寺山修司生誕80年 音楽劇『レミング~世界の涯まで連れてって~』稽古場レポート。
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(撮影:福山楡青)
多ジャンルの肉体が、厳密かつ楽しみながら、寺山修司のコトバと格闘する。
日本のアングラカルチャーに大きな影響を及ぼした寺山修司の都市論的演劇を、壮大な野外劇で名を馳せる「維新派」の松本雄吉が演出した音楽劇『レミング~世界の涯まで連れてって~』。2013年の初演版からキャストを大幅に入れ替えた、新生『レミング』の誕生を前に、その稽古場を訪問した。壁がなくなった都市の中で起こる奇々怪々な人間模様を、各エピソードをシャッフルした複雑な構成&非日常的なリズムとムーブメントで見せきり、初演では多くの観客のド肝を抜いたあの舞台は、一体どのようにして作られているのか?
稽古場に現れた役者の顔ぶれを見ていると、これほど多彩なジャンルの表現者が集った舞台もないのではと、改めて感心する。映像畑の役者がいれば元宝塚のトップもいて、アンサンブルの中にはシンガーやダンサーもいる。また麿赤兒に至っては、寺山と同時代を生きたアングラの舞踏手だ。それぞれの人たちの、身体性や表現方法の違いという“壁”を、どのように取り払っていくのか──そのこと自体が「壁の消失」がテーマとなっているこの作品世界と重なって、何とも興味深い。
私が見た時間は、共同脚本の天野天街が演出を行っていた。非常に独特なセリフのつなげ方や間合いが必要とされる天野の脚本パートを理想的に立体化するには、やはり書いた本人に演出してもらう方が良い…という判断のようだ。この日集中的に稽古を行ったのは、タロ(溝端淳平)とジロ(柄本時生)が、影山影子(霧矢大夢)の映画の撮影現場に紛れ込む → いつの間にか2人とも登場人物となる → クライマックスで舞台は突然精神病院に → 映画ごっこを取り入れた精神療法の説明 → 一転映画の撮影再開 → その物語の中でジロはいつの間にか死に、タロも影山影子に撃たれる…と、わずか10分程度の間にこれほど多くのシーンが展開されるという、本作の山場と言える部分だ。
(撮影:福山楡青)
まず全体を一度通した後、問題となる個所を少しずつ演じながら確認・修正していく。この時天野が特に厳しく指示を出していたのは、前のセリフの語尾と後ろのセリフの語頭が同じ言葉の場合、それらを厳密に重ねながら発するということ。たとえば「…逃げませんか?」「戦火をくぐり抜け…」という2つのセリフを、観客には「…にげま“せんか”をくぐりぬけ…」とひと続きに聞こえるように発するという、天野天街の舞台ではおなじみの手法だ。
このやり方には誰もが苦戦していたが「これは映画のカット割に近い効果がある。完ぺきに重ねればリズムが生まれる」と天野が説明し、何度か試していくうちに、じょじょにタイミングが合いだしてくる。確かに、2つのセリフがピシャっと重なった時にはちょっとした快感を覚えるし、シーン同士を半ば強引につなぐのに大きな役割を果たしている個所もある。私は残念ながらそこまで立ち会っていなかったが、この日の夕方頃には、重ねのリズムがかなり天野の理想に近い段階まで持っていけたそうだ。
しかしこう書いたら、さぞみんな眉間にシワを寄せながら悪戦苦闘してるんだろう…と思われそうだが、稽古場はスタッフも含めて関西出身者が多いためか、スキあらば四方からツッコミの言葉が入ってくるなど、この苦労ごとみんなで楽しんでしまおうというムード。カメラマン役の役者が、あまりに直球過ぎる指示を出されて稽古場が苦笑ムードになると、溝端がすかさず彼に「頑張って!」と声をかけたり。溝端と柄本と霧矢が動きのタイミングが合わずに衝突した時には、霧矢が「センターは私!」と宣言して周囲が笑いに包まれたり…。精神病院の患者たちが、複雑なリズムで歩きながら舞台を横切って行くシーンでは、役者たちが指でリズムをカウントしながら待機している姿が、妙に微笑ましかった。
(撮影:福山楡青)
とはいえ、このわずかな場面の稽古だけでも、物理的な壁も精神的な壁も消失した『レミング』という劇世界の、その危うさゆえの魅力が存分に伝わってくる。そしてセンターの役者たち…周囲の変化にただ翻弄されるタロを、ニュートラルなたたずまいで演じる溝端。その世界に取り込まれていくジロを、ひょうひょうとした体で見せる柄本。大女優・影山影子を、深く強く響く声と凛とした立ち姿で体現する霧矢。この3人に、おそらくは巨石のような存在感でタロの母親を演じるであろう麿赤兒も加わった時、その世界はより強度を増すことだろう。確実に初演から進化した舞台を見せてくれるはずの『レミング』。初演を観た人もそうでない人も、この日集中的に稽古していた“セリフの重ね”の効果を確認するためにも、壁の消えたこの街にぜひ飛び込みに来てほしい。
<東京公演>
■期間:2015/12/6(日)~2015/12/20(日)
■会場:東京芸術劇場 プレイハウス
<名古屋公演>
■期間:2016/1/8(金)
■会場:愛知県芸術劇場大ホール
<大阪公演>
■期間:2016/1/16(土)~2016/1/17(日)
■会場:森ノ宮ピロティホール
■作:寺山修司
■演出:松本雄吉(維新派)
■上演台本:松本雄吉/天野天街(少年王者舘)
■出演:
溝端淳平 柄本時生 霧矢大夢 麿赤兒
花井貴佑介/廻飛呂男/浅野彰一/柳内佑介/金子仁司/ごまのはえ/奈良坂潤紀/岩永徹也/奈良京蔵/占部房子/青葉市子/金子紗里/高安智実/笹野鈴々音/山口惠子/浅場万矢/秋月三佳
■特設サイト:http://www.parco-play.com/web/play/lemming2015/