安蘭けいインタビュー ひとすじ縄ではいかない串田演出の『Mann ist Mann(マン イスト マン)』に挑む
安蘭けい
宝塚歌劇団退団からまもなく10年、女優としてさまざまな挑戦を続けている安蘭けい。精力的に舞台に出演している彼女が、また一味違った魅力を見せてくれそうなのが、串田和美演出のブレヒト劇『Mann ist Mann(マン イスト マン)』だ。神奈川芸術劇場とまつもと市民芸術館による初めての共同プロデュースで、“冬のカーニバル”というサブタイトルがなんともわくわくする。歌あり、踊りあり、特別メニューの“食事付き”の席があったりする一方、物語はイギリスの植民地だったころの英軍隊内で繰り広げられる兵士たちのコミカルなやりとりから、人間とは何か、アイデンティティを問いかけるシビアな内容。ひとすじ縄ではいかない串田演出で彼女が演じるのは兵士たちを手玉にとる兵士食堂のおかみベグビック。
——安蘭さんは、串田さんとは『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』(2015、16)に続いて二回目になりますよね。串田さんはどんな演出家でしたか?
安蘭:素晴らしい実績をお持ちで、演出家の中でもベテランでいらっしゃいますから、最初は私の勝手なイメージで、固い印象の方なのかなと思い込んでいました。でも初めてお会いした瞬間から、とてもフランクでカジュアルでいらして、お稽古に入っても楽しく、優しい方でした。むしろ少年みたいな方で、本当に自由で、発想も豊かだし、こういった演出家さんもいらっしゃるんだという驚きもありました。
——驚いたというのどういう意味で?
安蘭:串田さんは演出家という立ち位置もあるけれど、俳優でもいらっしゃるじゃないですか。もちろん串田さんの中では、どんな舞台をつくり上げるか確固としたイメージはおありになると思うんですけど、そこにたどりつくために悩んでいることを隠そうとはしないんですよね。だから役者と一緒に迷われるんですね。そのことで逆に一緒につくっている感覚を強く感じました。
安蘭けい
——そして、来年1、2月には、『Mann ist Mann(マン イスト マン)』への出演が決まりました。
安蘭:うれしかったです。私でいいんでしょうかって。実はブレヒトの作品にはまったく触れたことがないんですよ。有名な『三文オペラ』を見たこともなくて。だから慌ててネットで調べたんです。今イプセンをやってますけど(『民衆の敵』)、イプセンのほうがずっと入りやすかった(笑)。
——ブレヒトはできれば触りたくないですよね。調べると異化効果とか教育劇とか難しい言葉が飛び込んできます(笑)。
安蘭:そうでしょう。それでなくても私は戯曲は読んでいるだけでは理解するのが難しくて、お稽古しながらつかんでいく方なんです。この戯曲を一読したときの印象は“正直者が馬鹿を見る”という感じかな。4人1組の兵士たちが、1人減ったために、無関係の男を本物の兵士に仕立てていく話−−とてもシンプルで、カタルシスを感じるような物語じゃないなって。しかもブレヒトは演劇的な実験をいろいろされていますよね? だから今回は、まず串田さんからブレヒトの作品について教えていただきたいし、それを知ることが戯曲の理解につながると思うんです。
でもね、串田さんって舞台に対して破壊的な感覚をお持ちですよね。ブレヒトと串田さんはそこが似ているのかな、と思います。人が持っている概念というか、固定観念を揺さぶって、その先に本質を見ようとしているところが似ている気がします。
——ちなみに安蘭さんはハードなストレートプレイなどにもチャレンジする中で、以前と役へのアプローチなど変わったところはありますか。
安蘭:昔は第一印象を大事にしていましたね。先ほども言ったように戯曲を読み込むのが苦手だから、お稽古に入ったときに「あれ、違った」ということがよくある。そういう意味では第一印象にしばられないように柔軟にいることを心がけています。あとは役をつくるときに、まったく自分の中にない場合もありますよね。そういうときは昔の映画などを見て、「この役者さんだったらどうするのかな?」ということを想像して役をつくるようになりました。なぜかと言えば宝塚の男役でしたから、女性役はどこか普段の自分に近かかったり、理解できる部分もある。それがやりやすいかと言えば逆に難しい場合もあって。だからこそ、別の役者さんが演じたらどうなるかなとか、遠回りになるけれどそういう作業をしてみるんです。自分を軸にしたアプローチだけだと同じことしかできないような気がするから。
安蘭けい
——『マン イスト マン』では兵士食堂の女主人役です。その印象は?
安蘭:百戦錬磨というか、さまざまな経験をされている感じがしますね。兵士たちさえも利用して生き延びるというか。日本でたとえるなら……海辺に近い、常連の漁師を相手に、やる気があるのかないのか、でも愛されている呑み屋の女主人かな(笑)。とにかく強さを感じますね。世の中のことを知りすぎているがゆえに斜に構え、悟りに入っているくらいの処世術を持っているような。
——今回はお芝居を上演中に飲食ができる席もあるというお話です。兵士食堂の女主人役は兵士たちにビールを振る舞う場面もありますから、お客さんとの絡みもあるかもしれませんね。
安蘭:お客さんに飲み物を振る舞ったりするのかもしれませんね。もう本当に私たちの想像を超えていくんだろうなあ、串田さんの演出。どんなお料理に?(スタッフに確認)。
スタッフ:特別メニューを考えています。お弁当ではなくて、お皿を並べて召し上がるようなお料理にする予定です。
安蘭:じゃあ給仕が役者さんだったりする可能性もあるわけですか?
スタッフ:その可能性はゼロではないかもしれません。串田さんのアイデアによるとシャンパンを注いだり……。
安蘭:へえー。シャンパンいいなぁ。おかわりとかはできないのかしら(笑)。面白いですね、きっと楽しくなりそう。でも元をたどれば歌舞伎もそうやって楽しむものですもんね。以前、『レディ・デイ』という孤高のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイが歌い語る一人芝居のミュージカルをやったことがあるんです。その準備でニューヨークでの公演を観に行ったのですが、会場がバーの設定で、前のほうはテーブル席でお酒を飲みながら鑑賞できるんです。ビリー役の女優さんがお客さんに絡みながらバーカウンターを行ったり来たり。まさにビリーもそうやってバーで歌っていた姿を演出で見せていて、すごく素敵な空間でした。演劇を見るというより、本当にビリー・ホリデイの歌を聴きに行ったような錯覚に陥るんです。今回も、お客さんもリラックスしながら観るうちに、ブレヒトの作品だったのかな?と後で気がつくといいな、と思います。色んな期待もあって楽しみですが、串田さんの頭の中がどうなっているか早くのぞいてみたいです(笑)。
私もディナーショーはやっていますが、こうしたキャバレー風のステージは初めて。私の周りでもこのような舞台をご覧になっているお客様は少ないと思いますし、なかなかこんな形のチャレンジは東京の劇場では味わえないと思うんです。ぜひ体験しにいらしてほしいですね。
安蘭けい
撮影:平岩亨 取材・文:いまいこういち