように、全身全霊で120%、いや200%でやりなさい」って言っていました。いまも、そういう気持ちです。ただ、当時はがむしゃらにやるだけで、お客さんの「見え方」まで考えきれていなかったし、そのための「見せ方」まではできていなかったと思います。いまは時間があるから、大衆演劇以外の色々な舞台を観に行くようになりました。この前も、新国立劇場でお芝居を観て、すごく勉強になりました。映像と違って、舞台は、目の前で観てくれているお客さんがいる。お客さんあっての私です。観てもらっているんだ、観てくれている観客がいるんだっていうことは、絶対に忘れません。このことを、心構えだけではなく、「見え方」「見せ方」というところに落とし込んで感じるようになったと思います。
――目の前で、役の人生を見せてくれるのが、かなさんの芝居の魅力です。
藤乃 この間、長谷川劇団の姪っ子、甥っ子(京未来・京詩音・長谷川愁)にも言いました。演者だけでワーッと熱が入ってしまうことがあっても、私たちの舞台はお客さんありきだから、常に見られてるっていう意識を忘れちゃだめだよって。あの子たちに自分が伝えられることは、精一杯伝えていこうと思っています。
左から甥の長谷川愁、姪の京未来、愛京花、藤乃かな。
■いまはお芝居を作るのが楽しい
――新作芝居の書き手としても大活躍です。特に長谷川劇団には、たくさんの脚本を提供されています。
藤乃 みんな本当に頑張っているので、いまの自分ができるお手伝いは、脚本を書くことかなと。お客さんに、長谷川劇団に行ったらここでしかやっていないお芝居が観られるって、思ってもらいたいです。
――6月10日、詩音さんのお誕生日公演にも芝居を書かれるそうですね。
藤乃 そうです!
左から長谷川一馬、京詩音、藤乃かな。来月の詩音誕生日公演(埼玉・川越湯遊ランド)では、藤乃の新作芝居が披露される予定だ。
――かなさんの新作、楽しみです。常に未来さんや詩音さんという役者ありきで、当て書きしているのでしょうか?
藤乃 そっちのほうが、「こう演じてくれるだろうな」っていうのがあるから、楽に書けるんですよ。未来に当てて書いた『太陽の花嫁』も、たぶんこういうお芝居するだろうなあと想定していたので、すごく書きやすかったです。でも、これからは、当て書きじゃなくても良いかなと思っています。きっかけは、4月17日の新風プロジェクト公演です。
――日本文化大衆演劇協会の、公募脚本の受賞作品『昇り龍冠菊』を、脚本家が潤色した作品でしたね。
藤乃 素晴らしい脚本でした。私が演出・構成・音響をさせてもらいました。もちろん一馬や未来に当て書きされた脚本ではないけれど、読み込んで、「たぶんこっちの感情だと思うよ、こっちの流れだと思うよ」って一馬と未来に伝えたことを、二人とも忠実にやってくれていました。それを見て、「もうこの人たちには当て書きする必要がないな」って思いました。当て書きすると、どうしても幅が狭くなっちゃうので。だから今度から、ちょっと無理矢理なものも、あえて書こうかなって。
――役者の演技プランありきで作品を作るのではなく、演じるべき像があって、そのために役者が自分を開いていくのですね。
藤乃 後者をやっていこうと思っています。長谷川劇団に関しては。
脚本や演出の活動が広がっている。
――芝居の構成で意識していることは?
藤乃 やらないようにしているのが、場面数が多かったり、場面転換に時間がかかること。転換の間に、お客さんの気持ちが冷めちゃうじゃないですか。でも同時に、劇場の棟梁さんたちになるべく負担をかけたくないんです。難しいこと言うのは簡単ですよ。あれもこれもやってください、っていうのは簡単だけど、毎日のことなのに、時間もないし、舞台を準備する側がしんどくなってしまうと思います。だから棟梁さんたちに迷惑をかけないで、できるだけあるもので、かつ少ない転換で、っていうのはどうやったらできるんだろうと、日々考えています。
――悩みも含めての創作ですね。
藤乃 いま、お芝居を作るのがすごく楽しいんです。藤乃かなはどこに向かってるんだ、と思われるかもしれないですけど(笑)。哀川昇座長に書いた芝居や、これから駒澤輝龍総座長(真芸座輝龍)に書きたいと思っている芝居もあります。また嬉しいのが、人から頼ってもらえること。新風プロジェクトのときも、お姉ちゃん(愛京花)が「かなさん、演出や音響を考えてくれない?」って。誰かから「お願い」って言われると、「よし、任しとけ!」みたいに頑張っちゃうところが、昔からあるんです(笑)。
客席が興奮に震えた格好良さ!
■夢はまだ「検索中」
――かなさん、四兄弟の末っ子ですが、頼られるのが好きなんですね。
藤乃 舞台のことは頼られたいけど、舞台を降りたら甘ったれです(笑)。とにかく私は、自分に正直に生きていきたいです。嫌なものは嫌だし、この人の力になりたいと思ったら力になります。
――役者の世界で「嫌」と感じるのは、どんなことですか?
藤乃 嘘をつかれるのと、陰口を言われるのが一番嫌いです。幸いにも、あまりないですけどね。文句があるなら言ってくれればいい。役者同士ですから、自分も相手も考えがあるので、ぶつかって当然だと思います。誰かに教える立場のときも、別に私が言った通りやらなくていいって伝えていますし、私が演じたままやってほしいという、奢った気持ちも全然ないです。あと、嫌だなと思うのは、芝居の立て親を大事にしないこと。逆に、このお芝居は誰々さんが作ったんだっていうことを、大事に思っている人は素敵だなと思います。だから、『阿部定』をやらせてほしいと言われたときは、あのお芝居は私が作ったのではなく、劇団荒城さんにいらした石橋直也さんが立て親です、っていつも伝えてきました。自分がいまやっていることの、前にいる人を大事にしたいです。
――先人への敬意が大切だと。
藤乃 いまの自分があるのは、色々な人のおかげです。でも、どれだけ手をかけて育てても、一時はかなさん、座長、先輩って慕ってくれても、受けた恩義を忘れてしまう人はいます。男であろうと女であろうと、そういう人は嫌いです。
――正直に生きているなぁと聞いていても思います。
藤乃 劇団もないし、守るものが何もないですから、自由なんです(笑)。
――6年前、劇団都を卒業したときは、びっくりしましたが…。
藤乃 すいません(笑)。
――大衆演劇ファンの「びっくり」を、あっという間に塗り替えたと思います。いまでは、「かなさんがゲストに来ると良いお芝居が観られるね」「かなさんが来ると楽しいね」。そう言われる存在になりました。空気がガラッと変わりましたね。
藤乃 何も、悪いことはしていないので。父に教わった「芸は身を助ける」という言葉が、自分にはすごく重く、大事に突き刺さっています。このインタビューの初めにお話ししたように、おきぬさんをどうやって演じるかは、時次郎さんに合わせます。それは子どもの頃からの父の教えで、上手いとかではなく、「あの女優と舞台をやったら楽しいだろうね」と言われる女優になりなさいと。それは常に忘れたことはないです。だから私は、共演者には愛してもらいたいし、好きになってもらいたいという思いで演じています。
父の教えを胸に。
――最後に、かなさんのいまの夢は何ですか。
藤乃 何でしょう~(長考して)。もし息子が役者になるって言ったら、私が自分で叶えられなかった、トップの劇団を作るっていう夢を叶えてくれたら嬉しいです(笑)。でもそれは、息子が決めることなので。私は、まず芸の道にはずっと関わっていたいです。大衆演劇を大事にしながら、他のどんな舞台にでも出たいと思っています。でも、夢ってわからないですね。いまの舞台が楽しいです。色々な方と舞台に出て、いつまでも皆さんに「藤乃かな」を愛してもらえるのが、夢かもしれません。その先の夢はまだ、私の頭の中で検索中です。
インタビュー後の5月4日、藤乃かなは埼玉県行田市の「茂美の湯」に出演していた。「これで私の主演は最後」と宣言していた芝居『丸山哀歌』観たさに、全国からファンが訪れ、送迎バスが3便まで出た。舞踊ショーで個人舞踊が始まると、大好物のお酒のプレゼントが舞台に上がった。
「かなさんが来ると楽しいね」――。藤乃かなの舞台を観るのは楽しい。揺るがない「芸」と、こぼれんばかりの「好き」が、いまこの瞬間へ注がれるからだ。共演者へ。客席へ。芝居へ。人生へ。
※2015年にスタートした連載「大衆演劇の入り口から」は、この記事が最終回となります。長い間の応援、本当にありがとうございました!
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