柿澤勇人「7年の集大成を見逃さないで」 『海辺のカフカ』5月凱旋公演

インタビュー
舞台
2019.3.18
柿澤勇人

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2012年初演、2014年~2015年の再演ではワールドツアーも行い、国内外問わず高い評価を受けている、村上春樹・原作、蜷川幸雄・演出の舞台『海辺のカフカ』が、2019年2月15日~23日にフランスで開催された日仏友好160年記念「ジャポニスム2018」の公式企画としてパリ・国立コリーヌ劇場で上演された。5月にはその凱旋公演が東京で開幕する。

初演からこの公演に出演している柿澤勇人に、終えたばかりのパリ公演の様子、そして東京公演に向けての意気込みを聞いた。

ーーパリ公演お疲れさまでした。現地の観客の反応はいかがでしたか。

すごく楽しんでくださったと思います。カーテンコールのとき、初めてお客さんの顔が見えたのですが、1列目の真ん中に座っている方が感極まって泣いていて、青い目に涙をいっぱいためている姿が強烈に印象的でした。他にも泣いているお客様が何人もいらっしゃって、ああ届いたんだな、と思いました。あの光景は忘れられないですね。

ーーフランスに行ったのは今回が初めてだったとうかがいました。

ヨーロッパは、この作品のワールドツアーで2015年に訪れたロンドン以外は行ったことがなかったんです。この時期は寒いとみんなから脅されていたんですけど、天気にも恵まれて、過ごしやすかったです。夜公演が多かったので、昼間の時間を使って観光したり、友達と会ったりと楽しみました

ーー座組のメンバーと一緒に散策されたり、仲の良い様子も伝わってきました。

この作品は7年やっているので、初演から出ている人たちとは、ニューヨークとかロンドンも一緒に行った仲間ですし、もうファミリーみたいな感覚です。

ーー柿澤さんは「カラス」役で2012年の初演からご出演されていて、初演から現在までをずっと見てきた一人です。この作品はどのように変わってきたと思いますか。

初演のときは、正直言って世界中で上演するような作品になるなんて思っていませんでした。海外で上演するには、確か3時間以内に収めないといけないとか、様々な決まりごとがあるんです。でも初演の頃は考えていなかったから、4時間超えの芝居だったんですよ。でも、海外のプロデューサーから上演のオファーが来た時に、時間的に削らなければならなかったので、そういう意味で単純に芝居がタイトになったという違いはあります。あとは、キャストが変わると芝居の色も変わりますから、初演版、再演版、そして今回、と全部で3パターンやれたのは勉強になりました。

柿澤勇人

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ーー演出の蜷川さんが亡くなられたことも一つの大きな変化だったと思います。柿澤さんにとって、蜷川さんの演出を受けた経験はどのような意味を持っているのでしょうか。

僕は、入り口はミュージカルですし、今もミュージカルをやっていますが、決してミュージカルばかりにはなりたくないと思っています。ミュージカルをやる上でも、芝居とは、演劇とは何なのか、ということを勉強しないと生き残っていけないと思っているので、それで蜷川さんとどうしても一緒にやりたくて、毎日蜷川さんの稽古場に行って「『海辺のカフカ』に出たいです」と直訴し続けて出演できるようになりました。初演のときの稽古では散々でしたけれど、でもあのときがあったから今につながっている、と感じています。

ーー再演のときに蜷川さんが稽古場で「お前、すごくいい役者になったな」と声をかけてくださったそうですね。

初演の稽古は、恐らく僕の役者人生で、後にも先にもあんなに追い込まれることはもうないと思うので、正直つらかったです。だから再演のときに「お前変わってないな、相変わらずヘタクソだな」と言われたら、その場で降板しよう、と思っていたんです。初演から変われていなかったら、皆さんに迷惑かけるだけですから。そうしたら蜷川さんが「お前うまくなったな、よくなったな」って言ってくれて。再演は、ほとんどダメ出しされなかったですね。それはうれしかったです。

ーー2月のパリ公演前に、稽古場で通し稽古を拝見しました。稽古場の空気が、蜷川さんがいないけれどもいる、みたいな不思議な空間だと感じました。

蜷川さんがいないから誰も怒られないし、突然演出が変わったりもしないけれど、やっぱり「いない」というのはつらいことです。誰も何も言ってくれない、これでいいのかどうか、そのジャッジを誰がするのか、それは結局もう自分自身しかいないんです。蜷川さんがいないけれど、そこで楽をするかどうかは、もう各々の問題なんです。蜷川さんがいたらどうだっただろう、ということは、たぶんみんなが考えていると思います。

ーー休憩中に、特に蜷川さんの現場を多く経験している方々が「あそこは、もっとこうしよう」などと積極的に声をかけ合っていたのが印象的でした。

初演から出ているメンバーでも、現状で満足はせずに、もっとうまくできるんじゃないか、ということは常に考えていると思います。僕もフランスに着いて劇場に入ったときに、ここを変えてみようかな、と思いついたときはすぐに演出補の井上尊晶さんに自分の考えを伝えました。変えた部分は細かいことかもしれないんですけど、最後まで少しでもいい芝居になるように、という思いがあります。

柿澤勇人

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ーー柿澤さん演じる「カラス」は最初から最後まで謎の人物として描かれていますが、ご自身はこの役をどのように解釈して演じていますか。

これは僕の自由な発想に基づく仮定なんですが、カラスは、カフカの中の別人格ではないかと思っています。カフカは、自分の中にしかいないカラスという存在と常に対話をしながら生きているのではないか、カフカはカラスがいないと生きていけないのではないか。だとするとカラスは、カフカを後押しするとか、包み込んであげる、そんな存在なのではないか、と思っています。村上さんの作品は、観る人によって解釈が違って正解がないと思うので、これが正解かどうかはわかりませんけど。

ーーこのカラスという役を演じたことは、柿澤さんご自身にどのような影響を及ぼしましたか。

蜷川さんが「カラスというのはもっと多面的でいてほしい」「抽象的じゃなくて具体的にいてほしい」とおっしゃっていたんですが、初演のときは「声も姿勢も生き方も、お前にはノイズがない、なんの面白みもない」「薄っぺらい、もっと屈折しろ」と散々なことを言われました。そこから「役者ってなんだろう」ということはすごく考えました。だから、この役を通して、蜷川さんが「役者とはこうあるべき」ということを教えてくれた気がします。

ーーストレートプレイとミュージカルの両方に出演することについて、柿澤さんご自身はどのような思いを抱いていますか。

もっと視野を広く持ちたい、という思いは持っています。今年はミュージカルに出演する予定がないのですが、ミュージカルに何年も出演しなくてもこの世界で戦っていけるようにならないと、たぶん僕に今後はない、と思っています。ミュージカルは、歌やダンスの技術が絶対に必要で、言ってしまえば技術的に上手であればそれで成功、と評価されることもあるんです。でも、技術的なことだけではなく、そこで何かしら学びがあったり、芝居として成立していないと、僕は見ていて面白くないと思うんです。例えばヒュー・ジャックマンは世界的な映画俳優で素晴らしい芝居をしますが、元々ミュージカル俳優。「レ・ミゼラブル」(2012年公開)や「グレイテスト・ショーマン」(2017年公開)を見て、芝居の素晴らしさだけでなく、歌とダンスの技術の高さに驚く人も多かったと思います。僕も、彼みたいに深みの出せる俳優になりたいんです。

ーーでは最後に、5月の凱旋公演に向けて意気込みをお願いします。

初演から7年、日本でも、海外五カ国(ロンドン・ニューヨーク・シンガポール・ソウル・パリ)でも、本当に皆さんに楽しんでもらってここまで来た作品です。海外の劇評で「演劇史に残る傑作のひとつが生まれた」と書いてもらえたのがとても嬉しくて、僕たちは自信を持ってやるだけです。恐らく、蜷川さん演出の『海辺のカフカ』という作品は今回で最後になると思います。その作品を見られる最後のチャンスなので、見逃さないように劇場に来ていただけたら嬉しいです。

柿澤勇人

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「歌や踊りという武器を捨てても戦っていけるために、演劇を身に着けなければ僕はだめになる」と熱い思いを語ってくれたその瞳の先には、蜷川幸雄の姿が常にあることが感じられた。蜷川の現場に自らが志願して飛び込んだ時から7年がかりの『海辺のカフカ』の旅も、まもなく終わりを告げようとしている。柿澤が見つけたこの作品の答えが、5月の凱旋公演で見られるのだろうか。いや、きっと彼は「答え」を提示するつもりなどなく、千秋楽の幕が下りる最後の最後まで、「少しでもいい芝居にするために」と考え続けるのだろう。そして、『海辺のカフカ』の旅が終わった後もずっと、その思いのまま演劇を追求し続けるはずだ。その飽くなき追求心こそが、蜷川が彼の中に残した宝物なのではないだろうか。

どこまでも進み続ける柿澤勇人の「今」を目撃できるこの舞台を、見逃したくない。

取材・文=久田絢子 撮影=岡崎雄昌

公演情報

舞台『海辺のカフカ』
 
原作:村上春樹  
脚本:フランク・ギャラティ
演出:蜷川幸雄
 
出演:
寺島しのぶ、岡本健一、古畑新之、柿澤勇人、木南晴夏、高橋努、鳥山昌克、木場勝己
 
新川將人、妹尾正文、マメ山田、塚本幸男、堀文明、羽子田洋子、多岐川装子、土井ケイト、周本絵梨香、手打隆盛、玲央バルトナー
 
【ストーリー】
主人公の「僕」は、自分の分身ともいえるカラスに導かれて「世界で最もタフな15歳になる」ことを決意し、15歳の誕生日に父親と共に過ごした家を出る。そして四国で身を寄せた甲村図書館で、司書を務める大島や幼い頃に自分を置いて家を出た母と思われる女性(佐伯)に巡り合い、父親にかけられた“呪い”に向き合うことになる。一方、東京に住む、猫と会話のできる不思議な老人ナカタさんは、近所の迷い猫の捜索を引き受けたことがきっかけで、星野が運転する長距離トラックに乗って四国に向かうことになる。それぞれの物語は、いつしか次第にシンクロし……。

■パリ公演(ジャポニスム2018公式企画) ※公演終了
2019年2月15日(金)~2月23日(土) 
​会場: 国立コリーヌ劇場
 
■東京凱旋公演
2019年5月21日(火)~6月9日(日)
会場:TBS赤坂ACTシアター
主催:TBS/ホリプロ
協力:新潮社/ニナガワカンパニー/ANA
企画制作:ホリプロ
 
公式サイト:http://hpot.jp/stage/kafka2019
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