英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン ロイヤルバレエ『うたかたの恋』~世界史ファンやハプスブルクファンこそ必見
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(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
映画館で英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)のバレエやオペラが楽しめる英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2018/19が、いよいよ2019年12月7日(金)から始まる。開幕を飾る演目はケネス・マクミラン振り付けのバレエ『うたかたの恋』だ。ロイヤル・バレエならではの演劇性に富んだ、人間の深層心理まで深く掘り下げたこの作品は、主演のスティーブン・マックレーとサラ・ラムの濃密な演技共々、シーズン開幕を飾るにふさわしい舞台となっている。また19世紀末、ハプスブルク帝国を襲った悲劇を題材にとったこの作品は、世界史ファン、ハプスブルクファンにとっても見応え十分なドラマだ。
■映画やミュージカルでもおなじみの『うたかたの恋』
バレエ『うたかたの恋』はROHでの初演が1978年だ。物語は1889年、当時のオーストリア=ハンガリー帝国ルドルフ皇太子が、17歳の愛人マリー・ヴェッツェラと心中したマイヤーリンク事件を題材としたもの。1936年(シャルル・ボワイエ、ダニエル・ダリュー)や1968年(オマー・シャリフ、カトリーヌ・ドヌーヴ)の同名映画が有名だが、振付家のマクミランは1957年のアメリカの同名テレビ映画(オードリー・ヘプバーン、メル・ファーラー)にインスパイアされたという。日本ではやはり同名タイトルで宝塚歌劇団がミュージカルとして上演しているほか、事件を描いたミュージカル『ルドルフ 〜ザ・ラスト・キス〜』、そして何といってもルドルフの母親であるエリザベート皇后を主人公としたミュージカル『エリザベート』が非常に有名だ。
(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
このバレエで描かれるのは母エリザベート皇后の愛を得られず孤独のどん底で暮らし、父親フランツ・ヨーゼフとも反りが合わず、何人もの愛人との乱痴気騒ぎを繰り返し、麻薬に溺れて心を病んでいく青年ルドルフの、心の闇だ。「皇太子」という運命ゆえに政略結婚を強いられ、やはり政略結婚の犠牲であるはずの妻ステファニーをぞんざいに扱ってしまう負の連鎖は痛ましく、それがのちにマイヤーリンクの狩猟小屋での心中へと繋がる。ミュージカル『エリザベート』を観た方であれば、この物語に死の魅力に取り付かれたシシィとの共通点を感じるだろうし、シシィとルドルフが確かにとても似ている母子であると納得できる。
また3幕からなるこのバレエは一つのドラマを見るほどに濃厚だ。世界史ファンやハプスブルク帝国ファンならば、このマイヤーリンク事件により700年におよぶ帝国の斜陽の加速と、のちの大きな惨禍に繋がる流れを十分に感じられるに違いない。ルドルフが心中を望んでいた本来の恋人ミッツィ・カスパー、ルドルフにマリー・ヴェッツェラを紹介したことでエリザベート皇后に恨まれるラリック夫人など、登場人物や時代背景を知る歴史ファンなら大河ドラマを見るように、物語世界に入れるだろう。
(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
■マックレーがルドルフを熱演。ROHならではの人間ドラマ
ルドルフ皇太子を演じるのは、ロイヤル・バレエでも超絶技巧派として知られるマックレー。男性が主役となり、また踊りの技巧もさることながら、深い心理を表現して物語を牽引しなければならないルドルフは難役であり、しかしだからこそ男性ダンサーにとってはぜひ踊ってみたい憧れの役でもある。ROHシネマの幕間では、この役に挑むマックレーの意気込みも語られるので、そちらも注目だ。
(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
ラムが演じるマリー・ヴェッツェラは「死による恋の成就」というロマンティックな悲劇に夢を見る十代の娘の心理を、リアリティたっぷりに演じる。十代の娘だからこその恐れ知らずの挑発的な眼差しは、逆に背筋が寒くなるほどの迫力だ。
(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
幕間インタビューでマックレーが「ステファニーは本当に気の毒。彼女はかわいそうすぎる」と語った正妻ステファニーにはミーガン・グレース・ヒンキスが、ラリッシュ伯爵夫人にはラウラ・モレーラ、ミッツィ・カスパーにはマヤラ・マグリ、エリザベート皇后にはクリステン・マクナリーがそれぞれ配される。フランツ・ヨーゼフ1世を演じるギャリー・エイヴィスが、歴代皇帝の肖像画を眺めながらしみじみと歩くシーンは帝国の悲劇を感じさせ印象的。それぞれがそれぞれの思いで生き、だがその思いがかみ合わないからこそ生まれる悲劇を、舞台上のダンサー達は実に細やかに演じる。
(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
音楽はオーストリア=ハンガリー帝国にルーツを持つハンガリー人、フランツ・リスト。『ファウスト交響曲』や『メフィスト・ワルツ』第1番『村の居酒屋での踊り』、『超絶技巧練習曲』などから音楽を抜粋し、ランチベリーが見事に編曲している。夜会ではオペラ歌手によりリストの歌曲『我は別れゆく』が歌われるので、こちらも注目だ。
舞台上の登場人物隅々に至るまで、ROHならではの演劇性がいかんなく発揮された重厚な人間ドラマは、見ごたえ満点。バレエファンのみならず、世界史ファン、ハプスブルク家ファン、『エリザベート』ファンなど、この時代、この帝国、この一家、これらの人々に惹かれる方々にこそ、おすすめしたい作品である。
(c)-ROH,2017. Photographed by Alice Pennefather
文=西原朋未
上映情報
■公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/