英国ロイヤル・オペラが4年ぶりに来日し『ファウスト』『オテロ』を上演~開幕記者会見をレポート
英国ロイヤル・オペラ2019年日本公演 開幕記者会見 photo:Ayano Tomozawa
世界五大歌劇場のひとつである英国ロイヤル・オペラが2019年9月12日(木)~23日(月・祝)、4年ぶり6回目の来日を果たし『ファウスト』『オテロ』を上演する。9月6日(金)に東京都内で開幕記者会見が行われ、音楽監督/指揮者のアントニオ・パッパーノと5人の歌手が出席した。
名匠パッパーノ、見どころを語る
パッパーノは2002年から英国ロイヤル・オペラの音楽監督を務め、2010年、2015年の日本公演を成功させた。会見冒頭、同オペラの「唯一の海外ツアー」である日本での公演の喜びを話し、自ら指揮を手がける『ファウスト』と『オテロ』を紹介した。
アントニオ ・ パッパーノ photo:Ayano Tomozawa
グノー作曲『ファウスト』全5幕はフランス・オペラの名作で、第2幕「キャバレー 地獄」や幻惑的なバレエが入る第5幕のワルプルギスの夜の場面など華麗な見せ場も多い。
「2004年にデイヴィッド・マクヴィカーが演出したもので、最近では2019年4月に上演しています。ロンドンで非常に高い評価を得て多くの方々に愛されています。ゲーテの原作に基づいており、ゲーテ自身にとっても大切な作品です。音楽に大変力があり、ゴシック的要素が含まれ、とても魅力的な舞台が再現されています。キャストが充実していないと上演できませんが、私の右手に素晴らしい悪魔(メフィストフェレス)と老教授(ファウスト)が並んでおります。ドラマティックで、音楽が充実し、登場人物すべてに個性があるこの作品を楽しんでいただければ」
ヴェルディ作曲『オテロ』全4幕はシェイクスピア悲劇をベースにした言わずもがなの名作で、巨匠はこちらにも太鼓判を押す。
「それまでのオペラの集大成で、コンパクトですが引き締まっており、シェイクスピアのメッセージをストレートに訴えてきます。そして素晴らしい歌手無くして成り立ちません。オテロ役のクンデ(グレゴリー・クンデ)とヤーゴ役のフィンリー(ジェラルド・フィンリー)は、難しい役どころになり切って皆様にお見せするでしょう。純粋で真っ直ぐで清らかなデズデモナ役にはバセンツ(フラチュヒ・バセンツ)を招きました。演出はキース・ウォーナーで、2017年に初演され私が指揮をしました」
色彩感豊かな『ファウスト』
続いて『ファウスト』のタイトルロールのヴィットリオ・グリゴーロにマイクが回った。日本での本格的なオペラの舞台は初めてだという彼はパッパーノへの信頼を熱く語る。
ヴィットリオ・グリゴーロ photo:Ayano Tomozawa
「指揮者は大事な存在で、舞台、聴衆、オーケストラすべてを結ぶ役割を果たします。私はフォーミュラ1(F1)が大好きなのですが、そこで『指揮者の役割は何か?』と聞かれたらエンジンと答える方が多いでしょう。でも私はタイヤだと言いたい。タイヤの性能が良くなければ、どんなにベストなドライバー、エンジンであっても正しい方向には進みません。どんなに良い声を持っていたとしても、息づかいや動き全部に対応し理解してくれる指揮者がいなければいけないのです。パッパーノさんは友人であり、信頼しすべてを任せられる存在です。人々に喜びをあたえるマジックを起こす場所に一緒にいられるならば、ひとつの駒としてでも構いません」
『ファウスト』のメフィストフェレス役として登場するイルデブランド・ダルカンジェロもパッパーノを敬愛する。
イルデブランド・ダルカンジェロ photo:Ayano Tomozawa
「前回の英国ロイヤル・オペラ日本公演で『ドン・ジョヴァンニ』のタイトルロールを歌いましたが、同じ“悪い奴”でも今回は悪魔です。メフィストフェレスを歌うのは3回目ですが、マエストロは私のことを助けてくれますし、色彩感やいろいろなものを見つけています」
最高にドラマティックな『オテロ』
『オテロ』の歌手陣で最初に話したのはタイトルロールを務めるグレゴリー・クンデ。世界各地で同役を歌っている第一人者だ。
グレゴリー・クンデ photo:Ayano Tomozawa
「オテロ役はテノールにとって夢のような役と言えるかもしれません。テノールが目指すところの頂点にある役のひとつだと思います。今回の舞台については初演の2017年の際にも歌っていますが素晴らしいプロダクションです。デズデモナ役のフラチュヒさんも理想的です」
オテロの妻デズデモナ役のフラチュヒ・バセンツは日本初登場となるが、英国ロイヤル・オペラで2019/2020シーズンに上演される『椿姫』の主役にも決まっている旬なスターである。彼女もパッパーノへの敬意を隠さない。
フラチュヒ・バセンツ photo:Ayano Tomozawa
「素晴らしい仲間たちと共に何千人もいるソプラノの中からパッパーノ氏と共演させていただく機会をあたえられたことは最高の喜びです。パッパーノ氏は指揮者/音楽家として素晴らしいだけでなく画家であると思います。彼は決して『早すぎる』『遅すぎる』とか言わず常に色付けをしてくれます。私たち歌手を守ってくれる守護天使のようです」
旗手の身ながらキプロス島の総督であるオテロに計略を仕掛けるヤーゴ役は英国ロイヤル・オペラのベテランであるジェラルド・フィンリー。役どころや作品について詳しく述べる。
ジェラルド・フィンリー photo:Ayano Tomozawa
「ヤーゴ役はバリトンにとって最高の役で、役者としてのやりがいも感じます。シェイクスピアはヤーゴという人物に対して人間の持つさまざまな側面を見せてくれます。ある時はジョーカーの様であり、ある時は陰から覗いている様であり、冗談を言っているかと思うと誰かに何かささやいている。ドラマティックな物語の中で、最終的に一人のリーダーを怒らせ破滅に追い込む役です。シェイクスピアの素晴らしい人間観察に基づいていますが、ヴェルティとボーイト(アッリーゴ・ボーイト/台本)という二人の天才が音楽を通してそれをさらに見事に描き出しています。大きく歌うところはなく、常にオテロの耳元にささやいています。ピアニシモの表記が7回も出てきますが、オーケストラを超えて聴衆の皆さんに聞こえるようにとても静かに歌わなければいけない悪魔的なキャラクターです。キース・ウォーナー版では最後に皆死にます。おぞましい内容ですが、最初から最後まで息をつく間もなくドラマティクな旅路にお連れします。シェイクスピアの最高傑作に音楽の宝物を添えてヴェルディが創り上げたオペラを楽しんでいただければ」
いま円熟の境地にあるパッパーノが、豪華実力派歌手やロイヤル・オペラ合唱団、ロイヤル・オペラハウス管弦楽団を束ね至上のオペラをつむぎだす。本来ならばロンドンのコヴェント・ガーデンでしか味わえない舞台を日本に居ながらにして体感できるのは格別である。“引っ越し公演”の醍醐味を存分に味わえるに違いない。
取材・文=高橋森彦 写真=オフィシャル提供