ミュージカル『HEADS UP!/ヘッズ・アップ!』クリエイター陣、ラサール石井(原案・作詞・演出)・倉持裕(脚本)・玉麻尚一(作曲・音楽監督)が思いを語る
(左から)倉持裕(脚本)、ラサール石井(演出)、玉麻尚一(作曲・音楽監督)
『HEADS UP!/ヘッズ・アップ!』は2015 年11 月に初演された日本生まれのオリジナルミュージカル。あるミュージカルの仕込みから閉幕後のバラシまでを描き、舞台を観つつ舞台裏の様子も垣間見られる今までにないスタイルのミュージカルとして、一躍話題になった。待望の再演にあたり、原案・作詞・演出のラサール石井、脚本の倉持裕、作曲・音楽監督の玉麻尚一に創作や初演の思い出、再演に向けての意気込みを聞いた。
--もともと、ラサールさんが仕込みからバラシまでを舞台上で見せたいと構想されたそうですが、この話をミュージカルにした理由は?
石井 僕は早稲田ミュージカル研究会で、大学時代からミュージカルがやりたくてしょうがなかったので。今(拓哉)さんや岡田(誠)さんなどの知り合いに、僕がミュージカルを作る時は出てくださいと約束していました。玉麻さんとは本格的なオリジナル作品を一緒にやりたいとずっと言っていましたね。
--劇中劇の「ドルガンチェの馬」が『ラ・マンチャの男』を意識していたり、『ライオンキング』を始めとし様々なオマージュなど、深いミュージカル愛を感じました。
石井 初めてのオリジナルミュージカルだし、そういう要素も入れたいなと。『HEADS UP!』の序曲がかかって、途中から「ドルガンチェの馬」になるシーンで、“レミゼみたいに”というオファーを玉麻さんに出したら、バンド5人でどうするの?というのはあったなぁ(笑)。
ラサール石井(演出)
--登場人物それぞれスポットを当てた群像劇として、2時間半にまとめるのは大変だったのでは?
石井 そうですね。制作的に言うと登場人物が23人では多すぎて、人数が少なければもっと地方を回れるんですけど(笑)。でも、この人も必要だし、この人も…と、多くなって。
倉持 登場人物それぞれの役割がはっきり決まっていて、役職もバラバラでしたから、違いを出す苦労はありませんでした。第1稿を僕が書いて、ラサールさんが脚色したことで、キャラクターが更に膨らんだ感じです。
石井 最初、オファーした時は役者も人数も決まっていなかったし。例えば照明家の話もまだなかった。役者さんが増えて、じゃ高所恐怖症の照明さんにしよう、と。
倉持 2幕は本番で観て、感動しましたね。1幕は想像がつくというか、台本もセットが立ち上がっていくように構築されていますから。2幕はバラシが始まり視覚的に寂しくなっていくわけですが、それに反比例して芝居が上がってゆくのが感動的でした。最初、構想を聞いた時は、物悲しくなってしまうのではないかと心配したんです。しかし、哀愁みたいなものが、いい作用をしていましたね。
倉持裕(脚本)
--登場人物に悪い人がひとりもいないのが、興味深かったです。
石井 特に悪役を作る必要もないだろうと。舞台のスタッフをやっている人に、嫌な人はいないですよ。ちょっと偏屈な人やシャイな人はいますけど、みんないい人です。
倉持 原案からはラサールさんの演劇に対する愛情を感じられましたし、僕自身ももちろん愛情を持っていますから。演劇が好きで集まっている人が劇場にいる話なので、そんなに悪い心はないですよね。
--音楽面では、重唱が多いのに驚きました。
玉麻 石井さんが重唱好きなんです(笑)。
石井 僕、玉麻さんと『ゲゲゲの鬼太郎』をやっていますけど、全て重唱が多用されています。『ウエスト・サイド・ストーリー』みたいに各キャラクターにテーマがあり、最後に重なって五重唱になる、みたいなものはいつも入れるんです。玉麻さんに苦労していただいて。
玉麻 楽しい苦労ですね。J-POPなどでは味わえない、ミュージカルの醍醐味だと思います。重唱は100%成功したと思えたことがないのでチャレンジ精神が湧きます。
玉麻尚一(作曲・音楽監督)
--再演にあたり、手を入れようと思っているところは?
石井 1幕がちょっと長いかな、と。今、1時間20分あって、1時間10分くらいがちょうどいいんだけど、10分は短くならないかもしれない。というより少し足したりもしているので(笑)。でも川崎先生と2人でステージングなどは変えています。あとは衣裳を少し変えるくらいでしょうか。ストーリーも初演と同じです。
玉麻 音楽的には、曲を少し切る、少しアレンジなど細いところに手を入れる程度。
石井 バンドは5人編成で、ギターの音も全てキーボードで出していただいて。
玉麻 5人で多種多様の音を出してます。楽器をすごい勢いで持ち替えたりして、全員ほとんど休みなし。例えばオーバーチュアではオーケストラがバーンと派手にやっている感じですが、舞台袖ではたった5人で演奏しているのでまさに「ヘッズ・アップ!」な感じです。人数カツカツ(笑)。
--この作品を通して、裏方さんへの思いがより深まったのでは?
石井 はい。何度も、他の芝居の仕込みとバラシの見学に行きまして。それまで、そういう場面を見ることはなかったので、ああ申し訳なかったと。演出家として仕込みは見ますが、バラシはさすがに見ないので。バラシはとにかく時間内に撤収しなければいけないから戦争なんですよ。
ラサール石井(演出)
倉持 僕はもともと裏方の仕事が好きで、自分が演出する芝居では千秋楽に舞台挨拶があるので、客席から観ないで袖から本番を観るんです。すると裏方さんがかっこいいんですよ。舞台裏でせわしなく働く、その動作や顔つきが。
--一番思い入れのあるセクションは?
倉持 やはり主人公の舞台監督。演出部は演出家との関わりも多いので思い入れが強いです。普段、自分の思うことを脚本に反映させていますし。
倉持裕(脚本)
石井 僕はどの役も思い入れがあります。実は本番中に、本物の演出部が何回か舞台上に出てくるんですよ。床にリノリウムを貼るシーンでは、キュッキュッって足で調整するのがステップっぽく見えたりして、カッコいい。それをやらないと、よれてしまうんです。元々の仕込みも劇場の中に違う劇場を作っているので、すごく大変。壁も全部作り、床の板目も実は絵で、地方の古い劇場の雰囲気を出しています。ところが、お客さんの多くがあのセットをKAATの素舞台だと勘違いしたようで、仕込んだスタッフには申し訳ない(笑)。
--ラサールさんが口説き落とされた、哀川翔さんの座長はいかがでしたか。
石井 座長としては抜群です。本当にみんなが翔さんの元に集まっていて、人徳ですね。
--オリジナルのミュージカルを制作するのは、本当に大変なことだと思います。
玉麻 大変です(笑)。僕の場合、クオリティラインを決めてそれ以下だと自分でボツにする。いいと思ったものを自分ブランドとして発表すると決めてるんです。結構な時間を費やして一人で作業するのはまさに命を削る思いですが、それでも作品が成功すると楽しくなって、またミュージカルを作りたくなる。
玉麻尚一(作曲・音楽監督)
--『HEADS UP!』が上手くいった理由はなぜだと思われますか?
玉麻 何も考えなかったことですかね(笑)。無駄を省かないと間に合わなかったので、こうしたいと思ったら、ストレートに作る。
石井 僕の台本の書き直しが多くて、稽古しながら稽古場の横で作曲してくれてたの。
玉麻 稽古が終わると車に機材を積んで、近くの路上で曲を作ったことも。朝5時くらいまでやってそのまま車で、10時にまた稽古場に機材を運び作曲。家に帰ると往復2時間かかるのでその時間がもったいなくて。横浜生まれの曲が半分くらいです。命を削りましたが成功したので(笑)。
石井 僕が頭の中で思っていたことを形にしていただいた。ホンや音楽、振付や、それこそスタッフの全員の力。こんなのできない!と誰かが否定すると、現場が混乱して『HEADS UP!』そのものになっちゃう。そこは皆さんに助けていただきました。演劇は本当に一人ではできない芸術だと実感しましたね。
倉持 やはりラサールさんの思いが大きいと思います。あれだけ大勢の人たちに話してピンとこないと言われた企画を、それでもやりたいと押し通した。ネタバレなので細かくは言えませんが、とあるシーンで不安に思ったことがあって、石井さんに「あのシーンは大丈夫ですか?」と言った覚えがあります。いやいや、絶対面白いからとラサールさんが言って、実際に上演したら、皆さん笑ってくださった。それだけ心配されても貫き通す、その思いが作品に出ているんですよ。
石井 高所恐怖症の照明家が高いところに上がって行く時の音楽が、特攻隊を送るみたいな音楽で、「あーああー」という、ものすごく素敵なコーラスが入る。そのカゲコーラスを大空(ゆうひ)さんはじめ、キャストの皆さんがやってくださったのも、ありがたかったです。
玉麻 そんなカゲコーラスをバックステージツアーとかでお客さんに見せるというのはどう? その後に作品を観てもらうと「ヘッズ・アップ!」感がさらに増しそう。
--きっと『HEADS UP!』を観たお客様は、舞台裏により興味を持つでしょうね。単に席に座って楽しむだけじゃなく、演劇を探求したくなる作品かと。最後にメッセージをどうぞ。
玉麻 オリジナルミュージカルには、当たりもハズレもがありますが、例えその人にとってハズレでもその中に当たりの要素が必ずあります。だからなるべくたくさん観てほしい。そうすれば作品も、それを創る僕達も成長していく。ぜひ、オリジナルミュージカルを観ていただきたいです。もし、まだ観ていないという人は、その第一弾として『HEADS UP!』をぜひ!
倉持 僕もオリジナルミュージカルがもっと広まったらいいなと思っています。今年の5月にシアターコクーンで、妄想歌謡劇『上を下へのジレッタ』をやりましたが、オリジナルミュージカルの発展は大事だと思うので、これからも盛り上げていきたいです。
石井 全くその通り。ミュージカルは心躍るもので、その醍醐味をお楽しみいただけたら。劇場でお待ちしています!
取材・文=三浦真紀 写真撮影=中田智章