グルックのオペラ『アルセスト』をシェルカウイが新演出、バイエルン国立歌劇場の初日レポート到着~6月2日(日)午前2時よりネットで無料配信

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2019.5.30
バイエルン国立歌劇場『アルセスト』ドロテア・レシュマン(アルセスト)、チャールズ・カストロノヴォ(アドメート)  (c) Wilfried Hösl

バイエルン国立歌劇場『アルセスト』ドロテア・レシュマン(アルセスト)、チャールズ・カストロノヴォ(アドメート) (c) Wilfried Hösl

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ドイツ南部最大の都市ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場は歴史と伝統を誇ると同時に進取の精神に富む、世界有数のオペラハウスである。2017年秋の日本公演で披露したワーグナー『タンホイザー』は音楽総監督で気鋭指揮者のキリル・ペトレンコの初来日それに演劇界の鬼才ロメオ・カステルッチの大胆な演出もあいまって話題を振りまいた。同劇場が2019年5月に新制作したのは、クリストフ・ヴィリバルト・グルック(1714-1787)のオペラ『アルセスト(Alsest)で、演出・振付はダンス界の先端を行くシディ・ラルビ・シェルカウイだ。シェルカウイにとって2016年にミュンヘン・オペラ・フェスティバルで初演されたラモー『優雅なインドの国々(Les Indes Galantes)』に続いてのバイエルン国立歌劇場での演出となる。『アルセスト』は、2019年6月2日(日)午前2時~(日本時間)に「バイエルン国立歌劇場 STAATSOPER.TV」の一環として無料配信される。ここでは、公演初日5月26日(日)の模様を織り交ぜながらご紹介したい。

バイエルン国立歌劇場『アルセスト』チャールズ・カストロノヴォ(アドメート)  (c) Wilfried Hösl

バイエルン国立歌劇場『アルセスト』チャールズ・カストロノヴォ(アドメート) (c) Wilfried Hösl

「オペラの改革者」によるドラマティックな作品

グルックは現在のドイツ・バイエルン州のエラスバッハに生まれ、作曲家としてウィーン、パリで活躍し、『オルフェオとエウリディーチェ』などによって「オペラの改革者」として知られる。絢爛たる歌唱だけでなくオーケストラや合唱の厚みを伴う劇的な作風は、エウリピデスのギリシア悲劇を基にした『アルセスト』全3幕(1767年/1776年パリ初演)でも顕著だ(仏語上演)。王妃アルセスト(ドロテア・レシュマン)は王アドメート(チャールズ・カストロノヴォ)の死に際し、誰かが犠牲になれば夫が救われるとの神のお告げを受けて自ら身を捧げる。しかし蘇った王は当初そのことに気が付かず、アルセストの告白で事実を知る。あの世に向かったアルセストとアドメートは理不尽な神に対し無力だが、そこへエルキュール(ヘラクレス)(ミヒャエル・ナジ)が現れる――。第1幕のアルセストが二人の子供を抱えながらも民衆に敬愛される王であり愛する夫でもあるアドメードのために死を決意する姿、第2幕の生還したアルセストと死が近づいているアドメートの気持ちが入り乱れる場面、ドラマティックなパワーにあふれたラストなど見せ場続きだ。アリア、二重唱も聴かせるが合唱の迫力も劣らない。

バイエルン国立歌劇場『アルセスト』 ドロテア・レシュマン(アルセスト)  (c) Wilfried Hösl

バイエルン国立歌劇場『アルセスト』 ドロテア・レシュマン(アルセスト) (c) Wilfried Hösl

ダンスが有機的に息づく演出に唸る!

シェルカウイ演出ではダンサーが大きな役割を果たす。ネザーランド・ダンス・シアターⅠ出身でマッツ・エックら数々の世界的振付家の信頼が厚い湯浅永麻、東野祥子率いるBaby-Qで活動後渡欧しシェルカウイ作品を中心に活躍する上月一臣を含む13人は、EASTMANというシェルカウイが設立したカンパニーのメンバーだ。彼らはある時はアルセストやアドメートの心象を表すかのように踊り、ある時は合唱隊が扮する群集と共に舞台に息づいて活力あふれる情景を生む。群舞の内包するエネルギーが舞台に緊密感をもたらし、優美な手の表情や床を滑らかに使った動きは緩急自在そのもの。ダンスが歌の添え物でも物語の説明でもなく有機的に存在している。アントネッロ・マナコルダ指揮のオーケストラの起伏に富む演奏を得て、ソリスト歌手の歌唱・ダンス・合唱が一体となるドラマを展開した。カーテンコールでも歌手たちだけでなくダンサーにも盛大な拍手と足踏みが贈られていたのが印象深い。そして視覚的にもシンプルな装置・衣裳、陰影と奥行きを感じさせる照明が優れており、さすがはシェルカウイと唸らされた。

【動画】Between two worlds – The role of dance in ALCESTE


 

鬼才シェルカウイが示す舞台芸術の現在

シェルカウイはベルギー出身でモロッコ人の父親とベルギー人の母親の間に生まれた。アラン・プラテル舞踊団を経て振付家として独立し、他者や異文化との対話を主なテーマに数多くの傑作を世に問うている。盟友ダミアン・ジャレ、美術家のアントリー・ゴームリーと組んだ『Babel (words)』(2010年)で英国のローレンス・オリヴィエ賞とバレエ界の最高権威であるブノワ賞を受賞し、パリ・オペラ座バレエ団や英国ロイヤル・バレエ団にも作品委嘱された。日本でもBunkamuraが『テ ヅカ TeZukA』(2012年)と『プルートゥ PLUTO』(2015年)の制作を依頼しマンガや演劇との接点もある。現代美術家や多ジャンルの音楽家との協同作業を経験し先鋭的かつ骨太な舞台を連打してきたシェルカウイが総合芸術の華であるオペラの演出を手掛けるのは必然だろう。2017年にはフィリップ・グラスの『サティアグラハ』を新演出したが、今後も古典・現代問わずさまざまなオペラで才能を発揮するはず。舞台芸術の現在を知り、今後を展望する意味でもバイエルン国立歌劇場『アルセスト』の配信をぜひチェックしていただきたい。

【動画】『アルセスト(ALCESTE)』: Preview


取材・文:高橋森彦

イベント情報

バイエルン国立歌劇場 STAATSOPER.TV
クリストフ・ヴィリバルト・グルック『アルセスト』(新演出)

■配信日時:2019年6月2日(日)午前2時〜(日本時間) 現地開催日程:6月1日(土)午後7時~
■視聴URL:https://www.staatsoper.de/tv-asia  配信当日に左記サイトよりご覧いただけます 
 
■指揮:アントネッロ・マナコルダ
■演出・振付:シディ・ラルビ・シェルカウイ
■出演:
チャールズ・カストロノヴォ(アドメート)、ドロテア・レシュマン(アルセスト)、ミヒャエル・ナジ(アポロ神殿の祭司長/エルキュール(ヘラクレス))、EASTMAN(ダンス)他 
 
■バイエルン国立歌劇場公式ホームページ:https://www.staatsoper.de/
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