日本を代表する人気ヴァイオリニスト大谷康子に聞く

インタビュー
クラシック
2018.7.26
キエフ国立フィルハーモニー交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲を共演! (C)Nobuo MIKAWA

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲を共演! (C)Nobuo MIKAWA

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――最近出版された本「ヴァイオリニスト今日も走る!」が随分と評判のようですね。

ありがとうございます。表紙の写真にびっくりされませんでしたか(笑)?

――はい。正直言って何で走っておられるのかと思いました(笑)。大谷さんと云えば、楽しそうにヴァイオリンを弾く姿が印象的なので、そんな表紙をイメージしていました。

私のことをご存知の方は、“ずばり!そのタイトル通り!”とおっしゃいます。でも、普通はびっくりされますよね (笑)。 出版社からも本当にこの写真で良いの? このタイトルで大丈夫? と言われました。しかしこれこそが私の今の気持ちなのです。走らずにはおれない気持ち、走り回ってでも皆さまに音楽を届けたい気持ちを、この本にぎゅっと詰め込みました。

「ヴァイオリニスト今日も走る」、お読み頂けると嬉しいです! (C)H.isojima

「ヴァイオリニスト今日も走る」、お読み頂けると嬉しいです! (C)H.isojima

――大谷さんはソリスト、音大教授、文化大使、テレビ番組の司会者、文筆家などマルチに活動されておられます。1日24時間では足りず、走り回られている姿が容易に想像出来ます。そしてサービス精神旺盛でサプライズ好きな大谷さんは、演奏会のアンコールにステージから登場すると思わせて、後ろの扉からヴァイオリンを弾きながら登場するような演出をよくされるとか。そういった事を象徴するカタチで、ホール内を走る表紙の写真なのですね。

そうです。1708年製のピエトロ・グァルネリを片手に、ホールの内、外に限らず、いつも走り回っています(笑)。

先ほど、楽しそうにヴァイオリンを弾いていると仰って頂きましたが、私は本当にヴァイオリンを弾くのが好きで、ヴァイオリンを手にするとニコニコしてしまいます。

しかしヴァイオリニストは眉間にしわを寄せて、しかめっ面の深刻な表情で演奏するのが本格派。それこそが高尚なクラシック音楽に向き合う姿勢のようにおっしゃる方もまだまだ多いことが実情です。音楽には色々な要素があります。ウィンナワルツのような楽しい音楽も有れば、ショスタコーヴィチのような深刻な内容の音楽もある。人気のあるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の第3楽章のような爪先立ちで踊るような曲は、楽しそうに弾く方が自然だと思いますし、そういった音楽の多様性を伝えて行くのが演奏家の役目だと思います。この作品は何年に作られ、社会背景はこう…といった事は、演奏家自身が勉強しておくのが当たり前で、その先にある音楽を目指さないと聴き手に内容が伝わりません。この奏者はこういう経歴で…というような情報の先入観なく音楽に触れていただき、 ‘音の学問’ではなく、感性豊かに‘音を楽しむ ’お客さまが増えて欲しいですね。

――以前からソリストとして演奏されている傍ら、長年コンサートマスターとしても活動されて来られました。ソリストとして十分顔も売れて、有名になられても尚、コンサートマスターにこだわって活動されたのはどうしてでしょうか。

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団で13年間、東京交響楽団では21年間、2007年からはソロ・コンサートマスターを務めさせて頂きました。オーケストラは社会の縮図です。色々と難しいことも多いですが、ソロ活動なら自分の好きなようにやれてしまう。オーケストラで指揮者から、こうして欲しいと言われれば、自分と違う意見でも取り敢えずやってみる。すると、意外とこれでも行けるかも! いや、もしかしたら、そういう部分を入れた方が良いかもしれない! と思わせてくれる、そんな解釈を色々と教えて頂きました。こういった事はとても勉強になりました。

愛用のヴァイオリンは1708年製のピエトロ・グァルネリ。なんと誕生から今年が310年! (C)Masashige Ogata

愛用のヴァイオリンは1708年製のピエトロ・グァルネリ。なんと誕生から今年が310年! (C)Masashige Ogata

――その代わり、ダメな指揮者だとオーケストラのメンバーは誰も指揮者を見ずにコンサートマスターを見て自動演奏が始まる。

本当に色々な事が起こります(笑)。

後もう一つ。コンサートマスターは好き嫌いを問わず、色々な曲を弾かなければいけません。バッハ以前の曲から現代曲まで……。自分一人なら好きな曲、弾きたい曲を選んで演奏しますよね。これは勉強になりましたね。

それと、例えばベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。この曲は譜面づらはそれほど難しくないのですが、何しろ奥が深い。私自身、若いころは、恐れ多くて自分がまだ手を出すべき曲ではないと思って来ましたが、オーケストラでベートーヴェンの「荘厳ミサ」を弾くようになって、あの有名なソロを弾いてみてハッとしたのです。天国への階段を登るようにさえ感じるこのソロを弾いていて、この音型はヴァイオリン協奏曲にも通じるものが有ると思い、目から鱗、だんだん判って来ました。交響曲もたくさん弾いて来て、これならベートーヴェンもコンチェルトを弾く事を許してくれるだろうと思えるようになりました。

チャイコフスキーのコンチェルトもそうです。この曲はチャイコフスキーの数あるバレエ音楽をオーケストラで弾き、独特な音型を実感してこそ弾き方がわかるようになるのではないでしょうか。

――なるほど、確かにオーケストラのコンサートマスターでないと弾けない曲も沢山ありますよね。マタイ受難曲のソロもそうですし、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」なんかもそうですね。

「英雄の生涯」! もうコンサートマスターをするつもりはありませんが、「英雄の生涯」が弾けるならコンマスをやってもいい(笑)! それほどこの曲は好きですね。というか、リヒャルト・シュトラウスはすべて大好きですが、やはりリヒャルトといえば何と言ってもカルロス・クライバーとウィーンフィルの「ばらの騎士」が大好きです。これぞリヒャルト! 彼のヴァイオリン・ソナタは、「ばらの騎士」より前に書かれていますが、天才は自我が確立しているのでしょうか。後で書いた交響詩のエッセンスがソナタには入っている。この曲、自分の生徒さんに教えていて、ベートーヴェンのように弾かれても、何が違うのかを言葉で言うのは難しいですね。あの様式感は、オーケストラの中で何曲も彼の交響詩を弾いていないと、実際のところ分からないと思います。

モーツァルトのコンチェルトは、オーケストラで彼のオペラを弾いていないと無理です。私のレッスンでは、モーツァルトのコンチェルトはオペラの場面の中で、メロディを会話に乗せて弾く。会話にすると、メロディに表情が付いて伝わりやすいのです。

オーケストラのコンサートマスターをずっとやらせて頂いた事で、音楽人生の財産、引き出しのようなものが出来ました。

――コンサートマスターの経験が随分ソリストとして活動していく上で役に立つ事はよくわかりました。そんな大谷さんの弾くヴァイオリン協奏曲をこれでもか! と堪能できる演奏会があるようですね。

そうなんです。実は2015年のデビュー40周年の時に、4曲のヴァイオリンコンチェルトを弾きました。ヴィヴァルディのイ短調作品3の6のコンチェルトから始まり、メンデルスゾーン、プロコフィエフ第1番、そしてブルッフの第1番のコンチェルトで、「前代未聞の快挙」とメディアでも取り上げていただきました。しかし、今回はそんなもんじゃありません(笑)。プロコフィエフのコンチェルトをサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」に変えたプログラムを、1日で2公演行います。私は何十時間でもヴァイオリンを弾き続けていたいといつも思っているので周囲の方がご心配されるような不安はありませんが、実際にはどこまでやれるのか、自分でも楽しみです。

指揮は新進気鋭の原田慶太楼さんで、オーケストラは大阪交響楽団。会場はザ・シンフォニーホールです。

 
ヴァイオリンの魅力を堪能できる演奏会は、大阪交響楽団の第104回名曲コンサート。 (C)飯島隆

ヴァイオリンの魅力を堪能できる演奏会は、大阪交響楽団の第104回名曲コンサート。 (C)飯島隆

――もしかすると大谷さんの事なので、アンコールはヴァイオリンを弾きながら、客席の後ろから登場されるつもりなのでは(笑)?

さて、それはどうでしょうか。当日のお楽しみという事で(笑)。

――演奏される4曲の聴きどころを簡単にお願いします。

1曲目のヴィヴァルディのコンチェルトは、ヴァイオリンを手にしたことがある人なら、きっと演奏した事がある思い出の曲ではないでしょうか。もちろん名曲です。懐かしくお聴き頂きたいですね。

2曲目は、ご存知メンデルスゾーン。皆さま、もうすっかりおなじみのコンチェルトだと思います。第1楽章の冒頭部分を立派な感じで弾く人が多いですね。オーケストラの強弱記号はPです。実はこの曲、メンデルスゾーンによって書き換えられて、今の冒頭のメロディになっています。彼の人生が現れていると云いますか、行こうか、戻ろうか、迷いもあって…タンタターン! 私はこう行こう! 繊細に心が揺れ動いて決まる。出だしから注目してください。

3曲目は私の大好きな曲、ブルッフのコンチェルト第1番です。やはり聴きどころは第2楽章でしょうか。ブラームスやリヒャルト・シュトラウスをはじめ、多くの作曲家がお手本にしています。「アルプス交響曲」との共通点は有名ですよね。

メンデルスゾーンもブルッフも、キングレコードからCDが発売されています。是非、聴いてみて下さい!

最後の曲は、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」です。即興的な曲で、お客様の熱気やホールの響き、その時の気分で全く演奏が変わる曲です。そのあたりも含めて楽しんでください。この曲は今までに3,700回くらい演奏しています。いつ演奏しても、新鮮に感じられる曲です。

このプログラム、ヴァイオリンとオーケストラがどういう風に対峙して、協調したり時には反駁したり、互いを際立たせたりといった、やり取りが良くわかると思います。ヴァイオリン協奏曲の面白さや醍醐味をぜひ堪能し、元気になって頂きたいですね。

――最後に読者の皆さまへメッセージをお願いします。

生活の中に音楽が根付くような活動をこれからも続けていきます! (C)H.isojima

生活の中に音楽が根付くような活動をこれからも続けていきます! (C)H.isojima

私はこれまでの音楽人生の中で、大好きなヴァイオリンと共にさまざまなことをさせていただき、本当に恵まれていると思います。これまでもそうだったように、やはりこれからも走り続けていくと思います。一人でも多くの人に音楽の素晴らしさをわかっていただけるように、生活の中に音楽が根付くような活動をしていきたいと思っています。どうぞこれからもよろしくお願い致します。

取材・文=磯島浩彰

公演情報

 大阪交響楽団 第104回名曲コンサート
~ドイツ・ヴァイオリン協奏曲の系譜~
▮日時:9月29日(土)
<昼の部>13時半開演(12時半開場)
<夜の部>17時  開演(16時開場)
▮会場:ザ・シンフォニーホール
▮指揮:原田慶太楼
▮独奏:大谷康子(ヴァイオリン)
▮曲目:
ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲 イ短調RV356作品3-6(合奏協奏曲集「調和の霊感」作品3より 第6番)
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲 第1番
サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
▮料金:S席3500円、A席3000円、B席1500円(※B席は楽団WEB前売限定。当日券の販売なし)
▮公式サイト:http://sym.jp/
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