反田恭平が新たにプロデュース 同士といえるメンバーを集めたMLMナショナル管弦楽団について訊く
-
ポスト -
シェア - 送る
反田恭平
昨年、同世代の弦楽器の名手たちとMLMダブル・カルテットを立ち上げた反田恭平が、2019年はそれをオーケストラに発展させ、自らの指揮と独奏でモーツァルトのピアノ協奏曲第17番を披露する。そんな反田に彼らと行う7月のツアーについてきいた。
ーーMLMナショナル管弦楽団はどういうオーケストラですか?
MLMとはロシア語で「音楽を愛する青年たち」を意味する言葉の頭文字から取りました。昨年、ダブル・カルテット(注:弦楽四重奏2つ分の計8名)で旗揚げしましたが、もともとオーケストラにしていきたいと思っていました。その気持ちはメンバーに伝えてあります。今回は、16名に編成を拡大して、ソリストがたくさんいる室内管弦楽団になりました。
ファゴットの古谷拳一さんはベルリン・フィルのアカデミーにいますし、皆神陽太さんは東京シティ・フィルの首席奏者です。ホルンの鈴木優さんは東京都交響楽団で吹いていて、庄司雄太さんは藝大フィルの首席です。オーボエの荒木奏美さんは東京交響楽団首席奏者で、浅原由香さんは国際オーボエコンクール・東京で最高位。フルートの八木瑛子さんはザルツブルクでソリストとして活動するほか、ドイツ・ユンゲ・フィルに入っています。
コントラバスの大槻君は僕と同じ24歳で、読売日本交響楽団の首席奏者を務めています。チェロの森田啓佑君、水野優也君は、僕の3歳下で、ソリストとして活躍。ヴィオラの有田朋央さんはドイツ・カンマーフィルのアカデミーで経験を積み、長田健志君は佐渡裕スパーキッズオーケストラで首席を務めていた同級生です。ヴァイオリンの岡本誠司君と大江馨君は、ソリストとして大活躍しています。桐原宗生さんは札幌交響楽団の首席第2ヴァイオリン奏者に就任しました。島方瞭君は海外で勉強しています。
もともとのダブル・カルテットのメンバーからの推薦で、僕が直接、演奏を聴きに行って、僕が判断して、僕が電話して熱い思いを伝えた、同志といえるメンバーたちです。演奏会がとても楽しみです。
反田恭平
ーー「ナショナル」はどういう意味でつけたのですか?
まず、今後、国際的に展開していきたいということです。現在も海外で活躍している人が多いのですが、将来、僕自身も共演したことのある佐渡裕さんのPACオーケストラ(兵庫芸術文化センター管弦楽団)のようなメンバー的に国際色豊かなオーケストラになればと思っています。また、東京にベースを置かず、この演奏会のために集まり、日本をベースとしていることもあげられます。そして将来、お客さんが国民的なオーケストラと思ってくださるようになればという意味もあります。もちろん、プレトニョフのロシア・ナショナル管弦楽団も意識しました。僕は、ピアノ演奏だけでなく、自分でオーケストラを組織し、指揮者としても活躍するプレトニョフを尊敬しています。
ーー昨年の『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2018』でも指揮をされていましたが、今回は弾き振りされるのですね。
僕は、もともと指揮者になりたくて、ピアノを始めました。それで、指揮者の曽我大介先生に相談したところ、「ピアノをやっているのなら、ピアノを極めてから指揮を勉強してもよいのではないか」と言われ、現在に至っています。
今、僕がプロのオーケストラを振る機会があったとしても、思う存分にできるとは思っていません。まだまだ勉強が必要です。2020年以降、もっと指揮の勉強に力を入れていきたいと思っています。
ーー室内楽の演奏もありますね。
MLMでは室内楽の魅力も披露できればよいと思っています。僕には、サントリーホールで室内楽をするのは、アルゲリッチやマイスキーら、大御所というイメージがありまして(笑)、サントリーホールの2000人の大ホールで素晴らしい室内楽をするというのに意味があります。室内楽はそんなに演奏しているわけではないですけど、レパートリーはモスクワ音楽院でたくさん勉強してきました。
プーランクの「ピアノ、オーボエ、ファゴットのためのトリオ」は、素晴らしい名曲です。僕と荒木さんと古谷さんとで演奏します。とても楽しみです。
ボッケリーニの八重奏曲は、僕が個人的に好きな作品でして、もしかしたらボッケリーニという作曲家を知らないという方もいらっしゃるでしょうが、MLMではこういう作品を紹介していきます。先日、ロームシアター京都で京都市交響楽団とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番を演奏しました。あの曲こそ、隠れた名曲であり、もっと弾かれるべきものだと思います。それで、その演奏会の
反田恭平
最初のベートーヴェンの「ロマンス」第2番は、有名曲ですが、岡本誠司さんにソロを弾いてもらって、僕が指揮をします。MLMのメンバーなら誰がソリストになってもおかしくないという状況で、これを演奏するのは面白いかなと思いました。
この2月、僕は、クルレンツィス&ムジカエテルナの東京ではなく大阪公演を聴いたのですが、東京公演ではアンコールでコンサートマスターのアイレン・プリッチンがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の第3楽章のソロを弾いたと聞いています。人が予想できないようなアンコールで面白い。そういうこともできれば、と思います。ムジカエテルナは一番後ろのプルトの人まで全力で弾いている。それはベルリン・フィルにも通じるのですが、MLMはそういう集団にしたいと。そうなれば日本の音楽界ももっと活気づくと思います。
ーークルレンツィス&ムジカエテルナにとても影響を受けられたのですね。
ムジカエテルナには、モスクワ音楽院での同期生や先輩がたくさん入っています。僕の印象では、少しモスクワ音楽院のオーケストラの音に似ている。個人的に、懐かしい気持ちがしました。クルレンツィスには初めて会ったのですが、知的で、引き出しが多く、たくさん身体を使っていろいろな表現をしていました。彼の演奏を最初から最後まで聴いて一つの物語がわかるというような、小説みたいな方でした。指揮にも新しい時代が来たなと思いましたね。
ーーオーケストラの名称に「室内」と付けなかったのは、もっと大きなオーケストラを目指すということですか?
8人→16人と来てますから、来年はもしかしたら32人かもしれません。理想的にはチャイコフスキーの交響曲ができるくらいまで、フルのオーケストラにしていきたいと思っています。それにはそれなりに大きなお金とたくさんの方々の力が必要となるので、そのへんを見極めながら慎重に進めていきたいと思います。こうして昨年に引き続き、今年はツアーという形でやらせていただけるので、期待を裏切らない演奏をして、ちゃんとお客さんをつかんでいかなければなりません。
反田恭平
ーー演奏会の後半はモーツァルトですね。
僕が一番尊敬する作曲家はモーツァルトでして、弾いていて一番素に戻れるのもモーツァルトなのです。彼は長調の作品が多いのですが、彼は長調の作品ほど、暗い顔があると思っています。
僕は、2016年にデビューして以来、テレビの番組で10分ほど協奏曲を弾いた以外、公のコンサートで、一切、モーツァルトの協奏曲を弾いていません。僕のなかには、2020年以降、モーツァルトの協奏曲に取り組みたいというイメージが前々からありました。自分の管弦楽団が3年目でできるとは思っていなかったのですが、ありがたい機会ができたので、せっかくなら自分のオーケストラでモーツァルトを是非弾きたいと思いました。
第17番は、彼のピアノ協奏曲の中で唯一のト長調のオリジナル作品。高校1年生のとき、初めてオーケストラと共演したモーツァルトの協奏曲が第17番なのです。僕がモーツァルトを好きになったきっかけの曲です。「魔笛」のパパゲーノにつながるモチーフが隠れています。シンプルで哀愁の漂う第2楽章が特に好きですね。これで自分の表現したい音楽が作れると思い、第17番にしました。第17番は、一番好きで、一番プライベートの反田に近い協奏曲だといえます。ネジが抜けた感じのかわいい曲なのです(笑)。
16人編成のオケでやるということで、弾き振りなのですが、ピアノや席の配置も考えています。室内楽っぽくなるとは思いますが、それをどう生かすかですね。16+1の17人に、50人では出せない魅力もあると思います。ただ人数が少ないと、ボロが出やすいので、徹底的にリハーサルしていきます。いやと言われるくらい、やりたいですね(笑)。
ピアノ・ソナタ第8番は昔からよく弾いている曲で、ここで1曲好きなソナタを弾いてから協奏曲に行こうかなと思いました。
ーーモーツァルトの魅力はどういうところにあると思いますか?
嘘がつけない作曲家というところでしょうか。シンプルで、一切ごまかしがききません。シンプル・イズ・ザ・ベスト。モーツァルトを弾くには音質、音色が求められ、ピアニストの技量が一発でわかります。
2015年にイタリアでのコンチェルトのコンクール(注:チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール古典派部門)のファイナルで、みんなベートーヴェンを選びましたが、僕だけモーツァルトの協奏曲を弾きました。そこで第1位をとれて自信がつきました。
ーー最後にひとことお願いします。
僕のファンの方にも、たとえば、岡本誠司さんのソロでヴァイオリンに目覚めたら、彼のコンサートにも行ってほしいと思います。そのようにして自分から進んでクラシック音楽を知っていただきたい。僕は、音楽の楽しさを自分だけのものにするのではなく、みんなで共有したいと思っています。特に若い人に聴きに来てほしいです。
反田恭平
今回の演奏会は、反田自ら企画し、オーケストラのメンバーを集め、ホールを押さえたという。与えられた機会に応えるだけではなく、主体的に新たなプロデュースをしていく反田恭平に注目したい。なお、秦野公演の
取材・文=山田治生 撮影=山本 れお