『木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険』レポート 「文展の寵児」が描く、人間味あふれる動物たち

2018.3.7
レポート
アート

獅子虎図屏風(右隻) 明治37年(1904) 個人蔵

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泉屋博古館分館にて、『木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険』(2018年2月24日〜4月8日)が開幕した。本展では、明治から昭和にかけて活躍した京都の日本画家・木島櫻谷(このしまおうこく)の作品から、特に高い評価を得ていた動物画を中心に紹介する。青年期から徹底した写生に基づき、才能を発揮した櫻谷。一時期は「文展(政府主催の展覧会)の寵児」とまで呼ばれたが、その代表作の多くが所在不明、あるいは海外に渡り長らく忘れ去られていた。

2013年に京都の泉屋博古館で開催された回顧展を契機に再評価が進み、本展では新たな資料や幻の未公開作品《かりくら》を含めた約40点が展示される。日本画の枠組みを超え、西洋的な写実表現を取り入れながら、独自の世界観が反映された動物たちは、時に人間のような表情を見せる。本展の見どころを、泉屋博古館・学芸課長の実方葉子氏の解説を交えつつ紹介しよう。

会場エントランス

会場風景

初夏・晩秋 明治36年(1903) 京都府(京都文化博物館管理)

日本画のテクニックと西洋の写実性を取り入れた木島櫻谷

1877年、京都の三条室町に生まれた櫻谷。老舗の染織業者が名を連ね、画家や学者も住んでいた三条室町は、ビジネスと文化の発信地だったという。幼い頃から芸術に触れていた櫻谷は、10代で四条円山派の流れを汲む日本画家・今尾景年の元に入門。実方氏によると、櫻谷は20代前半で頭角をあらわし、「伝統的なテクニックと確かな画力」で着々と実力を身につけていったそうだ。

猛鷹図 明治36年(1903)株式会社千總蔵

猛鷲波濤図屏風(右隻) 明治36年(1903)

とりわけ、輪郭線を用いず、筆の側面を使って陰影や立体感をあらわす「付立(つけたて)」や、鳥獣の毛を細かな線で描く「毛描き」の手法など、櫻谷は日本画の技法を自在に使いこなしていた。

奔馬図 明治時代

20代後半の作品《獅子虎図屏風》には輪郭線がなく、色面だけで獅子の身体が立体的に表現されている。一方で、「油彩画を思わせるようなタッチや絵の具の質感からは、櫻谷が日本画の基礎を終えて、西洋画の要素を取り入れている様子が伺える」と、実方氏は解説する。

獅子虎図屏風 明治37年(1904)個人蔵

櫻谷は、近所の京都市動物園や見世物小屋に通いつめ、ライオンや虎、鹿などの写生を重ねたという。白や茶色のライオンの毛並みは気の向くままに描かれているように見えるが、徹底した観察眼が元になっているのだろう。

獅子虎図屏風(部分) 明治37年(1904)個人蔵

思慮深い表情を浮かべる熊

櫻谷の20代最後を締めくくる作品《熊鷲図屏風》に見る、熊の毛のゴワゴワとした表現について、実方氏は「伝統的な毛描きを超え、西洋絵画の油彩画的な描き方を取り入れつつ、熊の表情には画家独自の世界があらわれている」と語る。

熊鷲図屏風 明治時代 個人蔵

写実的な身体の描き方に対し、熊の顔つきは「獣くささが少なく、物を考えて瞑想しているような雰囲気を感じさせる。余白をたくさん取り、空間にも余韻を持たせている」と実方氏が話すように、優しい眼差しを浮かべる熊の姿は、どこか人間らしさを感じさせる。

熊鷲図屏風(部分)明治時代 個人蔵

100年以上行方不明だった文展出品作《かりくら》

櫻谷が30代になると、今の日展の前身となる『文部省美術展覧会(文展)』が開設された。国内初の公募展に櫻谷も意欲的に参加し、日本画部門でいきなり最高賞を受賞する。その後も画風や画題を変えながら、常に上位賞を獲得した櫻谷は、いつしか「文展の寵児」と呼ばれるようになっていた。

第4回文展出品作だった《かりくら》は、作品発表の翌年から所在不明になっていたが、近年、画家の旧家にあたる櫻谷文庫の片隅から発見された。2年に渡る修復作業を終え、本展が初公開となる。高さ2.6メートル、幅1.8メートルの巨大画面に、秋の枯野で狩りの競争をする武者たちを描いた本作。画面から飛び出すかのような、迫力ある馬の疾走感にも注目したい。

かりくら 明治43年(1910)櫻谷文庫蔵

かりくら(部分)明治43年(1910)櫻谷文庫蔵

櫻谷の最高傑作《寒月》

櫻谷が30代後半に描いた《寒月》は、第6回文展出品作で、3度目の日本画最高賞を受けたもの。雪の積もった冬の夜、月明かりが照らす竹林の奥から、一匹のキツネが姿をあらわす様子を描いている。

寒月 大正元年(1912)京都市美術館蔵

櫻谷は、京都の貴船・鞍馬方面に滞在した際に竹林を通りがかり、雪の上に獣の足あとが点々と付いているのを見かけた。「これはきっと、飢えてわびしいキツネの存在に違いない」と感じて着想を得たという本作。太さの様々な竹が装飾的に配置されながらも、見る者の視線を画面奥へと誘う、巧みな遠近感も持ち合わせている。一見モノクロームに見える竹の幹には、青や緑、茶などの色彩が用いられ、静かな冬夜の情景に彩りを添えている。周囲を警戒するキツネの慎重な足取りや、獲物を探す鋭い目つき、凍てつくような寒さの伝わる毛の表現など、物語性のある一作だ。

寒月(部分) 大正元年(1912) 京都市美術館蔵

画家と一体となった《獅子》の表情

40代末頃になると、櫻谷は次第に画壇と距離を置き、京都の郊外にある衣笠(きぬがさ)の屋敷で多くの時間を過ごすようになる。実方氏は、「生来、文人的な思考が非常に強く、詩を書き、書を読み、絵を描くライフスタイルが櫻谷にとって憧れだったのだろう」と話す。

獅子 昭和時代 櫻谷文庫蔵

櫻谷が50代の頃に描いた作品《獅子》。20代で描いた獅子とは異なり、凛々しい姿で静観するライオンの姿は、「晩年期を迎えた画家自身の姿と重なる」と実方氏は解説する。的確な写実表現に加え、時に自己の投影や人間らしさが交わることで、動物画の魅力がより引き立つのだろう。

木島櫻谷、生涯の友は「写生帳」

500冊あまりの写生帳を残した櫻谷は、何よりも写生を大事にしてきた。本展では、本画に至るまでに試行錯誤をした痕の見える下絵や、素早い筆致で動物の形を描いた写生帳が多数展示されている。

左:角とぐ鹿 昭和7年(1932)京都市美術館蔵 右奥:角とぐ鹿 下絵 昭和7年(1932)

写生帖・縮模帖 明治時代 櫻谷文庫蔵

写生帖・縮模帖 明治時代 櫻谷文庫蔵

木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険』は2018年4月8日まで。なお、4月14日から5月6日にかけて『PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し』が開催される。こちらも併せて、櫻谷作品の世界に浸ってみてはいかがだろうか。

イベント情報

生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険
会期:2018年2月24日(土)〜4月8日(日)
開館時間:午前10時〜午後5時 ※入館は午後4時30分まで
休館日:月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)
会場:泉屋博古館分館
入館料:一般800円、高大生600円、中学生以下無料
    *団体(20名以上)2割引、障がい者手帳ご呈示の方は無料
ホームページ:http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/
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