三枝成彰(作曲)「グローバルスタンダードを目指してのイタリア語版です」

三枝成彰 写真:藤本史昭

三枝成彰 写真:藤本史昭


グローバルスタンダードを目指してのイタリア語版です

 日本を代表する作曲家、三枝成彰(1942年生まれ)は35歳でモノオペラ《好色一代女》を書いて以降、2013年初演の《KAMIKAZE―神風―》まで、公式ウェブサイトで自ら分類しただけでも12作のオペラを完成している。中でもプッチーニの傑作《蝶々夫人》の続編として本編のちょうど1世紀後、2004年に初演した《Jr.(ジュニア)バタフライ》は06年、プッチーニが晩年を過ごしたイタリア・トスカーナ州の湖畔の街、トッレ・デル・ラーゴで毎年開かれる「プッチーニ音楽祭」に招かれ、イタリアで初演された。日本語の上演にもかかわらず、長崎への原子爆弾投下まで網羅した「その後の物語」は大きな反響を呼んだ。三枝は当時から、「次はイタリア語で上演したい」と考えていた。

 そもそも《蝶々夫人》の続編を思い立ったのは、作曲家ならではの着眼からだった。「本編の幕切れの和音はサブドミナント(下属和音)で終わっていて、完全終止をしていない。あたかも続編があるようにプッチーニは書いた、と思った時点から《ジュニア》の構想が膨らんでいったのですよ」という。45歳で「オペラ作曲家で行こう」と決心して以降、三枝のベースには絶えず、旋律をたっぷり歌わせ、耳に残るアリアをふんだんに盛ったイタリアオペラがあった。
「イタリアでは、カトリック社会の道徳観、夫婦単位で劇場に出かける習慣から、長い間、不倫をオペラのテーマとしませんでした。ところが、ヴェリズモ・オペラ以降に次々と取り上げられ、ベルクの《ヴォツェック》以後、どぎつく、陰惨なストーリーのオペラが次々と現れた。しかも、美しいアリアが無い。拷問や銃殺の場面まで出てきて、帰りのメシがまずくなるようなオペラは自分は書きたくない。調性を伴い、素直に泣いたり笑ったりできる場面がある、“三枝節”と呼ばれるようなオペラをずうっと作ってきたつもりです」

 「イタリア語の《Jr.バタフライ》をトッレ・デル・ラーゴで再演したい」。三枝の念願は昨年8月、第60回の節目を迎えたプッチーニ音楽祭で実現した。スズキ役のメゾソプラノ、桜井万祐子以外は全員、日本人ではない多国籍の歌手たちが渾身の歌唱を繰り広げた。
「長く日本のオペラにこだわり、日本語で発信すれば世界に通じると頑張ってきたけれど、あきらめたんです。モノオペラの《悲嘆》(2008年)では英語の台本も試みたが、なかなか歌にならない。やはりオペラの世界でグローバルスタンダードを究めるにはイタリア語か、ドイツ語でなければ無理だとの考えに至りました。イタリア語なら、国際的な楽譜出版社からの出版の可能性が広がる」と、イタリア語版の意義を語る。

 イタリア語台本はエルマンノ・アリエンティの翻訳にコレペティトゥーアの森島英子が手を入れ、譜割りなどに若干の変更を加えた。自作がイタリア語に生まれ変わったのを聴いた第一印象は「まるで、イタリアオペラじゃないか!」。歌手たちにも「歌いやすい」と好評で、「他の作品もイタリア語にしたくなったほど」。イタリア語版の日本初演は16年1月23日、富山県民会館。27日には東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールでも上演される。キャストは題名役のテノールがアンジェロ・フィオーレからジャン・ルカ・パゾリーニにアップグレードされる以外、イタリア初演と同じ顔ぶれ。演出はNHK出身で、現在は富山県を本拠とする布施実。指揮にはイタリア在住の三ツ橋敬子が抜擢された。

 最後に、2017年10月の完成・初演を目指し作曲中の新作オペラ《狂おしき真夏の日》(仮題)について。台本は盟友の作家、林真理子が手がけ、三枝オペラでは初めてのコメディとなる。題名から察しがつく通り、ボーマルシェの戯曲からダ・ポンテが台本を起こし、モーツァルトが作曲した《フィガロの結婚》と、その世界を受けたR.シュトラウスの《ばらの騎士》へのオマージュでもある。だが舞台は現代の日本なので「不倫、ゲイ、レズビアン…と何でもあり。人間の狂おしさ、複雑さを徹底して描き『どんな愛でも許そう!』と歌い上げる」というから、すごい。大西宇宙(おおにしたかおき)、佐藤しのぶ、小林沙羅、小川里美、ジョン・健・ヌッツォ、大山大輔ら豪華キャストがどう“いじられる”のか、今から興味は尽きない。

取材・文:池田卓夫 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年12月号から)



オペラ《Jr.バタフライ》(イタリア語版)
■作曲:三枝成彰
■台本:島田雅彦
■演出:布施 実
■指揮:三ツ橋敬子
■配役:
Jr.バタフライ:ジャン・ルカ・パゾリーニ(テノール) 
ナオミ:ロッサーナ・カルディア (ソプラノ)
スズキ:桜井万祐子(メゾソプラノ) 
野田少佐(ナオミの兄):エウゲネ・ヴィラヌエーヴァ(バリトン)
詩人:ヴェイオ・トルチリアーニ(バリトン) 尼僧:ヴァレンティーナ・ボイ(ソプラノ)
マッカラム、レバイン(2役):ヴィンチェンツォ・セッラ(バリトン) 
バートン、憲兵、職人(3役):ペドロ・カリッロ(バリトン)
合唱:富山県オペラ協会合唱団有志(富山公演)、六本木男声合唱団倶楽部有志(東京公演)
エレクトーン:清水のりこ 管弦楽:シアター オーケストラ トーキョー

■日時・会場
 
1/23(土)14:00 富山県民会館


1/27(水)19:00 Bunkamuraオーチャードホール


■問合せ:メイ・コーポレーション03-3584-1951 
http://www.saegusa-s.co.jp
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