ヴァイオリンミューズ川井郁子にインタビュー 『コンサートツアー2018 LUNA~千年の恋がたり~』に込めた想い
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川井郁子 撮影=山本れお
ヴァイオリニストとしての卓越した才能はもとより、その美貌と深い表現力で、視覚的にも楽しめるコンサートをはじめとした多彩な活躍を続けているヴァイオリンミューズ川井郁子のコンサートツアーが、2018年2月23日(金)渋谷のBunkamuraオーチャードホールで開催される。
テーマとなるのは「『LUNA』~千年の恋がたり~」。11月1日にソニーミュージックよりリリ―スされた、7年ぶりとなる待望のオリジナル・アルバム『LUNA』の収録楽曲を中心とした三部構成によるコンサートは、和楽器と洋楽器によるコラボレーションで壮大な音楽舞台となる。演奏曲目には、フィギュアスケートの羽生結弦選手が長年使用している「ホワイト・レジェンド」をはじめ、ミシェル・クワン氏も使用した「恋のアランフェス~レッド・ヴァイオリン~」、荒川静香氏が使用した「夕顔~源氏物語より~」など、音楽ファンのみならずフィギュアスケートファンにも絶大な支持を集めた楽曲も予定されている。さらに、本年6月より国立新美術館ほか全国で開催された『ジャコメッティ展』のテーマ曲「流星」や、2018年1月公開の映画『ミッドナイト・バス』のメインテーマ「ミッドナイト・ロード」などは広く親しまれ、他ジャンルで耳に馴染んだ音楽を、川井自身の生演奏で聞くことができる貴重な機会にもなっている。
スペシャルゲストにはロシアの至宝、バレエダンサーのファルフ・ルジマトフが参加。岩田守弘の振付による、川井郁子ならではの世界観が繊細にかつ大胆に、情熱的に表現されていく、必聴・必見のコンサートだ。
そんな、壮大な広がりを見せるコンサートに臨む川井郁子が、コンサートへの意欲、またその楽曲が収められたアルバム『LUNA』に込めた想いと、多彩な曲作りに向かう発想などについて語ってくれた。
川井郁子 撮影=山本れお
三つの異なるコンセプトで展開されるシアトリカルなコンサート
――今回のコンサートの核となるアルバム『LUNA』のタイトルに込められたものはなんだったのでしょう。
色々な要素があるのですが、月には、すごく激しく見える月もあれば、雲がかかった朧な月もあるという、多面性があると思います。そして、私自身が「自分もそうだな」と最近気づいたのですが、やはり女性というのは受容体なんですね。起きる出来事とか、一緒にいるものによって、全く違うものが表れる。舞台の上にいる私もまさにそうですし、刻々と姿を変えていく月のイメージは女性そのものだなと。そして、月は世界中を照らしていて、遥かな宇宙から人々を見つめ続けていたし、また、太古の昔から人々が想いを持って見上げていたものでもある。そういう大きなイメージが、今回の音の世界にマッチすると思って、名付けました。
――楽曲が、赤・白・群青という3つの色でカテゴライズされていて、とても激しく情熱的なものから、和テイストのものまで大変多彩ですが、それもやはり月の多面性というものと合致したのですか?
そうです。“月”というコンセプトは楽曲が出揃ってきた時に出て来たものなのですが、月が様々なイメージになるというところが、ちょうどこの3つの色と、楽曲とに当てはまっていきました。
――そうした、様々な個性と壮大な世界観が、今回のコンサートでより大きく広がるのではないかと思いますが、コンサートの構成などはどのように?
今回初めて三部構成にしています。一部は地球が生まれた、プリミティブで民族的な、神話につながるような情熱を表現します。二部では、これまでのライブを踏襲するような、ジプシー系や、タンゴなどの躍動的なものを中心にお届けします。そして休憩を挟んだ三部は、2016年に初演した林真理子さんの「源氏がたり」を基にした、オリジナルのモノオペラで、源氏物語の世界を観て頂く形になっています。
川井郁子 撮影=山本れお
――1つのコンサートの中で3つのコンセプトのステージが見られる、大変贅沢な内容なのですね。これまでも川井さんは、舞台芸術とコンサートを融合させた独自のステージを展開されていますが、そうした融合を今回のコンサートではさらに推し進めようと?
これまでは、ある決まった舞台に私自身が入れて頂くという形で、色々な舞台に立ってきたのですが、その舞台に立っている時の自分が、コンサート以上に音楽の中に入っていくことができるということを、強く感じていたので、これからは自分が表現する舞台でも、そういう形にしていきたいなという気持ちがあります。
――演じながら演奏するという舞台の経験から得た感覚なのですね。
そもそもは寺山修司さんの舞台(宇野亜喜良演出による『上海異人娼館』)に出させて頂いた時から始まるのですが、舞台に立っている自分が、自分でもびっくりするほど音楽と一体化できる、ということの衝撃がありました。その後様々な経験を積む中で、やはりそうした感覚がますます強くなっていって、これは私だけの特性なのだから、やはり生かしていきたいなと。それから、自分が見る側に回った時にも、音の記憶ももちろんなのですが、視覚から入った記憶というのはやはり強烈に残るので、私のステージも音と共に視覚にもずっと残るようなものでありたいと願いました。
――音楽と視覚的な要素が結びつくことによる相乗効果だと。
初めからそうだと気づいていた訳ではなく、結果としてそうだなと得心していきました。見る側としてもそうですし、演奏していて自分が解き放たれるのは、視覚的な要素の入った舞台の時だなというものがあったので。ですから、これまでの私のツアーはいつもコンサートだったのですが、今回はシアトリカルなイメージがある舞台にしようと思っています。
川井郁子 撮影=山本れお
ヴァイオリンの音色は自分の声で歌うようなもの
――今回のステージにはロシアの至宝とも呼ばれるバレエダンサーのファルフ・ルジマトフさんも出演されます。
舞台の上で何に感化されて弾けるのか?というところから、やはり身体表現との化学反応から生まれるものはとても大きくて、中でも自分を高めてもらえるという意味では、ルジマトフさんが持っていらっしゃる世界観や存在感が、1番自分の音楽に近いなと感じていました。ルジマトフさんの神々しい、どこか近寄りがたいようなイメージと、その一方でとても官能的で野性的という、両極のイメージを見せてもらえていて、今回のステージに欲しい世界観に最も合う方だなと感じているので、共演できることがとても楽しみです。
――楽曲についても川井さんのオリジナル曲と、著名なクラシック曲を新たなアレンジで聞かせて頂けるものとが、とてもバランス良く構成されているなと感じるのですが、オリジナル曲とアレンジ曲で向き合い方に違いなどは?
端的に言いますと、クラシックのアレンジの方がとても大変です。私の場合はよくあるクラシックの名曲を短く聴きやすくしよう、というアプローチではなくて、こうアレンジすることによって、楽曲が全くこれまでと違う輝きを見せる!と思いついたものを取り入れるようにしているので……それはもう、ただ好きな曲だからと言って生まれるものではないですから。今回も数曲入っていますけれども、これは私ならではの新しいものになる、という想いで取り組んだ曲ばかりです。
――そういった「これだ!」という発想や、インスピレーションはどういう形で生まれることが多いのですか?
1番必要なのは和音なので、作曲もアレンジもピアノでやるのですが、夜遅く、ピアノの前に座って和音を弾いている中から、イメージが降りてくることが多いですね。そのスタイルはずっと変わらないです。
――その時、ご自身の中では、ヴァイオリンの音色がすでに鳴っていたりも?
そう意識はしていないのですが、やはり出来上がったものは不思議と、ヴァイオリンで弾くのに適したメロディーになっていますね。やはり私にとってのヴァイオリンというのは、自分の声で歌うようなものですから、自然にそうなっているのかなと思います。
――創られる時には「ヴァイオリン曲にしよう」というような意識ではなく、純粋に楽曲として書かれているのですね。
そうなんです。ヴァイオリンで弾いてみるのは、いつもかなり後になってからですね。
川井郁子 撮影=山本れお
無限の可能性を感じるオーチャードホールの舞台
――ヴァイオリンの音色があれほど美しく響く楽曲が生まれるのは、川井さんとヴァイオリンの深い結びつきがあるからだと思います。今回のコンサートのように、視覚効果にも積極的に訴えていこうという気持ちに至ったのは、やはりこれまでの多彩な活動から生まれた志向でしょうか?
偶然に出会ってきた機会を経て、今があるということなのだと思います。10年前には、今のような形でのコンサートを想像すらしていませんでしたから。
――では、以前から音楽と同時に演劇的なものにも興味があったということではなく?
全くなかったんです。それどころか、ずいぶん昔のことになりますが、映画に出して頂いたことがあって、それは純粋に演じるものだったのですが、音楽を弾くような境地にはとてもなれないと感じて、自分には演じることは向かないと決め込んでしまっていたくらいでした。それが、さっきもお話しました寺山修司さんの舞台のお話を頂いて、音楽と演じるということが常にリンクした形での舞台を経験しましたら、演じる時にも音楽を弾いている時と同じモードで、別の世界に行けるということに気づいたんです。ですから、すべての経験によって今に至るということでしょうか。
――今ではご自身の曲を演奏している時に、曲の世界観の中に入っていくことと、演じながら役の世界に入っていくことがつながっている。
つながらないものだと思っていたものが、つながるんだとわかった時に、単に2つがつながるばかりではなくて、両方の相乗効果になりました。言葉で高まった気持ちのままに演奏することによって混沌とした情熱が生まれ、またその境地で台詞が言えるという、お互いがさらに、さらにと、高め合えるものなのだなと感じています。
――そうした情熱が、川井さんの唯一無二の表現を生み出していくのですね。「源氏物語」なども含めて、川井さんだけの要素がふんだんにある、今回のコンサートに懸ける想いを改めてお聞かせください。
ある意味私にとっての集大成になる舞台ではないかなと思います。やりたいことをやりたい形で表現できるという意味では、これまでで1番のものになると思うので、私は受容体として、ルジマトフさんをはじめとしたメンバーの方々の音や、気持ちで、月のように輝ける舞台になりそうなので、今とても楽しみにしています。オーチャードの舞台には、無限の可能性を感じているので、今は本当にこの舞台への想いで頭がいっぱいです。
――オーチャードホールでのコンサートを楽しみにしている方々にメッセージを。
今回のオーチャードホールのコンサートでは、『LUNA』のアルバムの世界観を中心に、色々な音の楽しみ方が味わえる舞台になっていると思います。ミュージシャンの編成も贅沢ですし、何よりルジマトフさんが入ってくださることで、世界観が明確で強烈なものになると思います。私自身もその化学反応がどれくらいのものになるかに期待していますし、『LUNA』の世界観にピッタリのキャストだと思っているので、是非生の音で展開される『LUNA』の世界を楽しんでいただきたいと思います。
川井郁子 撮影=山本れお
インタビュー・文=橘 涼香 撮影=山本れお