ワタリウム美術館『マイク・ケリー展』レポート 現代アートとアメリカ大衆文化の関係を読み解く
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2018年1月8日(月)〜3月31日(日)まで、東京都渋谷区のワタリウム美術館で『マイク・ケリー展 デイ・イズ・ダーン 自由のための見世物小屋』が開催されている。
1954年、アメリカのデトロイトに生まれたマイク・ケリーは、70年代の後半からアーティストとしての活動を開始。ペインティングやインスタレーションなど数多くの作品を発表しており、ソニック・ユースのアルバム『ダーティ』のジャケットに使われたぬいぐるみは代表作のひとつだ。
今回の展示は、「デイ・イズ・ダーン」、「女々しいメタル/クローバーの蹄」、「エクトプラズム#1~#4」、「ランド・オ・レイクス」という4つのシリーズから成り立っている。それぞれの作品の見どころを紹介しよう。
高校の課外活動から広がるトラウマ物語「デイ・イズ・ダーン」
今回の展覧会は、2~4階の3フロアで開催されている。2階には、2005年に制作された「デイ・イズ・ダーン」の一部を展示。「デイ・イズ・ダーン」は映像や写真から構成される広大なシリーズであり、「課外活動再構成#2−#32」という作品の総称となっている。そのテーマは、「抑圧された記憶症候群」という、自身の幼少期のトラウマだ。
マイク・ケリーは、高校のイヤーブック(日本の卒業アルバムのようなもの)や、地域の新聞に掲載された放課後の課外活動写真という、今となっては「どこの誰だかわからない人物」が写っているモノクロ写真をベースにして、「デイ・イズ・ダーン」というオリジナルの物語を再生した。
写真作品はすべてモノクロのオリジナルと、それを再現したカラーの2枚組。オーバーオールに身を包んだ女性の「ファーム・ガール」、吸血鬼のふん装をした「バンパイア」、悪魔のコスプレをした「デビル」、鍵十字の腕章をした2人組の「ちんぴら」、顔を白塗りにした2人の男性の「物まね師たち」など、セレクトした写真とタイトルも、どこか人を食ったような魅力に富んでいる。
ファーム・ガール 課外活動 再構成 #9 2004-2005年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
バンパイアのボス 課外活動 再構成 #4 2004-2005年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
デビル:儀式の主催者 課外活動 再構成 #25 2004-2005年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
ちんぴら 課外活動 再構成 #12 2004-2005年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
物まね師たち 課外活動 再構成 #16 2004-2005年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
会場で流されている映像作品には、グールやデビルにバンパイア、聖母マリアにロックバンドKISSのファン、田舎風の女性といった奇妙かつ、なんの脈絡もなさそうな数々のキャラクターが登場する。マイク・ケリーは、この映像のシナリオテキスト、音楽、ダンスの原案にいたるまでを手がけているが、不思議なストーリー展開には、彼ならではのトラウマ観が凝縮されているようだ。
「デイ・イズ・ダーン」の作品は、4階にも続いて飾られている。2階と比べてコンパクトなフロアなので、同作の雰囲気を感じやすいだろう。
幸せのクローバーを用いたハードコア作品「女々しいメタル/クローバーの蹄」
2階にはもうひとつ、「女々しいメタル/クローバーの蹄」というシリーズが展示されている。天井には、垂れ幕のようなシルク作品が。幸運の象徴であるクローバーがナチスの鍵十字風にアレンジされていたり、悪魔や男性器をモチーフにした作品も並ぶなど、マイク・ケリーならではの悪意を感じるアレンジが随所に見られる。
これらの作品はすべて、メタルバンド「モーターヘッド」の音楽を使用したパフォーマンス衣装として、1989年に制作されたものだ。
心霊現象も現代アートの題材に
3階の入り口に並ぶのは、大学卒業直後の初期作品「エクトプラズム#1~#4」という4連作。写真のモデルになっているのは、当時のマイク・ケリー自身だ。ケリーの鼻から出ている白い気体のようなものが、「エクトプラズム」である。
エクトプラズム#1 心の中の子ども「ポルターガイスト」シリーズより 1979年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
エクトプラズム#2 外に出るエクトプラズムの幻 「ポルターガイスト」シリーズより 1979年 Art (c) Mike Kelley Foundation for the Arts. All rights reserved/Licensed by VAGA, New York, NY
エクトプラズムとは、人間の口や鼻から出る霊的エネルギーを指す心霊用語。19世紀末に生まれた概念と言われているが、エクトプラズムを写したとされる写真は、単なる薄い布を口にくわえているようにしか見えない陳腐なものが多いのも事実。若き日のケリーは「オカルト儀式とアート制作は似ている」と語っているので、彼がエクトプラズムを題材にするのも自然な流れだったのだろう。
これらの作品は、大学を卒業した直後のマイク・ケリーと、カナダ人アーティストのデヴィッド・アスクヴォルトによるコラボプロジェクトの一部として制作された。
幼少期のあらぬ妄想を具現化した「ランド・オ・レイクス」
3階のメイン展示は、ネイティブアメリカンの少女をモチーフにした「ランド・オ・レイクス」。日本人にはあまり馴染みのない「ランド・オ・レイクス」とは、アメリカ最大のバター生産量を誇るミネアポリスの農協のことであり、そのバターのパッケージにはネイティブアメリカンの少女が描かれている。
性的なランド・オ・レイクス・ガールの少しサイケデリックな描写 1996年
アメリカでは誰もが知るこの少女に対して、幼少時のケリーは性的な妄想を抱いていたという。作品にダイレクトな性描写はないが、そのサイケデリックな作風からは、歪んだ妄想が感じ取れる。
壁面にはマイク・ケリーが遺したメッセージも
各フロアには、作品以外にもケリーのメッセージが壁に記されている。いずれもマイク・ケリーという人間のアートに対する姿勢を端的に表しており、作品とあわせて言葉の意味を読み解くのも面白いだろう。
ワタリウム美術館は、本展覧会を皮切りに、膨大なマイク・ケリーの作品をピックアップした展覧会を今後も開催していくという。アメリカ大衆文化をモチーフに、数多くのアイロニカルな作品を遺してきたマイク・ケリーの世界に触れるには、絶好の機会だ。
日時:2018年1月8日(月・祝)〜3月31日(土)
休館日:月曜日(2月12日は開館)
入場料:大人1000円/学生(25 歳以下)800円/小・中学生500円/70 歳以上の方700円
ペア券:大人2人1600 円/学生2人1200 円
公式サイト:http://www.watarium.co.jp/exhibition/1801mike/index.html