MOROHAアフロの『逢いたい、相対。』特別編 ゲストは又吉直樹 芸人を辞める選択肢を考えたことはなくて“生きるか死ぬか”でした
MOROHAアフロの『逢いたい、相対。』、第十七回目のゲストは又吉直樹。MOROHAの楽曲「勝ち負けじゃないと思える所まで俺は勝ちにこだわるよ」にこんな一節がある。<勝てなきゃ皆やめていくじゃないか 勝てなきゃ皆消えていくじゃないか>。音楽しかりお笑いしかり、まばゆいスポットライトを浴びる者はほんの一握りで、ほとんどの人が陽の目を見ないまま去っていく。それこそが、厳しくも儚い芸の世界である。対談の冒頭は、そんな「去っていく者」と「続けていく者」の話から始まる。そして2人が音楽、お笑いを生業にしようと思った経緯へ。アフロは、又吉は、何を思ってステージに立ち続けるのだろう。
●『火花』を書き終わった後に、芸人を続けている奴からは「何や、アレ。俺らに「もう辞めろ」言うてんすか?」となって●
又吉:前にライブを見せてもらった時、めっちゃカッコ良かったです。
アフロ:去年、阿部真央さんとリキッドルームでやった時ですよね。
又吉:はい。阿部真央さんもすごくカッコよかったし、2組ともめっちゃ良かった。スパイクの小川(暖奈)という後輩と観に行ったんですけど、「無茶苦茶良かった」と言ってて。嘘をつかれへん子やから、そうなんやろうなって。
アフロ:あの日、良くも悪くもライブがゆるんでて。もう少し遊びのないギリギリな部分を出せたら良かったです。
又吉:いやいや、十分ストイックさは出てましたよ。
アフロ:別に、悪くなかったんですよ。良い意味でゆるい部分もあったんですけど、何となく自分の中で大きな落とし物をしてしまった気がして。あの日の自分が許せなくて、借りを返すために急遽ライブを1本増やしたんです。
又吉:そうか。アフロさんは、すっごい自分に対して厳しい方やなと思ってて。応援されている気にもなるし、体調によっては突きつけられている気持ちにもなる。MOROHAさんを聴いて「俺は、もうちょっとマイルドに物事を収めようとしてたな」と思う時もあります。
アフロ:そんなこともないんですよ。やっぱり何となくしちゃっている部分もあるし、もちろん普段はふざけたりもしますし。
又吉:もちろん、もちろん。
アフロ:だけど、そこを曲に落とし込めてないというのは、単純に俺の弱さだと思うんですよね。
又吉:それでも、こういうふうに共鳴するんだという気概みたいなものもすごく伝わってきて。「勝ち負けじゃないと思える所まで俺は勝ちにこだわるよ」の中で、<Everythings gonna be alright俺はそうは思えない>と歌われてますけど、勝ち負けの世界ってホンマにそうやなと思うし。だけど、僕はほとんど真逆のことを本に書いたこともあって。
アフロ:「勝ち負けじゃないよ」ということですか。
又吉:勝ち負けではあることは共通しているんです。ただ、負けた時には自分が負けたことをちゃんと食らわなダメなんですけど「その負けというのは“ただの負け”ではない可能性がある」ということを書いたんです。MOROHAさんの曲を聴いて思ったのが、アフロさんは戦っている最中の人の言葉で、俺は負けた人に向けた言葉やったなと。『火花』という作品がそれに近いんですけど——芸人として売れたいと思ってやっていたのに、途中でケツまくって。仲間はみんな貧乏しながら頑張って戦っている中、自分は芸人時代よりも収入が上がって家族も作って平和に暮らしてる。否定したくないけど、そんな自分がどこかで恥ずかしいというか。もう、みんなに会わせる顔がないなという負い目を感じてた。……芸人を辞めた後輩に「『火花』を読んで、そんな自分を肯定された気がしました」と言われたんです。
アフロ:そうかぁ。
又吉:辞めた奴と会うたらみんな同じことを言うんですよ。「途中で辞めて恥ずかしい」って。だけど僕は「恥ずかしいことないやん。ええやん、生きてたら」と言うんですけど、それ以上の言葉が出てこなくて。僕はやってる側やから、何て言えば良いか分からんかった。「後ろめたさを感じる必要がない」「お前が良いと思ってるならええやん」と本心で言ってますけど、論理的に言えない。それが『火花』を書く1つの動機だったんです。
アフロ:そうだったんですね。
又吉:だけど『火花』を書き終わった後に、芸人を続けている奴からは「何や、アレ。俺らに「もう辞めろ」言うてんすか?」となって。そんなつもりは全然ないんですけど。
アフロ:それはすごく良いですね。救われた人と救われない人が両方いるということは、芯を食ってるということですもんね。
又吉:そんなことを言われてる時期に、MOROHAさんのCDを聴かせてもらって。「勝ち負けじゃないと思える所まで俺は勝ちにこだわるよ」は思うことがあったんです。僕の書いたもので怒った奴らは、この曲を聴いたらすごく気持ちが高まるやろうなって。
アフロ:辞めていった人たちが「みんなはまだやってるのに」と又吉さんに言った話ですけど、俺にはその気持ちがまだ分からなくて。きっと、チーム感というか仲間感がすごく強いんですね。
又吉:仲間感というよりは、個人の問題として「自分は芸人として売れたかった」というのが大前提にあって。「売れたい」「世に出たい」「面白いことをやりたい」という気持ちもあるけど、何歳までチャンスがあるんやろう? と考えるじゃないですか。今やっている仕事と照らし合わせて、これは難しいかもなとか。そこで「何歳までに」とかタイムリミットを設定すると思うんですよ。で、どうにもならなくて、家族も養っていかなくてはいけない。だから一般の仕事に就こうとするんですけど「よし、自分は別の人生を歩こう!」と完全には切り替えられてないはずなんですよ。その時によぎると思うんです。売れてなくても続けている人の方がカッコよく見えるし、自分が一般的な幸せを手に入れかけている現状を「……これでええんかな」とか「もうちょい芸人を続けていたら、どうなっていたんだろう」って。そういうことを考えてしまうと思うんですよね。
アフロ:バンドマンが音楽を辞める時、仕事で迷惑をかけるスタッフに申し訳ないと思うのは分かるんですけど。他のバンドに申し訳ないと思う感覚が、俺にはちょっと分からないなと思うんです。それは俺自身に、励まし合ってきた仲間がいないからなのかもしれないですけど。ちなみに「いくつまでにコレが出来なかったらケジメをつけよう」とか思ってましたか?
又吉:ないです。そもそも芸人以外の生き方があると設定してないというか。だから「死ぬか」「続けるか」みたいな感じですよね。
アフロ:勝ち負けの上を行ってるじゃないですか。「生き死に」の話ですね。
又吉:そうですね。辞めるはないかなって。
●MOROHAでメシを食おうと思いました。音楽じゃなくてMOROHAで食おうって●
アフロ:俺の大好きな、とあるバンドのボーカルはバイトをすると頻繁にお釣りの金額を間違えて、よく店長から怒られてたらしくて。「もう俺はコレ(音楽)しかない。だから未だに続けられてる」と言ってて。俺もコンビニで働いてたんですけど、めちゃめちゃ怒られてたんですよ。コンビニで売ってるお好み焼きって、ソースと一緒に小袋のマヨネーズも付いてくるじゃないですか。それを一緒に電子レンジの中に入れちゃって。で、破裂しちゃったんですけど、それをどうしても言い出せなくて本当駄目なんですけどそのままレジ袋に入れたんです。そしたら、お客さんが家に帰ってから破裂していることに気づいて。その後、ものすごい勢い怒られたんです。俺、もういい年なのに涙ボロボロ流しながら「すいませんでした」と謝って。100%自分が悪いんですけど、そういう記憶が今も俺を頑張らせているのがあって。その後は失敗をレジ袋に隠したりはしなかったけど不注意によるミスは沢山あったから、俺はコンビニ店員としては二流、三流だと思い知りました。これはもう音楽でどうにかするしかないぞって。
又吉:全く一緒ですよ。僕もコンビニでバイトしてたんですけど、ずっと怒られてました。入って数ヶ月の高校生が商品の発注を頼まれているのに、2年も経ってる僕は、一切そういう仕事を振ってもらえなくて。「もっと愛想をよくしろ」とか「大きな声を出せ」とか言われても、自分のトーンで喋るし自分のやり方でやってた。先輩に怒られても論理的に「あなたが間違ってる」と否定しちゃって。
アフロ:でも、それは強いですよね。
又吉:それによって、段々と居場所がなくなっていくみたいな。結局そこはクビになって、新しいバイトを探すんですけど。出来るだけ楽をしたいと思って近所のコンビニを自転車で何軒も周りながら夜勤の時間帯で、一番客の来てないコンビニをチェックしてました。
アフロ:うわぁ、わかります。
又吉:駅から離れててとか、終電以降に客が来ないなとか。どこでパワーを使ってねん、という話ですけど。
アフロ:その楽なバイトを探す旅は、俺もしてました。俺の場合は働いてた高円寺の漫画喫茶が潰れて、次のバイト先を探さなきゃいけなくなって。バッティングセンターが良さそうだなと思ったんですけど、働いてる人が気難しそうな人で。どうしようかなと思いながら陸橋の上を歩いてたんです。そしたら、夏の暑い日に水分を摂ってなかったから具合悪くなっちゃって。手すりにもたれかかった瞬間、俺は何をやってるんだろうと思ったんですよ。20代半ばで楽な仕事を探している奴って、どうなんだろうと。そこからはMOROHAでメシを食おうと思いました。音楽じゃなくてMOROHAで食おうって。
又吉:わぁ、そうなんや。
アフロ:で、常にポケットにはMOROHAのCDをパンパンに詰めて。ちょっとでも影響力がある人を見かけたら自分のCDを渡して。それで何かチャンスをもらえないかとか、フェスの主催者にも手書きの手紙と一緒にCDを送って。そこから、どうにかそこそこ食えるようになったりしたんですけど、その時は音楽でメシを食えていると思ってなくて。俺は「MOROHA」という会社の営業マンになったんだと思いましたね。
又吉:僕は楽なバイトを探して、コンビニアルバイトをやってたんですけど。そこは音楽も自由にかけられるところで。
アフロ:それは相当ゆるいっすね。
又吉:その時は暇やけど、自分の中ではサボっていたわけじゃなくて。アルバイターとしては最低ですけど、ずっとお笑いのことを考えてましたね。
アフロ:ネタですか?
又吉:ネタもそうですけど、次にレジへ来たお客さんに一切変なことをせずに、“念”だけで笑かそうと。
アフロ:アハハハハ。成功するんですか?
又吉:たまにイケる時があるんですよ。笑ってるから「どうしたんですか?」と聞くと、「なんかお兄さん面白いですね」って。それで「イケたんや」とか、そういうことをやってました。で、僕がアルバイトを辞めようと思ったのは、一緒にバイトをやっていた人から「又吉くんがちゃんと品出しをしてへんから、次の日、お昼に入ってるパートのおばちゃんが無茶苦茶働いてんねんで」と言われた時に、もう働けないと思いました。
アフロ:迷惑をかけてしまっていると。
又吉:ほんで、やっぱり俺はお笑いしか無理やと思って。
アフロ:今日、『モーニング』で連載している『バトルスタディーズ』という野球漫画の最新話を読んできたんですよ。あるキャラクターが万引きをするんですけど、そのお店の店長が言うんです。「君が奪った時、誰かは与えてる」って。まさに又吉さんの話じゃないですか。結局、誰かが帳尻を合わせているんだなって。
又吉:そうですよね。めっちゃ迷惑をかけているんやなと思ったら、自分の都合でアルバイト代だけをもらって「俺が本当にやる仕事はコレじゃないから」って。本当に滅茶苦茶なことをやってたなと思いますね。
●ある朝、紙を見たら「男だろ」と書いてあって●
アフロ:だけど話を聞くと、芸人としてはストイックじゃないですか。だって常に頭の中でペンを握っているわけで。電車に乗っている時も、周りを見て物語を考えたりするんですか。
又吉:どんな時も考えてしまいますね。吉本の養成所に行ってたんですけど、入学式かなんかで「お笑いのことを24時間考えていた奴だけが世に出れる」と講師か社員の人が言ってて。僕は理屈っぽいから「いや、24時間は無理やろ。寝てる時間もあるし、それは言い過ぎやわ」と思ったんです。だけど、半年くらい養成所に行ってたら夢の中でも「あ、今のオモロイ」とか「さっき夢の中でやってたネタなんやっけ」とか全然あって。24時間は結構イケるかもなと思いましたね。
アフロ:寝る前後って、頭がフワフワしているから色んなことが浮かびやすいじゃないですか。
又吉:はいはい、分かります。
アフロ:俺は何か浮かんだ瞬間にメモれるように、枕元にペンと紙を置いているんですよ。ある朝、紙を見たら「男だろ」と書いてあって。それを読んでダサッ!と思いましたね。
又吉:ハハハ。確かに「男だろ」は色々と紐解いていかんと。
アフロ:さすがに単発では使えないぞって。あとは、福山雅治さんの音楽を聴くと少し照れくさい言葉がポンポン浮かぶんですよ。
又吉:福山さんは好きなんですか?
アフロ:好きなんですよ。
又吉:あ、僕も好きなんです。特に「ながれ星」という曲が好きなんですけど、歌詞を読んだ時に「恋愛の渦中にいる人間の気持ちを、こんなにも言葉で表せられるなんてすごい」と思って。……初めて人前でそんなことを言ったんですけど。
アフロ:ハハハ。
又吉:確かに、福山さんは引っ張られる部分はありますよね。
アフロ:MOROHAの曲で「ハダ色の日々」というのがあるんですけど、そこに出てくる<部屋の键闭めて 肩を抱き寄せて 歯の浮く台词さえも噛み缔めて 溶けるアルフォート 冷える足元 暖め合う为 擦り合わそう>の部分を書いた時、多分、福山さんを聴いてたんですよ。
又吉:へえ、そこの歌詞はめっちゃ好きですよ。
アフロ:「Squall」に<汗をかいた アイスティーと撮りすぎたポラロイド写真>というくだりがあって、そこからインスピレーションを受けているんですよね。
又吉:そうなんや。
アフロ:しかも俺、初めて買ったCDが「桜坂」だったんですよ。最初に買ったCDって覚えてます?
又吉:多分、BARBEE BOYSの2枚組ベストやったと思います。
アフロ:そこから、どういう経路で音楽を好きになるんですか。
又吉:最初に買ったCDはBARBEE BOYSなんですけど、父親の車で流れていた音楽が原体験なので、始まりでいえばフォークですね。(吉田)拓郎さんとかかぐや姫とか、松山千春さんとかガロさんとかから聴いて。そこからポール・アンカとニール・セダカが歌ってるカセットも好きで聴いてたりして。で、日曜日のラジオで『日本のフォークソングベスト100』みたいな番組が好きで聴くようになって。そこで初めて西田敏行さんの「もしもピアノが弾けたなら」を聴いた瞬間に「めっちゃ良い曲やな」と思ったんですけど、番組では8位に紹介されてて。「いや、これよりも良い曲ないやろ」と思ったら、7位に遠藤賢司さんの「カレーライス」が流れてきて。それで「なんだ、この滅茶苦茶カッコ良い曲は」と衝撃を思いましたね。あとは姉の影響でオアシス、ブラー、グリーン・デイ、ニルバーナを聴いたり、ビートルズとかボブディランとかニールヤングとかそういうのも聴いたり。もちろん(奥田)民生さんとか真心ブラザーズさんとかのJロックも聴いてました。
アフロ:そっか。そしたら全然俺よりも広く聴いてますね。ハンバート ハンバートも。
又吉:好きっすね。
アフロ:MV(「虎」)にも出てましたもんね。
又吉:そうですね。ほんと昔から好きで。
アフロ:「ぼくのお日さま」なんて本当に嫉妬したなぁ。ハンバート ハンバートの音楽って優しいんですよね。
●『劇場』を読んで、あんなに1ページが重く感じる本はなかった●
アフロ:(ふと思いだしたように)そういえば、新作が出るんですよね。
又吉:そうです。大それた『人間』というタイトルをつけてしまったんですけど。
アフロ:俺は『劇場』を読んで、あんなに1ページが重く感じる本はなかったんですよ。続きを読むのが嫌だったんです。それは自分自身のことを書かれているような感じがすごくあって。過去の日記を読み返している感覚は、これなんだろうなと思ったんです。自分勝手に書くのが過去の日記だけど、そこを俯瞰して、より具体的に分かりやすく表現されているのが『劇場』だった。だからこそ自分の日記よりも痛烈に刺さる。最後まで読むのにすごく時間がかかったし、何回もため息を吐いて、何回も本を閉じたんです。その思いを今回もさせられるんですかね?
又吉:ハハハ、どうなんですかね……。なんか、物語において「ハッピーエンドが好き」とか「バッドエンドが嫌い」とか色んな意見があるじゃないですか。『火花』を書いた時は、そんなのどっちでもええねんという思いがあったんです。どう切り取るかによって、物語はバッドエンドにもハッピーエンドにも見える。『火花』の中で「生きている限り、バッドエンドはない。僕たちはまだまだ途中だ。その先も人生は続いていく」という言葉を書いたんですけど、それを後から自分で考えている時に「どう続いていくんやろう」と思って。人の一生を生まれてから死ぬまで書いている小説もありますけど、何歳か分からへんけど劇的な瞬間を切り取って作品化されることの方が多いわけで。
アフロ:そうっすね。学生時代とか20代とか。
又吉:登場人物の人生って、その後の方が長いと気づいた時に「劇的に切り取られへん、その後はどういうことなんやろう」と思ったんです。『火花』も『劇場』も20代の青春時代のことを書いてて。今回の『人間』は、僕と同じ38歳のその後を生きている人間がその当時のことを振り返りながら、今は何を考えて何を思って、ここからはどう生きていくのか。それが僕も分からへんから書いてみようと思いました。そもそも、どういう時に人間を感じるかなと思って。それを全部入れられたわけじゃないですけど、「これ人間やな」と思う瞬間ってあるじゃないですか。それは醜さもあるし、可愛さもあるんですけど。そういうの全部は書けないから、この小説の中のどこかに、そういう部分が出たら良いなと思いますけど。
アフロ:きっと俺は嫉妬しそうです。だって、そういうこと以外で曲を書けないっすもん。いわば壮大な「人間あるある」を書いているわけじゃないですか。
又吉:何年か前に、サッカーの取材でコートジボワールへ行ったんですよ。そこは、どの世界のテレビカメラも入ってないようなところで。いざ、現地の小学生に会ったらめっちゃサッカーが上手いんですよ。そして小学生の練習が終わると、次は高校生が出てきて。高校生やから小学生の子よりも身体はデカイし、スピードもあるけどプレーが堅いんですよ。僕もサッカーをやっていたので、そこに疑問を感じて「テクニックもあってパワーもあるはずやけど。なんで彼らは、小学生の子たちよりも技術的に劣って見えるんですかね?」と質問したら、「経済的な状況とか国の状況で子供の頃にボールを蹴れてないからだ」と言われて。で、僕はこの子たちがプロになるかどうかで価値基準を設定していたから、小学生の方がプロになる可能性が高いと思ってしまうんです。だけど、高校生の子らはそんなこと関係なしにボールを追っている。その姿を見た時に「これが人間やな」と思ったんですよ。僕らは合理的に考えてしまうところとか、価値基準とか、そういう設定をしてしまうけど。それに関係なく、彼らは無茶苦茶真剣に取り組んでいるのがすごく純粋な活動のように思えて、グッときたんですよね。
アフロ:お客さんを念で笑わせようとしてた、昔の自分と重なりますか。
又吉:あぁ、そうですね。誰か他の人が設定した価値みたいなものに左右されてない感じが良かったのかな。だから可哀想とかじゃなくて、ポジティヴな感動があったんですよ。
アフロ:そう思ったら、自分基準で生きていこうと考えるんですけど……。最近作った「俺が俺で俺だ」という曲で<端から見れば最低の赤点 だけど自己採点は満点の人生 なんて甘くない 1人で生きてない 誰にもなめられなくない>という歌詞を書いたんです。俺は、ずっと自分基準と他人基準を行ったり来たりしている感じがあって。俺もサッカーをやってる高校生達を見たら、又吉さんと同じに気持ちになったかもしれないけど、日本に帰ってきたら「そういうことじゃない」と思うはずで。そういうブレているところに、すごく人間を感じるんです。で、コンビニで働いてた時の念で笑わそうとしていた、あの時の自分を取り戻そうとするんだけど、もう全く同じにはなれない。
又吉:そうなんですよね。生きていれば混ざって行きますからね、色々と。
アフロ:そういうところを『人間』で描かれているとしたら、やっぱり俺は嫉妬しますね。
又吉:どうなんやろうなぁ。
アフロ:この先も誰かが定めた価値基準に振り回されつつ、従いつつ、抗いつつなんでしょうね。
又吉:そうでしょうね。
アフロ:ただ、音楽とお笑いは戦い方に違いがあって。音楽は理想の姿がいくつもあるのが幸せなことで。例えば、踊らせる音楽、泣かせる音楽、一緒に歌う音楽とベクトルはいくつもあって。数があるがゆえに道筋が沢山あるんですよだから自分にフィットしたものを選べる。逆に、お笑いって1つしかない気がしてて。もう「笑うかどうか」じゃないですか。そこを目指すしかない厳しさは、音楽よりもハードだなと。
又吉:僕ね、学生時代からお笑い番組をよく観ていたんですけど。めっちゃ笑ったネタは2、3回しか観ないんですよ。だって、それが面白いことは分かってるから。逆に、なんか笑われへんかったけど、寝る前にもう一度思い出してしまうネタが好きなんですよ。そういうのを繰り返し見ていると、「何で俺はこのネタが好きなんやろう」と子供の頃から考えるようになってて。大笑いしたけど何も覚えてない。ただ気持ち良さだけが残っているものも、それはそれで良いじゃないですか。でも、そんなに笑ってへんけど寝る前に「アレ、オモロかったな」とニヤニヤできるお笑いもあるべきやと思う。みんながみんな声を出して笑っているだけに突っ走ったら、それやったら他の方法もあるんじゃないかと。こちょばしとったらええんちゃうん?という気もしているから。音楽に比べたら幅は狭いかもしれないですけど、色々あるべきやと思ってて。
アフロ:なるほど。
又吉:だけど、そう思っている人は少ないかもしれないです。「笑いの量が多いことこそが正義」という風潮はありますね。
アフロ:それはライブの時の拍手や歓声の量という部分にも言い換えられたりするのかな。ちなみに俺は皆で歌えたり、コールアンドレスポンスをするようなラップが入り口だったんです。だからこんな筈じゃなかったよなぁという思いもどこかにあって。
又吉:そうなんですか。
アフロ:最初は今とやりたいことが別だったけど、自分自身の性格にその素養がないことに気づいて。「じゃあ、俺が俺らしく表現出来るところはどこなんだろう」ということで。だから当初、目指していた場所とは違うところに立ってしまっている。それはそれで良いことなんですけど、又吉さんはどうですか。
又吉:僕もそうですよ。漫才がやりたかったんですけど、それが出来なくなったからコントをやって。ただ、漫才をやりたいと思った1つ前に戻ると「コントが好きやったな」とか、そもそもお笑い全般が好きやったなとは思うんですけど。……アレないですか? 自分でも気に入ってる曲だけど、あまりにもみんながその曲だけを褒めるからムカつくことないですか?
アフロ:こっちの曲の良さにも気づいて欲しいのに、何で分かってくれないかなと思うことはありますね。
又吉:この間のコントライブで「これはウケるよな」というネタを作ったら想像以上にウケて。お客さんは良いとしても、演者も一番楽しそうにやるから「やってる側やねんから、これが一番みたいなテンションは止めてくれ」と言って。
アフロ:はいはい。
又吉:そのコントライブが3日間あって、ワザと最終日にだけやったんですよ。そしたら、そのネタが圧倒的にお客さんの食いつきが良くて。自分で作ったものなんですけど、何かなあっていう。(喋りながら、自分で答えを見つけたように)ということを考えると、お客さんにはめっちゃ笑えるものが求められているのか……。
アフロ:(黙って話を聞く)。
又吉:そうか……。まあ、そういう仕事っすもんね。だからアフロさんが「お笑いは1つしかない」というのは合ってますね。ただ、僕はそうじゃないと思いたくて。めっちゃ笑えるのも良いけど、僕みたいに「アレ、なんか好きやわ」という笑いがあっても良いと思ってます。
文=真貝聡 撮影=清水ケンシロウ