至高のサックスが奏でる、上野耕平のバッハ 『上野耕平のサックス道! Vol.2』ライブレポート
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『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
サックスと聞くと、皆さんどんな音楽を思い浮かべるだろうか。一番思い浮かべやすいのは、やはりジャズ。Take Five等の有名なジャズの曲は多い。そして弾き方はどうだろうか。ピアノや色々な楽器とのコラボレーション等の演奏形態を思い浮かべるだろう。しかし今回の演奏会の曲目は全曲バッハ。奏者は一人だ。伴奏も誰もいない。それだけにサックス奏者の力量が試されるような演奏プログラムだ。
その演奏を一人で担うのは、サックス奏者の上野耕平だ。上野が真剣勝負する意気込みが伺えた、2018年6月8日(金)浜離宮朝日ホールにて行われた『上野耕平のサックス道!Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』での演奏は、一体どんなものになるのだろうか。サックスでバッハを演奏する。それは言葉では簡単に言えるが、並大抵の努力や技術ではできない。上野も今回の演奏会を成功させるために、かなりの苦労と努力をした事だろう。そんな上野の真剣勝負をライブレポートしてきた。
サックスでバッハを? と驚いた人も多かったのではないだろうか。なぜならばバッハが生まれた1685年にはサックスは誕生していない。サックスが誕生したのは1800年代。サックスが楽器としての特許が認定されたのが1864年なので、その年をサックスが誕生した年だと考えると、バッハが生まれた時とサックスの誕生との差は約200年。それだけでも異色の取り合わせだという事がわかるだろう。そのバッハの曲をサックスが演奏するのだから、どんな音でどんな風に演奏するのかは開演前には想像がつかなかった。
『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
開演前
開演前には舞台にたった一脚の椅子。その他には何もない。その椅子は中央に置かれ、しかも客席に向かって少し斜めに置いてある。
『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
そう、まさにサックスだけのための演奏会が始まる事が、まだ演奏は始まっていないが客席にはその事が伝わって来ていて、ザワザワしている中でも、何か特別な事が始まるような期待感が椅子一脚から伝わってきていた。
第一部 無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007
開演と同時に上野が手にして出てきたのはバリトンサックスだ。良く見るアルトサックスを思い浮かべていた人は、その大きさにちょっとビックリしただろう。
そして、少し意外だったのが、サックスなのに音はチェロに近い。なぜかと思ったら、このバリトンサックスとチェロは最低音が同じだという。よくBGMなどに使われるこの曲のアルペジオはチェロとは違い、サックスの持つ独特の華やかさで、無伴奏チェロ組曲の新しい一面を見た気がした。
『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
休憩
今回驚いたのは、休憩時間に次回の「上野耕平のサックス道!Vol.3」の
第二部 無伴奏フルートのためのパルティータイ短調BWV1013
次に上野が持って出てきた楽器はソプラノサックスで、遠くで見ると一見、金色のリコーダーの様な楽器だ。この曲は舞曲であり、妖精のダンスを想像させるような軽快な高音が続く部分が多いが、全体的には教会の高い天井の空間をいっぱいに響かせて演奏しているようなバッハらしい曲だ。フルートで演奏するのでもブレスが難しいというこの曲を、ソプラノサックスで演奏してしまう上野ブレス使いの上手さに、「一体、どんな肺を持っているんだろうね。」と小声で話していた隣席の客達の言葉に誰もが頷く事だろう。
第三部 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004
ここで本来良く見るサックスを持って出てきた上野は、さらに真剣な表情になっていた。それもそのはず、この曲はこの演奏会での一番の難関と言っても良いだろう曲だからだ。上野自身もパンフレットに「今回死ぬほど苦労した曲」と書いてあるように、まさに超絶技巧! 高音域もサックスの限界音になっており、技術の高い上野だからこそ表現できるこの曲を、客席は息を飲んで聴き入っていた。
『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
『上野耕平のサックス道! Vol.2 上野耕平無伴奏サクソフォン・リサイタル』
アンコール
鳴り止まない拍手とアンコールの期待。しかし上野が再び舞台に現れた時にはサックスは手に持っておらず、アンコール曲は一曲も弾かなかった。しかし、それも凄く潔いと思えた。アンコールでは普通、皆が良く知っているような曲を演奏する事が多いが、あまりにメインプログラムと違う曲を弾くと、メインの印象が薄くなる事も多い。それゆえに、上野のアンコールをしないという今回のスタンスは、「私はバッハに全力を尽くしました。今回はバッハのみです」という、上野らしいストイックなメッセージにも受け取れた。アンコールがない。それは返って上野のバッハを更に印象付けたのだった。
演奏会が終わって
実は普通のバッハのコンサートというのは、少なからず眠気を誘う。バッハのコアなファンならばまだしも、クラシックにあまり詳しくない人等は、まず開演直後から寝ている人もいるという印象が強い。しかし今回の演奏会は、全曲バッハだったのにもかかわらず、周りを見ても誰一人として眠気に誘われている人はいなかった。そして、さらに印象深いのは、10歳ぐらいの男の子が、前のめりになる勢いで食い入るように聴いていたのだ。
間違いなく、今回の客席は何かが違う。皆、上野の演奏の素晴らしさを既にもうわかっていて来ている人ばかりなのだという事を実感した。それだけ、上野の演奏には何かある! 神に愛される音とはこういう音なんじゃないかとさえ思えたぐらいだった。それは、サックスとバッハに取り組む、上野の音楽家としてのまさに真剣勝負な本物のストイックさが表れているのではないだろうか。それほどに観客を魅了していた演奏会だった。
この冬、この演奏会のシリーズの『上野耕平のサックス道! Vol.3』が行われる。今回の観客の熱さ、そして、
取材・文=神道桜子 撮影=岩間辰徳
公演情報
J.Sバッハ: