気鋭の観世流能楽師「三人の会」と奥秀太郎、若手日本舞踊家が語る『3D 能 エクストリーム』での伝統と革新
能面型3Dメガネをつけた出演者。左から川口晃平、花柳まり草、坂口貴信、谷本健吾
11月28日より東京芸術劇場にて上演する能×3D映像演出の最新作『3D 能 エクストリーム』。2017年にGINZA SIX観世能楽堂、2018年にヴェルサイユ内オペラハウスなどで上演された際は、観客が能面型3Dメガネで鑑賞するキャッチーな光景が話題を呼んだ。伝統的な能と3D映像を組み合わせる新たな試みを、出演する観世流能楽師「三人の会」の坂口貴信、谷本健吾、川口晃平と、ゲスト出演の日本舞踊家花柳まり草、演出を務める映画監督奥秀太郎に語ってもらった。
3D能と言われてもさっぱりわからなかった
——3D能は昨年初めて観世能楽堂で上演されました。その後明治大学、パリ公演を経て今回の「エクストリーム3D能」に至るわけですが、演者としてずっと携わってきた坂口貴信さんはこの試みにどんな印象をお持ちですか。
坂口:去年初めて3D能のお話をいただいたときは、どういう世界観になるかさっぱりわからなかったんですが、基本的に能というもののエッセンスを壊さずに、よりわかりやすくするということがわかってきました。元の作品を中身は変えずにコンパクトにした形で、3D映像の演出を加えることで、充実した内容にしていこうとして取り組んでいます。
谷本:私も、3D能と言われてもどんなものなのか何も思い浮かばなかったんです。お弟子さんに、どんなものですかと言われても解説できない(笑)。今はまだ実際の舞台に立ち会っていないので未知の領域としか言えません。映像で見る限り、自分がやるにあたっていったいどうなるのか不安もいっぱいです。すでに素材の録音には参加して、映像の撮影にも立ち会ったんですけど、それがどう組み合わさって、自分たちが舞っているバックがどうなっているのかまったくわからない。手探りの状態で不安もたくさんあるけど楽しみもあります。
坂口:バックがどうなっているかは何度やってもわからないですよ(笑)。上演中、舞台袖の小さなモニターに映っているのをチラッと見て、こんなになっているんだ! って感じ。
川口:私自身はヴァーチャルリアリティ(VR)や3Dという映像技術に対して個人的な興味は持っています。映画でも3D上映のものを楽しんで見ますし。ただ、それが能と組み合わさった時どうなるかとか、その中で演技するというのがちょっと想像できない。面をつけているときの役者の視界はものすごく狭いので、そこに映像の光が入ってくるのは怖いなという気はします。
——能の世界にとってはかなり斬新な試みだと思うんですが、若手の役者の皆さんとしてはこの新しさをどう捉えていらっしゃいますか。
坂口:スタンスとしては、能の伝統的なスタイルを、自分から積極的に壊していく必要性は感じません。ただ今回のお話のように時代に合う形で望まれるのであれば、許される範囲でやっていきたいというのはみんな思っているでしょうね。3D能が良い結果と出るか、悪い結果と出るかはわかりませんが、良い結果を出す為にチャレンジをする必要性は大いに感じます。
川口:能とは元々かなりシンプルでソリッドな削られた世界なんです。舞台装置も簡素そのものですし、謡と舞と囃子のみで表現していくわけですから。だから、実は昔は観ている人の頭の中で、シテやワキの演技や謡、地謡、お囃子の音も含めて3Dの世界のように、イメージを立体的にふくらませながら楽しんでいたものだと思うんです。現代ではその過程を必要とすることが「わかりにくさ」と取られているけれど、今の技術を使ってその肉づけの作業をしてしまうのが3D能じゃないかと思っています。現代における能はこう見ることができると提示できるきっかけになるイベントになればいいと思いました。
映像で能の世界に
——奥監督は、これまで映画、舞台とさまざまな映像の試みをしてきましたが、今回「エクストリーム3D能」としてどんな新しい試みを考えていますか?
奥:僕自身、和の世界の人とやらせていただく機会が多かったんです。書道の武田双雲さんとか三味線の吉田兄弟の演出をさせていただいたり、野田秀樹さんのつながりで歌舞伎の勘三郎さんと旧歌舞伎座でご一緒したり、映像だと志の輔さんを撮らせていただく機会もあった流れの中で、能が一番敷居の高いイメージがありました。個人的には能にものすごく興味があったし、同世代の舞台人とも能はいいよねと話していましたし、実際に舞台を拝見する機会もあり、いつか何かご一緒したいと思っていたら、宮本亜門さんと観世会の土屋さんのご縁があって、お話をいただいたんです。最初はプロジェクション・マッピングをやる話も出ていたんですけれども、マッピングは舞台で既にたくさんやってるし、いっそのこと3Dでやろうじゃないかと提案させていただきました。ちょうどその頃、僕自身が「攻殻機動隊」の舞台版で明治大学の福地先生と、お客さんみんなに3Dメガネをかけて見ていただく舞台を作った直後だったこともあり、3Dで幽玄の世界、トランスの世界を作りたいと思いました。前回まではアニメーションを使って省略した部分の説明をしていたんですが、最新バージョンでは、さらに突き詰めて、登場人物を能楽師の方に演じていただいて3D映像で出すことをやりたい。一歩ずつ、能の世界を崩さないで、より花を添えられるか、試行錯誤の連続です。
——新作の「葵上」では、女性の日本舞踊家の花柳まり草さんが、舞と演技で登場されますね。
奥:「葵上」では舞台の前の方に脱ぎ捨てられた衣装があるんですが、どうしてそうなったかというところをまり草さんに演じていただけたらなと。イタリア人の日本研究者にして現代音楽のミュージシャンであるグループに、新しく音楽も作ってもらって舞っていただくことを考えています。
まり草:最初にお話をいただいた時は本当にびっくりしました。3Dと能という、一番最先端のものと古いものが融合するのは、素晴らしい試みだと思ったんです。でもそこにどういう関わり方をすればいいのか、女性である自分がお能の舞台に上がって、しかも面もつけずに生身の状態で日本舞踊を踊るというのは想像できなかったです。奥監督の頭の中では、色々と構想がおありだと思いますので、意見を交換しつつ、新しい世界を作るお手伝いが出来ればと思っております。
VJ感覚で毎回違う舞台が実現!?
——いろいろな新しい試みが組み込まれる3D能ですが、伝統的な能と3D能の一番違うところはどこですか?
坂口:先ほど川口さんもおっしゃっていたように、シンプルな何もないところからお客様が自由に見立てて想像していくところが能の本来の醍醐味だと思っているんですが、3D能はそこを映像で見せてしまうんですね。能に馴染んでいて想像できる人にとっては邪魔になるかもしれない。いかようにでも想像できる部分を映像で固定化してしまうと、小説を実写化するのと同じで自分のイメージと違うところが出てくるでしょう。逆にまだ想像するやり方がわからない、知らないという人にとってはいいと思います。能を見るつもりで来ると違う、初めて能を見る人に見に来て欲しいと初演の時に言ったのはそういうことです。
谷本:能は同じ演目でも、演者によって、あるいはその時の掛け合いによって、全然違ってくるものです。同じことをやっているのにものすごく長くかかる時もあればあっさり終わる時もあって、それぞれの面白さがあり、お客さんはそれを見出して楽しんでくださるんです。3D能は録音した素材や映像の中で、尺が決まった状態で、私たち演者が謡って舞うことになるので、そこが一番の違いじゃないかと思います。
川口:DJやVJの人がやっているみたいに、音や映像をその場で少しずつ足したり、変えたりしながら、私たちの生の声や演技に合わせて出すことができるのであれば、通常の能でも3D能の演出を取り入れて、新しい進化したものが作れるんじゃないかと思うんですが。
奥:実はそれに近いことを考えているんです。今回映像はかなりブラッシュアップして、演者の方の所作に反応して映像の桜が散るとか、光や炎、紅葉なども所作と連動したふわっとした動きを演出できたらと画策中です。福地先生の映像のエフェクトも含めて、毎回同じものはないと言ってもいいくらいです。ぜひいろいろな形で見て楽しんでもらえたらと思います。
川口:そういった新しい試みが、若い世代に面白がってもらえて、新しい観客層の開拓につながればいいと思います。
坂口:3D能を見て、能って面白いと興味を持ってくれた若い人が、伝統的な能を見に来てくれるようになったら、それが一番嬉しいですね。
公演に先立ち、11月10日(土)に夜7時より国立能楽堂にて『3D能事前講座』を開催。出演能楽師の坂口貴信、川口晃平、演出の奥秀太郎らが講師を務め、『3D能』の説明や、映像と能楽師の舞のコラボレーションを実演予定だ。上演演目の解説も行われるため、能初心者も内容を理解した上で公演をより楽しめる内容となっている。申込み・問い合わせは3D能エクストリーム製作委員会まで。
取材・文=神田法子(ライター)
公演情報
■ゲスト(12/2のみ):立川志の八 花柳まり草 演奏=ヤミクラエ( Yami Kurae - Jacopo Bortolussi & Matteo Polato )
■演出:奥秀太郎
■映像技術:福地健太郎
■脇(録音):大日方寛
■囃子(録音):笛=熊本俊太郎、小鼓=飯田清一、大鼓=亀井広忠、太鼓=林雄一郎
■企画制作:3D 能 製作委員会
■協力:Panasonic 明治大学
■お問い合わせ Tell: 050-7128-8730/Mail: info.3dnoh@gmail.com