聖地転変 〜あのとき『らき☆すた』と鷲宮と埼玉県に起こったこと〜 Vol.1

コラム
アニメ/ゲーム
2018.11.5
在りし日の鷲宮神社。 撮影:柿崎俊道

在りし日の鷲宮神社。 撮影:柿崎俊道

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実在する場所がアニメの舞台になり、そこにアニメファンが訪れる。そしてアニメの舞台になった場所、地域がアニメファンを迎え入れることで、地域が活性化されるということが当たり前になってきている。

そんなアニメファンがアニメの舞台になった場所を訪れることを「聖地巡礼」と呼び、その言葉の生みの親である聖地巡礼プロデューサー・柿崎俊道氏によるアニメファンとアニメの“聖地”になった地域との関わり方を問うコラム連載がスタートする。アニメファンの想い、“聖地”となった地域の人々の想いに直に触れたきた柿崎氏が語る、聖地巡礼の走りとも言える『らき☆すた』と鷲宮の問題とは?

第一回 聖地の消失

鷲宮神社の鳥居が崩れた……?

埼玉県久喜市鷲宮にある鷲宮神社は関東最古の大社として知られている。東武伊勢崎線鷲宮駅から10分ほど歩く。

アニメ聖地巡礼・コンテンツツーリズムに携わる者なら、鷲宮神社の名前を知らない人間はいない。アニメ『らき☆すた』のオープニング映像に登場して以来、多くのアニメファンや自治体、観光業の関係者が訪れる場所となっている。アニメで描かれたのは、鷲宮神社の鳥居と古民家(大酉茶屋)、そして、主人公のひとり「柊かがみ」という少女がステップを踏みながら歩く姿だ。この1カットこそが、鷲宮神社と鷲宮という地域のアニメ聖地巡礼・コンテンツツーリズムの発端である。アニメ『らき☆すた』が放送されて、昨年でちょうど10年となった。正月三が日では40万を超える人々が鷲宮神社に初詣に並ぶ。2017年9月に開催される地域のお祭り「土師祭(はじさい)」には7万人が訪れた。

ファンが集まるのは地域行事だけではない。毎年、行われる『らき☆すた』のイベント「柊姉妹誕生日会」では、会場となった久喜市鷲宮公民館に数百人のファンが集まる。そのなかには原作マンガの著者美水かがみ氏の姿もある。

アニメファン向けには『らき☆すた』以外のイベントも盛んだ。「オタ野球部」と名付けられたファンと地域の住人が行う部活動をはじめとして、バーベキューや芋掘りが行われたり、過去には婚活も行われた。

放送から10年以上を経ても、『らき☆すた』ファンと作品の制作側、そして地域の良好な関係は変わることがないように見えた。

2018年8月11日土曜日。その日はコミケ2日目にあたり、僕は会場に向かうりんかい線(東京臨海高速鉄道)の車中にいた。
ツイッターで流れてきた呟きに目を疑う。

鳥居が崩れ落ちる。

ファンのひとりが写真とともに鷲宮神社の状況を伝えていた。

僕は「聖地会議」という聖地巡礼とコンテンツツーリズムのキーマンと語る対談集を発行している。この夏は企業ブース「ご当地アニメ・マンガサミット」の一角で対談集を販売していた。コミケ2日目はサークルをいくつか見て回り、帰りの電車が混まない内に早々に撤収するつもりだった。

しかし、それどころではない。

神社の鳥居が崩れるなんて話は聞いたことがないし、それが寄りにも寄って聖地巡礼のシンボルである鷲宮神社で起きたのだ。コミケの会場であるビッグサイトに到着し用事を済ませると、埼玉県久喜市鷲宮を目指した。

鷲宮神社の参道には十数名の人だかりができていた。

水色にカラーリングされた小型油圧ショベルが散乱した木片をかき集め、トラックの荷台へ乗せる。アームの先端にはグラップルと呼ばれる、対象物をくわえて移動させるアタッチメントが取り付けられている。

集まった人々は言葉少なに、その様子を眺めていた。そのなかには鷲宮のイベントでよく見かける『らき☆すた』ファンの姿もある。スーツ姿の男とラフな格好をした男の二人組が、集まった人間に声をかけていた。地元新聞の記者だろう。

神社の関係者と思しき作務衣姿の男性は周囲から崩れたときの様子を聞かれるたびに、簡潔に説明していた。

「10時過ぎに鳥居をくぐったら、轟音がしたんだ。振り返ったら鳥居が崩れていた」

知人らしい人物は、その男性に何事もなかったことをしきりに感心していた。

「ほら、あそこが腐ってたんだな」

誰かが口にし、左側の柱の付け根を指し示す。木造の柱がコンクリート製の藁座に収まる形で固定されていた。その付け根が腐り落ち、大きな穴がぽっかりと空いた。そこが折れた。なかには蜂の巣があったそうで、ずい分前から腐っていたことを想像させる。

被害者が出なかったことは幸いだった。しかし、ひしゃげた笠木、くだけた柱を目にするのは胸が痛む。
作務衣の男性が「明治からある鳥居だ。古いからな」と言い残し、社務所に向かって去った。

アニメの聖地はある日、消える。

鳥居が崩れるところは初めて目にしたが、アニメの舞台が消え去ることは頻繁に起きる。
新世紀エヴァンゲリオン』に登場した小田急線箱根湯本駅は改築し、テレビシリーズに登場したときの姿を保っていない。
『涼宮ハルヒの憂鬱』でキョンたちが待ち合わせに利用した駅前広場は地下駐輪場を作るため、改築された。
天地無用!』に登場した太老神社の賽銭箱は盗まれて姿を消した。(その後、有志が費用を出し、賽銭箱は新しく設置された)
『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』の主人公たちが利用した西武秩父駅はリニューアルされ、2017年3月「西武秩父駅前温泉 祭の湯」がオープンした。改札内外のコンコースも整備され、ずいぶん華やかになった。しかし、作品に登場した西武秩父駅の姿は失われた。
『らき☆すた』でもオープニングに登場した幸手市の花屋は駐車場になったし、主人公のひとりである泉こなたが踊っていた田んぼの一部は耕作放棄地となっている。

聖地巡礼に訪れるアニメファンは作品に登場した場所を探し当て、撮影することを目的にすることが多い。熱心なファンの間ではそうした行為を「カット回収」と呼ぶ。アニメの背景の場所を特定し、アニメ制作者が立っていたであろう地点に同じように立ち、カメラを向ける。1カットずつ丹念に撮影していく行為は、まさに「回収」という言葉がふさわしい。(アニメ制作現場で使われる「カット回収」とは違うため、注意が必要)

カット回収をする彼らのなかにはアニメが放送される前から現地に行く者もいる。アニメ誌に掲載される新作アニメの紹介記事やYouTubeにアップされた予告映像からヒントを得て、舞台のモデルになった場所を見つけ、撮影をするのだ。ちょっとしたゲームのような楽しみがそこにはある。

しかし、地域はアニメの舞台のために存在しているわけではない。聖地の姿が変わってしまうことは仕方がない面はあるが、こうしたファンの行動を考えると、聖地が消えることは残念としか言いようがない。

鳥居が崩れ、撤去作業。柱を抜こうとしている。撮影:柿崎俊道

鳥居が崩れ、撤去作業。柱を抜こうとしている。撮影:柿崎俊道


崩落した鳥居の撤去作業はいよいよ佳境だ。藁座に埋まっている柱の付け根をグラップルがはさみ、引き抜く。
全員の視線が柱に向かう。二人組の取材記者も無言でその様子を見守っていた。

角度が悪かった。
重機はグラップルを開いた。
ドスン、という鈍い音を立てて、付け根は元の場所に戻った。
ため息のような声が皆から漏れる。

鷲宮神社の鳥居が崩れたことは不幸な事故である。管理に不首尾があったのかどうかはこれから問われることだろう。
一方で無残にも砕けた鳥居と、その先にある灯籠が並ぶ参道を見る僕には、別の光景が浮かんでいた。

それはちょうど1年前、2017年9月3日の鷲宮神社だ。参道の灯籠ひとつひとつにある張り紙が貼ってあった。
そこにはこう書かれていた。

「境内でのコスプレの写真撮影はご遠慮願います。」

<つづく>

 

コスプレ撮影禁止の張り紙。撮影:柿崎俊道

コスプレ撮影禁止の張り紙。撮影:柿崎俊道


 

鳥居が崩れた現場、遠景。『らき☆すた』のオープニングに近いカメラワーク。 撮影:柿崎俊道

鳥居が崩れた現場、遠景。『らき☆すた』のオープニングに近いカメラワーク。 撮影:柿崎俊道


 

柿崎俊道

聖地巡礼プロデューサー。株式会社聖地会議 代表取締役。

主な著書に『聖地会議』シリーズ(2015年より刊行)『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』(2005年刊行)。

埼玉県アニメイベント「アニ玉祭」をはじめとした地域発イベント企画やオリジナルグッズ開発、WEB展開などをプロデュース。聖地巡礼・コンテンツツーリズムのキーマンと対談をする『聖地会議』シリーズを発行。イベント主催として『アニメ聖地巡礼“本”即売会』、『ご当地コスプレ写真展&カピバラ写真展』、聖地巡礼セミナーなどを開催している。

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