『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』レポート 千利休《待庵》の原寸大再現、丹下健三や安藤忠雄ら巨匠の建築も【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.32 中野昭子(ライター)

2018.5.7
レポート
アート

千利休《待庵》安土桃山時代(16世紀)/2018年(原寸再現)制作:ものつくり大学

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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、ライターの中野昭子さんが、森美術館で開催中の『六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展 建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』について語ってくださっています。

2018年4月25日(水)〜9月17日(月)まで、森美術館で『六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展 建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』が開催されている。六本木ヒルズと森美術館の15周年にあたるタイミングで開催される本展は、9つのコンセプトに分かれ、100のプロジェクト、400以上の展示物で構成される。以下、プレス説明会の様子と、見どころについて紹介しよう。

左より南條史生、藤森照信、倉方俊輔、前田尚武

森美術館館長/本展共同企画者の南條史生は、本展が日本建築の特徴を明らかにするものだと解説しつつ、「本年は明治維新150周年にあたり、日本のアイデンティティを探る試みでもある」と語った。また「本を読むように展示を見てほしい」と、密度が濃いことも強調した。

本展監修/建築家・建築史家/東京大学名誉教授の藤森照信は、20世紀において「ヨーロッパでは石の建築に慣れ親しんでいた人々が、木という素材に注目するようになった」と言い、フランク・ロイド・ライトやグロピウスなどを例示。加えて「日本の建築家はヨーロッパの石の建築に学びつつ、自己を見直してきた」と述べた。

藤森照信

本展は、特定の建築家やグループという単位ではなく、9つのコンセプトによって構成されている。本展共同企画者/建築史家/大阪市立大学大学院工学研究科准教授の倉方俊輔はその点に触れ、軸として「現代の日本の建築は、世界的に有名である」が、「日本では、明治以前に設計だけを行う人はいなかった。それにも関わらず短い期間で発展したのは、日本に建築の遺伝子があるためである」という発想を示した。

《待庵》が示す、日本建築の遺伝子

会場の使い方に至るまで工夫されているという本展。中でももっとも注目すべきプロジェクトのひとつは、千利休《待庵》の原寸大の再現だろう。日本で唯一の技能・工芸の大学機関であるものつくり大学との共同研究として制作された《待庵》は、既に日本で複数再現されている待庵を実際に検分・調査した成果である。たとえば、この《待庵》には和釘が300本程度使用されているが、すべて手作りで制作されたそうだ。

千利休《待庵》安土桃山時代(16世紀)/2018年(原寸再現)制作:ものつくり大学

待庵は、豊臣秀吉が千利休に命じて作らせた茶室。広さはわずか二畳しかなく、世界における建築作品の中でももっとも小さい建物といえる。無駄な動きをするとぶつかってしまうような閉鎖空間で、利休は茶を点て、一期一会の客をもてなしたのだろう。本展では、その《待庵》の内部に入ることもできる。

《待庵》内部

客は身分関係なく狭いにじり口から入り、外界の階級やしがらみを捨てる。亭主と客の間に物理的な壁はない。湯や茶筅がたてる慎ましい音の中で、人々は静謐な空気を味わい、わびさびを体現した茶器を愛でる。浮世を忘れさせる場としての機能を果たす茶室は、その小さな空間の中に無限の豊かさを秘めているように思う。

《待庵》内部

《待庵》に潜在する諸要素は、本展のコンセプトである「可能性としての木造」「超越する美学」「建築としての工芸」「連なる空間」などの中に多数見出される。日本建築の遺伝子は、待庵において深められ、歴史の中で多くの建築に伝播したのだろう。

建築界の巨人が再解釈した生活の場

また、丹下健三の《住居(自邸)》も見逃せない。東京オリンピックや大阪万博など、戦後のプロジェクトを率いた建築家である丹下健三は、日本の桂離宮とル・コルビュジエが設計したサヴォア邸を足して二で割ったような、古建築や近代建築の再解釈ともいえる自宅をつくった。《住居(自邸)》は、普段は寺社等をつくっている小田原の宮大工たちが小田原の杉材を使い、丹下の自宅を三分の一スケールで再現したものだ。

《住居(丹下健三自邸)》

内と外を壁で隔てず、固定的な間仕切りをつくらない空間は、内部と外界の自然を地続きにし、制約を設けない。屋内に木の柱が整然と並ぶさまは荘厳な雰囲気を醸し、まるで神の住まう森に迷い込んだような気持ちになる。単純な広さや面積を超越した場を提供する建物は、石造りの西洋建築とは発想が根本から異なっており、空間に関する独特の発想が息づいている。

本展では、丹下が設計した《香川県庁舎》の模型と、ホンマタカシが庁舎を撮った写真が展示されると共に、丹下や剣持勇が手掛けた家具が集結し、実際に座ることができるブックラウンジがしつらえられている。普段はなかなか触れる機会がない名作の椅子に腰掛けながら、書籍などの閲覧も可能だ。

《香川県庁舎》丹下健三

丹下健三研究室《香川県庁舎間仕切り棚》1955-58年 ほか

過去は現在に連なり、未来を含む

《伊勢神宮》と谷口吉生の《鈴木大拙館》を隣り合わせに展示しているように、古代と現代の建築を並置している空間もある。《伊勢神宮》は玉砂利が水を表現し、《鈴木大拙館》は鏡のように平らな水面に浮かぶ形で建物がある。つくられた時代も目的も大きく異なるにも関わらず、ふたつの建築は響きあっているようだ。

《伊勢神宮》を解説する前田尚武

本展では、大正~昭和期に制作された模型や、東北の農民の生活改善のためにシャルロット・ぺリアンがデザインした藁の寝椅子など、建築史において重要な展示物も多い。さらに、最新の建築が点在する空間の中で、歴史的な作品が違和感なく置かれている。また、日本建築のスケールを体感できるライゾマティクス・アーキテクチャーの最新のメディアアート《パワー・オブ・スケール》は、模型や資料の多い会場に、スピード感とアクセントを与えている。

中央 シャルロット・ぺリアン《折りたたみ式寝台とクッション》1941年 所属:山形県立博物館

齋藤精一+ライゾマティックス・アーキテクチャー 《パワー・オブ・スケール》2018年 インスタレーション

最後のコンセプト「共生する自然」では、安藤忠雄の《水の教会(星野リゾート トマム)》や、一粒の水滴のようなSANAAの《豊島美術館》など、自然と共存する建築が紹介されている。古来より日本の建築は、自然を征服するのではなく、構築物によって輪郭を明確にするなど、自然をシンボライズしてきた。素材や形が変わっても、その思想は通底していることが見受けられる。

日本の建築全体を9つのコンセプトで俯瞰しながら、細部に至るまで紹介しつくす本展。この充実した内容を実現できたのは、過去の建築展の蓄積と、高い天井と広い空間を有する森美術館ならでは。このまま常設展にしてほしいとまで思った。

前回の建築の大規模展『メタボリズムの未来都市展』より6年半、本展は過去の建築展を内包しながら、現代と共に未来の日本も垣間見せ、胸が熱くなる内容だ。一度だけしか鑑賞しないのはもったいない、二度、三度と訪問し、自分の中に落とし込みたいと感じさせられる。スケール感と質の高さにおいて並ぶもののない本展は、今年絶対に見逃したくない展示だろう。

イベント情報

六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展
『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』
会期:2018年4月25日(水)~ 2018年9月17日(月・祝)
会場:森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階)
開場時間:10:00-22:00 | 火 10:00-17:00
※いずれも入館は開館時間の30分前まで *会期中無休
入場料:一般1,800円、学生(高校・大学生)1,200円、子供(4歳~中学生)600円、シニア(65歳以上)1,500円
※表示料金に消費税込
※本展ので展望台 東京シティビューにも入館可
※屋上スカイデッキへは別途料金がかかります
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/japaninarchitecture/index.html
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