劇団新派の取材会レポート! 泉鏡花の悲恋物『日本橋』に喜多村緑郎、河合雪之丞、高橋惠子らが挑む
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2019年1月2日(水)より日本橋・三越劇場で上演される、劇団新派の初春花形公演『日本橋』の制作発表取材会が行われた。
『日本橋』は、大正3年に発表された泉鏡花の小説を原作に、大正4年、鏡花自らの手で戯曲化され初演された。以来、劇団新派のレパートリーとして名だたる名優たちにより上演が重ねられてきた。会見には、演出の齋藤雅文、出演者の喜多村緑郎、河合雪之丞、河合宥季、田口守、そして勝野洋、高橋惠子が登壇した。
美しい物語に仕上げたい
演出の齋藤は、『日本橋』が劇団新派にとって大切な作品であることに触れた上で、「日本の近代演劇においてこんなに美しくロマンティックな、しかも100年近く前の作品でありながら、歌舞伎以外で商業演劇として成立する作品は他にないのではないでしょうか。台詞の美しさをさらに磨き上げ、美しい物語に仕上げたい」と意気込む。
会場となる三越劇場は、「日本の文化の粋を集めた美しい劇場」「日本が西洋演劇を導入して以降の宝物のような劇場」であり、台詞劇に適した空間だと齋藤はいう。本公演の演出プランとして、客席の中央に花道が敷かれることも明かされた。
「そこでお孝が物狂いをすることもありえますし、葛木や清葉がそこで出会うこともあるでしょう」「真ん中の通路をはさみ、2~3列ずつをつぶして、第3の舞台のような使い方ができればと思います」
『日本橋』は俳優人生のターニング・ポイント
喜多村緑郎にとって、2011年(当時、市川段治郎)以来、2度目の葛木晋三役。新派に入団してからは、初の『日本橋』だ。
「これぞ新派。THE・新派と言える『日本橋』を上演できること嬉しく思います。喜多村緑郎としては初めての葛木役。原点に立ち返り、新派というもの、そして喜多村緑郎という名前を継いだ自分を見つめ直し、しっかり取り組みたい。僕も雪之丞も燃えています」
喜多村にとって『日本橋』は、人生のターニングといえる作品なのだそう。初めて葛木役を務めた2011年、演出を手がける予定だった戌井市郎に「段治郎君にやってもらいたいものがある」「葛木は、あなたのニンにあっている」という言葉をかけられたという。しかし、戌井はその稽古期間中に急逝し、齋藤がメインの演出を引き継ぐことになる。
「僕はずっと猿翁の芝居の作り方が非常に好きで、その舞台に立った時のお客様の反応に、役者として、人生の喜びを感じていました。しかし師匠(猿翁)が2003年に脳梗塞で倒れ、表舞台に立つ機会が少なくなりました。その後、僕は多方面の座組に出演させていただく機会をいただき、それぞれの座組の新作歌舞伎の作り方をみる中で、個人的な感覚として、少し作り方が甘いと感じるところもあり、もやもやとした思いを抱えていました。そのような中で、2011年の『日本橋』を齋藤さんの演出でやらせていただくことになりました。齋藤さんの演出は、戌井先生の美に対する精神を新しいものにし、かといって奇をてらったものではなく、歌舞伎と同じように、根底には温故知新というような演出。そのような演出に巡り合えたのは、旦那(猿翁)が倒れて以来、初めてのことでした。2011年の『日本橋』は、自分の人生の中でターニングポイントとなりました」
左から、河合宥季、田口守、河合雪之丞、喜多村緑郎
今までにない気合で挑みます
河合雪之丞は、初役でお孝に挑む。雪之丞にとって、本作は、新派の素晴らしさを知るきっかけとなった演目であるという。
「昭和62年2月の新橋演舞場で、玉三郎さんの『日本橋』を客席から拝見しました。こんなに素晴らしい作品を観られて、心から幸せだと思った記憶があります。当時はまだ17歳で、歌舞伎の世界におりましたから、『この役をやってみたい』と思ったわけではありませんでしたが、なんとなくお風呂場で、稲葉家のお孝の台詞を口ずさんでみたり」「そのくらい台詞がすーっと心の中に入ってくる。泉鏡花ならではの、日本語の美しさがある作品。美しい日本語が、美しい形で描き上げられています」
「そのうちに、自主公演でもいいからいつかやってみたいと思うようになり、今回は念願が叶いまして、ありがたい限りです。今までにない気合で『日本橋』という舞台に挑みます」
さらに、旧知の中の喜多村と、三回目の清葉役となる高橋惠子とともに共演できることに心強さを感じていると語り、「(高橋を)本当のおねえさんのように胸をかり、一生懸命つとめさせていただきます」と笑顔で語る。
情熱的に演じたい
田口守は、二度目の五十嵐伝吾役で出演。
「『日本橋』は、大先輩方が築き上げてきた作品です。それを壊さないよう、恥じないようにと、身の引き締まる思いです。それにも増して齋藤先生が、今回は特に美しい物語にされたいと。ちょっと気が引けますが、美しくなるようがんばります!」
お孝に異常なまでに執着する伝吾については、「現代でいえば、ストーカーです。しかし情念といいますか、家族を捨ててまで、純粋に一人の女を追いかけてしまった可哀そうな男でもあります。情熱的に演じたいです」と語った。
ふわぁっとした華憐な風情を目指して
河合宥季は、お千世役。女方のお千世は、1951(昭和26)年の大矢英雄以来、62年ぶりの女方だ。配役を知った時は、驚きでしかなかったという。
「初春から、このような大役をつとめさせて頂けることは誠に嬉しく、 また身の引き締まる思いでいっぱいです。 師匠・雪之丞と共に、女方でつとめさせていただけることも、嬉しく思います。二人っきりで幕をきる場面もございます。嬉しさも半分。古典を勉強させていただく恐さも半分。未熟者ではありますが一生懸命勤めさせていただきます」
資料を探し、研究をする中で「花柳章太郎先生の独特なふわぁっとした華憐な風情を」と抱負を語る。
全身全霊をかけて挑みたい
滝の家清葉役の高橋惠子は、三度目のキャスティングに深い感謝の言葉を述べた。
「この作品には日本語の美しさ、日本人ならではのものが、ふんだんに織り込まれています。難しい役で、今まで二度演じさせていただいても、まだまだ『出来た』というところまでいっておりません」
「葛木さんと言えば顔が思い浮かぶ、喜多村緑郎さんと、またご一緒できることを嬉しく思います。男性ばかりに囲まれるの(座組)も、何年ぶりだろうという感じですが(笑)、お二人(雪之丞、宥季)は女方でいらっしゃいますし、今までにない『日本橋』ができあがるのではないでしょうか。全身全霊をかけて挑みたいと思います」
清葉の人物像について記者から質問があがると、高橋は原作小説のエピソードに触れ、「夏の暑い日、路地を歩いていると、向こうから人がくる。清葉は、その人が涼しい日陰を歩けるようにと、道を譲ります。そこまでサラリと相手を思いやれる女性」と紹介した。
お孝と清葉の関係については、「清葉にとって、もっとあんな風にしたい(けれどできない)存在」「表と裏のような存在ではないか」と語る。同時に、表面的には対照的だが「同じ芸者でもあり、誰よりも分かり合える部分をもっている」「清葉にとって、お孝はもう一人の自分。他人ごとではない、というように演じている」とコメントした。
左から、高橋惠子、勝野洋、齋藤雅文(演出)
感謝の気持ちで、ここにいます
勝野洋は、2015年『寒菊寒牡丹』以来、二度目の新派公演となる。本作では、笠原巡査役。「ちょっとぶっきらぼうな、私とは全然ちがう役ですが」と、冗談めかしたコメントで切り出し場を和ませつつ、「凄いところにきたなという気がいたします」と共演者たちに顔を向ける。
「(新派の世界観に)私はあうのかな? と不安もありました。前回の新派公演では、水谷八重子先生や波乃久里子さんと、自分の人生で縁のなかったくらい貴重な先輩方とご一緒させていただきました。今回も、なぜ声をかけていただけたのだろうという思いはありつつ、引き寄せていただいてありがとうございますという感謝の気持ちで、ここにおります」
意外にも、ひとつ「安心している」と明かしたのが、笠原巡査の方言まじりの台詞。勝野は熊本出身であることから、デビュー当時は九州なまりを隠すことに苦労したという。今回は、その雰囲気を出す役であることから「九州の人間でないと出せないものはあると思う。多分、私は立っているだけで九州(笑)」と笑顔を見せる。
純粋な魂の持ち主たちの人生模様
世代をこえ、いつの時代にも受け入れられる、泉鏡花の『日本橋』。その魅力は「実際にはいないようなピュアな魂」の登場人物たちによる「寓話的な物語」にあると、齋藤はいう。
「笠原信八郎のような無骨な登場人物さえ、純粋な魂の持ち主です。そのような人たちが、日本橋の上で出会い、別れることにより、転落する人、成功する人、狂気に陥る人、殺人を犯してしまう人、それを背負って生きていく人もいる。人生のさまざまなバリエーションをみせています。これは少年少女がみても、分からないなりに面白い。大人の童話のような受け方をするのではないでしょうか」
劇団新派の初春花形公演『日本橋』は、2019年1月2日(水)より25日(金)まで三越劇場での上演。新たな年のはじめのひと時、泉鏡花と新派、そして三越劇場が織りなす美しい物語に触れてみてはいかがだろうか。
公演情報
■会場:三越劇場
■原作:泉鏡花 演出:齋藤雅文
■出演:
喜多村緑郎、河合雪之丞、田口守、河合宥季/勝野洋、高橋惠子
大正のはじめ、日本橋には指折りの二人の名妓がいた。稲葉家お孝(河合雪之丞)と、瀧の家清葉(高橋惠子)である。しかしその性格は全く正反対で、清葉が品がよく内気なのに引き替え、お孝は達引の強い、意地が命の女だった。
一方、医学士葛木晋三(喜多村緑郎)には一人の姉がいたが、自分に似ている雛人形を形見として残し、行き方しれない諸国行脚の旅に出てしまった。その雛人形に似ている清葉に姉の俤を見て思いを寄せる葛木は、雛祭の翌日、七年越しの自分の気持ちを打ち明けた。しかし清葉は、ある事情から現在の旦那の他に男は持たないと誓った身のため、葛木の気持ちはよく分かりながらも拒んでしまう。
葛木は清葉と傷心の別れの後、雛祭に供えた栄螺と蛤を一石橋から放ったところを笠原巡査(勝野洋)に不審尋問される。そこへ現れたのはのお千世(河合宥季)を伴ったお孝であった。お孝の口添えで、葛木への疑惑は解け、二人は馴染みになった。彼女は清葉と葛木の関係を知りながら敢えて自ら進んで葛木に近づき身を任せようとしたが、これは清葉に対する意地であった。同時にお孝の家の二階には、やはり清葉との意地づくで関係を持った五十嵐伝吾(田口守)という男が住みついており……。
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