『V.I.P. 修羅の獣たち』パク・フンジョン監督インタビュー 物議醸した猟奇的シーン、女性への暴力描写に「世間とのギャップを感じました」
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撮影時のパク・フンジョン監督
犯罪組織への潜入捜査を描いたノワール(犯罪映画)『新しき世界』でセンセーションを巻き起こしたパク・フンジョン監督。同監督の最新作『V.I.P. 修羅の獣たち』が現在公開中だ。劇中では、韓国国家情報員とCIAの企てにより亡命した北朝鮮のエリート高官の息子が、連続殺人事件の容疑者となり、彼を隠蔽しようとする者、捕らえようとする者、復讐しようとする者、それぞれの物語が描かれる。CIAと韓国国家情報院を行き来する人物・パク・ジェヒョク役で、チャン・ドンゴンが出演。連続殺人事件の容疑者を追う警察チェ・イド役で『エンドレス 繰り返される悪夢』のキム・ミョンミン、北朝鮮からやってきた保安省所属の工作員リ・デボム役で『密偵』のパク・ヒスン、米CIA要員ポール・グレイ役で『アルマゲドン』『ファーゴ』『ジョン・ウィック:チャプター2』のピーター・ストーメアがキャスティングされているほか、北朝鮮から亡命させられたサイコパス殺人鬼にして“VIP”のキム・グァンイル役で、イ・ジョンソクが出演している。
韓国×北朝鮮×米国の国家を巡る緊迫したドラマだけでなく、"実際ありそうな物語"を追求し、激しいアクションやスナッフフィルム(死体処理や殺人などの記録映像)並みの猟奇的な描写、女性に対する暴力表現などで賛否両論を巻き起こした。日本ではR15+(15歳未満の入場・鑑賞を禁止)指定で公開された同作を、監督はどんな想いで作り上げたのか。インタビューで答えている。
パク・フンジョン監督のキャラクター・物語づくり
(C)2017 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
――『V.I.P. 修羅の獣たち』で企画亡命者という題材を選択された理由について教えてください。
分断国家である韓国だからこそ扱うことのできる題材だと思いました。 韓半島を取り囲む国際情勢のジレンマを描くのにピッタリだと思ったところからスタートしています。 内容やスタイル、全体のトーンについても、前例のない作品なので、ストーリーは明確にしなければならないと考えました。 企画亡命を素材として扱ったこと自体は、それほど難しいことではありませんでした。
――3つの国家が絡み合う話だけに、撮影は苦労したのでは?
初めて海外で撮影をしました。撮影自体はそれほど苦労せずに済んだが製作費が高額であったり撮影場所の交渉も大変で、多くの試行錯誤が必要でした。特に北朝鮮の村の再現がとても難しかった。 韓国には北朝鮮の雰囲気を感じられる場所がないのです。それでも一番雰囲気的に近いだろうと思う所を探し出し、セットを作り、残りはCGで作りました。香港のレストランも同じ。元々の設定はレストランではなかったのですが、セットを作って撮影しました。
――3カ国が目前に存在する悪人を見て見ぬ振りをするという設定は、観客に息苦しさを抱かせますが。
必要に応じて連れてきた人物が怪物だった。どんな社会でもそのような怪物に対する備えと処置システムがあるはずです。だがある時、各国の事情や政治的な利害関係によりそのシステムが正常に作動しなくなった。そうしている間に、より深刻さを増した怪物が大手を振って歩き回るというジレンマに関する物語を作ってみたかったのです。このような状況下において、国家が傍観者となり、むしろその怪物をかばう側に回ってしまった時に起きる出来事を描こうと思いました。
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――これまで監督はカン課長(『新しき世界』でチェ・ミンシクが演じた役)、チョン・チョン(同じくファン・ジョンミンが演じた役)、そして今回の映画のキム・グァンイルなど、観客の脳裏に焼き付くキャラクターを作り出してこられました。人物について構想を練る過程が気になります。
優先すべきは事件や状況です。それを描いてから、そこに最も適合する人物を作り出す。その次に、そのキャラクターがその状況に置かれた時どう行動するか考えてみる。この性格、この職業の人物ならどう行動するかというところから考えます。今回も同じように“企画亡命者”というキーワードを考えた時、“韓国国家情報院”というワードが一番最初に思い浮かぶ。チャン・ドンゴン演じる国家情報院要員パク・ジェヒョクの例を挙げるなら、海外に駐在経験のある、それなりのベテランであること。本局勤務を望むならエリートであるはずです。このようにディテールを1つ1つ積み上げていきます。
――キム・グァンイルのキャラクターは今まで韓国映画になかった新しい類型の悪役だという声もあったが。
サイコパスのキャラクターは韓国映画の中に多く登場しています。キム・グァンイルは北からのVIPという点が他のキャラクターと違う。サイコパスの犯罪者は各国の社会的なシステムを利用して完全犯罪を目論みますが、キム・グァンイルはいまだ王朝国家の様相を呈するいびつな国家で生まれた特権階級に属する人物です。サイコパスの本能を道徳的に制御してくれる人がいないため、人の命を軽視する傾向にあり、犯罪の概念自体が最初からない。「僕がやったけど、何か?」という感じ。サイコパスの中でもハイレベルなサイコパスです (笑)。
イ・ジョンソク、チャン・ドンゴン、ピーター・ストーメアとの仕事
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――イ・ジョンソクさんを連続殺人犯役にキャスティングした理由と、劇中で最も印象深かった演技はどんなものだったのでしょうか。
イ・ジョンソクさんについては、彼から先に“キム・グァンイルを演じてみたい”と連絡が来たんです。 俳優としての欲がある人で、好印象でした。 積極的で心がけもいいと。 若手スターで、こんな役ではなくても、いくらでも素敵な役をもらえるのに、俳優としての欲があるようでした。イ・ジョンソクさんの演じたキム・グァンイルは、海外暮らしの長い北朝鮮のエリート高官の息子で、元々、そのイメージに合った貴族的な雰囲気のある俳優を望んでいました。 幼いころから何不自由なく育ち、すべての人々を見下すような怖い物知らずのキャラクターです。
――チャン・ドンゴンさんをパク・ジェヒョク役にキャスティングした理由と、その演技についてどういう感想をお持ちになりましたか?
ジェヒョク役にぴったりだと思いました。 ただそこにいるだけでキャラクターが表現されるというか。素晴らしい俳優なので特に指示したことはありません。 作品を見て頂ければ分かると思いますが、とてもよく演じてくださったので感謝しかありません。
――キム・ミョンミンさんをチェ・イド役にキャスティングした理由と、その演技についてどういう感想をお持ちになりましたか?
キム・ミョンミンさんは以前から一緒に仕事をしてみたかった俳優です。皆さん、彼の代表作は『白い巨塔』(07年/ドラマ/韓国)だと言いますが、私は『お熱いのがお好き』(00年/ドラマ/韓国) から見てきましたからね。 その時は助演でしたがすでに俳優としての存在感がありました。なので“いつか必ず一緒に仕事をするぞ“と思っていたんです。これまでもシナリオを何度か送ったことはありましたがスケジュールが合わず……今回は幸いにも日程が合いました。
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――ピーター・ストーメアの出演は映画ファンの期待を膨らませました。実際に仕事をした感想は?
ピーター・ストーメアが『悪魔を見た』と『新しき世界』を観たと言っていました。キム・ジウン監督のハリウッド進出作に出演していたのを思い出しシナリオを送ってみたら、“喜んで出演する”との返答がきた。思いも寄らぬことでした。我々の製作費は十分とは言えない、とも伝えたが快諾してくれました。言語的な障壁はあったが気兼ねなく仕事をすることができました。ハリウッド俳優とはいえ、特別に大変だとも思わなかったです。彼は特別待遇を受けるのを嫌いました。個人トレーラーの代わりにコンテナでも準備すべきかと考えたが皆と一緒でいいと言ってくれました。現場であれこれ口を出す姿はまるで町内の世話焼きおじさんのようだった。スタッフと一緒に組み立て椅子に座って、お菓子を食べたりもしました(笑)。
――俳優たちが「パク・フンジョン監督との作業は容赦がなかった」と口をそろえて話しました。明確な設定が監督にあったようだと。
出演者は経歴が20年を越える俳優ばかりでした。演技については私が口を出すことでもない。彼らのほうが演技の専門家だからです。だが、キャラクターが一連の状況下でどのような行動を取るかにについては、すべての設定が私の頭の中にありました。私は一定のラインを設定し、その中で最も良いものを選んだ。つまり、その線を越える設定が出れば、容認できないというわけです。そういう時は“それは違う気がするな”という程度のことを言ったと思います。そこまでキッパリと否定したことはないと思いますが(笑)。
物議醸した描写に「ジェンダー問題をさらに注意深く学び、考える必要性を感じました」
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――撮影時、最も苦労したシーンとその理由は何ですか?
人を殺める場面は撮影と編集過程において非常に悩んだ部分でした。恐ろしさを見せつけるという一方で観客がどのように受け取るかということもありますし、表現する程度について、非常に悩みました。私としても明らかに不快を感じる部分についてはカットしようとも考えましたし、短めのシーンにしてみたりと色々試しましたが、そうなるとキム・グァンイルの行為が鬼畜の所業には見えなくなり、悪行の程度が弱まる気もしました。韓国ではジェンダーにまつわる話題も過熱しました。キム・グァンイルの残忍さを示すために、劇中で犠牲となった女性のシーンについてです。例のシーンは私たちも非常に悩みました。観客が不快に感じ、震え上がるに違いないとも思っていました。だが、キム・グァンイルの魔物性を見せつけるに相応しい代案が他になかった。主人公の恐ろしさをしっかり伝えてこそストーリーの原動力が確保されるのです。 悩んだ末にあの場面を入れたが、女性客が観ると、より暴力的に見えるのかもしれない。私のジェンダーに対する感性が鈍いせいだと思います。もっと言えば、ジェンダーに対する知識不足なのかもしれません。
――今回の論争を機に、何かを変えるつもりはありますか?
今後も作品を作るたび、いくつもの悩みを抱えるでしょう。ジェンダー問題をさらに注意深く学び、考える必要性を感じました。どちらかというと私の周囲には女性が少なく、そのため、韓国の男性の大部分がそう思っているように“男らしさ”に対する先入観が暗黙のうちに存在するようです。自分ではそれほどこだわっているつもりはなかったのですが、今回の件で、世間とのギャップを感じました。
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――監督は本作を通じて単調ではない独特なノワール映画を試みたのだと思われますが、監督ご自身はどうお考えですか?
『新しき世界』が味付けのしてあるスパイスの効いたノワール映画であるとするなら、『V.I.P. 修羅の獣たち』はスパイスの入っていないドライなノワール映画だと言えます。『新しき世界』には男たちの友情と裏切り、対立や嫉みなど感情面を描いた面白さがありましたが、本作にはそのような関係性から生じる面白さはなく、ひたすら事件の様相を描いています。私は個人的にドライなノワールを好む方なので、『V.I.P. 修羅の獣たち』は私の好みが反映されている作品ですね。
――観客に向けて、メッセージをお願いします。
怪物のような1人の男によって国家システムが機能不全に陥る様子から、私たちが置かれている現実を思い起こしてもらえると、様々な問題が深刻化する社会が自然に思い浮かぶのではないでしょうか。また韓国映画によく出てくる男の友情や仁義など熱いエネルギーを放出するノワール映画ではなく、それとは正反対の冷たくて背筋の凍るようなドライなノワール映画があるということも知ってもらえれば幸いです。
ライター:Lee Youna 引用元メディア:singlelist