演出家・小野寺修二と作曲家・阿部海太郎に聞く──SPAC公演『変身』

インタビュー
舞台
2017.11.24
SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ原作、小野寺修二演出) 撮影/平尾正志

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ原作、小野寺修二演出) 撮影/平尾正志


静岡芸術劇場で、SPAC公演『変身』が上演中だ。2014年に初演され、評判を呼んだ舞台が、さらにパワーアップして再演されている。演出は、カンパニーデラシネラを主宰し、近年、さまざまな文芸作品や映画を独創的な手法で舞台化している小野寺修二。音楽は、蜷川幸雄演出作品をはじめ、舞台、テレビ番組、映画などの楽曲提供で活躍がめざましい阿部海太郎。再演に際し、おふたりにカフカ的世界へのアプローチについて聞いてみた。

カフカの『変身』再演に際して心がけたこと

──このところ舞台において、身体表現に注目が集まっています。フィジカルな表現を取りいれる演出が増えていますし、そういった演出家が新しく面白い表現を生みだしている。小野寺さんの場合は、マイム(黙劇)から文芸作品の上演へと向かわれましたが、そういった表現の先駆けではないかと思うんです。

小野寺 いやいや。世の中は広いので、いろんな表現があります。最近は、特に演劇からも、身体への興味が強まっているのを感じています。

──カフカの『変身』を、身体表現と物語の語り手の言葉で構成しようとした試みについて聞かせてください。

小野寺 僕は元々はしゃべらないお芝居を作っていたんですが、それを続けていくなかで、ちょっと違う側面から言葉を使おうとか、もっと演劇的なことから学べるのではないかと考えて、いろいろ試行錯誤しています。

 本質がマイムから始めているので、どうしても身体を使って見せることを基軸に広げていく作業になります。だから、台詞劇とマイムをただミックスしようという意識はあまりないですね。ただ、しゃべらないのとしゃべれないのとは違うという変なプライドが働いたり(笑)。最近、特に気をつけているのは、なにかをミックスしようとするとき、いいところばかり採ろうとすると、結局、本質を見失ってしまうということ。踊ることと演劇でしゃべることの境があるから、単純にそれらをつなげるのではなく、一本の作品として必要ないところは踊らなくていいし、必要なところは言葉を使ったほうがいいと思います。

 初演のときは、いろんなものをぶち込んで、つなげていくことを楽しんでたんですが、それらがもっとなだらかな流れに、そして不条理に主人公がポツンと放り出されることを意識しました。それからは、必要以上に動いたり、面白さを狙った台詞にしすぎてしまうと、自分が思っていることとは違う気がするので、そこを注意して作っています。身体を信じているので、そこは迷わずやるんですけど、作品とはなんぞやについて、もうちょっと考えたいと思っています。

──初演時の語り手は、ナレーションみたいな感じでしたが、ある印象的な台詞を中心に展開させていくというよりは、物語の輪郭をなぞるというか、状況のあらましについて必要最小限の説明をしていただく印象を受けました。

小野寺 それはきわどい勝負で、どうしても物語を着地させるために使っちゃってる言葉もありますが、同時に語り手の意味合いはある気がしています。

 構造上、グレゴールという主人公の状態を描写するとき、作者らしき人が状況や心情を説明するのに台詞や感情ではないもので書いているのが、カフカの面白いところだと思います。俯瞰の眼が確実にあって、台詞を抜き取ってつないでいく裏側を、実は語り手がしゃべっていたりする。そういう要素が抜け落ちるのはいやだなという思いから、この舞台はスタートしています。お客さんに説明が足りないまま提示するよりは、いま進行していることや登場人物の説明をおこないながらも、状態とはぜんぜん違うことを主人公が思っていたり、すごい不幸なのに幸せと言ってみたりということを、初演のときはやってみたかった。

 最終的には「中高生鑑賞事業」という大きなハードルがあるんで、あまりにも突っ走ったら、生まれて初めて劇場に来た中高生が付いてきてくれないんじゃないかという不安と、カフカは大好きな作家なので、舞台で接することをきっかけに読んでくれたらという気持ちがあります。『変身』は荒唐無稽な物語ではなく、こういうことなんですという説明を、舞台上でしてみました。

 再演では、不要に思ったり、ちょっと酔ってると思われるところをカットして、さらにシンプルにしました。

阿部 すごくスタイルがはっきりしたと思います。

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ原作、小野寺修二演出) 撮影/猪熊康夫

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ原作、小野寺修二演出) 撮影/猪熊康夫

小野寺演出は世界の見方を変えていく

──阿部さんにとって、小野寺さんとのお仕事はどんな感じですか?

阿部 振付家と呼ばれた人たちと何人か仕事をしてきましたが、やっぱり、小野寺さんは圧倒的に独特なんですよね。

小野寺 独特と言われたいです。

阿部 初演のときの稽古は……必ずしも音楽の作業的には充分な時間ではなかったんですけど……1カ月弱ぐらいありました。終わると宿舎に戻るんですが、稽古を何日かしたときに、いままで見ていた日常の風景が全部違って見えたんです。

 帰るとき、大通りを車が右から左へ通り過ぎていくのを見て、そのことに意味があるんじゃないかと思った。この車が右からこの速さで走っていることが、わたしに何を語りかけているんだろうみたいな。もう、すべてがそうなんです。稽古中、ぼくは飲みものを近くに置いて見ているだけなんですけど、どうしてぼくはこうやってコップを持っているんだろうとか、もうすべてが考えさせられる対象になっていく。

 ぼくの予想だと、小野寺さんが再演でやろうとしてるのは、音も含めて言葉や空間のありかたとか、物が動くということとか、それがそこにあることなどを、言葉の世界の言語ではなく、違う言語の世界で構築しようとしてるんだろうなって。

 元々広い意味では、小野寺さんはダンスの言語を持っているかもしれないけれど、それはダンスという限られたフィールドの言語というよりも、それこそ音であったり、言葉であったり、空間であったりというようなひとつの言語の体系を作っていく。小野寺さんのなかのひとつの言語の階層でものを作ったらどうなるかに、チャレンジされたいんじゃないかと思うんです。

 初演のときは、ぼくの音楽も含めてなんですが、わかりやすかったり、説明するような音楽もあったし、ナレーションもきちんと要所要所で伝えたし、さまざまなレベルのものが混在していたと思うんですが、いまやろうとしてるのは、そこにひと筋の時間をきちんと流すというか……。

小野寺 ですね。

阿部 うまく説明できないんですけど。

演出家・小野寺修二 撮影/石川純

演出家・小野寺修二 撮影/石川純

初演時の『変身』の試み

──初演で驚いたのは、ひとりの登場人物が複数に増殖したり、集団化していくこと。グレゴール・ザムザが虫に変身したときのイメージとか、兄思いの妹の性格や日常生活における役割を表現する場合に、それぞれが増殖して現れる。3人に増えたり、6人に増えたり。そして、一気にイメージを強調したら、またすぐに元の状態に戻っていく。イメージが自由自在に伸び縮みする感じがしました。

小野寺 自由自在って、ひどい話ですよね(笑)。

──登場人物の特性を強調したい場合、この手法は効果的に見えたのですが……。

阿部 初演のとき、ご飯をいっしょに食べていて、そんな話を小野寺さんとしたんです。ものがある形態をしていることも、それがポーズとかジェスチャーだったとしたら、どうだろう。

 たまたまその時期にサッカーの試合をやっていて、選手のガッツボーズがかっこいいなと思ったんです。得点を決めたときや試合に勝利したとき、心の底から瞬発的に出てくるものって何だろう。ミュージシャンの場合には、うまく弾けても、お客さんの前でガッツポーズはしません。でも、いまの話で言うと、たとえば、シュートを決めた人がガッツボーズして、そのとき味方のゴールキーパーもガッツボーズしてるんです。その分裂していく感じやポーズがちょっと……。

──共振しあっている。

阿部 見ていて、振付とかダンスと違う……ジェスチャーであったり、なんかある種のポーズであったり、なんかそういうことの面白さを小野寺さんからすごく感じます。

──もうひとつは速さです。俳優にりんごをあれほど思いきり投げさせられる演出家はいない。あれくらい思いきり投げないと、原作にあるように、グレゴールの体には刺さりませんが、ものすごいですね。

小野寺 本人はなかなか当たらないと、すごい苦戦してるんですけどね。

──その速さに象徴されるスピード感ですね。ですから、複数の俳優が、舞台の隅に少しだけ現れて、ちょこちょこっと演技して、すぐにいなくなる場面などもあるんですが、イメージだけはとても強く残る。身体表現としか言いようのない増殖と収斂、展開の速さが、小野寺さんの舞台を現代的なものにしている感じがします。

小野寺 なるほど。いつももっともっとと無理ばかり言ってるんですけどね。本気で投げてくださいって。

──これも言葉に頼るのではなく、言葉の向こうにあるイメージへの接近法なのかなと。再演では、初演よりもさらに削ぎ落とされて、よりスピーディな舞台に……。

小野寺 自分のなかのブームもあるので、初演を見ると、ちょっと粋がっている感じがします。なんでもやってやろうみたいなところが、すごく出ちゃってる。

 うまく伝わっていればありがたいんですけど、ちょっとだけ策に溺れている気がしてて、無理ぐり人を増やしたり、必要かどうか度外視して、サービスしてしまっている。いまの自分にはツーマッチな感じがしています。

 自信を持って出しているので、駄目とは思わないんですけど、そういう部分については、いま海太郎さんが思ってくれたことをお客さんが思ってくれたらいいなと。

 でも、物の見方みたいなものがちゃんと伝わると、たぶん、それぞれがいろんな見方をできるはずですよね。いろんな見方ができると、物事はちょっと豊かになったりするじゃないですか。ちょっときついことも、それで解消できたりするし。だから、見方を変えると、世界が変わる。それはお伝えしたいなと思うんですよね。

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ作、小野寺修二演出) 撮影/猪熊康夫

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ作、小野寺修二演出) 撮影/猪熊康夫

『変身』の再演の音楽について

──舞台は初演時より、さらにシェイプアップされるようですが、音楽はどうですか。実際のシーンを見て、もう一度作曲されるんでしょうか。

阿部 ぼくの場合、もちろん自分が立てるコンセプトみたいなものがあるんですけど、自分がやりたいことを追求しはじめると、あまりうまくいかないことがわかっているので、演出家の小野寺さんがどういうものを作ろうとしているかを、とにかく稽古場で考えていきます。

 『変身』の場合、初演のとき、ぼくもちょっとした欲があったんです。ある種のドイツっぽさ、弦楽器の文化というんですかね……。

──チェロを中心に構成されましたね。

阿部 今回もそれは踏襲されていますが、あとは要所要所で音楽的な小宇宙みたいなものを作ることを大事にしようと思っていました。その瞬間、音楽がバブルのようにひとつの装置を作ることもしたいと思っていたんだけど、今回はそういうことじゃないんですよね。

 たぶん、ある空間、ある物語の空間、ここの劇場空間でもあるんですが、そこにはひとつの音の現象があって、小野寺さんの言葉だと「何かが鳴ってる」というか、それが聞こえてくるときがあって……聞こえてないこともあるんだけど……なにか不気味な音がその空間には潜んでいて、それがときどき聞こえてきたり、場合によっては、鳴ってるんだけど気づいてないだけで、意識したときにわあっと聞こえてくるとか。音楽というより、ひとつの空間のサウンドスケープというか、そういう考えかたかもと、この数日は思い始めて、初演のときとは別物だなと。

作曲家・阿部海太郎 撮影/Ryo Mitamura

作曲家・阿部海太郎 撮影/Ryo Mitamura

見る人を『変身』の世界へ取り込んでいく

小野寺 俯瞰して外から見ることをすごく意識していたのが前回で、いま照明の吉本有輝子さんと話してるんですけど、すてきな舞台装置があるじゃないですか。あれを虫と見立てることをもっとやってみようとしたときに、もしかしたら劇場自体も虫で、お客も取り込んで虫で、結局、『変身』にあるものの普遍性は、いつでもみんな「グレゴールになりますよ」ということじゃないかと。

 「虫になりますよ」というのではなく、ある種、お父さん、お母さんにもなるし、そういう一体感みたいなものがもうちょっとあっていい。みんな外から見て「虫じゃん」と言ってるのではなく、気づくとそれに取りこまれてるような感じになると、もしかしたら、今回の再演は、初演も含めてですが、なにかがあるような気がする。

──グレゴールも3人で交代して演じますし、妹はふたりで演じていたのが、最終的には別のひとりになる。

小野寺 一見、突飛な不条理の話なんですが、実はものすごいリアリティがある。たとえば、介護の話もそうだし、生きていくことの目標だったり、家族に対する接し方だったり。それって一見虫だから、阻害されたり、嫌われたりするけど、ふつうに生きていても、二度と親と会わない人がいるし、ものすごく家族と仲がいい人もいるし、実は、他人がいちばんやさしかったりする……ということが、描かれている気がして。

 だから、面白さは虫になっちゃうところなんですけど、それ以上に人を信じてないというか、信じてるというか、カフカの持っている距離感がすごいすてきだなと思うんです。それは見習うべきだし、ある種の模範でもある。

 そんな気がしはじめたときに、お客さんに『変身』を奇異なものとして見せる以上に、もっといっしょに巻き込まれてもらいたいという気持ちがすごく出てきたんです。虫を外から見てどうですかと言うのではなく、やっぱり自分に立ち返るときに、そのなかにいる家族になってもらいたい。

──最後に、お客さんにひと言お願いします。

小野寺 フィジカルな、身体を動かすことと台詞で構成された、見たことのない表現になるといいなと思っているので、劇場まで驚きにきてください。

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ原作、小野寺修二演出) 撮影/平尾正志

SPAC公演『変身』(フランツ・カフカ原作、小野寺修二演出) 撮影/平尾正志

取材・文/野中広樹

 
公演情報
SPAC公演『変身』
■原作:フランツ・カフカ
■演出:小野寺修二
■音楽:阿部海太郎
■日時:2017年11月18日(土)、19日(日)、25日(土)、26日(日)、12月3日(日)、9日(土)、10日(日)
11月18日(土) 【東京バス/はじめての演劇鑑賞講座/アーティストトーク】
11月19日(日) 【静岡東部バス/アーティストトーク/託児サービス】
11月25日(土) 【バックステージツアー】
11月26日(日) 【アーティストトーク】
12月03日(日) 【バックステージツアー/託児サービス】
12月09日(土) 【バックステージツアー】
12月10日(日) 【アーティストトーク】
各日14:00開演
■上演時間:80分
■会場:静岡芸術劇場(静岡県静岡市駿河区池田79-4 グランシップ内)
■出演:大高浩一、貴島豪、榊原有美、鈴木真理子、たきいみき、武石守正、舘野百代、野口俊丞、宮城嶋遥加、吉見亮
■公式サイト:http://spac.or.jp/die_verwandlung_2017.html
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