新国立劇場バレエ団が『眠れる森の美女』3回目の再演、小野&福岡ペアが紡ぎ出すおとぎ話の世界へ
撮影:西原朋未
6月9日から新国立劇場『眠れる森の美女』の公演が始まった。ウエイン・イーグリング振付によるこの作品は2014年に初演し、2017年5月に再演。今年が3回目の上演だ。
今回は「看板ペア」とも言われる踊る小野絢子&福岡雄大のリハーサルを見学した。バレエマスターの菅野英男とともに、前日の通し稽古でチェックされたポイントを入念に確認。舞台では完璧に思える2人だが、リフトから降りての小野の動き、福岡の視線などを繰り返す様子に、この道は実に奥深く果てがないと思わせられる。リハーサルを終えた2人に、今回の『眠れる森の美女』公演に対する話を聞いた。
■長く組んでいるからこそ表現に一歩踏み込める
撮影:鹿摩隆司
――イーグリング版『眠れる森の美女』(以下「眠り」)は今回3回目の上演になり、お2人は初演から踊られています。今回課題としてこう踊ってみようなど、考えていることはありますか。
小野 初演から踊っていますが、実質今回は4舞台目で、毎回本番が終わると反省点ばかりが出てきます。常により良い舞台をつくれるように、と思っています。
福岡 踊るたびに課題が見えます。「眠り」だけでなく、これまで全幕物の作品を通していろいろな方の振付などを踊っていくうちに「眠り」を踊る時にはここをこうしたらいいのではないかという、 引き出しが増えていく。前回の反省点を活かしながら、その引き出しの中の経験を使って、自分なりに表現や踊りを修正し、より綺麗に見えるようにしていきたいと思っています。
――パートナーシップをフレッシュに保つうえで考えることなどあるのでしょうか。
小野 長く組んでいると、より踏み込んで行けるという強みがあります。福岡さんとは何度も組んでいるので、一歩間違えば失敗するようなチャレンジングなことなどもできる。
――それは技術的、あるいは表現の部分でしょうか。
小野 両方ですね。というより結局技術面はそのまま表現に繋がりますので。もちろんテクニック的にも失敗して良いということではないですが、本番も恐れずに一歩踏み込んで行けます。
――これまでお2人の舞台を拝見してここ最近、表現の面での、登場人物の心情などで醸す世界観が一層深まっている感じがしています。とくに福岡さんは技術の面が特にすごいという印象でしたが、ここ最近表現や感情により磨きがかかっているような印象を受けています。
福岡 ありがとうございます。僕自身は全然実感がないのですが。いつもただ全力でやるだけなので。でも先の引き出しの話同様、今はこれまで得てきたできる限りのことを、その瞬間瞬間に出せればと。
――今まで蓄積した経験がどんどん熟してきている感じですね。
■様式美と「客席に伝えたい思い」
撮影:鹿摩隆司
――小野さんは先ほど「より踏み込んで行ける」と仰いました。つまり「より作品を掘り下げられる」ということかと思いますが、「眠り」を踊るときに考えることは。
小野 よく古典バレエは様式美が大事だと言われており、「眠り」はそのようにつくられていますよね。「踊りを見せるための踊り」というシーンがこの作品では多いですが、舞台と客席の間に壁ができてはいけない。お客様を巻き込むくらいの心や伝えたいものがないといけない。でも生々しくなってもいけない。そこが難しいですね。
――お客様の気持ちをオーロラ姫の世界に引き込むということですね。
小野 その方が絶対に楽しいので。おとぎ話の場合はストーリー世界にお客様を引き込むのがすごく難しいので、そこをどうしたらいいのかなというのがこれからの課題です。
――イーグリング版「眠り」の見どころ、醍醐味というのはどこにあると思いますか。
小野 まずフィジカル面で大変ですね。3幕のディベルティスマンの「赤ずきんと狼」「親指トム」も運動量が多く、アクロバティックな要素が入っています。あとパートナリングが難しい振り付けが大好きですね。
福岡 女性も難しいと思います。
小野 主役は目覚めのパ・ド・ドゥがそうですね。
■バレエ団のダンサー達が「王子にしてくれる」
撮影:鹿摩隆司
――「眠り」の王子の登場は2幕からですね。王子としては物語をつくる上でどの部分に重点を置いているのでしょう。
福岡 森の場面で、リラの精に誘われる幻影のシーンが僕としては大事だと思います。だから今回はそこに至るまでの進行を大事にしたい。リラの精が幻想のオーロラ姫を見せてくれるわけですが、そこでお客様の気持ちをどれだけ動かせられるか、難しいけれどそれを表現したい。森の精も24人と数が多いので、森という雰囲気がとてもよく出ているし。
また「眠り」の王子は狩りの場面という現実的な部分からヴァリエーションがあって、そして幻影の世界に入っていく。ちょっと『白鳥の湖』(以下「白鳥」)の王子が湖へ向かうシーンと似ていますが、そういった感情をどう出していこうかと四苦八苦しています。
――「白鳥」の王子は結婚し、国を継がなければならないということがお話の中で語られますが、「眠り」の場合はどのような解釈を考えていますか。
福岡 「白鳥」「眠り」「ジゼル」の王子は当時の社会環境がすごく王子を憂鬱な気分にさせているような気がします。一国の主になるというプレッシャーや重圧、不安もあるでしょう。どの作品も果たさなければならない責任が大きすぎて気持ちが定まっていないと思います。
あとはバレエ団のみんなと一緒に作っていくという感じがします。 周りが王子にしてくれるというのか。 例えば「ジゼル」の1幕の最後、ジゼルが死んでしまうシーンでも周りが演技しなければアルブレヒトの罪悪感が生まれないし見えない。みんな素晴らしい、上手いなと思います。
――バレエ団の皆さんとのコンビネーションなどが福岡さんを王子にしてくれるわけですね。舞台上に無駄な人は一人もいないと言いますが、本当にそういう感じで。
福岡 はい。すごく助かっています
■お客様一人ひとり、それぞれに世界を感じてほしい
撮影:鹿摩隆司
――2幕の幻影のシーンですが、小野さんはどのように踊ろうとされているのでしょうか。
小野 私としては、ここは王子の心を何より見せたいので、王子が思う一番の美女ってどんなのだろうと思って役作りをしています。そこで好きになっていただかないとなりませんし(笑) 3幕のオーロラ姫も美しいのですが、同じではいけない。幻影ではパ・ド・ドゥも本当に目を合わせてはいけないし。存在しているけれど、存在していないというのか。
――王子が考える一番の美女って、どんなのでしょうね。
小野 どうなのでしょう(笑)。この幻影のシーンのパ・ド・ドゥ、王子自体はほぼサポートだけなのですが、それでも王子の心情が見えなくてはならない大事なアダージオなので、王子役にとっては一番難しいシーンじゃないかと思います。
――その後の目覚めパ・ド・ドゥで実在のオーロラと出会います。
福岡 「目覚め」のシーンは、オーロラ姫も(幻影のシーンで)同じ夢を見ているという解釈もあるので、そういう意味ではあの幻影は彼女の夢の中でもあるのかなと。オーロラはどこかに「夢で出会った」という認識があるという、そんな気持ちで踊っています。
――小野さんも夢の中で王子を待っていた、というつもりで踊られているのですか。
小野 正直に言えば それを提示したくはないです(笑) それはお客様の方で感じていただきたいので。
――なるほど。お2人の一種奥ゆかしい寸止めの表現というのでしょうか、「観客自身が自由に感じていただきたい」と投げかける部分が、観る側に余韻として残るのかもしれませんね。
小野 おとぎ話なので、細かく考えはじめると辻褄が合わないこともたくさんあります。あまりはっきり言わない方がいいこともある。オブラートに包み込んで渡すような。
福岡 「ご想像にお任せします」と言う感じでしょうか。舞台からいろいろ感じていただきたいし、自分たちの表現・思いを受け取っていただきたいけれど、押し付けたくはない。
――2000席のお客様一人ひとりが2000通りの舞台を持ち帰っていただければと。
福岡 一つひとつ違っていいし、一人ひとりお客様の解釈が違っても良いと思います。それぞれの自由で。
小野 確実にストーリーが決まっている世界でも、人によって見え方が違い、感じる思いも違い、また今回4キャストありますが、それぞれ違ったものが見えればいいなと思います。
――そういう舞台をバレエ団全員で作っていこうと。
小野 はい。主役としてのしっかりした存在感がなくてはいけないのですが、周りから浮いてしまってもいけない。皆と同じ世界にいなければいけない。皆がその世界を作ってくれて、私がそこに入っていくのか、 私が引っ張り巻き込んでいくのか、それはその時で違うと思うのですが、でも一緒にその世界にいるということは常に意識していたいなと思います。
撮影:鹿摩隆司
取材・文=西原朋未
公演情報
■会場:新国立劇場オペラパレス
■音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
■編曲:ギャヴィン・サザーランド
■振付:ウエイン・イーグリング (マリウス・プティパ原振付による)
■美術:川口直次
■衣裳:トゥール・ヴァン・シャイク
■照明:沢田祐二
■指揮:冨田実里
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
6月9日(土)14:00 米沢 唯(オーロラ姫)、井澤 駿(デジレ王子)
6月10日(日)14:00 小野絢子(オーロラ姫)、福岡雄大(デジレ王子)
6月16日(土)13:00 池田理沙子(オーロラ姫)、奥村康祐(デジレ王子)
6月16日(土)18:30 小野絢子(オーロラ姫)、福岡雄大(デジレ王子)
6月17日(日)14:00 木村優里(オーロラ姫)、渡邊峻郁(デジレ王子)